そこで慎二はアタシの背後のセイバーを見止めた。私服の人間がいるのだから、目に止まって当然か。
で、同じく私服なアタシに伴っているのが不思議なのか表情を曇らせる。
「衛宮…そいつ、誰?」
あいっかわらず男が相手だと態度悪いな。
頼み込んだわけじゃないが慎二のアタシへの態度は男子へのそれに似通っている。
他の女子と扱いが違うのは、慎二もアタシの性格を知ってるからこそだけど、この変わり身は…あからさまだなあ。
「ああ、こいつは……」
名前をどう伝えたもんか。セイバーって名前は……アリなんだろうか?外国のネーミング的に。
むむ…ついでにセカンドネームは?なんて聞かれたら答えようが無いぞ。
ネイティブな発音だからフルネームは聞き取れない…とか言ったらどうだろうか。うーん、やっぱり穴があるな、この案も。
脳内フル回転・・・・おーばーひーと
こ、こうなりゃ自分の口に喋らせてしまえ。さっきみたいにうまい方便が出てくるだろう、きっと!
「せ、セイバーっていうんだ」
うぁあ!アタシの意気地なしっ。
も〜突っ込まれても誤魔化し通すしかないや。
「………」
けど慎二は何も言わない。っていうか絶句してるみたいだ。
やっぱバカ正直にセイバー、と名前を伝えたのはマズったか?
「あ〜のぉ…慎二ぃ?どうしたー」
らしくない。こんなに我を忘れた慎二は珍しい。
こいつは驚こうが、何しようが、まず我を殺そうと努める意地っ張りなのに。例えそれが隠せていなかったとしてもだ。
ちょっと突付いてみよう。…と、
「ぅあ!?え、衛宮?」
眉間を人差し指で一突き。それだけのことで…大げさな奴ぅ。
「ん、解凍したな。説明、続けるか?」
「説明…って……?」
「こいつのこと。後で聞かれるのも面倒だ。聞くなら話しとくぞ」
「あ、ああ聞かせてもらうよ」
「ちぇ、尊大な奴だ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
<Die Sicht ändert 間桐慎二>
「―――れで、今日は視察に付き添いで……」
衛宮が何か話してるけど僕の耳には、一向にその内容が届く事が無い。
その間、僕はずっと思考に耽っていた…そのつもりだったが、きっとその思考は少しのまとまりも、みせちゃいなかっただろう。
セイバー。セイバーせいばーSABER。
ここ数日、読み耽った祖父等が遺した文献に幾度となく踊った、その単語。
英霊、剣士、最強の名高いサーヴァント。
悪い夢だ。
もしこの出来事が一ヶ月も前のことで。
ぬけぬけと衛宮の側に立つ男の名前がセイバーだと教えられたなら、なんてふざけた名前だ、と一笑に伏すだけ。
なのに…このタイミング。
最悪だ。あまりにも最悪だ。飛びぬけて、最高に、最悪だ。
衛宮は相変わらず説明を続けてる。
いいんだよ、衛宮。誤魔化さなくても僕は知ってるんだ。
滑稽だよ。それなのに少しも笑えなくて…その分苦しくなってくる。
頼むから、そんなに必死になって嘘を並べ立てないでくれよ。そんなにその男の近くに寄り添わないでくれよ。
「―――んじ?慎二!どうしたんだよ?」
反応の無い僕を不審に思ったか、訝しげな顔をしている。
これ以上…平静を保つ自信が無い。彼女と目を合わせていられる自信が無い。
ここに…いたくない。
「ごめん…衛宮。気分が……優れないから、今日は帰る」
「あ!慎二っ、おい、そっちは!?」
駆け出す。後ろから呼び止める声も振り切って。
向かう先は何処だって良かった。衛宮と一時、距離を開けたかっただけ。
今は…時間が欲しい。考える時間が。
「っ!ぐっ…」
そして、何かに肩をぶつけ、大きくよろめく。
情けない。目の前が見えなくなるくらい取り乱していたのか、僕は。
周りは学園の裏手にある雑木林。どうやらその内のひとつに衝突してしまったらしい。痛みはあるが微々たるもの。
まったくどうかしてる。落ち着いて考え事に耽りたいのに、こんな場所じゃ余計ブルーになるじゃないか。
いや、むしろこんな場所に逃げ込んだなら衛宮は追いかけてきてくれるだろうか?
