あたり一面は剣で埋め尽くされている。
担い手を知らないまま、その無数の刃が佇む場所は剣塚。墓場といってもよい。
ひどく閉塞的であるのに世界に限りはない。
「寂しい…場所」
けど、どこかで感じ入るものがある。
アタシは、ここじゃ自由だった。
歩き回る必要も無く、気を引く剣があっても、そこへ行く必要も無い。
思い描くだけで身体は羽のように見定めた場所へ飛び、目を閉じれば全てが見える。
手を伸ばせば、掌の中に柄があり、朽ちたように見えていた刃は輝きを取り戻していた。
自分で何をするでもなく、世界は自分のためのものだった。
おかしな夢だ。
そう、夢だって、わかってるのに一向に自分はこの世界から覚めることが無い。
この一日の出来事すら夢だったみたいだ。
いや、いっそ本当にただの夢だったなら…よかったんだろうか。それとも…。
◇
「ん……んん〜〜」
瞼に射す日差しで目が覚める。
ネボケ眼でも確認できる、アタシの部屋。
なんか…すごく、ダルい……。
頭がグラグラして、思考がまとまらない。昨日はいつ寝たんだっけ?
それに、夢を見たような。確か……
居眠りから覚めて、校庭に行ったらストリートファイトで、学校で死んで、蔵でキ、キキ、キスされて、殺されかけて、鎧着た奴に助けられて、戦争だーとか言われて、遠坂が赤くて魔術師で、相棒らしき男も赤くて、バカにされて、初めての教会で、神父が薄っ気味悪くて、戦争に参加して、参加した途端襲われて、巨人に体重4分の3にされて……その後にもなんか見たような…ともかく―――
そんな荒唐無稽な夢だった…。
嗚呼、夢でよかった…。キスとかキスとかキスとか。
「シホ!目を覚めしたのですね…ああ、よかった…」
夢チガッタ。
障子を開け、現れたのは日本家屋に、ほんの僅かにも溶け込む余地の無い、鎧姿。
「えっと…おはよう…?セイバー」
「はい。今は時刻にして正午をまわろうか、という程ですが」
ニュアンスを察したのか律儀に答えてくれる。
というか昨日は何時に寝たんだったか?
よく見りゃ寝間着だし。いつ寝たか覚えが無いときは決まって土蔵の中、なんだけどなぁ。
とりあえず、飯時なら支度しないと。
「あ…起きても、平気なのですか?」
「は?なに言ってんだ。寝込まなきゃいけないことなんて……」
セイバーの目線は執拗にアタシの腹部に注がれる。
それで…思い出した。いや、映像がぶり返してきた。
そう、セイバーの存在が夢じゃないなら昨晩の大怪我も夢じゃない。
「あ、あれ?なんともない?」
慌てて腹部に手をかざしてみても痛みは全く感じない。
怪我なんて表現さえ生温いほどの、致命傷だったはずだ。
「アタシ、なんで生きてるんだ?どう考えても…」
「死んでいた…って?無理もないわね。わたしたちも未だ信じられないし」
「とおさ、か…?」
いつの間にか障子の外に遠坂が立っていた。
昨晩からの、制服のままなところを見る限り、此処に留まってくれたんだろうか。
「おはよう。気分はどう?身体に違和感は?」
「いや、これといって…」
「そ。早速だけど、昨日のこと覚えてるかしら?事の顛末位は教えてあげるけど…聞く?」
頷きで答える。
ただでさえ要約されたものだが、更に簡潔にまとめると、アタシが間抜けやらかした直後、あの少女。
イリヤスフィールっていったか…その子とバーサーカーのサーヴァントは、いなくなった。
その入れ違いに遠坂たちが魔力の動きを感知して現場に現れた。
「で、遠坂がアタシを治療して、ここまで運んできてくれた、と?」
「ふたつとも間違いよ。まず、怪我の事だけど、あの傷は並みの治療じゃ助からないほど重かった。
わたしにはもうそんな力は残ってなかったわ」
「『もう』?」
「あっ、つ、つまり…魔力が足りなかったの!見縊らないで頂戴、これでも蘇生経験くらいあるんだから。いい!?」
照れてんのか、誤魔化してんのか。
要するに、彼女は誰か一人助けた為に、治療にまわす力は使いきったってことか。
なんだ。見えていないところで人助けとか、してるんじゃないか。
普段は唯我独尊みたいなトコあるけど、これが遠坂なんだよな。
となると、
「なら、なおさらだ。どうして生きてるられるんだよ?傷も…残ってない」
「直ったのよ。ひとりでにね。信じがたい光景だったけど…志保は蘇生術でも会得してるワケ?」
「まさか。昨日も言ったけど、アタシ、強化以外の魔術はろくに扱ったこともないし教わってもない」
