<Die Sicht ändert 衛宮志保>

嗚呼、散る桜。
ヰ()づこへむかふといふのか。

ん、現実逃避やめ。
ひとまずこの事態をどうにかしないと。

アタシが立つ場所は弓道場、なんだけど……今現在魔境と化している。
その為にアタシが駆り出されてる訳なんだけど。
正直、近付きたくないです。ハイ。

まず筆頭。
いわずと知れた我等が藤ねえ。
あのトラ性懲りも無く宴会セットをこさえ参じやがった。
前回は藤村組の男衆さん方に頼み、カラオケセット一式トラックで運び込もうとした所、御用となり、
その教訓を活かし今回は抱えられるだけのパーツパーツで分けてこの日に備えたもの。
本当なら毎日大きさの異なる風呂敷包みを背に出勤する藤ねえはさぞかし怪しげに映っただろうが、そこはアレ、
積み重ねってのは恐ろしい。
藤ねえの奇行を危ぶんだ人も居たには居たけど高校時代から藤ねえを知る偉いさんが「ああ、ほっときなされ」と。

去年、辛うじて防いだ惨事に油断したんだな。
あの野生人が敗けたまま引き下がる筈なかろうに。

かくして顧問である藤ねえの周りには人だかり。
んで、もうひとつの近寄りたくないグループ。
中心人物は慎二。それを止めようとする美綴。

あいつ、どういう訳か入部希望者、それも男だけに弓を持たせてる。
主にオレが受け答えしてた男ばっかに。
当然その多くは非経験者。
まともにカタチになるわけない。

希望者の中から原石でも発掘しようってのか?
でもなんか射を終えた男子に何やら一人一人講釈たれてる。
今此処に居るのは入部が確定してる連中だから、またタチの悪い厭味でも垂れてんだろ。
それが続く間に美綴が口を出し始めた。
慎二のやってる事ははっきり言って暴挙だけどあいつは一人で例年の倍の女子部員を獲得した功績があるから部長も強く出れない。

弓道部に所属してたアタシが半年程前にバイト中ヘマやってからは放課後はバイト優先で、
それでも思惑は様々だけどみんなに引き止められて存在すら微妙な名誉部員って立場になってる。
そんなアタシがなんでこの歓迎会に呼ばれたかって言えば「ストッパー」だそうで。
美綴曰く、「あんたしか藤村センセと慎二のヤツを止められる奴がいない」だと。

そりゃとんだ買い被りだ。
あの藤ねえに、オレがどんなに頼んだ所で面白いものを進んで投げるような真似するわきゃない。
慎二は……なんだろ?
……ああ!そうか!オレが慎二と桜のパイプラインだからだな。
桜にも苦労掛ける。

「はぁ……」

「おねえさ…(ギロ)…先輩。どうかしましたか?」
「いや、コレ……どうもしない方がおかしいだろ?それより桜、学校じゃ「先輩」だって何度も言ってるよな」
「は、はい。でも先輩って呼び方だとありふれてて物足りないと思って……」
「いいんだ!それで!…足りないっつったって何がさ?」

「決まってます!愛が……」

嗚呼、ゴッド。
この桜は前進したのでしょうか?それとも既に踏み外しちゃってますか?

オレが骨折してからというもの桜には大分世話になってしまった。
ろくに料理の経験のない桜にせがまれ師匠役をかって出たはいい。
実際飲み込みは申し分なくこなせばこなすだけいずれ自分の味を出すことも出来るだろう。

でも一緒に台所に立つ時や、居間で居眠りしそうになった時、
「じゅるり」と耳に残したくない音がアタシを苛む。

もしかして、狙われてますかアタシ!?



