――――
―――――――
――――――――――――ぅっ
「――――――――――――――っ、はぁ、はぁ、ぁっっ……ふっ、ぅく…」
なにが…どうなったのか…。
「痛っ!……んんっ!」
むくり、と痛みを訴える体に鞭打って上体を起こす。
見渡すと其処は学校。
何故此処に?此処で何を?……いまひとつ頭が回らない。
「何で…こんな場所に?……うわっ!?これっ!?」
立ち上がろうと手を付いた所でぬちゃ…、と厭な感触。
明かりに照らされた掌には…べったりと赤黒い液体……血が、付着していた。
よくよく周りを見てみれば自分が突っ伏していたのはその中心。
いや、自分こそが血溜りを作った張本人だったのだ。
「そん、な。――――――――――――――あ…ああ……」
おもい、だした。
次々と先ほどまで起きていた出来事がフラッシュバックしていく。
人を超えたヒトのカタチをした者たちの剣戟。
そして、槍を持ったヤツから逃げて…でも逃げ切れなくて。
そして、突き刺されたんだ、あの真っ赤な槍に。
それで、その後……その後?
「どう…なったんだっけ?」
第一、アタシは刺された筈だ。
視線をおろせば胸の辺りが一際血を帯びている。
……くくっ、全く…アタシらしい。
こんなの見て最初に浮かぶ事が「クリーニングどうしよう」だなんて。
でも、そいつは後だ。
まだ痛みの走る胸ををゆっくり撫で下ろしながら再度、思い返す。
あの凄まじい攻防を繰り広げたヤツだ、アタシをあの槍で貫いたってんなら、その部位は間違いなく心臓。
外す筈が………外れたハズが無い。
なら、何でアタシは生きてられるのか?
キシ、と握ったままだった手の中に何か物音。
開いてみれば…コレ、宝石?
レプリカではありえないズシリとした重みがある、これは間違いなく宝石だ。
やられる寸前までこんなものを持っていた記憶は無い。
一体誰が………そういえば、あの後。
意識が途絶える寸前で別の声を拾った気がする。
もしかして、アタシはその人に助けてもらった?
「……帰ら…ないと」
こんなトコでいつまでもオネンネしてはいられない。
助けてくれたヤツにお礼、言えるといいけど…。
アタシは未だにボウッとした頭のまま現場の痕跡を消していく。
っく……アタシは被害者なのに、なんでっこんな……アホくさいこと……。
そうだ、鞄も持って帰らないと、校庭で放り投げたままだ。
―――ああもうっ、こんな異常事態に見舞われて、まだアタシの思考は庶民的なんだから!
フラフラと帰路につく。
朦朧とした足取りではあったけど、その一方では意識せずして右手の宝石を強く握り締める自分がいた。
◇ ◇ ◇
どさり、と居間に崩れ落ちる。
胸の傷はふさがってるのかもしれないけど体力までは戻っていなかったか。
ブルッ
家に着いて安堵できたからか今になって体が震えだす。
全てが夢幻のような出来事だった、いや、願わくばそうであって欲しい。
でも現実はそれをおいてヘビィだ。
血に塗れた制服と今は鞄にしまってある紅い宝石はアタシが確かにあの場に居て…戮された事を否応無く示唆してた。
「そうだ、制服……洗わないと、な」
億劫ながら腰を上げた、その時――――――――
からんからんからっ
!!!
切嗣の施した警鐘!
こんな時分に魔力で編まれた結界に引っかかるような侵入者……。
!あいつ!!
そうだ、あいつはアタシに見られたから襲ってきた、必殺を心得て。
そのターゲットが未だ生きててノコノコ家に戻ったとしたら?
マヌケ!どうして考えつかなかったのか…。
「!?」
次いで家の照明が落ちた!
どうする?逃げたところでさっきの二の舞は明らか。
――――――――――――――――――――――――甘ったれるな!!衛宮志保!
アタシはこういう時の為に切嗣を師事してたんじゃないか。
一度、いや違う、二度も救ってもらったこの命、易々くれてやるもんかよ!!
