<Die Sicht ändert 衛宮志保>

()っつうう……。
今回のは一段と重い。
頼むから何も起こんないでくれよ。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇
<Die Sicht ändert 間桐慎二>

変な女の子だった。

入学してから一週間程度が過ぎ、ある日の放課後。
その子を初めてみた。
初めて、というのは語弊がある。
彼女はクラスメートだったわけだけど、彼女自体よりその行動が目に付いたから。
だから「ただのクラスメート」じゃない彼女を見たのはそれが初見。

彼女は入学当初から少なからず気になっていた人物だ。
真新しい制服、半数を占める程の他校出身のクラスメート、様々な不安要素が満ち満ちていた。
かく言う僕もその一人だと認めておこう。
誰もがそわそわと浮き足立ち、早く溶け込もうとしてる中、その子だけが違った。

周りの女の子たちはつい最近までランドセルを背負っていたわけで。
当然幼さが滲み出る……というよりずばり幼かった。
ポニーテールにして尚、背中半分まで届く赤みがかった髪にも目を引いたけど、何よりも「差」が見えたのは顔立ち。
整っている、とかいう話じゃない。
周りの幼さと比べると、いわば「在り様」とでも言うのか。
同じ12歳にして見ているものが違う、といった感じだった。

この学校は部活に参加することを義務付けられているけど期間以内なら気の済むまで見学して決めて良い、
とされていて僕は大方どこに入るかは決めた上で部活を見て回ることにした。
そこで彼女に会ったんだ。

おかしなもんで彼女の姿は見学期間に何度も見かけることになる。
おかしい、っていうのは見かける場所がいつも異なること。
ある時はバレー部のポールを片付け、ある時は剣道部で防具の手入れをして。
共通してたことはいつも決まって一人。
そして、やってたことはいつも後始末。

期間も僅かという頃、また彼女を見かけた。
僕は僕で無為な時間を過ごしてるようで無意識の内に彼女と会える時間まで待ってたのかもしれない。
場所は家庭科室。

どっちが先に言ったのか。
部員らしき一人が彼女に後片付けを頼み、あれよあれよとその場のほぼ全員分を任されていた。
あの子はあの子で「是非」なんて笑顔で受け答えするもんだから周りも気兼ねがない。

そうして彼女一人になり、今日に限って声を出してしまった。

「きみ、バカじゃないの?」

「えっ?」と彼女は振り向く。

「―――――」

そういえば、こうして面と向かうのは初めてだ。
わけもなく心臓(きもち)がざわついてくるけど持ち前の喋りはペースを崩さない。

「あんな顔で応えたら誰だって頼っちゃうよ。はっきり言って損してるんじゃない?」
「アンタ、誰?」

しまった。
突然現れてべらべらと喋れば向こうだって何事かと身構えてしまうだろうに。

「クラスメートさ。きみは衛宮……だっけ?」

これは嘘。
彼女の名前はとうに知っている。
でもあえて互い、よく知らない風を装う。

「そうだけど、アタシはアンタの事は知らないぞ」

名前はおろか顔すら認知してもらえてないのは少しばかり癪に障ったけど、
それは、まぁ予想がついたこと。
きっと彼女は自分の前後と窓際だから右手の人間くらいしか覚えてないだろう。

「僕は間桐慎二。入学から二十日は経ったのにクラスメートの顔も覚えてないのはまずいんじゃない?」
「そうか?焦って覚えなきゃいけないことでもなし」

成る程。
こういう女の子なわけか。
今まで僕の周りにはいなかったタイプだ、多分。

「に、してもこんな量の食器。ひとりで片付けようとするなんてやっぱりバカだね」
「む、初対面でばかばか言うなんて失礼だな、お前」

女の子に「お前」なんて言われたのは何年ぶりだろう。
それに衛宮の言うことも頷ける。
まともに話すのが初めての相手にこんなに不躾に応対してしまうのは僕らしくない。
なら僕らしくないならそのついでに普段しない事をしてみようか。

「仕方ないから手伝うよ」
「え…いいってそんなの。アタシが好きで引き受けたんだ。通りすがりが関わることじゃない」
「僕がやってやるって言うんだ。好意はありがたく受け取っておくものじゃない?衛宮?
 それに今からこれ、一人で片付けようって言うんじゃ校門閉められるよ?」


「はぁ、わかった。頼む。でもこんな時間までうろつくなんて暇なんだな。間桐」

話してる時間も面倒になったのか衛宮は諦めたように肩を竦ませて言った。
呆れるように言われたのに少しの不快感もなく、「間桐」と彼女に呼ばれた時、何か…すとんと胸に落ちる感触。

「じゃ、分担してやろう。アタシは食器洗うから間桐はそれを拭いて戸棚にしまう、いいか?」
「オーケー、構わない。ところで気になってたんだけど衛宮ってどうしてそんな乱暴な言葉使いするのさ?
 イメージ損ねるよ、そうゆうの」