「当然ね。もし貴女があんな魔法に届くような業ができるんなら、わたしがほっとくわけないわ」
「なら聞くな。いちいち人のプライド抉りやがって」
「事実じゃない。なら、お守りみたいなアイテムは?志保の師匠から譲り受けた物とか」
「いんや。そういや切嗣から物品を貰ったことなんて一度もないや」
「頼もしいお師匠さんね。じゃあ、残るはセイバーの力くらいね」
「セイバーが?」
セイバーは座りもせず、アタシたちの話を聞いてる。
?そういえば…。
「セイバー。傷は?アタシのも、かなりキてたけど、お前のも相当なものだったんじゃ…」
「傷の方は問題ありません。ランサーから受けた呪いも同様です」
「そのことは二つ目だから後にしましょう。
続きだけど、あなたたちは契約の時の事故で繋がりが不充分になった代わりにセイバーの力の一部が伝わっているのかも。
彼、昨日見た限りじゃ自己治癒を備えてるみたいだし」
意見を述べる遠坂の表情は、何故か暗い。
自分の意見に疑問を感じるくらいなら、口にするようなやつじゃないのにな…。
「ふたつめ。志保をここまで運んだのはセイバーよ。
わたしが駆けつけた時はセイバーの傷も酷かったけど、さっきも言った通り自己治癒が働いたのね」
「アタシ自身にも言えるけど、そんな簡単に治るものなのか?」
ランサーの槍を受けたときにも、セイバーの自己修復とやらは、鎧や外装といった場所にまでしか及ばなかったはずだ。
「知らないわよ。それだけセイバーが底なしってことでしょ」
遠坂の気配は暗い、を通り越して敵意すら感じられる。
なんていうか、半人前以下のアタシが当たり引いたのが、そんなに悔しいのだろうか。
「わたしは只のおまけよ。ま、アンタの傷もここに着くまでは予断を許さなかったし、
あのままあっさり死なれて、わたしの苦労を無にされたんじゃ癪だったし。
着いたら着いたで血まみれにしておくわけにもいかなかったから。セイバーに任せるわけにも、ねぇ?」
「え?……ああ、別にアタシは気にしないけど、痛っ!」
「気にしろっ!トウヘンボク!さっきもそうよ、人目も憚らず服捲り上げて!」
くそ、思いっきりゲンコしやがって…。
裸ならともかく、ハラ出したくらいで喚き散らさなくってもいいじゃないか。
「でも!魔術師なら、そんなことは二の次で…そうだろ?セイバーも」
「……はっ、いえ、私からは何とも―――」
「魔術師の前に女でしょうが!まったく!あんたの無防備っぷりにわたしや綾子がどれだけハラハラしてることか…」
話がどんどんずれていく。
遠坂も気を取り戻し、馬鹿らしくなったのか、大きく溜め息。
「ま、後の事は貴女のサーヴァントから聞くことね」
「帰るのか?」
「当然。成り行きでここまで来たけど、昨日言ったことは変わってないわ」
冷静に切り返す。
確かに、宣戦布告受けたんだよな。すっかり忘れてた。
「そう、だな。ここまでありがとな、遠坂。―――礼くらい言ってもバチ当たんないだろ?」
アタシの態度にもの申しそうな顔をするので、先に釘をさす。
立場さえ違えど、セイバーも複雑な表情をしている。
それを察してか遠坂は開きかけた口をつぐんだ。
「いいわ…言いたい事はセイバーが代弁してくれそうだし。最後に、もう一度言っとく。わたし達は敵同士。
セイバーの話を聞いた上で、まだ、のこのこ出歩こうものなら即刻退場してもらうことなるんだから」
いいわね!、と指差したのを最後に出て行ってしまった。
「……はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜……………」
がらがら、と玄関の戸が閉まる音を聞いたら、自然に溜め息がこぼれた。
思えば、昨日から日常の外に足を踏み入れてから、初めて気の落ち着ける時間にこぎつけることが出来んだ。
考えなけりゃいけないことは山ほどあるけど休息も必要だよな、うん。
「じゃあ、メシメシっと。セイバーも食事、とるだろ?」
「マスター。その前に話さねばならぬことが」
「な、なんだよ」
昨日は冷静に受け答えできてなかったから、気付かなんだが。
セイバーがアタシの名前を呼ばずに「マスター」って呼ぶときは決まってマジバナなんだよな。雰囲気というか何というか。
「昨晩の貴女の行動についてです。率直に言及させて頂きますが、あなたは何を考えて、あのような真似を?
