切嗣ズボラ過ぎ。
のっけからこう言いたくなるほどこの男の生活スタイルは目に余る。
家族として生活をはじめて最初にやることは買い物だった。
兎にも角にもあの屋敷には何も無い。
あれだけ広大な敷地と間取りだってのに箪笥一つ用意されてはいなかった。
あの屋敷を手に入れたという時点で薄々感じてはいたが切嗣はなかなかの金持ちだったようだ。
家具を始めに日用品やらビーカー、フラスコと本当に要るかも怪しい物を次々と買い込んでいく。
思えばこの時の暴買振りからして切嗣の無能ぶりが露呈していた。
ちなみに買い物の中には当然俺の衣服も入っており切嗣はしきりに俺にスカートの購入を勧めた。
ヤツ曰く「女の子はスカートを履くべきだ、いや履かねばならない!」
無論断固拒否。
で、食事もインスタントを始めに外食、店屋物な日々が続き、あ、これはマズイ、と。
それからは雑誌片手に台所に立つ俺が衛宮家の日常になる頃、主導権は逆転していた。
そうして1年程経とうという頃、現在衛宮家には二人の来訪者が現れる。
いや、正確には片方はインベーダー。
「おはよー切嗣さん。志保もおはよー」
制服に身を包んだ、女性というよりは女の子、個人的に言わせてもらえばガキ大将。
能天気という表現がこれほど似合う人もいまい。
「おはよう大河ちゃん」
この男、女性と見ればこの調子だし。
侵略者の名を藤村大河。
初見は大家への挨拶の時。
◇ ◇ ◇
「じ、爺さん。本当に此処に大家さんがいるのか?」
足場が固まって前々から予定していた大家への挨拶。
だが現実は俺が当時イメージしていたものとは逸脱していた。
門前に掲げられるは「藤村組」の看板。
社会知識の乏しい俺でもその表され方からこの場所がどういうものか察しがつく。
というかいくら礼儀だろうが何であろうが年端も行かない子供にヤクザの知り合いと面会させるのはどうか。
道すがら俺はビビリ通し。
バリっと趣味の悪い色合いのスーツを着こなす者、顔に切り傷がある者。
今までの日常を踏破した人間たちと目を合わせられず切嗣の背後に隠れるように歩く。
当の切嗣は涼しげなもので素直に感心したもんだ。
通された先の大家がまた濃いこと濃いこと。
大柄で鬣のような黒髪の中に白髪が混じるその頭には何故かゴーグル。
黙ってても「威」が滲み出る雰囲気をまとった男こそ、この藤村組組長、藤村雷画そのひとである。
「おお、衛宮の。よぅ来たじゃねぇか。てぇと、そこの子かい?息子さんは」
「娘ですよ、雷画さん。ほら、志保も挨拶挨拶」
軽くトンっと背を押され厳つい爺さんの前に出される。
「は、はじめまして。衛宮し…志保です」
「随分とちんまい子引き取ったもんだ。いやぁめんこいな」
ガハハと笑いながらこちらへ歩み寄りこちらの目線にあわせ腰を沈める。
「んん?ワシが怖いかお嬢ちゃん」
そう言って笑みを湛えながらポンと頭に手を置かれる。
「こ、怖い、です…けど、あの…いいですか?」
「お?何だい?」
よくわからないが爺さんはやたらニコニコしていた。
なんというか、自信に溢れるようなこの人がこんな顔をするとたちまち好々爺に早代わりしたようで安心する。
「その、お嬢ちゃん、ていうのはやめてくれませんか」
瞬間、爺さんも切嗣もポカンとして、二人笑い出す。
雷画爺さんは部屋が揺れるんじゃないかって位豪快に、切嗣は「やれやれ」と困ったふうに。
「我のつぇえ娘さんじゃねぇか、なぁ?気に入ったぜ」
「御爺様?どうしたの、おっきな声で…」
襖を開けながら顔を覗かせた女の人が切嗣と目を合わせ、
「あ……ど、どうも」
固まった。
「大河ぁ、オメェもこっち来て顔合わせろや。おおぃ誰か!酒ぇ持って来ぉい!!」