「それではぁ僭越ながら一番手藤村!歌います!!」

「せんせぇ六甲おろしをリクしまーす」
「いえ、ここは是非タイガーマスクのテーマで!」
「大河先生〜バラードだけは勘弁してくださ〜い」
「あんっった達ウルサイ!!」


「はい失格。君も女子組に近付くんじゃないよ」


「…………はぁ」

なぁーんでオレ此処にいるかな。

手近にあった練習用の弓に手を掛ける。
気まぐれでその構造を読み取ってみた。

アタシの見ているモノは「透視」じゃない。
中を覗き見て、その構造が瞬時に頭の中で設計図として起こされる。
形としてではなく「通り道」の集合体として視るアタシのやり方は「透視」じゃなく「盗視」。

伝わる、魔力が浸透していく。
今、この弓は腕の延長。
そしてそのまま的の方にゆっくりと鏃を添え、引く。
視える。この弓は身体、矢は伸びる指先、その指先を自らの中で作り上げたレールに乗せる、それだけだ。

もう喧騒は耳に届かない。
制服のまま弓を引くのはちょいと礼に反してるけどそこは無礼講。

イメージ。レールに乗った「指先()」が終着点を射抜くイメージ。
あとは「身体(ゆみ)」をそれに同調させていく―――――――――――――――ここ!!

ひゅんっ

結果は……確かめるまでもない。
オレは描いた幻想に自分を映しただけ。
なら、綻びの無い幻想である限り、射的(あて)るという結果は既に決まっているんだ。

残心。
けどオレにとってはもう分かっていることを確かめる必要が無い。
なら自分が気を据えて見定めなければいけないものは何なんだろう。

うん、でもこの感触は良かった。
今晩の回路生成までこの感覚を反芻して置こう。

「ふぅ……」

抜け出すように吐いた息と共にチャンネルを世界と通わせる。
先程通りの喧騒が―――あれっ?

『……………………』

ふと見渡せば周囲の目が全てこちらに向いてしまっていて、
「え………と…」

どう切り返せばいいもんか考えを巡らしていると、
「お見事!」

一際大きい一声で静寂が打ち抜かれた。
発したのは……美綴?
そのうち誰かが拍手を始め、一気に弓道場内に伝播していく。

「あやー……」

うう、ハズい。

「なんかよくわかんないけど歌うぞぉ皆の衆!」
『おお〜〜〜〜〜』

そして何やら士気を高めてしまった御様子。
こっちには目を輝かせた新入部員――男子は慎二がせき止めてるので女子だけ――が雪崩れ込んでくるし。
パフォーマンスの一役を買ってしまったわけだ。
慣れない事はやるもんじゃない。


で、その後校舎まで届いた歌声で教員が駆けつけてきてトラを捕縛。
その時点で敢え無く会はお開き。
つっても皆あまり残念そうにはしてなかったけど。

藤ねえは藤ねえで帰宅後ぎっちり絞られたにもかかわらず、
「来年の課題は防音材ね」

とのたまう始末。
カラオケから離れろ、不良教員。

その夜の鍛錬は回路生成までは上手くいったものの強化までは届かなかった。

◇ ◇ ◇

「昨日のお姉様は凄かったですよね。場の全員が見入ってましたから」
「なんだってアタシの射がそんなに注目浴びるかよく解んないんだけどね」

早朝、まだ息も白もうという時間に桜と学校へ向かう。
名誉部員といえど部活始めの期間くらいはちゃんと顔を出せ、とのお達しが下ってる。
こちらとしても断る必要が無いんで、こうして顔を出させてもらっていた。

「桜は?高校生活の方やっていけそうか?なんかあればアタシに言ってくれりゃいいから」
「ふふ、兄さんと同じこと言うんですね。今は何も困ることなんて有りません」
「ならいいけど。桜にも友達、できるといいな」
「……そう……ですね」
「?でも桜はまだこのサイクルに慣れてないんだから朝は無理してアタシに合わせなくっても良いんだぞ。
 藤ねえを見てみろ。顧問だってのに始業ギリギリまで寝てやがる」
「私は無理なんてしてませんし、お姉様との時間も大事ですから」
「はぁ、周りに誰もいないから良いもんの、それ自重してくれよ?」
「前向きに検討しつつ善処していきます」
「止める気無いだろ?お前」