サーヴァントの中でも一際狂猛で理性なき獣たるバーサーカーの前に立ちはだかろうなどと…正気の沙汰とは思えない」
「あれはっ…セイバーを助けようとしてだな…」
「やはり、そう答える…。よろしいか?私達サーヴァントは根本的な格位から人間とは違う位置にあります。
人から見て、そんな破格の相手に向かって戦うも、助けるも、ありません。
大体にして私はあの時、逃げろと伝えたはず」
「アタシは聞いてないぞ。そんなこと」
これは嘘。
あの時セイバーが紡ごうとした言葉は確かにアタシに届いた。
届いたからこそ…ああしようって思ったんだ。とんだ役立たずに終わっちまったけど。
「シホの行動は仕える者としては信頼に値するもの。しかしその結果死なれてしまっては、私はどうすればいい?
今後はどうか、あのような無謀は行なわないで下さい。命を勘定に入れない盾は守護足りえません」
「わかってる。あん時ゃアタマが足りなすぎた。身の程くらいは…弁えるさ」
「はい。先の戦いは遅れをとりましたが、あのような無様な姿。二度は見せません」
「頼もしいけど…正直、あのバーサーカーとは二度と会いたくない、なーんて言えれば楽なんだけどな〜」
「あの力は確かに異常だ。おそらくはマスターたる、あの少女のサポートも大きいでしょう。
それに…言い訳じみていますが、私の力もベストとはいえなかった。純粋な力押しで打ち倒すのは至難」
「ん…体調のほうだけど。本当に傷は治りきったのか?一朝一夕でなんとかなるものじゃなかったように見えたぞ」
「貴女に言えるものですか。…バーサーカーに負わされた傷は外的なもの。いかに深いものであろうと大きな問題ではありません。
むしろ問題なのはランサーの宝具だったのですが……」
「だったが…どうした?さっきは問題ないなんて言ってたけど」
心臓付近を貫かれて大丈夫、なんてわけにはいかないだろう。
どうも歯切れが悪い、物言いするし…やっぱ芳しくないのかな。
「そのことで聞きたいのです。凛が居る手前、詳しくは語る事が出来ませんでしたが。
シホ、貴女は何者なのですか?」
「え?なにものって……」
何故に破格の英雄サマが、しがない魔術使いにそんな質問を?
「これは私の特性なのですが、私は生まれついて魔力の貯蔵量には自信があります。
完全な状態ならば、キャスターにも引けは取らないでしょう。そして私の剣、一撃一撃にその魔力が込められている」
ああ、どうりで。
ランサーとやり合ってたときの火花に雑じって、魔力が弾けたように見えたのは、見間違いじゃなかったんだ。
「三度の戦闘。ランサーとバーサーカーに受けた傷の治癒。
昨日だけで消費した魔力は成熟した魔術師の魔力、十人分を枯渇させるだけの量に価します」
「いっ!?」
桁が違ぇ。一体昨日の遠坂の魔術、何回分に相当するんだよ…。
まいった…。これからの戦いも、そんな燃費のかさむ展開に持ち込まれるのかよ。
「そ、そんなんでこの先、戦うだけの余力があんのかよ?」
「話は此処からです。バーサーカーが去ったのち、シホに二つの異変が起きました。
ひとつは先の話の通り、あなたの神懸かった治癒です」
「ちょいまち。いいかな、その辺詳しく聞きたいんだけど。どうやってここまで治るもんなんだ?