彼女は僕が本当に追い詰められるときだけは、ひょっこり現れる。
それで、決まって僕はつっけんどんな態度でそれを拒んでしまう。でも最後には彼女の押しに負けるんだ。
でも、今回は来てほしくはない。来たら来たで僕は嬉しく思うんだろうけど、今の彼女の隣にはきっとあの男が居る。
それは…見たくない光景だ。
溜め息をつきながら手近な木に寄りかかるようにして座り込む。
この季節、湿った落ち葉もなく服の汚れを気にかける必要もない。
何から考えればいい…?。
衛宮は…マスターになったんだろう。
彼女の掌にあるだろう令呪を確認するだけの余裕は持ち合わせていなかったが、マスターでもない人間にサーヴァントが侍るわけがない。
それを否定するには、あの男がサーヴァントじゃないという証明がいる。
でも、それも無理な話。世界中探し回ったところでセイバー、なんて名前をもった人間がどれだけいるっていうんだ。
バカ正直な衛宮のこと、偽名を考えるなんて賢しいことは思いつかなかった筈だ。
自分が魔術師でないことが心底腹立たしい。せめて魔力を感知するぐらい出来れば判断がついたのに。
衛宮がマスターならもうひとつの事実が追加される。
彼女は魔術師だということ。
聖杯戦争に参加するためサーヴァントを従える者は皆、魔術師である事が条件。
僕のように本来のマスターからサーヴァントを借り受けるというケースは稀有だ。
衛宮は…僕を欺いていた……?
「っ、バカな…」
僕は一体何を…。
魔術師が身分を隠すのは不言のルールじゃないか。
それで衛宮に敵意を持つのはお門違いだ。
けど……それなら僕が桜に襲い掛かろうとした日のこと。
衛宮は本当の事に気付いているんじゃないのか?
桜が魔術師としての力を備えてる事。そして…僕にはその才覚がない事。
考えたら薄ら寒くなってきた。彼女は全部知った上で僕に接してきたんだろうか?
桜や遠坂と共に、僕を只の一般人として括って見ていたんじゃないのか?
疑心暗鬼が止まらなかった。
衛宮を守れる力が欲しくてマスターになったのに…。
僕は衛宮を敵視しようとしてしまっている。
「くそっ!」
目の前の木に拳を突き立てる。
寒さで悴んだ手のせいで痛みは鈍くなっており、そのぼやけた感覚が余計に虚無感を増大させる。
同じだ。あの時と。
もういやだ。あんな思いは二度としたくないのに。
あの時僕を押し留めてくれた彼女はもう対岸の存在になってしまったのだろうか。
必死で道を模索する。彼女とぶつからないための道を。それは逃げ道ともいえる。
もっとも簡単な道は僕がマスターを降りること。でもプライドがそれを邪魔する。
人に言われるずとも自覚はしていた。いつだってそんな安っぽい感情が周りを害している事なんていうのは。
けど易々と捨てられるわけがないじゃないか。自尊心を失った間桐慎二に何が残る?
僕はそう生き方をしてきた。してしまった。今更変わり様なんてない。
それに…
僕がマスターでなくなれば桜が戦争に加わる事になる。
それはきっと衛宮だって困るはずだ、だから… こんなふうに言い訳をつけたがる自分が嫌で仕様がない。
なら共闘の道は?一番期待の持てる方法ではある。
衛宮は群を抜いてのお人好し。損得勘定抜きで相手を信じる―――この評価には確信めいた自信がある。
しかし彼女に伴うサーヴァントは別。
聖杯を手に出来るものはただ一組。例えはじめに戦闘が有利になろうといつかは雌雄を決する時がくる。
のこのこ出て行って、衛宮の意思と関係無しに切り伏せられる可能性だって…。
マスターとサーヴァントの関係なんて所詮契約の上で成り立つものでしかない。
僕だってライダーが何を思ってるかなんて見当もつかないんだから、衛宮がセイバーを御しきれてるとは思えない。
いくら後先を考えない彼女だって令呪を行使してまで自身のサーヴァントに制約をかけるはずがない。
肝心の「魔術師としての衛宮」の意思も、まだわかってない。
未だ信じられないんだ。衛宮みたいな娘が、殺し殺される世界を容認しているなんて。
知識だけは豊富に持ち合わせている僕だから、魔術の世界がどれだけ普段身を置いている「常軌」を逸しているかわかる。
彼女は他人に手をかけられるような人間じゃないのに…なぜ?
