<Die Sicht ändert 柳洞一成>
「君、衛宮、だったか」
「んん?なに?委員長」
「柳洞だ。時にその赤毛。染め直してきてはもらえんか?入学早々これでは風紀に障る」
「まいったな…。これ、地毛なんだけど。なんだったら担任の藤ね…藤村先生いるだろ?
あの人アタシの、まぁ保護者みたいな人なんだけど。あの人に聞いてもらえればわかる。
それでも、色素のおかしな奴がいるとマズいってんなら考えてくるけど?」
赤毛の少女衛宮志保がそう言い放つ。
否、彼女を少女と呼ぶには無理がある。
観た所身長はクラスでも上位に入る上にその体つき―――喝、色欲絶つべし。
逸れたか。
彼女の言葉に偽りはなかろう、言う通りに裏付を取ろうとすれば同様の答えを得られる筈。
「了解した。そういう事なら致し方あるまい。すまんな、気を悪くしないで欲しい」
「いいって、でも委員長って堅いんだな色々と。ま、委員長だしな」
「む、君はなかなかに失敬ではないか?」
粗雑な女性。
それが衛宮への第一印象。
言葉使いは一人称を除き、さながら男と会話してるかのよう。
交友関係も広くはないらしい。
たまに他所のクラスの男――間桐といったか――が来るぐらいのもの。
そんなある日のこと。
如何なるものか衛宮が生徒会室に鎮座していた。
「お〜委員長。お勤めご苦労さん」
「衛宮…状況が掴めないのだが何故君がこんなところにいる?」
「こんなとこって…生徒会室は大事な仕事場だろうが」
「それは失言をした。それより、確か君は弓道部だった筈では?」
「ご名答。っていうか何でそんなこと知ってるんだ?まぁいいや。ウチのすちゃらかな顧問が新入部員歓迎会の為に
自宅のカラオケセットを弓道場に持ち込もうとしたんだよ。あの馬鹿トラ……。
おっかげで藤ねえは今説教の最中。で、今日の部活は無し、ってこと」
「藤ねえ」というのは藤村教諭のことだろうか。
いやはや自己紹介の際から只者ではないと思っていたがそれほどとは…。
……なんたること。
いつの間にか論点がすり替わっているではないか。
どうも衛宮と話しているとつい、呑まれてしまうな。
それも、あの女狐には遠く及ばんが。
大体にして衛宮と違いあの女は毒持ちだ。
「いや、それより衛宮がここにいる理由をば、訊きたいのだが?」
「うん?別に大した事じゃない。同じ一年の子が重たそうな資料運んでたんで手伝ってただけ」
「それだけで何故君が会計の真似事を……?」
「いんや、頼まれたからだけど?」
「―――――――」
いかんな、これは。
俗世で言う「天然」というものなのか、これは?
でも何故だろうか。
押し付けられた筈の仕事に少しの不満も見えない。
「衛宮、ありがたいのだが君に―――」
「柳洞もいたか。これも追加で頼む」
――――世話になるわけにはいかん、と続く筈が宗一郎さ――おっと、葛木教諭、が現れる。
その資料の山たるや……。
衛宮を除く、今居るメンバーで片付けるのは至難。
然るに…。
「すまん衛宮。手を借りてもいいだろうか?」
「いいよ。部活も潰れたことだし」
結局断る筈が手伝って貰ってしまう事となった。
驚いたのは衛宮の手腕。
資料の中身は主に新学期と新入生に関するアンケートだったのだが素人とは思えぬ適格ぶり。
あれよという間に紙の束は背丈を縮めていく。
「すごいすごい、ええっとぉ「―――衛宮です」、そうそう!衛宮さんすごいね。まるで小人さんみたい!」
「いえ、アタシは中学の頃もこういうのよく手伝ってたもんで」
「へぇぇ、じゃあ衛宮さんも委員長体質だったクチ?」
「違うよ。アタシは特別に部活、委員会には入らないでバイトすることを免除してもらってたんだ。だから無所属」
「なのに生徒会の仕事には詳しいなんて変わってるわね」
別学年の書記、会計入り混じり会話を繰り広げる。
先輩の言うことも尤もだ。
アルバイトに従事しなくてはいけない、という事は家庭環境的に不備があるからであろう。
衛宮は自分達とは別な道に立っている筈なのに今の彼女はそれを微塵にも感じさせない。
手伝ってもらったのはこちらだというのにあんな嬉しそうな顔をされては礼を述べることすら悪く思えてしまう。
く、情けない。
そんな嬉しそうに笑う衛宮に見惚れたのだ。
「みんなお疲れーーー」
「「「「「おつかれさまでしたー」」」」」
不在の会長に代わり副会長が締めを行い、
その後、めいめい散っていく。
外は茜色に染まっていた。
その中で自然、ではないかもしれんが衛宮と帰路を同じくする。
「委員長は家、何処なんだ?」
「柳洞だ。この名でわからんか?「柳洞一成」が柳洞寺の跡取であることを知らんのはクラスで衛宮位のものだろうよ」
「そうなのか?委員長って呼んでたからか、全然気付かなかった」
「そう思うなら、是非にも俗称ではない呼び方に変えて貰いたいものだ」
「ふ〜ん。なら一成でいいか?」
「なぁっ!?」
突拍子も無く何を言い出すのかこの女は!