そうして弓道場へと足を踏み入れる。
先客が…二人。
一人は美綴だろう。
あいつがアタシより後に来たこと無いし。

もう一人は……遠目からは分からんけど………ツインだな。

「おっす衛宮。おはようさん」

先にこちらに気付いた美綴は来い来い、と促す。
んんー。もしかしなくても、あれって遠坂じゃないか?
完璧超人として名高い遠坂がどうしてこんな場所に?
そう思いつつも、まず挨拶から始める。

「いつも通り早いのな」

遠坂がこちらに振り返ったと思ったら。

「――――――――な!?え?」
「あ!」
「………は?」

三者三様。
遠坂は何やらダブルで驚き、桜は普通に驚き、オレはそれにツーテンポ位遅れての反応。
どっかで見た光景だね、コレ。
なぁんでか、遠坂は敵でも見つけたような視線を送ってくる。

「あれ?あんた達って知り合い?…まさか痴情の縺れってオチは……ハァ。ないね、こりゃ」
「何故アタシを見て溜息をつく」
「え〜だって衛宮にそんな甲斐性あるわけ無いじゃないか」
「ああもうっ、そんなことより――――」

カカカ、と笑う美綴を外し未だ固まる二人に目を移す。

「衛宮は知ってるだろ?穂群原(ウチ)が誇る優等生サマの遠坂だ。
 二人とも覚えとけ、こいつにゃ逆らっちゃいけないトップ3にランクしてるからな」

美綴の失礼な物言いに障ったのか遠坂が反応する。
っていうか、それを知ってて無礼を働くお前は何なのか。

「それは聞き捨てなりませんね。撤回してくださる?美綴さん」
「あはは。遠坂、コイツらにゃ猫かぶる必要は無いって。あの(・・)衛宮に慎二の妹だぜ?」

おっとこまえな口調で「あの」にやたら力を込めてくれる美綴。
馬鹿にされてんだよな、やっぱり。
いや、それよりも……猫をかぶる?あの遠坂が?

遠坂はオレ達を一瞥して、吐き出すような溜息。

「ふぅ。確かに……問題はなさそうね。気の張り詰めっぱなしも良くないし、そうさせて貰うわ」
「話がみえないんだけど……」
「馬鹿ね。要するに、仲良くしましょうって言ってんの。よろしく、衛宮さん。間桐さんも」

にこやかに声を掛けられた桜はビクッと震える。
ああ、わからんでもない。
あの笑顔は友好ってゆうより威圧って感じだ。

「よ、よろしく。知ってるみたいだけど、アタシは衛宮志保」
「間桐……桜、です」
「なら志保に、桜、でいい?二人とも」
「「えっ?」」
「何?不服?」
「あっ……と、少し驚いただけだ。うん、全然構わない」
「私も…いいです」
「そ。ならわたしも名乗っておくわね。2年A組、遠坂凛。改めてよろしく二人とも」

いやー。ちょっとしたカルチャーショック。
男子はおろか女子の間ですら近づきがたい印象を纏っていた遠坂がこんなにくだけた態度で接してくるなんて。
ただね、何ナノかなー。
あの遠坂の「新しいおもちゃを見つけた」ような目は。
もしかしたら踏み込んじゃいけない領域に入ったのかも。

「いや〜昨日の射はシビレたぜぇ。さっすがウチのエース」
「エース?……ああ〜、綾子の言ってた「もう一人のライバル」って志保の事だったんだ」
「美綴、アタシはそんなつもりないぞ」
「いーや。お前さんがそうでもあたしにとっちゃ意義に関わる。昨日の射でそれを再確認した」
「昨日って……たった一矢射っただけじゃないか」
「その一矢が問題なんだよ」
「へぇ面白そうじゃない。聞いてみたいわね」

なんぞ長くなりそうなんでお茶の用意でもするか。
すかさず桜が便乗する。
どうにも居心地が悪そうな感じだ。
やっぱ初対面じゃ遠坂に苦手意識でもあるのかな。
普段からそういった類のオーラを発してるし。