記憶の限りじゃ、アタシの……なんつーか…中身って、かなり散乱したはずなんだけど」
う…思い出したら、吐き気が……。
くそぅ何日か夢みそうだ。
「先程は、ああ言いましたが、あれを治癒と表現していいものか…。簡潔にいってしまえば戻ったんです。
飛び散った臓器も、流れ出ようとした血も。全てシホの体内へと。
あれはまるで……そう、時が逆行しているようでした」
それって……理由云々よりも………気色悪ぃな。
ある意味、飛び散っていくサマよか気持ち悪いかもしれん。
「え…っと、も、もうひとつは?」
「はい。それが…シホの体から夥しい魔力が溢れ出たのです。その魔力は私が消費した分、傷を治すのに必要な分だけでなく、
元々足りなかった分までも易々と満たされるほどのものでした。凛のその一部始終は見ています。
おかげで今現在、私の魔力はピークまで復帰しました。
しかし…素直にこの事態を受け折れる事が出来ないのです。貴女から溢れ出た魔力は、およそ人間が持ちえる量を遥かに越えている。
シホ…あなたは、いったい……?」
「そんな……聞かれても…」
信じられるわけがない。
投影を3,4回使っただけで息切れ起こすような魔力しか、アタシには備わってないんだ。
備わってないのに…。
「セイバーには…アタシにそんな魔力を練りだせる、と?」
「いいえ。その時は何故か繋がりましたが、今現在私達のリンクは途切れたままです。
よって、シホの潜在的な力を推量する事は叶いませんが、無理でしょう。
誤解なきよう言っておきますが、話した通り、あの魔力は人間につくり出せる量では…ない。これは資質以前の問題だ」
「遠坂は何か言ってなかったのか?」
「いえ。今後不利になるとも限らないので、私の身に起こった事は一切、凛に話してはいません。
ただ、彼女は聡明だ。見たこと、感じた事から、偶然とはいえ私の魔力が回復した事は察したでしょう」
「そう……だな。さっきアタシにそのことを聞かなかったのも、考えがまとまってなかったからだろう。多分。
あいつ、疑問を疑問として残すのは好きじゃ、なさそうだし」
他人の事は言えるのに、肝心の自分の身体のことは、な〜んも解ってない。
「やっぱ…わからない、っても先送りしていい話じゃないよな?」
「判断をつけかねますね。魔力の放出だけなら害はありませんが、量が量。
放出できずシホの身体に留まれば、食い破られかねない」
「それってつまり……風船みたいにパンッと、いくってこと……?」
「可能性のひとつではあります。しかし、見当がつかないことでいつまでも悩むわけにはいきません。
この話は一端区切りましょう。
ただし!シホ、この現象は貴女の無茶に起因してるとも言えなくない。
先程言ったとおり命をなげうつようなマネは自重して下さい」
「う…そう何度も言われなくたって分かってるさ。頼りにしてるぞセイバー」
「……当然です。今の私なら誰が相手であろうとシホを前線に引っ張り出すような愚は冒しません」
頼りにするって言葉をどう受け止めたのかセイバーは、むっとして答える。
涼しい顔してても、ランサーに辛酸をなめさせられたり、バーサーカーにこてんぱんにされたのを気にしてるんだろう。
「なにか?」
「いいや…べつに。とりあえず一服つこう。セイバー、食事は―――」
摂るのか、と聞こうって時に電話が鳴り響く。
休日、で、この時間に家に電話してきそうな人物。一人しかうかばねえや。
一服できるのはもう少し先になりそうだ。
セイバーを伴い、電話のところへ向かいながら、端っから諦め腰で、そう考えた。
「はい。衛宮ですが」
〔あ〜、あたしよ。志保の素敵なお姉さん〕
頭いてぇ。
「で、そのステキな姉が昼時に何の用さ」
〔もーわかってるくせに♪メシ!ガッコー!すぐ来い!以上〕
必要最低限の言葉しか話せない原始人みたいな物言いで、藤ねえは要件だけ告げて電話を切っちまった。
思考回路があれだけシンプルになってるってことは、そうとうテンパってる御様子だ。
藤ねえが飢えてもアタシにゃ関係ないが、そのせいで弓道場はもとより、学校全体に血の雨が降ったら流石に心苦しい。
「セイバー、悪いけど食うのが遅くなりそうだ。いいか?」
ほんの一瞬。ぴくっと表情が揺らいだがコクリと頷く。
それを確認して食材を吟味しようと台所へ足を向けたとき、再度電話が鳴る。
「はい。衛み〔追しーん。あたし今スゴク、出し巻き卵と昆布茶が欲しいなぁ〕………」
………切りやがった。
ほんの数秒だったかも知らんけどアタシは呆然と受話器を握りしめるほかなかった。
身体の中でくすぶる言いようのない塊を抑えながら、震える手で受話器を戻す。
一瞬、本気で電話線を抜こうか、とも考えた。
ヤツは「三度目のジンクス」に関しちゃあ、必ず「有」の方に転ぶからだ。
台所に入り、ざっと材料を認め、またしても舌打ち。
食材が、ないのだ。
種類はあるのだけど、量がない。
考えてみれば昨日は、桜も来れないってんで買い置きはいいか、と決めたのが運の尽き。
どう見積もっても二人分が許容内。おまけに藤ねえの食欲を考えるとこれで一人前くらいだ。
あとはセイバーがどれだけ食うか…だな。
どう転んでも、この時点でアタシの昼は、くいっぱぐれ確定。
エプロンを着込み、手早く調理と支度を済ませる。
卵が残っててホント良かった。
藤ねえが欲しいと言えば、その料理が出てくる事は自分の中で決定事項にされ、スカされると烈火の如く怒り出す。
四捨五入すれば、もう三十なのに一向に成長しやしない。
セイバーの分は皿に盛り付けて…完了。
部屋に戻り、服はどうしたものかと若干の逡巡。
制服の一着は、あの通りだし、予備の方は今すぐ用意するには心許ない。
結局私服で行くことにした。
今日は休日な上、弁当を届けるだけなんだから向こうで人目を気にすることもないだろう。
今更ながらに昨夜の出来事はイタイな…。
制服一着は血みどろ。お気にのジャケットはボロきれになっちまった。
でもま、命があるだけでもめっけもんか。
「んじゃセイバー。そいつ食って待っててくれ。アタシはこいつを届けてくるから」
弁当の包みを見せ、足早に玄関へ向かう。
セイバーがガシャンガシャンいわせながら後に付いて来たが、見送りでもしてくれるのだろう。
どこまでついて来るのか、門の所まで来たので、それを制止させた。
「セイバー?見送りならここまででいいって。昼間っからカッコで外に出るのは…その、なんだ…よろしくないから、さ」
「……」
彼の顔が無表情からジト目に少しずつ変わっていく。
失言でもしてしまったか?