その後、なんだかわからないノリで酒盛りと相成って、
結果いつの間にか俺は藤村組への顔パス権を取得していた。
「おはよう大河さん」
それは藤村組へ行った数日後、何の前触れも無く藤村大河がやって来たとき。
「む〜〜志保ちゃん、できればあたしの事は名前で呼ばないでくれるかなぁ」
「ふぇ?なんで?」
買い置きの惣菜を並べていると大河さんは難しい顔でうなる。
「なんでって言われると言いにくいんだけど…ううう、あたしこの名前あんまりすきじゃないの」
「たいがー?」
「のばしていうなぁーーーーー!!!」
トラが吼えた。
「はぁはぁ…ともかく!あたしは志保ちゃんの「おねいさん」なんだからお姉ちゃんとでも呼んで頂戴」
ズビシ!と指を突きつけ言い放つ。
うん、情操教育への悪い手本だ、コレ。
「じゃあ姐さん」
「それ違うっ。ニュアンスが違うの〜」
「え、だって将来そう呼ばれるんなら慣れておかないと駄目なんじゃ……」
「ふわ〜〜〜〜〜ん!志保ちゃんのいじめっこ〜〜」
テーブルに突っ伏すように「よよよ」と崩れ落ちていく。
これじゃどっちが子供なのか。
「ハイハイ、なら「藤ねえ」でいい?それとこれは俺からのお願い。ちゃん付けはやめてくんない?」
こちらの提案に「藤ねえ」はバッっと起き上がり、
「それはイイけど、ダメだよ志保。女の子が「俺」なんて言っちゃあ」
「めっ」と指を立て嗜める。
それは無理な相談だ。
退院してから一週間かそこいら、俺は女としての体に少しも慣れてはいなかった。
「これは染み付いた癖だから変えらんないよ」
だから自分にとっては正直な、他人からすればはぐらかすような答えを返した。
「おや、大河ちゃん今日も来たのかい?」
「あ、切嗣さん。おはようございますっ」
なにこの変貌っぷり。
……ああ、あれだ。オトメゴコロというやつですかい。
で、更に数日後。
唐突に藤ねえが「ごはんをつくる」と言い出した。
見た目と裏腹にあれで藤村組の人達に食事を振舞ったりしてるのかなと期待してはみたものの。
ヤヴァイ。
あの手際、包丁捌き。
もう霞がかった記憶とはいえ母親の台所模様とは悪い意味で一線を画していた。
案の定出来上がったものは酷いモンでそれ以後、俺主導の元、
「衛宮家家訓 壱 虎を厨房に招くべからず」を発令することとなる。
俺が本格的に料理を覚えだしたのは、まぁ藤ねえのことが大きく関わってるわけだ。
そこそこ食えるものになった頃からは藤ねえは頻繁に衛宮家に出入りするようになる。
主に食事をたかりに。
◇ ◇ ◇
「藤ねえもうすぐ卒業だろ。そろそろ早起きする癖、つけとくべきじゃないか?高校になってもその調子かよ」
「ふふーん。あたしが通う穂群原学園は中学校より近いからラクショーなのだ」
えへん、と胸を張りながらおかわりの催促。
藤村組の将来が危ぶまれる。
「ふぁぁ…しぃちゃん、お水くんない…?」
「あ、おはようございます。はい、どうぞ」
「む、おはようございます…」
のっそりと居間に現れた女性に水を注いだコップを渡す。
藤ねえは藤ねえであまり歓迎的でない。ま、いつものことだけど。
普段からは想像できない着崩れた服にボサボサの髪の毛からテンパリ具合が見てとれる。
んで、これまた容姿と顔のつくりに似合わず一息に飲み干した上「プハァッ」と息をつく。
なんてゆうか…オヤジくさい。
「あんがとっ。んん〜しぃちゃんは今日もぷりちーね♪」
空になったコップを受け取ると同時に抱きしめられる。
「あの、サツキさん、放してくれませんか」
「つれないのねー。お姉さん悲しいわあ」
このケラケラ笑う女性がもう一人の来訪者。
位置付けは…切嗣の愛人さんらしい。