再び戻れば美綴が構えの体制に入っていた。
声を掛けるのもなんだから先に遠坂に日本茶を振舞う。
彼女は「ん」と一瞥してそれを手にゆっくりと呷る。

まともに会話する仲になって数分で俺様体制ですかい。
……とも、思ったが、どうも喋ってはいけない雰囲気があるらしい。

――――――――――的中。
数秒残心で気を留める。
今日は美綴、調子いいみたいだな。

「どうよ。これが今、あたしが出来るめいいっぱい」
「いいんじゃないの?あれ、ほとんど真芯を捉えてるじゃない」
「ぬぅ…競技じゃそれが第一なんだけどさ。間桐はどう思う?昨日の衛宮の射と比べて」

桜にしても質問が降ってくるとは思わずふためく。

「え、ええと……お二人とも張り詰めた感じがしましたけど、昨日の先輩のは息苦しさみたいなものがありました」

記憶にないなぁ。
射った自分じゃわからない事なのかもしれない。
いつもと違う事と言えば魔術を想定したこと位のもんだ。
魔術回路を作り上げたわけじゃないから実際に魔力を込めて射ったわけでもないのに。

「そう!あたしもそんな空気感じたのよ。なあ遠坂。さっきのさ、音はどうだった?」
「音?そうね、ただ、ひゅんって……」
「それがあたしと衛宮の違い。あたしも実際目にした事ないけど武道には「音断ち」ってモンがあんのよ。
 昨日の衛宮はそれに近かったわ。張り詰めた空気なんてそこそこの腕の奴なら誰でも作り出せるっての」

簡単に言うよな。
美綴くらい武道に精通してなきゃ高校生じゃやれないって。
昨日のだってイメージは充実してたものの、アタシにとっちゃ「敷いたレール(とおりみち)」に矢を走らせただけなんだから。

誉められてんのか貶されてんのかわからんので日課に入らせてもらおう。

「アタシはそんなの意識してないんだって。周りが買いかぶってるんだよ」
「かぁーーっ!あんなこと言ってんだぜ!?衛宮は入部以来一回しか的外した事ないんだから。
 そん時なんつったと思う?「外れると思ってた」だと。あいつ本当にわかってて外したんだよ?ああヤダヤダ」

いつになく絡むな美綴の奴も。
普段他人にグチグチ言う奴でもないのに。
それだけ遠坂と親しいってことなのかもな。

更衣室で体操着に着替える。
この一年思い悩み続けてきたことなんだが―――

どうしてこの学校ではブルマ着用なのか!!?

女になって、これほど後悔を憶えたのはあのネコミミシッポ以来だ!!
「自由な校風」とかぬかしてるならオプションの着用くらい認めろってんだ!
陰謀だ、絶対。

「せ、先輩?弓を引くんじゃないんですか?」
「ああ。アタシ朝は筋トレって決めてるんだ」
「に、したって志保………朝から勇気ある行動をとるのね」
「仕方ないだろ。トレーニングウェアの持参は部で定められた専用の物じゃないと駄目だし……」

ちらり、と美綴を伺う。

「ったりまえでしょ?あんた人目も憚らず制服で筋トレしようとすりゃ止めるでしょ普通。
 衛宮は男共の視線なんて気にしないんだろうけど?」
「はぁぁ…だったら弓道部にも専用のウェア作ってもらうように嘆願してくれよ」
「あたしの一存で出来るかっ」
「わたしも生徒会に揺さぶりは掛けてるんだけどね。根は思ったよりも深いみたい」
「あの藤村が在籍した3年間でも覆らなかったんだぜ?間桐も体育の時間は野郎に隙、見せんじゃないよ」

「「「「…………ハァ……」」」」

顔を見合わせ4人キレイにユニゾンする。
事が事だからなぁ。
それよかまた「隙」の話が出たな。
桜も美綴にもオレの知らない敵を持ってるんだろうか?