そこで衛宮の横顔が洗い物ををこなしながらもむぅ、としかめっ面になる。

「周りがどんな印象持ってようがアタシには関係ない。言葉使いだってこれでも随分と譲歩したんだ。
 いいだろ、制服だって着てるんだからこれ以上オンナノコしようとしなくても」


よっぽど気にしてるのか訊いてもないのにない事まで喋りだす。
それでさっきの疑問に納得がいった。
女の子なのにも関わらずきつく当たってしまった事。

衛宮は外見は整ってるけど中身は少しも女の子らしくない。
無意識にそれを感じ取ってたのか男に対するような態度を取ってしまったんだろう。
なんだ。
変なのはその辺だけで彼女は全然自然じゃないか。
なんで彼女を「浮いた」存在だなんて考えたのか。

「あ!間桐、それじゃ駄目だ」

考えふけってた矢先、駄目出しを受けた。
何かまずいことをしたかと手元に、戸棚、ぐるっとみたところ以上はない。

「何が駄目なの。ちゃんとしまってるよ?」
「ただしまえばいいってもんじゃない。食器にだって使う頻度があるんだ。その辺考えてやらないと次に困るだろ?」
「衛宮、それってナンセンスだよ。次に使うって、それは僕等のことじゃないでしょ」
「うっさい!アタシは損得勘定は嫌いなの。その為に順付けで洗ってたんだからそれに合わせればいいんだ」

「そんなもんかね」と渋々従うことにした。
不思議だけど、この時間が「悪くはないかな」なんて感じられたから。

食器を全てしまい洗い場に目をやると衛宮はガス台をしきりに擦っていた。

「今度は何?もう時間無いよ?」
「あと少し。ここだけ」
「ホント衛宮は無駄が好きだね」
「無駄じゃない。美味い料理のためには清潔な台所の方が良いに決まってる」
「その口振りだと衛宮は料理するの?」
「するよ、そりゃあ」

当たり前だ、って勢いで応える。
不思議とエプロン姿の衛宮のビジュアルがぽんと浮かぶ。
自分はこんなに想像力豊かだったかな、と思うほど鮮明に。

家庭科室の照明を落とす前に二人で中を見回す。

「どう?やっぱりキレイなほうが気分イイだろ?」
「まぁ……ね。悪い仕事じゃなかったかな」
「素直じゃないね、お前」

◇ ◇ ◇

それからというもの僕は衛宮に頻繁に話し掛けている。
とはいえクラス内での僕の評価は上々なのに対し彼女の周囲には人が集まることは無い。
衛宮の度を超えたお人好しは相変わらず健在のようで、
ゴミ捨て、資料運び、はてはどんな経緯からか生徒会のアンケート集計をこなす場面に出くわしたりもした。

こういうときにも彼女の在り様は他と違って見える。
頼まれ事を持ち掛けられても彼女は嫌がる素振り一つ無くそれを受けている。
人っていうのは自分の領域ってやつを持ってるもので、それを円に喩えると人がテリトリー(そこ)に入ってくれば円は歪むもの。

でも衛宮は違う。
彼女も領域は持ってるはずなのに歪みを見せる事が無い。
最初から円なんて無いみたいに。
それはきっと凄いことでも喜ばしいことでもなく、危ないことのように思える。

とどのつまり、彼女を体よく利用するやつもそれをホイホイ引き受ける衛宮にもむかついていた。

そうして二年に上がり、またしても衛宮と同じクラス。
夏休みも間近というある日、体育の授業が終わり着替えをしてる時のこと。

「なぁ衛宮って最近やけに体つき良いと思わねぇ?」
「だよなぁ。なんていうかワンランク上だよな、周りとさ」

聞き捨てなら無い会話が耳に飛び込んでくる。
更衣室に残ってるのはどうやらその話してる奴等だけで他の連中は昼休みに入ったらしい。
僕はロッカーに隠れる形の場所にいたので向こうは気付いてないだろう。
衛宮に一番話し掛けてる僕がいると知ってたら此処でそんな話はしない。

「知ってるか?衛宮って頼まれ事されても断ったこと無いんだってよ」
「ああ、俺もゴミ捨て任せたことあるわ。便利なやつだよなー」
「ははは、じゃあシモの世話頼んでも引き受けてくれるんじゃないのか?」