この人が此処を訪れたとき切嗣は昔馴染みの同僚みたいなもんだ、と俺に説明したが、
当の彼女は愛人だ、と可笑しそうに言い張った。
娘――俺はまだ自分を女と容認できてないけど――としては父親を信じてやるべきだが、
切嗣の男としての節操の無さはよーく分ったので悲しいかなサツキさんの言い分を信じた。
「サツキ」という名前からには日本人か、とも思ったけど彼女のもつオッドアイからは判断がつかず、
苗字はないのかと聞けば「これはコードネームだから」とこれまた判断に困る返答をもらった。
然るにウチの者はただ「サツキ」さんと呼ぶことにしている。
―――「爺さん、サツキさん以外にもいる、なんて言わないよな?」
―――「なぁんのことかなぁ志保ぉ?」
―――「愛人が、だよ。まったく、妻帯者で子持ちのクセに」
この時切嗣への信頼度マイナス5ポイント。
そんなやりとりを丁度やって来ていた藤ねえを交え、やったもんだから
切嗣のファンたる藤ねえにはサツキさんは敵として映ってるようだ。
「サツキさん徹夜明け?朝食はどうしますか?」
「味噌汁とおかず一品だけお願い。もう、切嗣の仕事が遅いとアタシに響くんだからまいったわよ」
「切嗣は今は?」
要望通りの食事にお茶もつけ自分も座する。
「多分戻りは明日になるんじゃないかしら……んー、やっぱり起きて食事が出てくるって素晴らしいわね。
しぃちゃん欲しいな〜アタシ」
「は、はは……」
この人の言動にまともに付き合うのは疲れるんで苦笑で片付けてしまうことが多い。
「志保、あたし先に行くから。志保も遅れちゃダメよ」
「藤ねえ夕飯は?」
「ん〜〜今日はいいや。また明日ね」
「いってらっしゃい」
少し元気なかったな。
やっぱり切嗣がいない上にサツキさんが居るからか。
食器を水に浸け支度を終え学校へ。
赤いランドセルは正直イヤ過ぎる。
あの出来事のせいで入学して一年と経たずに別の学校へ移ることになった。
通おうと思えば元の学校に行くことも出来たが異端扱いはもちろん同情はそれ以上に嫌だ。
また学校での生活は人知れない違和感に常に付き纏われるものだった。
呼ばれ慣れない名前。
思わず立ち尽くしたトイレ。
そうした一つ一つが失ったものを絶えず再確認させられる日々となる。
まるで差別対象にされたみたいだ。まったくの自分勝手な意見ではあったけど。
そうして心が漣立つ夜は決まってあの夢を見る。
赤い世界、黒い太陽。
夢の最中、俺のうなされ振りは大層酷いらしく目を開けるたび映る俺を憂う表情に申し訳なく思っていた。
この時からか。
明確にどうすれば切嗣みたいな、正義の味方になれるのかって考えるようになったのは。
目標は定まれど辿り着く道は考えても考えてもカタチをとることはなかった。
だから俺は子供らしい短絡振りで結論を出す。
切嗣みたいな魔法使いになれば自分は正義の味方に成れるんじゃないかって。
初めて魔法、いや魔術を見せてもらった時のこと。
「魔法使いは世間の人たちにそれと知られちゃいけないんだ」
「だから内緒にね」といういかにもな約束事に俄然真実味を憶え興奮しながら頷いた。
切嗣が行ったのは「そういう現象」としては一等わかりやすかった「発火」。
ただ掌の上に火を出すだけなら大道芸でも出来ただろう。
そこで切嗣は宙に指を泳がせパチンと弾くと幾重にも輪っか状の火が連結した炎の鎖が出現した。
理解の及びえないその光景に身が粟立つのを今でもはっきり覚えている。
まるで空想上のヒーローが目の前に現れた位喜び、はしゃいだ。
そして衛宮になって二度目の初秋、切嗣だけ居るときを見計らい頼み込んだ。
「爺さん、俺に魔術教えてくれ」
「だめ」
一秒だった。
ふん。あっさり引き下がるとでも思ったのか?