まず武器だ。
半端なものじゃ歯が立たない。
アタシが唯一保持する手段『強化』で対抗するしかない。
いつ攻めて来られるか知れない状況で……できるか?それを…。
……違うよな、やるっきゃないよな!
「……………………」
イメージ、焼けた鉄串が背中にずぶずぶと浸透していくイメージ。
「……、ッ」
焦るな!
敵に襲われる前に回路生成をミスって自滅なんて笑い話にもならない。
慎重に、慎重に……
「……っ………ふ、はぁっ、はぁっ、ぁ、徹っ…た」
最短記録だ。
けど喜んでいる場合じゃない。
つぎっ!何か武器になりそうなものは……。
そうそう都合良いモンは無い。
くそっ、土蔵なら何か有ったかもしれないのに!
今出て行けば……串刺し確定だよな、やっぱ。
包丁は…却下。あの2メートルはある槍相手に刃渡り30センチがいいとこの刃物じゃ防ぐなんて無理だ。
見渡す、何か無いか?なにか、なにか――――
捉えたのは昨晩藤ねえが何処からか拝借してきたポスター。
昨日のやり取りを思い返す……あれなら、もしかして!
ダッと駆け寄り手に持ってみる。
アルミ製か何か定かじゃないが確かな重みはあった。
「こんなんでも、やるしか!―――――――――同調、開始」
衛宮志保特有の合言葉。
今、意識は肉体のある世界を飛び出し自らの中に敷かれた設計図の中に落ちていく。
「――――構成材質、解明」
ポスターの構造を瞬時に読み取り、内部を走る道に魔力を流し込んでいく。
「――――構成材質、補強」
長方形の表面に垂らしたインクをはみ出す事無く隅々まで塗りたくる。
あわや魔力が零れる!という所で盆栽の一枝を切り落とすようにバッサリ流れを遮断した。
おそるおそる目を凝らすと自分の魔力が弾けずキレイに留まってくれているのが解る。
「成功……?やった!!」
改心の出来!
『強化』が成功したのなんて切嗣が亡くなって以来初めての事だ。
今やこのポスターは鋼鉄並の硬度を持ち、且つ本質はあくまでもポスターなので形の融通も利く。
ポスターを丸め急拵えの剣にする。
武器を手にすると、かつての特訓が頭を過ぎりスイッチが切り替わっていく。
こいつは命の奪い合い、油断、慢心は捨てろ。
こっから………どうするべきか。
出来るもんなら直ぐにでも飛び出して土蔵に向かいたいとこだが、出て行った途端、グサリってのも大いにあり得る。
……なーんて、迷うくらいなら―――実行だ!
バカ正直に襖から出て行ったらいい的。
多少の痛みは覚悟で窓から飛び出さんとした瞬間――――ゾクリと全身が総毛立つ。
くる!
そう意識する間に遮二無二窓めがけ飛び出す。
ヒュバッ
一体何処から入り込んでいたのか、それを追うように天井から稲妻めいた速さで煌きが襲う。
が、ほんの僅かな判断の差で、槍は届く事無くアタシは庭に転がり出た。
痛ぅ、ガラスで少し切ったか……。
でもこれは不幸中の幸い!
この僅かな隙に少しでも土蔵に近づかなければ―――――――――!!
駆け出すやいなや、「トンッ」という背後からの些細な音。
それが、あの男も庭に降り立った音なのだと確かめるよりも速く、アタシは全力で身を落とす!
シュッ
一閃。
もし、躱さずに受けようとしてたら、振り返る前にアタシの頭は串刺しになっていたことだろう。
男は苦虫を噛み潰したように槍を引き戻す。
「せっかく気ィ使ってラクに逝かせてやろうしたってのに、まあ勘のいいお嬢ちゃんだ。
に、してもだなぁ…くたばったと思った奴をもう一遍始末しなけりゃいけねぇなんざ、つくづく因果だぜ」
気怠そうに自分の頭をこんこんと小突いている。
…油断するなかれ、先の攻防を思い出せ。
気を抜いたが最後、あの男はアタシが瞬き一つする間にあの凶器を叩き込んでくるだろう。
「で、お前さんはそんなもんで何しようってんだ…よ!!」
殺気が爆発的に膨らむ。
今までの一連の動きは偶然と読んだのか、槍はバカ正直に心臓を狙ってきた!