「へぇ。誰が、何をしてくれるって?」
「ゲッ!?間桐!」

たまりかねて割り込む。
衛宮も衛宮だけどこんな奴等が彼女の近くにいると思うだけで不快だ。

「ねぇ教えてよ。衛宮が何だって?」
「いや、あの……」
「何だよ!間桐とは関係ねぇだろうが!ほっとけよ!!」

一人は押し黙ってももう一人は食って掛かってくる。
バカだねぇ。

「関係あるさ。衛宮は僕の友人だからね。お前達みたいなのに付きまとわれちゃ迷惑なんだ」
「偉そうな事ばっか言いやがって!」
「おい、やめとけよ…」
「あは。何?その握り拳は?今逆らってくれても構わないけど後が怖いよ?
 クラスの女子全員からの総スカンは効くだろうねぇ。お前、部活でもあんまり役に立ってないだろ。
 後ろ盾がないんじゃこれからの学校生活厳しいよ?」


単純に腕力勝負するよりは初めから数で戦意喪失させた方が簡単だ。
この一年で一クラス分の女子からの信頼は得ている。
実際声を掛ければ学年中に伝播するのはあっという間だろう。
僕が言ったことはハッタリでも虚勢でもない。

「おい、間桐のやつマジだぜ?女子はほとんどコイツの味方だし……」
「わかった?なら今後衛宮には近付くんじゃないよ?他の奴等も同じ事考えてたら止めてやってよ。
 もし、そいつらが彼女に何かしたら、お前等も含めて社会的に潰してやるから」

「く、くそぅ……」

そして更衣室を後にする。
ああイライラする。

あいつ等がどこまで本気だったか知らないけど結果的に釘は刺せたわけ。
でもそれじゃ問題の解決にならない。
衛宮のお人好しを何とかしないとああいう馬鹿な連中は増える一方だ。
だからその翌日の放課後。
衛宮を呼び出すことにした。

「何だよ間桐。アタシこれからやんなきゃならないことがあるんだ」
「それってまた誰かの請け負いなわけ?」
「だったら、どうしたよ」

何か、今日の衛宮は特に不機嫌そうだ。

あの放課後の日から僕の衛宮への態度は男友達へのそれ。
といっても今、僕には確たる男の友人はいないけど。
だからお互い遠慮の無い言い合いばかりしてきた。
でも近頃はそれに輪をかけてムキになってくることが増えている。

「今日という今日は是非その悪癖を見直して欲しくってね」
「またそれか…。お前には別に迷惑かけちゃいないだろ」
「バカ?僕は衛宮の友達だからさ。気分良くないの、そういうの」
「なんだよ、それ。ンなかっ……て、な―――」

?どうしたってのか?
突然前屈みになって黙り込む。
あれは、汗。脂汗だろうか?

「〜〜〜〜〜〜…………ふぅ。と、とにかく。これはアタシの信念からきてるんだ。
 アタシだって自分の限界位わきまえてる。間桐が気にかけることなんて無い、っ……もう…行く」


熱さにやられたのか大分苦しそうだ。
だからっていって僕からの忠告を無視するのは許せない。

脇をすり抜けようとした衛宮の腕を掴み強引に、あくまでも女子として強引にひっぱる。

「待てよ!一方的に話を切―――――――――」
「うっさいな!!!ほっとけよ!!こっちの都合だって、っっ〜〜〜〜〜」

衛宮が久々にキレたか、と構えると次の瞬間お腹を抑え、へたり込んでしまった。

「え、衛宮!?腹痛か?保健室に……」
「…………………いりだ…」
「えっ、何だって?」
「生理だっつってんだ!!察しろ、バカっ!!!!」

「え――――――――――――――?」
「〜〜〜〜〜〜」

かあぁぁぁぁぁと、みるみるうちに衛宮の顔が赤く染まっていく。
……こんな衛宮を見たのは初めてだ。

「ぼ、僕、ええと、ごめ、と、ともかく保健室に行こう」

こんなとき女の子に対してどうすればいいかなんてわからない。
ひとまず涼しくて休める場所に連れて行くべきだ。
未だ真っ赤な衛宮を立たせ肩を貸して歩かせる。
こんなにベッタリくっついたのも初めてのこと。

『衛宮って最近やけに体つき良いと思わねぇ?』

くそっ、なんだって思い出す価値の無いやつの言葉なんかが耳に残るんだよ!
失礼だと感じながら下を覗き見る。
薄手の夏服には、はっきりと女性たる胸がなだらかに曲線を作り上げている。

「………あ、のな……間桐?どうした?」
「ぃええ?な、なんでもないっ。えっと…何?」
「あの、さっきのことは…」
「あ、ああ!衛宮も女の子だからね。気にしないよ。忘れろっていうなら忘れるから」

ほんと僕らしくなくどもりながら応えてしまった。

「それは、いいけどさ。アタシの頼まれ事、手伝えなくなったこと伝えてくんないかな?」
「仕方ないね。行ってきてやるさ。衛宮も落ち着いたらさっさと帰って休みなよ。じ、じゃあ!」