ともすれば、彼女は巻き込まれていると考えるのが自然。
だとしたら、望みはある。
よくよく思い出してもみろ。
彼女はセイバーに現代の衣服を与えていた。
霊体化させてしまえば、そんな必要もなくなるし、第一サーヴァントを人目につかせるなんて愚行もいいところだ。
次々と沸き出でる識に、先程まで曇天の様相だった心が晴れやかになるのを感じる。
衛宮と戦わずに済むどころか、彼女の支えになるチャンスにすら恵まれようとしていたからだ。
でもその為にはライダーの力がまだまだ足りない。
今後のためにも、と荷物から分厚い一冊の本を取り出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
<Die Sicht ändert 衛宮志保>
なんだってんだよ慎二のヤツ。
アタシがアドリブなりに、必死で考えた言い訳も上の空で聞いてやがったし。疲れ損だ。まったく。
でも、少し心配ではあるかな…。
用事とか言ってたけど、あからさまにうそ臭かった。校門じゃなくて裏手に走っていったのだってそうだ。
それに……あの後姿。あの時のあいつとダブって見えた。余裕の無さとか。
桜も昨日は何か変だったし…妙な事に巻き込んでなければいいんだけど。
「ふぅ…」
「シホ、よろしかったのですか?彼を追わなくても」
「ああ、あいつが突飛な行動起こすのはよくあることさ。癇癪持ちだからな。少し冷めればすぐ直るって」
「いえ…彼は貴女に追ってきて欲しかったのでは?」
「何でさ?こういうときは独りにしてくれって言うに決まってるよ。あいつだって余計な気は使われたくないだろうし」
「……あの青年が癇癪持ちだという理由がわかった気がします」
セイバーが達観したような目とともに嘆息する。
なんかムカつく。理由は分からんけど。
「ひとまず、昼にしよう。いい時間だからな。桜にも待っててやるって言ったし」
昼食がてらに校内を案内するのもいいだろう。
学校案内する必要があるか自分でも疑問だが、昨日の今日。学校で戦闘になったときの為の地理の把握くらいは、やって損は無い。
飲み物の為に購買に足を向ける。当然の如く営業はしていない。
開いてたとしても、ここはあんまり使いたくない。美味しくないから。
やっぱ…自分で料理してると、どうにも味の優劣にうるさくなってしまう。
だからこの学校じゃあ弁当派が多いので購買は緊急用な利用者が多い。
アタシも多聞に漏れず、この場所は「自販機が置いてある場所」としか認識されていない。
二人分の飲料を買い、階段を上がる。目標は生徒会室。
鍵が掛かってない屋上の方が行くのは簡単だけど、寒空で昼を過ごすのは忍びない。
今日なんかは休日な上、年度的に残る行事はテストと卒業式のみなので、生徒会室で雑務をしたがる奇特な人間はいない筈であるけど。
アタシには確信があった。あいつは居る。
「おっ邪魔しまーす」
「衛宮?どうした、休日にこんな場所を訪れるなど」
予想通り鍵のかかってない生徒会室に気負う事無く足を踏み入れると、これまた予想通り、一成が鎮座していた。
さして広くもない室内を見回す。よかったぁ、葛木は来てないみたいだ。
さすがに教師相手じゃセイバーのこと説明するのは苦しいからな。
「なになに。少し暖を取らせてもらおうかってね」
「また藤村教諭の遣いか。仕様の無い人だ、相変わらず……?衛宮、その御仁……」
一成は休日にアタシが登校する理由の殆どを知ってるんで話が早くて助かる。
と、同室してきたセイバーを見た瞬間、目の色が変わる。
なんかデジャブ…。
「困るな、衛宮。ここは逢引きの場所には不適当だと思うが?しかもテスト前のこの時期に…」
「あ、逢引きって……ち、ちょっと待て一成!あのな―――」
さっき慎二に言って聞かせたことを一成にも話す。
まったく…今日はこんなんばっかりだ。しかもデートだなんて発想を飛躍させ過ぎだっての。
ほんと、男ってのは……
!!アタシ…今なにかヤバげなこと考えた…?