それとも…
「まさか付いて行こう、なんて言わないよな?」
「ええ、全くそのまさか、というやつです。昨日の今日だ、シホが襲われる危険性は十二分に高い。
それでなくても貴女は無警戒な上に無防備が過ぎます。外出時、護衛がつくのは決定事項と考えてもらいたい」
「却下」
「な、なぜですか!?よもや昨日あれだけ憂き目にあって尚、問題ないと言えるのですか!」
「そうじゃない。自分のカッコ見てみろ。確か……その時代時代の背景がそこそこ蓄えられてるなら、判るだろ?
セイバーの今の格好は目立つ上に、怪しまれる。昨晩も言ったはずだぞ」
「今回は純粋な警護です。私の体術を以ってすれば人目につくような真似は決して」
「人目につかなくても他のマスターとかサーヴァントには、ばれるだろ」
「く…理不尽だ……。霊体化できないことがこんな形で響いてくるとは」
本気で歯噛みしてやがる…。
もっと柔軟な発想が出来んものかね。
「簡単な話だろうが?服着ればいいんじゃないのか。ちゃんとしたやつ」
「っ……昨夜の雨合羽のようなものを、また着ろと?」
うわぁ…セイバーのやつ、一瞬で鉄面皮に戻りやがった。
この様子じゃ昨日は内心、相当ハラ立ててたのか?
ちなみに、あの黄色の雨合羽はバーサーカーとの戦闘で完全にボロ布状態。代わりになりそうなものも今はない。
「ちがうって。こっちで調達した服は着れないのか?今着れる服がなけりゃ、後で買ってくるも良し。
ちょちょっと見繕ってくるから待っててくれ」
セイバーを置いて、向かうは切嗣の部屋。
アタシの服の趣味は男よりだから貸そうと思えば貸してやれる。
セイバーは顔立ちからして、年齢はそう取ってないと思う。たぶんアタシよりも若いかもしれない。
それでもタッパはアタシよか大きい。男女の差っていうより人種の差だろう。何処の人間だったかは定かじゃないけど。
だから、アタシの服だときついんじゃないかと思って、こっちを当たってみることにした。
ここは定期的に掃除はしているが、どうにも積極的に訪れる気にならない。
正直…五年経った今でも、アタシは切嗣の死を認められていないんじゃないか。ときたま、そう思う。
「う…ナフタリン臭いな…」
この箪笥を開くのも五年ぶりだ。
切嗣の葬儀が終わって身辺整理が済んでからこっち、全く手をつけてない。
やったことといえば防虫剤を取り替えたくらいか。
なんか…捨てるに捨てられないんだよな。
ざっと汎用性のありそうなものを何点かそろえる。
まず冬らしくコート。
「……懐かしい、な」
あの焼け野原と雨の中。見上げた空に割り込んできたときの切嗣もこいつを羽織ってた。
くすんだ色した、よれよれのロングコート。
見ているだけで何か込上げてくるものが有り、抱き入れてみる。と、不意に不快感。
「ふぐっ…!?ヤニ臭ぇ……」
五年越しでも尚、消えないのか、コートから誤魔化し様のない煙草のニオイ。
いっっっきに酔いが醒めちまった。
「これじゃセイバーには渡せないや」
あいつって貴族っぽいし、こういう…下賎っていうのか?そういったニオイは嫌がりそうだ。
なにより、セイバーに渡す上で、切嗣のにおいが消されてしまうだろう事には賛同しかねた。
気持ちを切り替え次、切嗣が部屋着として使っていた着流し。
純和風だけど、セイバーの薄茶色の髪ならミスマッチとまでは、いかないだろう。
頭の中でイメージを起してみる………………ヤバイ…。
似合わないわけじゃない。そうじゃないが、セイバーがこれを着たら某シスコン兄貴にクリソツだ。髪型的に。
髪の毛を白にしたら瓜二つかもしれん。