それ以降何かにつけて俺はせがんだ。
「他人に知られていけない」というのを踏まえ嘆願してたとこが我ながら律儀というか。
繰り返すうちに切嗣の心情が少しずつ零れていった。
突っ張ねるのにも俺のを案じての言葉がちらほらと飛び出す。
その中でも「正義の味方」についての彼なりの、嘆きとも憂いともつかない思いが幾度か零れた。
「全ての人を助けるなんてことは出来ない」
「九を助けるために一を捨てる」
その度に食って掛かった。
自分にとって唯一無二のヒーローがそれを放棄するような言葉を吐く。
それは認められるわけがない、認めてはいけないこと。
引くことは出来ない。
初めて持った志をスタート地点に立つ前にたたんでしまうなんて。
後半のせがみぶりは半ばヤケっぽかった気がする。
そこで手法を変えようとサツキさんに相談した。
彼女の「仕事」が未だもって分からなかったが仕事以外でも何かにつけて家に立ち寄っていた。
主に食事しに。
で、きっと俺に欲しい物があって、それをねだるんだろうと策を授けてくれた。
そして冬も半ばという頃。
「爺さん。頼む!」
「必勝の策」とやらで切嗣に挑む。
「駄目だよ。志保もそろそろ諦めてくれないかな」
「そうかよ、なら―――「夜這い」して寝込みを襲うからな!!」
ピシッ
きりつぐ は こおりついた
「?爺さん?」
顔色がどんどん薄くなっていく。
なんか言い方をマズったんだろうか。
「し……シホ、それ…どこから…」
俺が固まった切嗣にあれこれとアプローチを始め30秒ほど過ぎてやっと解凍する。
「サツキさんに。「無理強いするときの必勝の戦法だ」って」
「あンの人は全く…」
額に手を当て仰ぐ。
「と、ともかく志保の頼みは聞けないよ。それとメイ…じゃなく、サツキに教わったことは忘れるんだ。いいね?」
「よくない!爺さんがその調子なら俺だって!俺、「夜這い」って何のことかわかんないけど
色々教わって爺さんが「うん」って言うまで「夜這い」し続けてやるぞ!」
「ぐぅぅぅ……」
俺が「夜這い」と口にする度に切嗣はふらぁっとよろめく。
なんかわかんないけど効果ありだ。
そこまできて切嗣は今まで見せたことの無い真剣な表情で口を開いた。
「いいかい志保。魔術師なんてロクなもんじゃない。魔術師になるのに一番最初にすることは何だと思う?
それは自分の死を覚悟すること。命というものがどれだけ重いものなのか志保に分からないわけ無いよね?」
2年経っても相変わらず見続ける夢を思い返す。
ああ、分かるとも。
この命は両親の犠牲あってのもの、そして俺はあそこで数えきれない――――――――、何を見ただろう…?