落ち着け落ち着け一成。
取り乱す事こそが彼奴の狙いやも知れぬ。
もしや!衛宮はあの女狐の眷族だとでも言うのか!
「どした?変なのか?」
「むむむ、衛宮とはこの春に会ったばかりなのだぞ。それを……」
「あんま深く考えるなよ?アタシってさ、続いてる友達二人しか居ないから、だからかな。
友人をいつまでも苗字で呼んじゃ、他人行儀だろ?その二人が兄妹で苗字が一緒ってのもあるけどな」
「友人、とは…」
「ん」
衛宮はこちらを指差してくる。
「俺、が?」
「馴れ馴れしいってんなら距離おくけど?」
「いや、衛宮はいいのか?そんな簡単に友人呼ばわりして」
「時間は関係ないんじゃない?それにさ、一成は「柳洞」でいいのか?それって偶に厭になんないか?」
思いもよらぬ一言。
つまり彼女は「柳洞寺の跡取」ではない「柳洞一成」が友人だ、というわけか?
初めてだ。
そんな風に言ってくれた人間は。
「お、アタシこっちだから。じゃあな一成!」
「衛宮!」
振り返る動作で後ろ手に結った長い髪が盛大に揺れる。
「大概昼休みは生徒会室にいる。礼と言っては何だが御茶くらいは馳走しよう。気が向いたら来てくれ」
「あいよ。んじゃ」
軽く手を振り、夕闇の中に消えていってしまった。
その明くる日。
勧め通り衛宮は生徒会室に顔を出したのだが…。
「一成!いるかぁ?」
不運なことにこの日は他の生徒会役員も来ており、中には昨日のメンバーも混じっていた。
「うっわ。柳洞くん、どうなってんの!?衛宮さん昨日までは確か…」
「「委員長」って呼んでたよねぇ?どういうことよぉ、ホラ、キリキリ白状なさい?」
「柳洞も堅物そうなワリに手が早いんだな」
非は無い。
誰にも非は無かったのだが……散々だった。
◇ ◇ ◇
「ああ〜ここに来るのも久しぶりだ」
「確かに、腕の方は問題ないと聞いたが?」
「ちょっと傷跡は残ったけど。もう大丈夫だよ」
「それは僥倖」
衛宮が生徒会室に来るのは夏季休校の分を省けばニ、三週間ぶりのことだ。
衛宮は夏の間も弓道に傍らアルバイトにも精を出し、休み明けを目前に控え仕事中に骨折などと憂き目に合った。
にも関わらず本人は相変わらずであちこちの厄介事に首を突っ込もうとするものだから対処に困る。
彼女は「限界は弁えてる、出来ることしかしないさ」との弁を吐くが、
問題はその限界の許容量が常人のそれではない、ということ。
その分は間桐と、会ったことは無いが間桐の妹が強力に支援したらしい。
実際包帯付きで学校に来たのは十数日程度のものだが彼女は休むことを随分渋ったようだ。
そしてその間。
まぁ……なんだ、「友人」として、衛宮の身の回りの世話をあくまでも「陰ながら」やったわけだ。
クラス委員として当然のことをしていたと自負するが周囲の好奇の視線は勘弁願いたい。
「今日の弁当は随分と凝ってるのだな」
「ここ最近昼はパン食だったからな。包丁握るのも久しぶりだったからつい張り切っちまった」
むぅ、衛宮の弁当は何度も覗いてるがそのきめ細やかさは感嘆ものだな。
肉料理、緑ものとバランス良く構成された上に彩りを出す余裕すらある。
うむ、弁当とはこうあるべきなのだ。
それに比べ我が柳洞寺現神主謹製の弁当ときたら……溜め息ものだ。
「………」
「………なぁ一成。そんな風にじっと見られると食い辛いんだけど」
「あいや、すまん。まだまだ精進が足らんな」
「精進て言や、一成の弁当が正にそうだよな。それも修験の内なのか?育ち盛りなのにな」
「クッ…言ってくれるな衛宮。好きで質素を決め込んでるわけではない。ただ父が、な」
「苦労してるな。お前も」
衛宮がふと遠い目をする。
縁とは可笑しな物で彼女の後見人の一人、これがまた口に出すのも憚られる御仁らしいのだが。
その人はうちの父と知り合いで衛宮は父の性格を解っているから同情、
というよりは心の中で嘆いてくれているのだろう。
「…………………」
「………食うか?」
「すまんな……」
くぅっ……衛宮、お前はいい奴だ…。
ええい、女々しいぞ一成!