見てみたい気もするけど仕舞っておこう。
結局シンプルにカッターと、それに併せたスラックス。
やたらフォーマルチックに固まってしまったけど、らしいと言えばらしいか。
学校に行くんだから、この方が都合も良さそうだし。
しめに下着類、はて…下着は必要あんのかな?ま、いいか。無いにこした事ないし。
でも…オレってつくづく女らしくないよな。男物の下着に触る機会なんか五年前を最後になかったのに今だって全然抵抗がない。
改めて痛感してしまう。
この身体を受け入れたのは…妥協でしかないんだな、と。
―――やめやめ!今考えることじゃない。
これ以上時間くってたら本当に藤ねえが爆発しかねない。
自分用にカッターを一枚拝借して居間に戻る。
「お待たせ。こんなんで…どうかな?」
よく見えるようにシャツを広げてみせる。
今度は安心したのか、黙って衣服を受け取り、目を閉じる…と、彼が纏っていた鎧は泡のように霧散してしまった。
残ったのはパジャマみたいな、しかし質の良さそうな薄い衣服だけ。
アタシだけなら、この格好でもいいんだろうけど人前じゃあ、なぁ。
「それってどういう原理で鎧が現われたり消えたりするんだ?あ、これ。ついでに肌着も」
「はい。…あれは私の魔力で編んだ物です。他のサーヴァントもおそらくは同様でしょう。
……本来、こういった姿は主に見せるものではないのですが」
なるほど。だから昨夜ランサーに貫かれたときも、あっという間に鎧が直ったんだな。
傷も隠せるから虚勢を張るくらいは出来そうだけど、やせ我慢してアタシにまで隠し事されたらたまったもんじゃないぞ。
セイバーが上半身の服を脱ぐと同時に、それも鎧同様に消えた。
初めてセイバーの素肌を見たけど…凄いな。均整の取れた体のお手本みたいだ。
アタシも筋肉の付き方とかには気を配るけど、これはなんか、「完成されてる」って雰囲気がある。
「し、シホ…。婦女子がまじまじと見るものではありません!」
「ん〜?アタシは別に気にしないけど。そっちの気に障るなら後ろ向いてるぞ?」
誰だって着替えを観察されて気分イイやつなんていやしないか。
このままだとセイバーが、盛った食事に手をつけられるのは帰ってからになりそうなので、藤ねえ同様弁当に包むことにした。
料理が崩れないように箱に詰め、学校まで保つぐらいに温める。
こっちの支度とセイバーの着替えはほぼ同時に整った。
「サイズには少し難があったかもしれないけど、似合ってるんじゃないか?」
「そうですね。思っていたより機能性はあるようです」
うん。これなら瞳の色が違うぐらいで、人目を引くような事ないだろ。
予定よりも15分ほど遅れて、ようやく家を出たのだった。
◇
「驚きだな。十年前にも聖杯戦争に参加してたなんてな。それでか、昨日橋の上で懐かしそうなカオしてたのは」
「ええ。あの場所に限っては一概に懐かしい、と括れるものでもないのですが。記憶も、そう鮮明であるわけではありません。
十年とはいえ、この街も大分様変わりしている。以前使ったノウハウはアテにはならないでしょう」
学校への岐路、なにか話題はないものかと話しつづけていれば、いつの間にか聖杯戦争の話になっていた。
アタシも参加者の一人なんだから自分のサーヴァントと作戦立てだの、なんだの話し合わなきゃいけないのは承知してるけど、物騒だよな。
往来で戦争だ、なんだと語り合うのは。
んで、ささいな事からセイバーが前回勝ち抜いたってことを、会話の中で偶発的な起こりから、拾い上げた。
けど、どうしてすぐに話してくれなかったんだろう?