ハァ…やっぱりセイバーを連れて来るべきじゃなかったかも。誤解振り撒きまくりじゃないか。
「すまん衛宮。早とちりが過ぎたようだ。しかし休日とはいえ私服で校内に入るのは感心せんな」
「いつものことだろ、それは。そう目くじら立てるなって。
お茶淹れるよ。飲むだろ?」
「……戴こう」
風紀にうるさい会長様のご機嫌取りにお茶を勧め、気付く。
ここで茶が飲めるなら買ってくる必要なかったじゃないか。勿体無いことしたな。
ぼやいても仕方ない。欲を持って行動しちゃあいけないよな。
「その瞳。セイバー…さんは異人の方で?」
「はい。英国からエミヤの家をたよりに」
それは初耳。セイバーってイギリス辺りの英雄ってことかな。
アタシが茶を注いでる間、(くだらない)誤解がとけたからか一成は気さくにセイバーに話し掛ける。
二人とも優等生気質だからウマが合うのかもしれない。
三人分の茶を並べ、弁当の包みを解いてセイバーの前に。
「シホの分がありませんが食べないのですか?」
「いいんだアタシは。もともと食材が藤ねえのとで二人分しか残ってなかったから」
「貴女を差し置いて私だけ膳を摂るわけにはいきません。これはシホが食すべきだ」
うむ、是非とも藤ねえに見習って欲しい精神だ。
アレは人数分用意してもなお、人のもん掠め取ろうと目ぇ輝かせてるからな。
「ん、でもホント、いいんだよ。昨日はヤなもん見ちまったから食欲がでないんだ」
「珍しい…身体の調子でも崩したんじゃないか?」
「それは…無いと思う。なーに、晩までは元通りだよ。きっと」
なんせ自分のハラワタだ。気持ち悪くならない方がどうかしてる。
セイバーもそれは解ってるのか、渋々食事にありつく。
箸の扱いを教えるべきかと見守っていれば、何のことはない。
アタシの心配をよそに、実に器用に食事を進めていた。一成も同じ心配をしていたのか素直に驚きを見せていた。
◇
いい時間だ。
デスクワークに精を出す一成に労いの言葉を掛けて、セイバーと生徒会室を後にする。
校庭に出ると、遠目にもわかる、桜と藤ねえが校門の前で待っていた。
近付くにつれ桜達もこっちに気付き、手を振る。藤ねえは対照的にぷんすかと腰に手を当てている。
部活が終わりどれだけ待たせたかは知らないが御立腹のご様子だ。
もっとも…秒単位の遅れでも融通の利かない藤ねえ相手じゃ遅れた、という時点でアウトなんだけど。
セイバーは、といえばアタシから遅れること十メートルほど後ろを歩いている。
気を使ってるのか、本当に言葉通り警護のつもりなのか、微妙な距離だ。
桜が「どうしてさっきの人が?」と訝しげにアタシに促してくる。
二人に話すのは家に着いてからにしよう。ここじゃ目に付きすぎるからな。
「やっ。待たせたか?」
「いえ、ついさっき解散したばかりで」
「待った待ったわよう!これだけの時間ならローキックでお茶とケーキがいけたわ!」
桜がにこやかに返してくれるのも束の間。藤ねえが期待通りのリアクション。
ローキックっていうのは先日アタシに(まったく不本意ながら)白羽の矢が立ちヘルプした喫茶店。
『食い逃げ上等』を謳う通り、料金踏み倒して逃げるのも店側が厭わないというトンでもない店だ。
その分店側でも食い逃げ客への武力行使が認められているので実際、お客が食い逃げすることなんて殆どない。主な理由は馬鹿馬鹿しいから。
そんな中で冬木でも指折りするほどしかいない食い逃げ常連が藤ねえ。
先日働く際、はじめて店内を見渡したときに見た『藤村禁止』の看板。身内の恥に思わず目頭が熱くなったものだ。
「へいへい悪うござんした〜」
―――なので、まともに取り合うのも体力と財力の無駄なので、先だって下り坂を降りる。
桜はアタシとセイバーを二度ほど見比べて、おずおずと付いてくる。
藤ねえはセイバーを気にも留めずぶつくさ言ってそれに続いた。気にも、というより気付いてないなありゃあ。
アタシにしても何時ごろ話したものかとタイミングを計りかね、桜の緊張を紛らわす意味合いを込め晩飯の相談を振って場を流した。
とくればフリーの藤ねえは興味を外に移し、はじめてセイバーを視野に入れた。