その後、衛宮が手伝うはずだった奴の所までその旨を伝えた。
男だったからついでに釘を刺した上で。

困ったのはその後だ。
僕の衛宮を見る目はすっかり変わってしまった。
あれ以来、今までぶっきらぼうな面しか見えないと思ってたのに、
今の彼女に「女」を見出してしまった。
けど衛宮の態度もその行動も変化が無いもんだから僕一人がやきもきしてる気がする。

◇ ◇ ◇

休みに入っても悶々とした日々は続く。
本当、らしくない。
クールを信条におこうと言い聞かせていた自分はいつの間にか電話を手にとり衛宮の番号をプッシュしてた。

「―――――――はい、衛宮です」
「――――――――っっっ」

クソっ、何がクールだよ。
気の利いた言葉一つ浮かばないなんて。
何か無いか何か何か何か……。

「あ、ああ衛宮かい?間桐だけど」
「あん?間桐?珍しい、って言うか、間桐がウチなんかに電話かけるなんて何か困りごとか?
 生憎とアタシャ間桐に宿題教えられる程頭良くないぞ」

「いや、そういうんじゃなくて、さ」

何か、何か――――――そう。

「そ、そう!紹介したい奴がいるんだ。衛宮、僕の家に遊びに来ない?」

半分は口実、半分は事実。
同じ学校なわけだからいずれ彼女(あいつ)には会わせておこうと思ってた。

「はぁ…どっちにしても珍しいな。こっちには断る理由なんか無いし、お呼ばれするよ」
「う、うん。だったら学校側からマウントに繋がる最初の交差点で待ち合わせよう。くれぐれも遅れないでくれよ」
「おっ、急に横柄になったな。その方が間桐らしいけど」
「時間は―――」

ほんの数分足らずの会話を終え受話器を下ろす。

「ふううぅぅぅぅぅーーーー」

肺の空気を全て絞る位に吐き出した。
呼吸が落ち着く頃には腕がふるふると震えだす。
僕は、喜んでいる?
なにか悔しいけど自分に嘘は吐けない。

「衛宮が…うちに来る」

自分の家の中だっていうのに、思わず形をとろうとしたガッツポーズを抑え込むだけの自制は利いたみたいだ。

◇ ◇ ◇

「こいつは……」

彼女を屋敷までエスコートして「此処がそうだ」と言えば、言葉も出ないほど驚いてくれた。
まぁ驚いてくれなきゃ張り合い無いけど。

「アタシの屋敷より豪勢だな。間桐ってお坊ちゃんだったのか」
「衛宮、その言い方は好きじゃない。次からは気をつけてよね」
「へぇへぇ。そういや会わせたい奴って家の人か?それとも後から来るのか?」
「中にいるよ。まぁ、あがって」

道中、
「靴は脱がなくってもいいんだよ?もう、庶民はこれだからなぁ」
「う、悪かったな、庶民で。そういう間桐はお坊ちゃんなわけだ」
「く…言うじゃないか」

実にいつも通りの会話をこなす。
私服の衛宮は初めて見るけど本当に飾らない女の子だ。
それとも「飾る」って言葉を知らないのかも。
彼女なら十分ありえる…というか該当最有力候補の項目だろう、きっと。

無骨と言っていいくらい可愛げのない無地のTシャツ。
脚線がよく出てるジーンズ。
シンプルイズベストとは言うけど、これほどその言葉を地でいく子もいない。

「うわ……中もこれまた別世界だな」
「なんか飲み物でもいる?」
「ありがたいけど、此処は随分空調が利いてるから今は遠慮しとく」
「なら座って待っててよ。今、連れてくるから」

返事を聞かずニ階へと向かう。
ちらっと見た時はカーテンが閉められたけど「待っていろ」と言われたからにはおとなしくしてるだろう。

「桜、開けるよ」

ノックはあまり意味が無いけど今日くらいは。

「僕の友達を招いてるんだ。お前も下に来な」
「……はい」

こっちはこっちで衛宮とタメはる位いつも通り。
髪で隠れた顔からは相も変わらず薄暗い雰囲気が零れている。
あまりの重苦しさに衛宮の気分を害さなきゃいいけど。

「待たせたね衛宮。こいつが僕の妹の桜だ。そら、挨拶しな」

俯いたまま一歩前、衛宮と向かい合うように進み出る。
桜が顔を上げたかと思えば、
「……あっ!?」
「…………えっ?」

声をあげる桜にワンテンポ遅れて衛宮が戸惑いの声をあげる。
いや、それよりも、
桜が口に手を添え驚きの声をあげるなんて初めてじゃないか?