昨夜の橋の上での彼の行動を考えると、隠したかったんじゃないかとも思えるフシがあるけど…今つっこむことでもないか。
「はぁ……聞けば聞くほど、アタシがセイバーを引き当てたってのは猫に小判だ。遠坂が悔しがってたのも頷けるよ」
「それだけの因果が私達にはあった、という事でしょう。自分のことを、そう卑下する必要もありません。
現時点でのコンディションは最高潮、無闇矢鱈に特攻をかけず、機をみていけば魔力の浪費も抑えられる」
「つまり、漁夫の利を狙えと?」
アタシが簡単に、この答えに行き着いたのが満足だったのかセイバーは明るく答える。
「ご明察。なにも私達が他の六体のサーヴァントと総当りを繰り広げる必要はありません。
未だ目にかけていない三体のサーヴァントの事も憂慮しなくてはいけませんが、バーサーカーだけは別です。
あれだけの力を有した英霊をこともなげに操るマスター、イリヤスフィール。
開始早々あれだけの事をやってのける彼のマスターならば私達以外のマスター達への襲撃も、そう先の話ではない」
「イの一にまたアタシたちのとこに来た場合は?」
「先程話した通り、次は遅れはとりません。最悪、退路を決めて他のマスター等にぶつけることも考慮しなければ」
「そんな無茶苦茶な」
「シホ。それが闘争、それが策というもの。勝ち目というのは待つのではなく呼び寄せるものです」
到って正論。
勝ちたければ動かなければ、無い知恵を精一杯振り絞らなければ、結果はついてこない。
でも……アタシが目指したのは正義の味方であって、策士じゃない。
第一、バーサーカーみたいな怪物を野放しにしてたら逃げるにしても無関係の人達まで巻き込みかねない。
「作戦を立てるのには異議なし。でも高見の見物も積極的に戦いに踏み込むのも賛同できない。アタシは人死にを最小限に抑えたいんだ」
「……貴女はそれを他のマスターにも当て嵌める、と?」
厳しい表情。それでもアタシはこくっと答えを返す。
「全くもって馬鹿げている。ああ、今なら凛の言わんとしていたことが分かる。
貴女はまだ!他のマスターと話し合いで事が済むと、お思いですか!?」
「戦わないって、言ってるんじゃない。聖杯が欲しいから戦いを急ぐんだろ?なら話の通じる相手なら休戦を持ち掛けるんだよ。
アタシ達は、それを聞かずに無関係の人たちを巻き込む連中を抑えればいい。
いざ、聖杯が出たとして、それまで息を潜めていた他の連中が聖杯をとんでもない悪事に使おうっていうなら…、
不本意だけど力ずくで止める。
これじゃ駄目なのか?」
真剣に聞いてはくれたものの、セイバーは「やれやれ」と頭を振り乱す。
肯定的でないのは明らかだ。
「では例えば…イリヤスフィールにはどういった対処を?
あの時は彼女を視野に入れる余裕はありませんでしたが、あれには悪意を含んでいる様には見えませんでした。
にも、関らず『殺せ』という命令を億尾もなく発した。シホは彼女においてはどうしたいのですか?」
「そ、そうだな…」
昨夜の事を思いだすとともに、セイバーの言葉を反芻する。
『やっちゃえ、バーサーカー』
なんて無邪気で恐ろしいことを言ってのけるのか。
でも言われてみれば……言う通り。同じ調子で「遊ぼうよ」なんて言われても全然違和感ない。
あんなに幼くして、殺し殺される、なんていうふざけた立場にいて、なお、あの子は容姿通りの子供なんだ。
無邪気だというなら…だからこそ、教えて、説いて、止められる事もあるはずだ。
「あの子は子供だよ。だから…」
「付け加えておきますが。凛の話では彼女、アインツベルンとは聖杯戦争の面子に幾度となく顔を並べているとか。
見た目で事を判断するのは性急かと」
「いくらあの子が生粋の魔術師でマスターでも、それで割り切れないことってあるだろ?
アタシは…あの子と話さなきゃいけないんだと思う」
「よしんばイリヤスフィールを説き伏せたとしてバーサーカーはそうはいきませんよ」
「そこからまで出来れば十分さ。あれって元々見境のないサーヴァントなんだろ?
暴れる前に止めるしかない。それはセイバーの…アタシ達の役目だ」
「ふぅ…自分のサーヴァントを打倒されることを、そのマスターが見過ごすとは考え難いですが…」
我ながら矛盾…だよな。
アタシと違って他のマスターは聖杯が欲しいわけであって、その為にはサーヴァントが必要で。
理由はどうあれ自分のサーヴァントが倒されることを容認なんて出来ない、か。
くそっ、どうしたもんか。
切嗣は………切嗣なら、どうするのかな…。
「そもそもさ、セイバー。英雄ってのは何かしら功績とか残した連中なんだろ?