「――――くっぅ!」
ポスターを横に、剣の腹で受けるように突き出した。
凄まじい衝撃!
たった一撃でもう手がジンジンいってる。
対して男はアタシの武器がとるにたらない紙だとでもふんでたのか、首を傾げた。
「ほぉ…おもしれぇモン持ってんな?成程、此処の結界といい、嬢ちゃん自身から流れる微細な魔力。
あの一撃で死なねぇのも肯ける。魔術師とあっちゃあ…………加減してやれんぞ!!」
クワッと目を見開き、直後、暴風のような音と共に横薙ぎの一撃。
「点」で来るものだと読んでたため堪え切れず、ポスターはひしゃげ、アタシも横に弾き飛ばされてしまう。
地面とキスする前に空いた手を梃子に体の位置を変える!
耳元でズドンっという音。
転んでいたであろう場所には紅い槍が突き刺さっていた。
土蔵まであと10メートル前後、なんとか……距離を開けないと……。
よろよろと立ち上がろうと力を込め――横っ腹を蹴り飛ばされた。
「あっ、ぐっ……うぅ。……っっ―――――ガァッ、は、ぁ…」
蹴られて地面をスライド。
その勢いに任せて跳ね起きた時には男は既に追いついていて、アタシが跳び退くより迅くボディブロー。
胃液が逆流するのを感じながら、体はくの字に折れ崩れる。
膝が地面に着くより先に男はアタシの襟を掴み片手で軽々と持ち上げた。
「ちっく、しょ…遊ぶようなマネ…しやが、って…。も、ちょい…労われ、ってんだ」
「は。同感だぜ、まったく。俺が女を嬲るのはベッドの上でだけ…だってのによ?」
この期に及んで憎まれ口をはたくアタシが面白かったのか男はくだけた口調で返す。
「―――言ってろよ…この!タコ!!」
奴の腕をそのまま支柱にし、延髄めがけて蹴り上げる、が止められた。
それでいい。
本命は……コッチだ!!
死角、後頭部からそのドタマに向け鋼の棒を振りぬかんとした、が――
「おお?――っと、威勢のいいこった。好きだぜ、お嬢ちゃんみたいなのは」
く、ウッ…。
虚を突いたと思われたポスターでの一発も当たる前に体ごとブン投げられ、転がる。
行き着いた先は…幸運と取って良いのか、土蔵まで辿り着いていた。
ここまで来たってのに……動けよ!
このっ、体はぁぁぁ!!
軋む四肢にありったけの力を込め滑り込むように土蔵に飛び込む。
余裕が無かったとはいえ背を見せたのはマズかった。
逃がさん、とばかりの一穿。
いま自分が立つ場所は丁度出入り口の所、左右に逃げ場は無く、あの突きを捌く余力も、無い。
いよいよ、というとこまできて一瞬の閃きにかけた!
ヒュッ―――ガィンッ!