「そういやもうすぐ体力測定だよねぇ。遠坂、今年はあんたの一人勝ちってわけにはいきそうもないぞ」
「あら、どの口が言うのかしら」
「くぁぁ!その余裕も当日までだっての!去年はあたしも遠坂もA,Bだったから話題に上がんなかったけど、
 C組、D組の合同クラスの中じゃ衛宮がほとんど総ナメにしたんだから。
 いわずもがな、あたしだってリベンジの為に鍛えたんだ。……それにな―――――――」

何やら遠坂の耳元でぼそぼそと話している。
しかし、そこは美綴。

「(あれ見りゃわかるだろ?正直プロポーションじゃあたし等に勝ち目ないぞ)」

もしかしてわざと聞こえるように喋ってんじゃないのか?

「美綴ぃ、聞こえてんぞ。アタシだって好きでこんなになってるんじゃない」

びくっ

その瞬間、空気が固まった。

「衛宮さん、貴女言ってはいけない事を言ったみたいね?」
「おお、同感だね。衛宮、これで完璧にあんたを敵として見れるようになったよ」
「先輩……非道いです」

ステキな笑顔で微笑む遠坂。
対極で怒り心頭って様子の美綴。
で……顔が隠れる角度でこちらを覗き見る桜。

コワイんだよアンタ等。
ちなみに順位付けすると、桜>遠坂>美綴だ。

「う、何だよ。こっちだって切実なんだぞ」

「「問答無用!!」」
「ですね」

さっきのカルテッドが嘘のよう。
女って薄情だ。

◇ ◇ ◇

「じゅ…じゅうななてんに…………ば、ばけもんだ、D間近…っつーか圏内じゃんか」

あーあーなんか項垂れてるよ美綴の奴。
ひらたくいうと「おーあーるぜっと」みたいな感じ?

「くっ……まさか全種目で負けるとは思わなかったわ。腰回りには気を使ってたのに」
「体重でも負けるなんて詐欺だぜ…。身長、上回っててあたしより軽くて遠坂とガチだなんて、
 あんたどういう構造してんのさ!?筋トレばっかしてるくせにっ」
「肺活量じゃ負けただろ?筋トレだって無駄な筋肉はつけないようにしてるんだ」

今日はアタシ達三人で新都まで遊びに来ている。
……アタシに関して言えば遊ばれに来ている、と修正しておこう。

「あら、人聞き悪い。志保がそんな淡白な格好で出てくるから似合う服を見立ててあげようって言うんじゃない」
「気持ちはありがたい、でもお前たちの持ってくる服とは矛盾してるぞ!?」
「くくく…いやぁ衛宮、「似合う」って言葉を冠していったら矛盾なんてしてないって」
「騙されないぞ畜生。この店おかしいって!どうしてゴシックドレスとチャイナドレスが同居してんだよ?
 趣旨違うだろ!」
「わたしの知り合い御用達なんだって。そいつ自身のことはあんまり好きじゃないんだけど」

遠坂の人間関係って……。

◆ ◆ ◆
<Die Sicht ändert 遠坂凛>

わたし達二人掛りで志保をきせか……コホン、ドレスアップしたものの結局何一つ買う事はせず、
無地のシャツに飾りっ気のないパンツに戻ってる。
悔しいけどコイツは下手に着飾るよりもこうしたシンプルな出で立ちの方が似合うのかも。

すれ違う男たちは彼女のシャツを押し上げて形がはっきり見て取れる胸の辺りにばかり視線を注ぐ。
コイツときたら自分が周りにどんな目で見られてるかなんて気にもしないで……。

ああ、でも、その鈍感さが少し羨ましくもあって、何で気づかないかなコイツ、と見てて腹立たしくもある。
気付かない、と言えば志保はあの二人は事はどうみてるのかしら?
間桐慎二に柳洞一成。
二人ともわたしとは、まぁ、浅からぬ関わりがある。

柳洞一成の方は中学以来の付き合い。
まぁどこまでも堅い奴で、わたしの話術が通じない数少ない人間じゃないかな。
こちらとしちゃ真っ向戦う気なんて無いんだけど、派閥の違いから水面下の戦いを繰り広げている。
そんなドロドロしたのが嫌になって高校じゃ何の活動もしてない。
…っても綾子に担ぎ上げられて、どうしても衝突しちゃうのよねぇ。
わたしは口論は好きだからいいけど。