「あっれ?君等知り合いだったわけ?」
「いんや、アタシは初対面の筈だけど…」

「あ…私、先輩のこと……学校で見たこと…あったんです。だから……」

今日は驚かされてばかりだ。
「あの」桜が人の話に割り込んで、あまつさえ言い訳じみた説明をするなんて。

「ふーん。アタシそんなに目立つマネはしてないんだけど」
「何いってんのさ。衛宮のおっかしな行動は目立つよ?結構」
「む……何時そんなことした?アタシは実に平凡だぞ」

全力で否定してやりたいけど追求するよりも彼女は視線を桜の方に移す。

「ま、改めて自己紹介しておこう。はじめまして、アタシは志保。衛宮志保」
「ま、間桐…桜、です。よろしく……」

ああ…ほんっとドンくさいヤツ。
普段に比べれば格段に頑張ってるみたいだけど。

「ああ、よろしく間桐……間桐?」

自分で言った言葉が引っかかったのか。
衛宮は首を捻りながら僕と桜を指差してくる。

「まいったな間桐が二人じゃ呼び難いぞ。いっそ名前で呼んでもいいか?えっと…桜に慎二?」
「え、衛宮……」
「ん?やっぱ駄目か?桜も?」
「そんなこ「――――――いいえ!!構いません!」……さくら…」

「――――――あ………に、兄さん…ごめんなさいっ!」
「あ〜。いい、いい」

もう驚かないぞ。
正直、気圧されたけど。

「んじゃ改めて、よろしく桜。それに慎二も」

は…これは思わぬファインプレイだったかもしれない。
桜と引き合わせることで名前を呼ばせる、という副産物が得られたんだから。
まぁさっきの桜の無礼も許してやろう。

「とりあえず座ろうか。桜も、座れよ」
「え?……はい」

他の人間なら桜は部屋に戻してるとこだけど衛宮相手なら居ても構わないかな。
なんとなく…今日は一緒の方がいい、なんて考えてたし。

「慎二、お皿って何処にあるんだ?」
「どうして、あ……それって」
「客だからな。手土産ぐらいは持参するさ。アップルパイ、食べるだろ?」
「へぇ。わざわざご苦労だね。なら、お茶もいるかな。女中を…」
「アタシにやらせてよ。場所教えてくれるだけで良いから」
「せ、先輩っ。私もお手伝いします」
「そう?ならティーセットの用意頼める?」

あっという間に奥に引っ込んでしまった。
自分だけ手伝わないのもアレかとも思うけど衛宮は気にすることなんて無いだろう。
桜は論外。
というか今日の桜は僕の知ってる桜じゃない。

「ああ…でも…」

嘘から出た真と言うもんで、衛宮と会わせたのは本当にプラスに働くかもしれない。
自分なりに兄らしく振舞ってはきたけどギクシャクした関係は未だほぐれず。
それがどんなカタチでも、
気持ちが通じて兄妹(きょうだい)の関係が始まるっていうならそれも悪くないのかもしれない。


「これ、衛宮が?」
「ああ。お菓子はそんなに頻繁には作らないけど。あ!美味くなかったら言ってくれよ?その方が励みになる」
「いいや。そんなことないさ。やるじゃん衛宮も」
「あ、ハイ。おいしいですよ先輩」
「どうも。さっき「女中」って単語が出たけどそれって俗に言うメイドさん?」
「そうさ。此処には両親はいないし、見ての通りこの屋敷だからね。身の回りの世話をする人間は何人かいるさ」
「そっ……か」

衛宮は女中の話よりも両親の話の所で表情が暗くなる。
なんて分かり易いやつ。

「何ひとりで沈んじゃってんの?衛宮だって色々抱えてるんじゃない?バイト、認められてるくらいなんだから」
「援助はして貰ってる。でも生活費くらいは何とかしたいからな」
「衛宮は苦労性過ぎ。甘えて、頼れるならそうしとくべきだっての」
「これがアタシだからな」

桜の前で言い合う気は無いのか、いつもの会話に発展する前に切られた。

この日から明確に、衛宮は僕にとって「特別」になる。
単純に恋愛感情で括れるようなものじゃない。
その気になれば告白だって出来たし、仮に別の誰かに付き合ってくれといえば大概はOKを貰う自信がある。
でも衛宮には……何故だろう、思い通りになって欲しくない。
友達としてフェアに、けど彼女を女の子として意識せずにいられない。
どうにもあべこべな気持ちではあるけれど、
もし……もし衛宮が男だったらもっと別な付き合い方になったんだろうか。

◇ ◇ ◇

小さい頃から話を聞く度優越感に浸れた。
自分は周りの人間とは違う。
だって僕は魔術師の家系に生まれたのだから。
他人には決して口外できなくても、そう思うだけで高い場所に立てた気がしていた。

それは当然、当時どこからか養子として僕の妹となったばかりの桜にも向けられる。
魔術の知識は一子相伝。
長男たる自分にその全ての権利を有し妹は単なるおまけ。
桜には長男として哀れみすら向けたこともある。