あとはネコ科の習性か、一度興味を示したものから離れようとはしない。
その挙動不審ぶりは後ろから無表情で一定の距離を保ち付いてくるセイバーよかよっぽど不審者めいている。
「もしもし志保さんや」
「なんでしょうか?アニマル大河」
すぱんっ
間髪入れず頭をはたかれた。
ったく…ノリに合わせてやっただけなのに…。
「後ろから来る人ってもしかして、あたし達のこと尾行けてきてやしない?」
「そっ、そうですお姉さま。あの人お弁当を届ける時にもいましたよね、誰なんですか?」
「あー……っとぉ」
味方を得た為か桜までもが攻勢に転じる。
しかし…かまやしないか。手間が省けたと思えば。
セイバーを来い来い、と迎え入れ歩きながら説明をはじめる。
「こいつはセイバー。切嗣の縁者らしくってな。しばらくウチでホームステイさせる事になった」
こくっとだけ頷いてみせる。
愛想のねぇやつだ。この調子じゃ…
「だ、ダメです男なんて!!」
「却下」
ほらな。
家主権限でセイバーの同居を押し切る事も考えられるけど、二人の家族を無視することも出来ない。
正直…この先聖杯戦争に加わることでアタシの周囲の人達を巻き込むより前に突き放してしまうのが利口なんだろう。
付き合いが悪いわけでもないのに学校でも人を伴わない遠坂の気持ちが少しわかる。
でも、もう少しだけ…甘えても良いよな?
「二人とも。セイバーは切嗣を頼って日本まで来たんだから無碍に追い返すわけにはいかないって。
大体にして何が気に食わないって言うんだよ」
「それは…」
「決まってるでしょう?イイ年頃の、しかも今まで女しか住んでなかった場所に異性が同居するなんて先生は認めません」
決定打を打てない桜に反して、藤ねえがピシャリと言い放つ。
学校よりも、家の中よりも保護者然としてることに感心していいのか呆れるべきか。
「それだけじゃ弱いぞ。男が一緒だからなんだってんだ」
アタシの発言が的外れだ、とでも言うように二人して「あちゃ〜」てな反応を示す。
「おねえさまぁ…」
「そうよ、そうね。志保はこういうコだったのよねぇ。もーどうしろってのよぅ。
よろしい?志保、男って人種はみ〜んなケダモノなんだから!女の子は隙を見せちゃいけないの!
あまつさえ招き入れるなんて、檻をめいいっぱい広げてやるようなものよ?」
「その話題は耳タコだっての。たしかにケダモノってのは実感せざるを得ないけど…」
昨日の蔵での一件を思い返す。あいつは間違いなくケダモンだった。
「セイバーは違うよ。れっきとしたジェントルメンだぞ(たぶん)、昨夜から一緒にいたから人となりは理解できたよ」
「「なっっ!?」」
はえっ?アタシまた何か地雷踏んだか?
「まさか…でも…そんな…お姉さまはお姉さまなんだから!」
いかん。桜がどこかへ逝ってしまいそうだ。具体的に表現できないが背後が黒く染まりだしている。
回帰ってくるまでほっとくのは殺生だろうか。
と、思えばもう家の近くまで来ていた。
「ひ、ひとまずさ…家に入ってから話し合おうや。な?ご両人」
自覚できるほど胡散臭いだけだった。
…?先程から人間災害がやけに静かだ。桜がトぶ位だから藤ねえだって食ってかかってくるのがお約束なんだけど。
姿を探し振り返ろうとした矢先、背後からラリアート並みの腕力で首根っこを引っ掴まれる。
「志保〜♪お姉ちゃん詳しく聞きたいな〜」
などと語りながらアタシを家の中に引きずって行く。
いくらフレンドリーに話そうとしていても、虎竹刀を求め、宙を這う手を見てると少しも安心できない。
「あんた!そー、そこの優男!あんたも来んのよ!」
「……」
指図されたセイバーは表情を変えずついてくる。無表情に見えてあれは不承不承といった面持ちだ。
◇
「……で?どうして居間じゃなくって道場に来たんだよ?」
「決まってるじゃない。あたしの!あたしによる!あたしの為の裁判を開くからよ!」
「付き合ってられん…。アタシは行くぞ藤ねえ。買出しに行かなきゃならないんだ」
「しゃらっぷ!!よろしい志保?お姉ちゃんも鬼じゃありません。あたしの試練をくぐり抜けられ・れ・ば!