「なんだったら一成の分もアタシが作って来てやろうか?さすがに毎日ってわけにはいかないけど」
ぬうう。なんと甘美な誘いだろうか。
あの衛宮の!手料理を!――――――――――――――
「かぁーーーーーーーーーーーつ!!」
ゴンッ
「え?ちょ、一成!?」
頭を思い切り机に叩き付ける。
危うかった……欲に溺れ邪まな思考に身を浸す所だったな。
「一成?頭、大丈夫か?」
「衛宮、それではまるで俺が頭のいかれた奴と誤解されかねん。言葉は選ぶべきだ」
「ああ、悪い。ちょい、驚いたから」
「今の話だが、やはりおいそれと甘えるわけには…」
「小っさいコト気にすんなって。藤ねえの分も纏めて作れば手間になんてならないし。
さっきも言ったけどせいぜい週二回だぞ、多くて。費用のこと気にしてるってんなら、
飲み物奢るってことで手ぇ打たないか?ここのお茶でもアタシにはありがたいからな」
ああ…まったく。
どうして衛宮はこう「自分を削った上での相手の利」を嬉々として勧めてくるのか。
断る事は即ち罪悪。
そんな図式まで浮かんできてしまう。
「そうまで言われては無下にできんではないか」
「そうブーたれるなって。食で損することは人生の損だぞ」
「聞いた風な事を……」
なんとなく、そう思ってしまったのだが、
彼女はあの女狐と指向性こそ違うものの、同じモノを持っているんじゃないだろうか?
いや、それにしても得るものは余りある程だった。
週に一、二回だが確実に潤った昼食内容。
全く自分らしくないのは解っているのだが、ささやかな幸福感を文字通り噛み締める日々。
しかし、さすが衛宮というべきか。
周囲を顧みないと言うか「天然」の成せる業なのか。
「一成。アタシ美綴に呼ばれてるから一人で食ってくれ。ほい、お前の分の弁当。箱は放課後まで返してくれれば良いから」
ざわっ
「衛宮の弁当!?」
「まさか柳洞が……」
「俺達はとんでもない計算違いをしてたんだよ!」
「「な、なんだってーー!」」
ええい、くそ、またこの展開か。
ことさら後藤一派がやかましい。
これは仏罰だとでも言うのか?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ここで衛宮志保のスキル補足
スキル―こあくま ランクC
先天的なものでもなく、磨くよりも生活の中で培われてきた技能。
異性をドギマギさせる程度ではあるが、
そこへ衛宮志保の保有スキル「天然」が加わると「無自覚のあくま」に変貌を遂げ、
ランクにしていえば「B+」まで跳ね上がる。
現時点で被害ニ名。同性を含めると三名。
因みに遠坂凛保有のスキル―こあくまのランクは「A++」。
条件さえ整えば人の身にして英霊すら誑かす事が出来る。
但し、話の通じる相手のみ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二月十四日。
製菓会社の企てた行事といえども甘く見ることは出来ん。
穂群原学園の生徒等も多分に漏れず朝からいつもとは一風変わった雰囲気を纏っていた。
かく言う自分の下にもチョコがいくつか届いた。
主に生徒会関連と、いくつかは机の中に。
気持ちとしてはありがたいが、どうにもな。
柳洞は、というより父はこういった行事にも理解を示す人だ。
フランク、というのか。
よって校内はおろか道すがら食べて帰るような暴挙にでなくて良いのは幸いだ。
ああ、だがそれも去年までの話。
パチッ
「穂群原ってこういうイベントに随分敏感なんだな」
碁盤を挟み目の前でカラカラと笑う、この娘と出会ってしまったから。
「慎二なんて両手に余る位のチョコ貰ってたな。あれだけ貰ったら男なら嬉しいよか、来月泣き見そうだな」
「かくいう衛宮は何ゆえチョコを食べているのだ?」
「んーとな。朝に凄い勢いで桜に手渡されたヤツと慎二がお返しにってくれたヤツ。
でもアタシがそれを貰っちゃ渡した子に悪いと思ったんだけどアレ全部食うと体、壊しそうだったからな」
ぴくっ。と、ある一言に体が反応する。
「お返し」と言わなかっただろうか?