「ぎっ、あ、ぐぅ…」
「ぬ……?」
丸めたポスターを広げ鋼鉄のカーテンとして、たった一度、奴の一撃を凌げた。
それもここまで。
その一撃でポスターは貫かれ、魔力も霧散し、元の強度に戻ってしまった。
アタシの体もそれに伴いガラクタの中に弾き飛ばされる。
「はぁ、はぁ、ぁ…っっ!!」
顔を上げようとしたその時、ぴと…と頬に冷たいものが張り付く。
「大道芸の域は出ねぇが今のは少し驚いたぜ。だが―――――」
その続きはアタシの顔に接触した槍の先端が揺れ、まるで槍自身が囁くように言っている――ここまでだ、と。
今更ジタバタしても始まらない。
槍がアタシのすぐ首元にあるのも分かってて、すっくと立ち上がると槍も同様に位置を上げていく。
チェックメイトをかけられたままに、ただ睨み付けた。
挑発でもしてるつもりなのか、それとも「すぐに殺せるぞ」とでも言いたいのか槍でヒタヒタと頬を撫でてくる。
それがまた鼻につき、一層強くギンッ!と睨みをきかせた。
男は何を考えてんのかピュウと口笛を吹き、こちらを窺ってる。
「く……そぅ…」
なんか……無性に腹立だしくなってきた。
アタシを一度殺し、今一度、殺そうとしてるこいつの態度が。
万策尽きたとはいえ睨み付ける事しか出来ない自分の弱さが。
そして、ひたすらに申し訳なくなってしまう。
切嗣…アタシを生かしてくれた人達に対して、自分はこんな所で果ててしまうのか、と。
「この状況でま〜だそんな目が出来るかよ。ああっもったいねぇ!もったいねぇぞ!」
ひとりで叫びだしたかと思えばス…と槍を下ろす。
ついに、トドメ…か。
(ごめん……)
誰に謝ってるか自分でもはっきりしなかったが心の中でそう、呟いた。
でも男は意外な行動を取る。
いきなりアタシの目の前まで跳び寄って来やがった。
なんのつもり…だ?
こんなに密着してたら槍は使えないんじゃ……。
「お前さんにはエライ災難だったがよ、こっちだって役得のひとつもあっていいと思わねぇか?」
「な、なにを…んむっ―――――――――――――――――――!!?????」
―――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――――
「――――っはっ……えっ?えっ!?ええっ!!??」
「何だ?見た目よかウブなんだな」
こっ、こここ、こいつ…きっきっキス……しやがった…の、か?
オレが?
キス?
何でこんな時に……
はじめて……だったのに
誰と?
これは夢だ
「あ、う、はうあう〜〜〜」
「運が悪かったと思って諦めてくれや。恨んでくれていいぜ。―――――――――――」
もう…コイツガナニイッテンノカキコエナイ―――――
「―――――――――――――――――――――――――――――――――さ…」
「さ?」
「最悪じゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
リィィィィィィィィィィィィィィィン―――――――――――――――――――――ブワッ――
「!!何だと!?」
突然目の前に太陽でも現れたかのような目映い光。
ソレはその光の中から猛然と飛び出し……。
「っく!?クソッタレめが!マジで七人目が出たってのか?」
あのバカヤロウに斬りかかって行った。
この狭い場所で槍がつっかえて不利だと悟り屋外に逃げてく。
……いい気味だ。
―――――――っと、トランスしてる場合じゃないや。
状況が好転したとは限らんし。
「………………」
「……」
誰、なのか…。
差し込む月明かりはそいつの着けているらしい鎧?を煌かす。
栗色の髪に、整った顔立ち。
性別を判断しかねる位の美形だけど…多分男だ。
背はオレよか幾分高めで重っ苦しそうなもの着ていながらも、ピンとした背筋でこちらをじっ、と見てる。
「―――問おう、貴女が私のマスターか」
凛々しい……声。
それは青年のものではあったけど、男性特有の野太さがない澄んだ声だった。
「あの、マスター……って…?」
未だ混乱の最中でそれしか聞き返すことが出来なかった。
彼がナニモノなのか、とか。
どっから現れたのか、とか。
よくあの軟派ヤロウを追い払ってくれたな、とか。
言うべき事は忙しなく頭の中で駆け巡っているというのに。
「…………よろしい。サーヴァント・セイバー、貴女の召喚より馳せ参じた次第。ここに契約は完了しました。
―――マスター、指示を賜わります」
サーヴァント?セイバー?召喚?指示?
並べ連ねる言葉はどれも身に覚えの無いものばかり。
しかし!唯一つ、オレを揺さぶる単語を発見!
「契約って言ったか!?」
契約――約束をかわすこと。また、その約束。
魔術師たる者、その位常識だ。
――要点はだ、唐突に現れた彼はオレを主だと言う。
――→彼から溢れる魔力は使い魔として見るには余りにも破格だが契約と言うからには関係は確かなもの。
―――→彼はあの、無礼者と同じような存在で且つ、互角以上の実力を持つと思われる。
――――→GO!!