うぅ…頭が……。
――――とにかく、俺はあの出来事で失われた命を蔑ろにするつもりなんかない。
俺は、あんなことからみんなを守る者に。
正義の味方になるんだ。
キッと、まるっきり睨むのと同じく視線を射掛ける。
切嗣もそれを真正面から受け止めた上で覚悟を推し量る。
しん、と静まりかえる居間に時計の針の音がやけにうるさい。
「―――――――ふぅ……わかった。降参だ―――」
やがて根負けした切嗣が両手をひらひらと振り敗北宣言。
「じ、じゃあ教えてくれるのか?魔術!」
「―――ただーーし。条件をつけよう」
喜び勇む俺の言葉を遮ってくる。
そんで、何故か……笑ってやがった。
あのニヤけ具合はよろしくない、絶対ろくでもないこと言い出すぞ。
「条件はズヴァリ!志保が女の子らしくすること」
「ギェえエ!?」
「手始めに「俺」は禁止。そうだね「私」か「あたし」ぐらいが妥当かな」
「ん〜なの無理だって!せめて「僕」くらいで…」
自分で提案しといてなんだが、それでもかなり無理くさい。
今の自分にとっちゃこの条件は実感の伴わない「死の覚悟」よりもよっぽど困難だ。
「却下。志保だとそれは「いかにも」だから女の子らしくならない。あ、そうだ。修行中のペナルティを付けようか。
もし「俺」っていったらその回数だけ志保には僕が見立てた服を着てもらおう」
「そ、そんな…」
「厭とは言わせない!」
マズイ。
この男スイッチが入ってしまったようだ。
普段ナニか鬱積でもしていたのか、その目は正気を疑うほどギラギラしていやがった。
「く、クソっ!!わかったよ!その条件、呑んでやるよ!」
「なら約束は今から有効だから。当面は知識というより常識の方を教えていくとしよう」
◇ ◇ ◇
それからというもの半歩とはいえオレ――心の中でくらい自由に喋らせてくれ――は日常からハズれだした。
とはいえその道程は極めて困難。
端的にいえば、オレには才能と呼べるものが備わってはいなかった。
魔術師としての質、価値、生命線たる魔術回路。
凡人からのスタートを切ったオレには僅かな例外も無くその数は微々たるもの。
というか本数で見積もれば使える回路は多くても2本らしい。
これは由々しき問題だった。
例えオレが切嗣の実演した通り大源の吸い上げを可能としてもこの小さい器では汲み切れない。
切嗣が持ちえる回路で拳銃が撃てるとすればオレのはさしずめ水鉄砲か。
修行開始と同時にキャリア云々以前のお家の歴史の壁にぶち当たったって事。
でもオレにとって問題は魔術師としての才能以外にもあった。それが――
「く、くく、あっははははははは!!」
「わ〜〜しぃちゃんカワイー。ねぇねぇこれからお姉さんとお洋服屋さんにいかない?着せ替えしたい〜」
こんな感じだ。
はっきり言って迂闊だった。
切嗣が出払ってるからといって藤ねえ等との会話で軽々と禁を破ってしまいこの有り様。
一体何処に仕掛けてたのか。
つーか自分の屋敷に盗聴器なんて仕掛けるな。
んで、このリボン付きにフリル付き……最悪だ。
これを着て学校まで行ったときは「ひとり市中引き回しの刑」に処された気分だった。
クラスメートの視線がまたイタイ。
「衛宮女装か?」なんて言われた時は眩暈で倒れそうになった、ホンキで。
ああ、これからこの出来事はオレのトラウマのひとつとして燦然と輝いていくのだろう。
…チクショウ。
◇ ◇ ◇
「……っっ、はぁっはぁ…」
精根尽き果て床に突っ伏す。
今日は初めて魔力を外に現出される訓練。
一時間かけてようやっと組み上げた擬似神経を使った魔術、投影。
当然として人には向き不向きがあるわけで切嗣の得意分野をオレが習おうとマスターできる可能性は高くない。
切嗣なりにその時はオブラートに包んだ物言いだったけど、オレのスペックじゃぶっちゃけムリ。
そこでやったのが心理テストじみた問答。
曰く日常生活の得意分野やら思考パターンは魔術に当てはめればイコールでないケースが多いという。