パチッ
――むぅ、それは衛宮が間桐に何かしらの益を与えたということならばその益とは即ち今日の日付を慮れば
答えは明確つまりつまりだ衛宮はあの間桐にチョコを渡したということで今日男にチョコを渡すという事は
いや短絡言うなかれ衛宮の交友関係は狭いよって彼女は間桐を選ん――――――
ゴンッ
「……ふぅ」
落ち着け一成。
一体何処に心をざわつかせる要素があるという。
「どうした?一成?今の一手は全然致命的じゃないだろ。なんか最近黙ったかと思えばそうやって頭叩きつけて。
マゾヒズムにでも目覚めたのか?」
「何が悲しくて自虐心に目覚めねばならん。衛宮はもう少し言葉を選ぶべきではないか」
パチッ
「思ったことを口に出すのがそんなに悪いことかよ」
「ああ、よろしくないね。そのあけすけな所は思い違いを引き起こさせる。喝」
主に男共に。
「あ、お茶が切れた。ちょっとタンマ」
そうして彼女は備え付けのポットへと向かう。
思えばこの一年、衛宮といる時の自分はとても自然体でいられる。
中学までは女子で仲の良かった者は一人もいない。
精神的外傷とまで断ずることはできんがあの女が自分の女嫌いに拍車を掛けたのは明白。
女とは浅ましく疑り深く、姦計に長じている。
僧侶を目指す者としてこの認識はいずれ正していこうと誓ったが少なくともこの学園に通う間は適うまいて。
だがそれも衛宮がいてくれるなら……。
「お待っとさん。――――いけね、忘れてた。そら、一成の分」
「この包みは?」
手渡されたアルミホイルで包まれた何か。
そこそこの重量感があり、「開けて良いのか」と目で訊けば「どうぞ」で返してくれる。
「これは………おはぎ??」
何ゆえおはぎ?
「流れが読めんのだが…」
「ん〜、今日って、ヴァレンタインだろ?で、藤ねえが何時からかさ、
『せっかくのイベントなのに男ッ気がないからつまんない〜〜っ。よしっ志保!あんたわたしに何か作りなさい!』
とかぬかしやがってさ。アタシもごめんだったけどあんまりにも暴れるから作ったンよ」
「それがおはぎに変貌する理由は何なのだ」
「作るといってもまんまチョコにするのも癪だったんだ。アタシ、男に何かするイベントって好きじゃないし。
だからチョコってワケ」
と……言うことは、だ。
「先の間桐からお返しというのは……」
「ああ、あれな。そう、おはぎのお礼。藤ねえの為だけに作んのもアレだから桜の分と一緒にあげてるんだ。
と、くれば一成にもやるのが道義だろ?そういや慎二に初めて渡した時の顔は楽しかったな。
ジェットコースターみたいだったぞ」
憐れな、間桐よ。
今だけは同情しよう。
しかし……そうか。
正直、安心した。
「まぁ食べてみなって。アタシは「和」のものならお菓子でも手は抜かない」
「いや、ありがたく頂戴するが…衛宮の分はどうする」
「アタシャ昔からお茶請けはどら焼きって決めてるんだ。最近は他の甘いものも良いかなって感じてきたけど」
うむ。律儀に割り箸を添えてある辺り実に彼女らしい。
「よっ、と…」
「これ、衛宮。女性が机の上で胡座をかくとは何事か」
「盤を囲む時はこの方が落ち着く、あんま目ぇ光らせるなよ。ウチの制服スカートは長めだし、
だいいち今はアタシ達二人だけなんだしさ」
それがまずい事だとどうして解らないのか、この娘は。
スカートが長いといえど覆い切れない部分からは衛宮の白い足が―――――
「かぁーーーーーーーーーーーっっっつ!!!!」
俺は、俺はぁ、なんと不埒な!!
衛宮にそんな視線を向けてしまうとはぁぁ!!!
ガンッガンッガンッ
「おまっ、バカ!!一成何してんだ!そんなことしたら額が割れちまうぞ!?」
がしっ
「止めてくれるな!!衛み――――――」
―――密着して……せなかに………柔らかい感触が――――――――
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉおぉぉぉ!!!!!」
ガンッゴンッゴンッ
「ああもうっ!静まれってのコイツ!」
ふにょん
「――――――――――(ふらぁ)」
「うわっ!?一成!?一成!!」
耳元で聞こえる声が段々遠のいていく。
薄れ行く意識の中で思った。
――――衛宮は友人だ。
―――――しかし、彼女は遠坂以上の難物やもしれぬ。
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