戦績だったり、騎士道精神溢れる人物だったり。そんな奴等が平気で人殺しに賛同できるものなのかな……」
「何も、誰も殺さず英雄と呼ばれた者はいません。ただ、殺した数より生かした数が勝っていた、それだけです」
「っ、そんな!そんなのって!」
「無論、私も多くの敵を打倒してきました。死して…なお。しかし、無関係の市井を無為に切り伏せる剣は持ち合わせていません」
「でも、命令なら…やるのか?」
「その時は貴女の令呪を行使せねばならないでしょうが」
つまり、真っ平ごめんだ、と?
―――そっ……か。なら…まだ救いはあるんだよな。
アタシが何に、ほっとしてるか読み取ったのかセイバーも同じく、緊張を解いた。
「ともあれ、シホが戦いそのものを放棄したわけでないというのなら、構いません。が、私も聖杯を諦めることはないがよろしいか?」
「わかってる。馴れ合いっぱなしで、解決できる話じゃないっていうのは。アタシも出来る限りはやるよ」
「承知しました。貴女の出す答えが信に値する限り、我が剣はシホと共にあるでしょう」
◇
「いいか、学校の連中に話し掛けられても極力応じないこと」
校門の所まできて、そこで改めて念を押す。
セイバーは気負わずこくっと頷くだけ。
さっきは人目につきにくくていいか、なんて考えはしたけど。瞳の色以外じゃ外人だとは分かりにくいからなぁ。
いっそ金髪だったら、もう少し近寄りにくい雰囲気を出せただろうに。
……また、だな。
敷地内に足を踏み入れたとき、昨日と同じく空気の隔たりのような感覚にとらわれる。
気を緩ませると簡単に違和感は消えてしまう。
まるで蜘蛛の巣にでも引っかかった感じだ。
昨日の今日だ、後ろ髪引かれるものはあるが、今は大魔神の怒りを鎮めるのが優先事項。
ゆっくりと弓道場の扉を開いていく。
なにやら内部は怒号一歩手前な声が飛び交ってる。
「静」を求められる弓道にこの雰囲気は駄目だろう。それを創りだしてるのが顧問だというんだから目も当てられない。
「あっ」
いち早くアタシを見つけた桜がこちらに駆け寄ってくる。
その顔が縋るようなものに見えるのは気のせいじゃない。
「お…っ、ん、せんぱ……!」
二度ほど言いよどむ。
一度目は、どうせまた「お姉様」とか言いかけたんだろう。
二度目は…セイバーを見たからか?
「……先輩。その男性は?」
ぅお!?ナニユエ片目隠しの威嚇モードに突入するか?
「あ、ああ、え〜と…そう!ちょっとした知り合いでさ。この学校に入るかもしれないから視察したいって…な?」
今しがた思いついたにしては説得力のある言い訳だ。
首だけで振り向きながらセイバーに同意しろ、と目で訴える。
意を汲んでくれたようで桜に向け頷いてみせた。
「それよか藤ねえは?ちょい遅れちまったから、相当盛り上がってるんじゃないか?」
やや強引に話をもっていったが、桜にとってもそれは無視できない話だ。
「そう…ですね。奥の方で…」
「……ああ、わかる。わからいでか」
促され、すぐ発見できた。
壁を背にして藤ねえが仁王立ちしている。
近づいたら噛み殺す、と言わんばかりの気配を放って。
それでもストーブを自分の側に置いておくあたり、抜け目ないトラである。
気が進まない事この上ないけど、黙って近付いて行く。
2,3メートル付近まできて射程内に入ったからかギン、とガンをトばしてくれる。素敵な顧問だ。
「お待ちどー。ほれ」
「餌だ」とばかりに包みを差し出すと、藤ねえは弁当と共に一陣の風となって奥に引っ込んでしまった。
それを確認した部員一同、盛大に溜め息をつく。
呆れる、というよりは安息のものだろう。
「すまん桜。手間、かけたな」
「いえ。先輩は、この後は?」
言葉の先と共ににセイバーをちらちらと窺う桜。
そんなに部外者が気になるんだろうか。格好だけでいえばアタシだって今は部外者なのに。
「こいつに校舎を案内するよ」
一応、方便は方便なりにやることこなさないとな。
「長引かないようなら一緒に帰るか?」
「あ、はい!是非!」
誘われたのが嬉しいのか、いままでの怖じた気配を一掃して答える。
嬉しい、というには表情が力みすぎてる気もするけど…。
「じゃ、この場は退散するよ。またな」
他の部員たちにセイバーの事を聞かれても面倒だ。
セイバーを伴ってそそくさと弓道場から出て行く。
「あ、衛宮じゃないか。どうしたのさ私服なんかで」
先行して外に出たと同時、制服姿の慎二と出くわした。