だから自分には、いや間桐家にはこの先魔術師となる素質は生まれない、
それを知った時は価値観が崩されたくらいショックを覚えた。
同時に魔術師としての幕を下ろそうとする父を嫌悪し、未知の世界を体現した祖父を名乗る老人を尊敬していた。
皮肉なことに知識には困ることが無い。
蓄えられた膨大な書庫を読み耽ることで再びあの優越に浸ることが出来る。
それがいかに自分にとって無益だったとしても。

しかし中学に入り僕の世界に別な色が加わった。
バカらしいほどあけすけで愚かしいほどに真っ直ぐで。
きっと憧れたんだろう、彼女に。

本人は少しも意識しちゃいないのだろうに僕をぐいぐい「表」の方へ引きずっていく。
「そこ」はとても心地が良くて。
いっそ「魔術師の末裔」である自分を捨ててしまってもいいんじゃないかってくらい。

真実に気付いたのは高校に上がる前後。
今まで物置だと思っていた開かずの部屋が開いていた。
そこは別段広くなく中央の「何か」だけやけに目立つ。

「なんだよ……これ」

階段だった。
ただ其処から漏れる空気が、言い知れない寒気を呼ぶ。
浮かんだのはB級ホラーのワンシーン。
観客から見たらそれは降りたらどうなるか……容易に想像できるほどの禍々しさ。
主役に立たされている僕には映画の登場人物同様、好奇心を抑えることは出来ず石造りの階段を下りる。

そこで………見た。

一糸纏わぬ姿で薄暗い空間の中央に立つ妹。
そしてそれを楽しそうに眺める間桐家の長。
桜が何か手振りをすれば得体の知れない塊の群がガサガサと縦横に動く。

高まる動悸。
叫びたくなるのを必死に堪えて地下室から抜け出した。

あの場所にいた時間は1分にも満たないけど、それでも理解してしまった。

―――――選ばれ、特別であったのは自分じゃなく、余所者(いもうと)である桜だったんだ。

「は……はは、なんだよ!!とんだピエロじゃないかよ!!」

喉が渇く。
この渇きは生理的なものじゃなくて、渇望。
頭は沸騰するように思考が四散して視界は色眼鏡でもかけたようにくるくると色合いが変化していく。
この感情は何だ、この喉からせり上がるようで一向に抜け出していかないものは。
掻き毟り、肉を抉ってでも吐き出してしまいたい。

なんでもいい。
痛みが欲しい。
考える余裕すら無くせる痛みが。

「うああああああああああああああああああああ!!!!」

かべをなぐる、なぐる、なぐる。
足りない――――入ってくるな!見せつけるな!!理解(わか)らせるな!!!
拳から血が出ているのに少しも収まりを感じない。

何でだよ!
こんなに血が出ているんだぞ!
いっそ気絶させてくれよ!

ダンッ

「ちく……しょう………」

ずるり、と体が崩れていく。
それは同時に僕の支えにしてきた誇りの末路でもあった。

どの位の時間が過ぎたか。
日が沈むまでの間、生まれて初めて世界の全てが無価値に思えた。
本当に…何も感じなかったんだ。
床にだらしなく横たわる自分の体も心もこの時の自分には道端の石ころ、あるいはそれ以下。


物音が聞こえる。
桜が部屋に戻ったみたいだ。

ゆっくり体を起こし幽鬼みたいな足取りで部屋に向かう。

ガチャ

「兄さん……!!その手は!?どうしたんですか!?」

妹の姿を捉え、その声が耳に入る度、黒い、マグマのようなものがせり上がって来る。
そんなものは僕の体を突き破ってでも出て行って欲しかった。
でもしょうがないじゃないか。
どうしたらいいかなんてわからない。

桜は僕の傷を見て近付こうとして、僕から零れていく雰囲気から身を強張らす。
そのまま一息で飛び掛り床に押し倒した。

「キャッ!!?」
「いつからだよ!?さぞかし満足だろうな!選ばれてっ、選ばれたと思ってた僕を嘲笑(わら)ってたんだろ!?」
「痛っ、な、なに…を」
「とぼけるな!…ああ、そうか。それも余裕かよっ、見たんだよ地下室のお前を!
 引き取られたお前が……間桐の…ぼく、じゃ…なく……」


力が抜けていく。
夢から覚めていくみたいだ。
そうだ、こんな醜い嫉妬、人に向けて何になるのか。
なのに、こいつは―――

「ごめんなさい……」

何で謝る!!
嘲笑っても、罵ってくれても、蔑んでくれてもかまわない。
でもその言葉は僕への最大級の屈辱だ!

あやまるってことは何かを差し出すってことなんだぞっ。

ビリィッ!