あんた達への手出し口出しを控えることも考慮したげる……こともない」
でやがった…お得意の政治家的ファジー発言。
この言い回しに掛かったが最後、「試練」とやらを打ち破ろうが破れまいが藤ねえの勝利は決まってる。
………っつーかな!!
「人の話聞けよトラ!アタシが良いって言ってんだから、ちっとは信用しろ!」
「かわいそうな志保…たった一晩で篭絡されるなんて…。
あんた!例え切嗣さんが認めてもあたしは認めない!この子が欲しけりゃあたしの屍越えていきなさい!!」
もう何が何やら…。
振り下ろした指をセイバーに突き向ける、その背後には荒波が見えなくも無い。
この超展開はいつまで続くのやら…。
あ!そうか。単純な話だ。藤ねえも桜とはベクトルが違えどトんじまってるだけなんだな、きっと。
それを冷静に捉えるアタシも既にどっかが麻痺ってるのかもしれん。
やがて道場内がシンと静まってゆく。
さすが…腐り切ってなお土に還る事も出来ない藤ねえでも武芸者としては本物、か。
ついに力勝負にでようというのか藤ねえは備え付けの竹刀を二本取り出し、一本をセイバーに投げ渡―――
「死ねえ!!!」
さねえ!?汚ぇぞトラ!
高々と放り投げた竹刀にセイバーの意識が向くように仕向け、いつぞや見た足元への反則紛いの一薙ぎ。
「あれっ!??」
対してセイバーは自分に渡されたかのように見えた竹刀にはハナっから目もくれず。
藤ねえの奇襲もスっ…と間合いを外すだけで躱した。
「ウソっ?なぁんで〜!?」
振る、振る、振る。が、当たらない。掠りもしない。
絶え間なく繰り出される打ち込みにも、まるで周到に打ち合わせしたかのように躱していく。
「シホっ、これは、どういった…用向きっ…ですか?茶番にしては…っふ!…度が過ぎるのでは?」
余裕だねセイバー。とはいえアタシだって呑みこめてないっての。
「あーアタシも冷静に話し合いたいトコだからさ。その逆上せあがった危険人物、のしてくんない?
なんなら気絶させてもいいから」
「そうは……いくか!!」
この期におよんでまだ足掻くか藤ねえ。ていうかまたしても汚え!
先程投げて、足元に転がってたもう一本の竹刀を踏みつけた。
セイバーの余裕しゃくしゃくに付け込んでか、その逃げる方向に踏みつけた反動で跳ね上がった竹刀で退路をふさぐ。
学校では教えてくれない戦法。まさに卑怯千万。
これにはセイバーも一瞬の判断の遅れが出たか?
「もらったぁぁぁぁあああああ!!」
藤ねえの掬い上げるような一振り。むしろすでにアッパーカットと形容してもいいほどの一撃。
―――しかし空振り。
手応えなく、発生した風切り音に「えっ?」と短く呟く藤ねえ。
離れて見ていたこちらからは如何にしてセイバーが回避行動を取ったかは一目瞭然であった。
天井に届かんばかりの大跳躍。
突然目の前で相手が消えたとしか判断がつかない藤ねえの真後ろに翻り、音も無く着地。
「戯れはここまでです、ご婦人」
冷たい宣告。手刀をナイフにでも見立てるように喉元に添えた。
力量の差をまざまざと見せ付けられた為か、藤ねえの構えが解かれ、だらんと腕が下がる。
次いで、すり抜けるように掌から落ちた竹刀とともにへたりこむ。
むぅぅ…さしもの藤ねえもこれは効いたか?
「うわあぁぁぁぁああああああああああああああん!!志保がキズものになっちゃったぁぁああああああ!!!」
「なにヌかすかアホタレぇぇえええええええええ!!」
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