平和主義者が思いっきり破壊系統に特化してたり性格破綻者が蘇生術の心得を持っていたりと。
問答の中身も「どう思うか」より直感とイメージを呼び起こすため即答を要求された。
「診断」に長けた魔術師ならばいくつかの手順を踏むだけで「起源」を知ることが出来るらしいが
生憎と切嗣はそういったスキルがない。
結果行き着いたのが漠然と言えば漠然で「みる・あらわす」らしい。
そこで切嗣なりにそのキーワードから摸索して投影魔術を奨めてきた。
「はぁはっ…ぅ…どう、だ?」
「う〜〜〜む、ほいっ」
「あっ!?」
パリンッ
試しにやってみせろと言われ、「投影」したティーカップは切嗣のデコピンだけであっさり割れてしまった。
「これって……つまりどうなんだ?」
「採点で言えば不合格、だね。ああも簡単に壊れたのは志保のイメージが甘いからさ」
「イメージって…そういう場合って形がおかしくなるんじゃないのか?むしろ」
「単なる想像じゃ駄目なのさ。魔術師に必要なのは的確に核を察知すること。視覚の上から構造を捉えるのは無駄が多い。
ま、僕は畑違いだから大した助言は出せないけど、形には出来たんだ。志保にとっちゃ上出来じゃないかな?」
「そう、だな。成功しなくて当然なんだしな。とりあえずお…あ、あたしはこれ片付けるよ」
よっ、と掃除用具を取るため席を外そうとすると。
「何言ってるんだい、志保、投影ってゆう…の…は」
「爺さん?」
切嗣は散らばった破片を凝視して動かない。
「爺さんどうしたんだよ。危ないぞ、それ」
「――――――志保、どこか体に変な所はないか?」
「えっ?うん、凄く体はだるいけど魔術回路を作るときよりはよっぽどマシだぞ」
訊く、というより問い詰められるような勢いに思わずたじろいだ。
「今日はもう寝たほうがいい。後片付けは僕がやるよ」
「あ、ああ。じゃあ頼むわ」
オレが出て行くまで終始張り詰めた表情を崩すことはなかった。
「ばかな…ありえない……」
◇ ◇ ◇
また、夢を見る。
今日も今日とて我が衛宮家の道場では虎が放し飼いにされていた。
「藤ねえ…そのガラクタはなんなのさ」
中央に位置するは俗にいうおきあがりこぼし。
ただし大きさが規格外だ。
本体部には「ひとのおもさ」と書き殴られている。
「いいでしょう?どんなに殴っても沈むことがないんだから!人じゃこうはいかないわ」
なんて物騒な。
鍛錬なんて名目でやってるって言ってもあれは単なる憂さ晴らしだ。
剣道らしく見える……見えてたのは始めの正眼だけ。
てゆーかいきなりそこから足を払いに行くのはどういうことか。
「ハァッ!!あのヘボ審判めぇぇ!ワンポイント位でガタガタ言うなぁ!!」
怨恨が混じっていくたびその剣技、もといタイガークローは冴えていく。
もはや「ひとのおもさ」くんはその特性を発揮する間もなく藤ねえに叩き伏せられている。
「なぁ藤ねえ。藤ねえはケンカってしたことあるのか?」
「ええ?…フッ!なぁに?」
「ケンカだよ。ケンカ。ガキ同士がやるようなのじゃなくて怪我人が出るようなやつ」
「あるわよ。暴力団とまではいかないけどウチってあんなんでしょ。流血沙汰には事欠かないし。
まぁあたしが参加したのはお父さんと言い争いの末マジになった時と部員がトラブった時かな」
ああ確かに。
県大会の帰りに虎竹刀が赤黒くなってたわ。
「女ってさ、やっぱ腕力では男に敵わないもんなの?」
「う〜ん。あたしステゴロの経験はほとんどないから比較は出来ないけど高校にもなるとやっぱり差は感じるわね。
ろくに技巧の無い男子の打ち込みに押し込められそうになることも増えたし」
オレが少しばかり鬱入ってるのに感づいたのか竹刀を収め隣に腰降ろす。
「どしたの志保?叩き伏せなきゃいけない仇敵がいるならお姉ちゃん力を貸すわよ」
「そんなんじゃない。ただ…あたしって非力だな、って」
「もう、志保ったら」
肩に手を回され懐に抱き入れられる。
「何あったのか知らないけど、志保が強くなろうとする必要ないじゃない。志保は守られて然るべき位置にいるのよ?