衣服を破り捨て、露になる下着を剥ぎ取ろうと手を掛けた時、桜の口がパクパクと動いてるのに気付き、
蚊の鳴くような声を聞く。
それは救いだったのか、最大のミステイクだったのか。

――――――――せ……ん、ぱ…い――――




――――――――――――――――――えみや
――――――――えみやえみやeミYAエミヤえMiヤ衛宮……

「衛、宮…たすけて、くれよ……うわぁぁぁぁーーーー!!」

部屋から飛び出し、屋敷から転がるように外へ出た。
まるで弾丸になったように主の意識から外れた足はある一ヶ所を目指し走り続ける。

会いたい。
会いたい、会いたい、あいたい、アイタイ、衛宮に!

◇ ◆ ◇ ◆ ◇
<Die Sicht ändert 衛宮志保>

ドンッドン ドン

んああ?
誰だよ、こんな時間に?
呼び鈴があるだろうに。

藤ねえも帰ったことだし正門を閉めて遅めの風呂に入ろうかって時、無粋な客が来たらしい。
春先だからな。
どこぞから迷い込んだ変質者の類なら即刻のしてやろう。
ひとまずの警戒は緩めず門をゆっくり開ける。
突然向こうから押し飛ばされるものマズイんで慎重に。

「―――あれ?慎二、どうして」

意外。あまりにも意外な奴が立っていた。
以前招待のお返しとして桜共々ウチに招いたが慎二が進んで此処に来ることは無かった。
その分、間桐家には何度かお呼ばれしたけど。

「なぁ、どうかしたのか?息、メチャメチャ切れてるじゃんか。なんでウチに来たか知らんけど茶くらい出すから入れよ」
「………」

俯いたままだけど一応うなずいたっぽいんで先導する。
玄関の戸を引いた時だった。

「っっっ衛宮ァっ!!!!」
「うわっ!?っ痛ぅ〜」

あの馬鹿!ナニ考えてんのか後ろから抱き付いてきやがった。
その勢い、門の所から走ったのか踏み止まる動作すら許されず玄関口に押し潰される。
そし……てっ――――――――?

「ば、バカヤロ!慎二ぃ、オマエ何処触ってんだよ!」
「エミヤ…エミヤ…」
「くっ……この…サカりやがってっ!!こっちには、ん〜なシュミないんだっ」
「たす……ケテ」
「しんっ……?―――ひぁ!?んんぅ…っこ、こんのぉ……離せ!!テメェ!」
「うぐっっ」

覆い被さられろくに身動きできない状態ながら慎二の脇腹に肘鉄、仰け反った所を思い切り突き放す。
全く!好き勝手に人の身体まさぐりやがって!
薄着で出たオレに非は無い、筈だよな?
ともかくこのスカタンから話を…あれは……。

「慎二、その手。どうしたんだよ……」

問い掛けながら近付こうとした瞬間、尻餅をついてた慎二がいきなり駆け出そうとして、

「ああっ!?逃げんな…このっ」

その腕を捕らえ相手の力を流すように家の中の方に投げる。

「おおっと、これ以上暴れるなよ」
「何だよ!!無視して行かせれば良いじゃないか!僕は…衛宮にまで……非道(ひど)い、ことを……く、うぅ」

慎二が……泣いた…。
ああもうっ!!
一体何がどうなってるんだよ。

ちらっと様子を窺う。
ホントに泣いてんだよな……慎二の奴。
毒気、すっかり抜かれちまった。
やっぱり泣き止むか落ち着くまで待つべきなのかな。
ああ、でも……。

「甘えさせてなんて…やんないからな。言いたくないならアタシは訊かない。ひとまず手当て、するぞ」
「え…み、」

聞かない聞かない。
聞いてやるもんか。

あはは、オレ本当に怒ってるみたいだ。
だって慎二の胸倉部分掴んで本当に「引き摺って」居間まで連れてったんだから。

「ホラ、ちゃんと座んないと、今のアタシは気が立ってるからな。足払いしてでも座らすぞ」
「………(コク)
「ん。素直でよろしい。に、しても……酷いな。お前何やったんだ?」

救急箱を取り出し慎二の両手を消毒した上で包帯を巻く。
アタシは切嗣(オヤジ)との訓練で生傷が絶えなかったんでこの手の処置はお手の物だ。
慎二は尚もグズり続けてたけどアタシの手際に見とれてか、落ち着きを取り戻し始めていた。

「っと、こんなとこか。正直ここまで酷いと骨にキテるかもしれないから病院行っとけよ?
 ところで、慎二。少しは落ち着いたか?」

「……ごめん」
「返事できるなら十分だ。いいか?歯ァ食いしばれ――――よっ!!」

思いっきりグーでいってやった。
それでも膝立ちで殴ったから体重もさして乗っからず手加減代わりにはなっただろうか?
あ、呆けてやがる。

「コイツでさっきのことはチャラにしとく」
「―――あ……ああ、そうだね。殴られて当然のことを僕は……」
「こら、また殻に篭ろうとするな。さっきも言ったが、言いたくないならアタシも訊かない。けど一つ確かめさせてくれ。
 慎二、さっき「衛宮にも」って言ったよな?」