間桐慎二、この冬木の土地に根付く遠坂ともう一つの魔術の家系。
尤も父からは間桐の才は潰えたって聞いてたからろくに意識はしなかった―――あの日までは。
魔術師の不文律(ルール)柄、互いに不可侵であったが為、あの子の様子をこの春まで窺い知る事が出来なかった。
だから養子として入れられたあの子の義理の兄、間桐慎二には少なからず関心は示していた。
わたしも何度かモーション掛けられた事がある。
女子の評判通り爽やかな奴ではあるんだろうけどあの厭味っぽいところは好きになれない。

だから、桜を弓道場で見た時は安心できたんだ。
あの子……ちゃんと笑えてたから。
最初は慎二もあれで妹思いなのかなと考えてたけど、それが誰による恩恵(せい)か解ったのは志保がいない時。
あの子が笑うのは志保の前でだけ……みたい。

ただねぇ。
志保を見る時の熱い眼差しには、お姉ちゃんちょっと不安を禁じえないです。

あの夕暮れの女の子が衛宮志保なんだと知ったのはついこの前でも、以前から衛宮志保の噂は耳に入ってきた。
一年の頃から同級、上級生いずれも嬌声を上げていた男子、それが慎二と一成。
で、その二人を手玉に取っていたという女子が衛宮志保だと言う。

わたしは他人の色恋に興味なんて無かったし、合同クラスでもなかったから、あくまでも名前は知ってただけ。
それでも、あの柳洞一成が女の子を気に掛ける事自体、悪い冗談みたいで、会ってみたいとは考えていた。

会って納得。
アイツはわたしの心の一端を占めていた奴だから。
気付いたのは会った時に初めて、だけど。
3年前よりも更に伸びた赤毛、身長も僅かに高いかな?スタイルが……く、悔しい…。

付き合ってみて解る。
彼女は無防備だ。
それは本人にとってマイナスなんだけど……なんていうのかな、
自然体だから他人の壁にぶち当たる事が無い。
女性に対して鉄壁のガードを張っていた一成が彼女を受け入れたのもそのせいだろう。

そんな、全校の女子の憧れの的である二人に気にかけられている彼女が嫌がらせの一つも受けてないのは、
単(ひとえ)に志保が構築した人間関係にある。

まず当の男二人。
女子からウケのいい慎二と生徒会の後ろ盾を持つ一成。
いずれも逆らうには度胸がいる面子だ。

そしてわたし達。
綾子の武勇伝はこの1年で十二分に広まりきっているし、わたしだって自分の安売りはしていない。
「誰かの一番」にならないことを前提に自分がどれだけの権力(ちから)を持っているかは把握している。

とどめが志保の保護者の藤村教諭。
聞けばあの人、ヤクザのひとり娘で穂群原時代(むかし)はそうとうの暴れっぷりを示してたみたい。

うわ………わたしが加わってることも然る事ながら、かんっぺきな布陣じゃないコレ。
これじゃいい感じ持ってない女子の4,5グループだってメじゃないわね。

まぁそんなンではあるんだけど……ねぇ?
学園の中では曰く「衛宮は頼みごとを断らない」とまで言われる走狗(パシリ)っぷりを見せてるらしいから自浄作用も万全なのよね。
本人は善意で引き受けてるらしいから綾子も男衆も強く出れないわけだし。

そんなアイツだからこそ、とどのつまり――――――――――――やっぱりただの男友達としか見てないんだろうなぁ。

「……ぉさか?聞いてんの?ねぇ!」
「――――――っと…ごめん。なんだって?」
「しゃあないねぇ、だからさ、あたしとしちゃ負けっぱなしは収まりつかないの。だから別口で勝負しようかってこと」
「わたしは構わないんだけど?負けてても」
「い〜や。悔しいはずさ遠坂だって、な。ゴタクはいいからとにかく乗れ!」