がしぃっ
「――は、はい。その通りです。貴女が呼び出したからこそ私が此処にいる。それは間違いのないこと」
いきなり肩を掴まれたからか少々たじろいでる様子。
だが!
オレには目の前にどんな存在が現れたかよりも、あのトンチキが犯した暴挙の方がよっぽど大事だった。
「いきなりマスターとかなんとか言われてもわかんないんだけど、ともかく……戦ってくれる…の、か?」
「―――はい、我が剣は貴女と共にあり、貴女の運命も私と共に…」
戦ってくれ、だなんて自分でもなんて無茶苦茶な、と思ったが対する彼はそれを当然のように受け止めてきた。
「なら、えっと「――セイバーとお呼びを」…なら、セイバー!あの男をぶちのめせ!」
オレの剣幕に呼応するようにセイバーは、ほんの僅かだけ口の端をニヤリと歪ませ、
「――――御意に!!」
視覚できない「何か」を携えて土蔵から躍り出して行く。
その身が土蔵から抜け出して一秒にも満たない間に…鳴り響く鋼の炸裂音。
今出て行くのは危険じゃないか?とも思ったがあのセイバーって奴に頼りっきりになるわけにもいかない。
何か自分で助けになれる事は……そう思いながら、見た、庭で繰り広げられる闘争いを。
先刻の赤い男との戦いの焼き直し、いやあの時とは違い、青の男は…守勢に回ってる?
この時点で…思い知った。
―――助力だって?なんて烏滸がましいことを。アタシが…この鋼の嵐の中に入る余地が何処にある?
「っっ!ヤロウ…おかしなモン振り回しやがって…」
さも忌々しそうに、ごちながらも男は自らの長い得物をものともせずに庭内を縦横無尽に跳ね回る。
その一歩一歩がどれだけの脚力から発せられてるか庭に点在する穴ボコを見れば一目瞭然。
……つーか荒らし過ぎだろうがアンチクショウめ。
セイバーはその動きにも翻弄される事無く重心を置いて応じ、返す刃?で斬りかかる。
守勢に見えたのはそれの比率がどんどん変わっていったからだ。
動き回っても、デタラメに勘が良いのかセイバーがその攻撃を見誤ることは無く。
セイバーの武器が視えないせいか、その身の熟し一つに信を置くことは能わず、いちいち槍でそれを防いでいく。
視えない、というだけで神経が削がれ疑心暗鬼に陥ってる可能性もある。
ギィン!
まるでダイヤモンドカッターで鉄を切り落とすかのような猛烈な火花。
袈裟、薙ぎ、払い。
あらゆる手段で「何か」を振るうセイバー、男の方も大雑把ながら見事に対応していく。
―――男の方に変化!
今までは防御の際も絶えず動き回っていたのに、槍を地面に突き立てドシリと構える。
セイバーがフェイントでも仕掛けたか、己の読み違えか、一手遅れたのは間違いない。
「グッ…!」
衝撃をモロに足に伝えてしまったのか槍の腹で受けた後も数瞬とどまる。
その硬直を逃す筈も無くセイバーが大上段から一息に斬り下ろす!
「さ…せるか!!阿呆!」
男が一瞬…身を沈めたかと思えば真上に飛び上がり、突き立てた槍を支点にヘリのプロペラのように旋回。
縦の動きであるセイバーの大振りをやり過ごし後頭部を、蹴りつけた。
直撃は避けたものの堪らずバランスを崩すセイバーに向け、着地と同時に疾走る稲妻!
「―――!」
何を思ったかセイバーが男の蹴りに錐揉みする自身に対し踏ん張ろうとせず、その勢いに身を任せる。
爆走する男が身体ごと槍の様になり、穿たんとした、その時!