むしろお姉ちゃんとしては志保には女の子としての方面で頑張ってほしいんだけど」
「ね?」と腕の中から開放し、促す。
むぅ、悔しいけどこういう時はやっぱり藤ねぇは自分の姉なんだな、そう実感できる。
普段があんまりにもアレなもんだから三割、いやいや五割増しだ。
でも、それでもオレの目標には力が必要だ。
俺は目に留まる人だけじゃなくてもっとたくさんの人を助けたい。
しかし相変わらずというべきか魔術の鍛錬の方は芳しくない。
あれから何度か投影をやったがどれも中身は空っぽの失敗作。
それにどうもオレの投影した物を見ると切嗣は難しい顔をする。
そのうち鍛錬を投影魔術の基礎たる強化魔術に「魔力のコストが低いから」との理由でシフトすることとなった。
毎日の日課として切磋琢磨すれど連敗記録は積み上がるばかり。
切嗣のサポートがある時はそこそこ上手くいくんだけど。
その夜。
近頃は家を空けがちな切嗣を捕まえ相談してみた。
「爺さんって多少は武道の心得みたいなの、あるんだろ?あたしを鍛えてくれないかな」
「志保。僕の人生哲学、忘れちゃいないよね?」
「哲学って…ただのナンパ理論だろ?」
―――男は強く、女性に優しくあれ。
―――女は淑やか且つハツラツたれ。
うへぇ……この色欲軟派魔術師め。
「その言いようは心外だな。確固たる僕の不文律なんだから」
「ハイハイ、そんなんあとでイイからさ。魔術の鍛錬は昼間はできないだろ?だからその間にでも」
「僕はね、悔いる、という事は好きじゃない。でも何度も後悔したくなったよ、志保に魔術を教えたことを。
これ以上、血生臭い舞台に引き込むようなマネはしたくない」
「でも、でも………もどかしいんだよ!!オレは!」
「志保………」
あーあ、これで明日はピンクハウス決定かな。
でもこの際。
ぶちまけちまった方がスッキリする。
「才能が無いなんて分かってる!でもいつまでも足踏みなんてしてらんないんだ。先に進まなきゃ――」
――切嗣に追いつけないから。
切嗣はかぶりを振りつつも「僕って奴は…」と呟きながら、
「娘といえど、容赦はしないよ」
真剣に応えてくれた。
だからオレも、
「はい!!」
殆ど使ったことのない返事で応えた。
「―――――――――――――――――で、これは何だ!?」
翌日いきなり手渡されのは…ミミ?
「ペナルティ。どさくさっぽかったけど、しっかりカウントとってたから。今日はそれを着けて過ごして貰う」
次いで渡されたるは…シッポ?
「おい、こんなんどこから持ってきた!?おかしいおかしいとは思ってたがこれは極めつけだろ!」
「心配ないよ。志保の愛らしさが増すだけさ」
「答えンなってねーぞ!!」
こんなんじゃ鍛錬にはならないと踏んでいたが切嗣は全く完全に容赦なく叩きのめしにきやがった。
それはいい、そういう約束だから。
けどその終始「きしし」とニヤけっぱなしのツラはなんとかしろ。
オレは別なところで敗北感に囚われた。
そして小休止。
こちらの疲労が抜けきろうかという頃。
「さぁ、志保!お次は川までランニングだ!当然ネコミミシッポ装備のままで―――」
「―――オヤジのホントに馬鹿クソオヤジ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
マジ泣きだった。
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