ビクっ

わっかりやすいな。

「それって…桜のことか?」

すると目に見えて震え出す。
そのサマから慎二の傷を抉り出すのは酷かとも思ったけど、それは思いやりじゃない。
アタシは友人として、先輩として、
慎二の後悔が後悔であるうちに、この兄妹の助けになりたかった。

「もう、ダメだ…僕は桜に、桜に……」
「ふざけるな…。慎二は生きてる。桜も生きてる。だったら何を怖がるっていうんだ。
 やり直しなんていくらだって利くだろ?お前、自分が死ぬまでこの先そんな想い引きずって生きてくのかよ」

「衛宮に………僕の気持ちなんて―――」
「おお、わかんないね。でもな、桜が今傷ついてるんだなってのは分かってるぞ」
「っ……」

それきり黙り込む。
それは、きっと痛感してるんだ。自分の無力、不甲斐なさを。
けど手を差し伸べてはやれない。
桜の為って意味でも。

「衛宮……頼みがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「僕を……抱きしめて欲しいんだ」
「……ッハン!慎二ィ、まぁだ殴られ足りなかったか」
「ち、違う!!…ほら、考える度、震えが止まらない。情けないだろ?でも、衛宮に女々しいって思われても構わない。
 せめて震えが止まるまで……」

「う…………」

その子犬みたいな目はズルイ。
そんな必死に頼まれちゃ拒めないだろうが。

「わ、わかった。でもな!妙な真似したら今度こそ引導渡してやるからな!!」

屈んだ慎二を両の腕で包む。
嗚呼、ナニユエ男を懐の内に招きいれにゃならんのか。

カチ、カチ、と時計の針の規則正しい音。

ナニコノ沈黙ハ?
イタイ静けさってこれのことを言うんだな。
でも、この気まずい感じ、
切嗣に魔術を教わる為の返事を待ってたときと似てるや。

やがて体がぐっと押し返される。
うあ……ったく、顔、赤くなってないだろうなアタシ?

「あ、りがとう。もう大丈夫だよ」
「ふ、ふん。そんなこと言って後半は感触、堪能してたんじゃないのか?」

駄賃代わりにこの位突付いても文句ないだろ。

「な、なにを!僕だってTPOくらい弁えてるっ!」
「おんや、顔が赤いな慎二よ」
「衛宮!」
「ああ(ワリ)ぃ。じゃあ……もう、いけるな?」

一拍おいて、真剣に尋ねる。

「………」
「いいか?帰ったら直ぐ謝りに行け。気取ったりするな!桜がいなけりゃ見つかるまで探して許しを貰うまで謝り続けろ。
 アタシも明日そっちの屋敷に行かせてもらうよ。許してもらえなかったらアタシが着くまで土下座なり何なり、
 惨めでも謝り続けてろ。その後はアタシもフォローに回るから」


我ながら無茶苦茶だな。
桜がそこまで強情を張り通すとはアタシも到底考えてない。

「許してもらえたら、さ。話せよ、二人で。何でもいいからさ、話す事思いつかなくても話し続けてみろよ」

玄関から門まで見送って檄を飛ばしてやった。
そして街灯に照らされた慎二の顔はふにゃっと見た事がないくらい穏やか表情で、

「ありがとう。衛宮ってさ、いい女だよね」

なんてのたまうからアタシも軽口で返せた。

「覚えとけ慎二。アタシにゃその賛辞は禁句だ。……明日、な」

慎二の姿が見えなくなるまで見送り、アタシは久しぶりに鍛錬をせず床についた。


そして翌日。
まぁ僅かな危惧は残ってたけど慎二はそこまで悪い奴じゃない。
案の定、屋敷を訪れたオレを間桐兄妹が迎えてくれた。
桜はまだちょっと陰を背負ってたがそれもいずれは晴れてくれると信じたい。

慎二も腫れ物…じゃ失礼か。
宝物が壊れないように慎重に妹に接している。
これが慎二なんだよな、元は面倒見のいい奴だったし、女の子に対しては、だけど。

一応の終結はみたのかな。
良い方向に流れたのだから釘は刺しておこう。

「あー慎二。昨日の一連のことは忘れよう。アタシも忘れるから」
「衛宮には恥ずかしいとこ見せ通しだったからね。衛宮が許してくれるなら、ありがたくそうさせてもらうよ」
「べっつにぃ、慎二を許しを請われるような事はされてないさ」

よかった。
アタシもまた、友人を失わずに済んだから。

余談だがこの日の訪問の帰り際に桜から「お姉さま」と呼ばれるようになった。
……なんで「さま」なのか。
そのアツげな眼差しが印象的だったな。


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