わたしがボケッとしてる間、無視されてたのが腹に据えたのか乱暴に押し切ってくる。
志保は志保で納得いってない様子。

「アタシを置いてくなっ。それに勝負って何すんのさ?アタシ、頭じゃ二人には敵わないぞ」
「う〜む……この面子じゃありふれたやり方じゃ噛み合わないから………そう!!
 あたし等三人の中で最初に彼氏作った奴が勝つってのは?」
「「はぁあ!?」」

あまりの突飛というか飛躍というか……期せず、わたしと志保がハモる。

「そんなの!アタシが圧倒的に不利に決まってるじゃないか!」

コイツは……すでに受ける気でいるわけ?
咎める点が違うでしょうが。

「衛宮……あんたソレ本気で言ってる?」
「止しなさい綾子。彼女、全くの本気で言ってるんでしょうから」
「そんなの当たり前だろ?……なんだよ二人して、その溜め息は?」
「ああ、気にしないで。されると頭が痛くなるのはこっちだから。でも…成るほどね、いい勝負かもしれないわ、コレ」

限りなく勝利に近いヤツがその場所に立ってることに気付いてないんだから。
……有利ではあるんだけどなんっかムカツクわね、どうにか矯正してやれないものか。

「おぉっし!!なら、満場一致ってことで「――してない!」ハイ、けって〜」
「くらっ、美綴!無視すんな!!」
「衛宮ぁ、あたしは少なからずあんたの心配も込めてるんだぜ?
 こういうきっかけで意識してみりゃお前さんの悪癖も直るかもしれないじゃない?」
「悪癖って……何さ?」
「そんなの……自分で気付かなきゃ直らないでしょう?そういうのって。わたしは、まぁ賛成かな?」

正直わたしが男に現(うつつ)を抜かすとは想像し難いけど。

「ううう〜」
「衛宮もいつまでも唸ってんじゃないって。それじゃ、決まり事は決めておこうか。
 期間は2年の間、流れによっちゃ卒業まで延長。
 急造のオトコは御法度。外から見てもそう(・・)とわかるぐらいまで進展すること」

ちょっと想像してみる。

男と腕組んで楽しそうに歩く自分。
男に料理振舞って「あ〜ん」なんてやってやる自分。
…………………………………………………………うっえ……気分悪くなってきた…。

「美綴。そう(・・)、って…何だ?」
「ああ?んんっと…………よ、要はアレさな!なんつーか「ラヴラヴ」ってヤツ?」
「マジかよ……」
「どんどん勝利って言葉が遠のいていく気分ね」
「かくいうあたしも、って!こんなんじゃ勝負の意味ないだろうが!先、いくよ?
 勝ちの条件は今、言った通り。
 敗者は勝者の言うことを一つなんでも聞くこと。但し、危険行為と金銭に関わることはダメ。
 こんなとこかな?良い?二人とも?」

「とりあえずは、何も」
「好きにしてくれ。アタシに勝ち目なんて万に一つもありゃしないんだから」

「衛宮さ。男嫌いなワケ?」
「違う、けどさ。男と、その……付き合うってゆーのが…考えつかないんだ」
「女の方がスキってこと?」

む、これはわたしとしても是非とも確認しておきたい。
返答次第によっては桜と彼女の関係を改めるように謀らないといけない。

「ば、バカ言うな!ただ、ただ…さ、付き合うってことはさ、いずれその先があるだろ?アタシはそれが恐いんだ」
「意外〜衛宮ってプラトニック派だったんだ」
「意外かどうか知らないけど。まぁ、そういうことにしといてくれ」

恐い、か。
その言葉には一言では言い包めない想いが詰まってるように感じる。
つっつくのは止めておくとしよう。
もしかしたら志保にとっては辛い過去なのかもしれないんだから。

「それならさ、さっきも言ったけど良いきっかけになるかもしれないじゃないか。そんじゃま、始めますか」

綾子もわたしと同じことを考えたみたい。
彼女も気遣われているのは感じたのか「しょうがないな」って顔で了解する。

そんなこんなで「勝負」と冠したわたし達のオトコ作りがスタートする事となった。


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