セイバーが勢いに更に回転を上乗せして武器を振りかぶる。
もの凄いスピードであるにも関わらずスローに見えるその一撃に一体どれほどの膂力・魔力が注がれているのか。
その横薙ぎは相変わらず「視えない」ままであると言うのにスレッジハンマーでも振り翳しているように見えた。
「!?クソがっ!」
「はぁぁぁぁああああ!!」
ギャィィィン!!
今までで一番大きな音と火花が弾け二人、跳び退いた。
互い、「殺った!」という確信があったのだろう。
両者苛立ちを隠せない、といった様子。
「ムカつく野郎だ。視えないってのがこんなに厄介なもんだったたぁな…」
「どうした槍兵。自慢の足も潰えたか?」
「ほざけよ、剣士…」
両者譲らず気で押し合う。
この切迫した空気が膨れ上がれば再度の激突は必至。
ランサー…と呼ばれた男はそれを崩すように、何か…地獄の蓋でも開けるように、ゆらりと槍を構え直す。
「偵察がメインだったのによ。ここまで熱くなるたぁ思ってなかったぜ」
「?」
含みのある口ぶりで喋るランサーにセイバーは戸惑っている。
あの構え。
校庭で見せた、おそらくはランサーの秘技。
先の戦いではアタシの間抜けで発動まで至らなかったが今回は……出る!
そして…アタシにはそれをくい止めるなんて不可能。
あの攻撃にどれほどの力と自信があるか知らないけど、信じるしかない。セイバーを。
「ものは相談だ。今回は分けってことにしねぇか?……オタクのマスターは―――――――」
こっちを一瞥するランサー。
力が及ばないったって呑まれてる場合じゃない。ギッとメンチをきる。
「…………まぁ、ヤる気満々かも知れねえが、生憎とこっちのは腑抜けでな。人前に出ようともせん。
お互い、万全で戦ったほうが良かないか?」
「――――断る。貴様はここまでだ、槍兵」
「ああそうかい。―――――――――なら……!!」
轟、と波打つような風と共に比較にならない殺気が渦巻く。
あの時と同じ、ここら一帯の魔力を喰い潰して真紅の槍に向かい、供物のように注がれる。
「手前が死ね。我が必殺の一槍で――――――――!!!」
今までのように勿体ぶる事も無く、ぐっとその手に力を篭める。
余裕を切り捨てた、戦士としての姿勢。
それがランサーにとって、どれだけ本気の一撃であるか、アタシにも窺い知れてしまった。
怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨という耳鳴りにも似た怨嗟の魔力。
この距離だ。
校庭で観たものとは段違いのプレッシャー。
自分に向けられたものじゃないというのに、この息苦しさ。
そして、次の刹那、それは最高潮に膨れ上がる!
「―――――あばよ」
ブォンッ
掬い上げるように下方から地を這うように投擲。
それは足元を狙った一投、あれじゃあ敵が当たりにでも行かないと必殺と呼べるシロモノ足り得ないじゃないか。
………何だ?コケ脅しか……?
そう思った矢先―――――
「刺し穿つ―――」
ランサーが言葉を紡いだ…その瞬間―――――
「―――死棘の槍!!!」
有り得ぬ軌道!まさかの曲進!
穿つ点は―――セイバーの心臓!!
「なっ―――!!?」
まるで……そこに突き刺さるのが当然、という動き方。
物理法則に逆らったその動きに対応が間に合うはずも無く、吹き飛ぶセイバー。
その身体を穿った槍は見事なほどに貫通して闇夜に消える。
放出した魔力故、一端、形を失ったのだろう。
やられた―――コマ送りのように宙を泳ぐセイバーに半ば絶望しかけた時…。
「ふっ……!…くっ…」
背中から落ちようという瞬間、バッと逆立ちのように両手で地を受け、反転。
だらだらと血が流れる胸元の傷を押さえながらもランサーへの威を放つのをやめない。
躱したっていうのか……あのタイミングで…。
あの男が手を緩めたとも思えない。
単にセイバーの法外な反射神経と判断力の賜物だろう。
「その宝具……因果、事象を反転させたとでも…!?」
呻くように声を出すセイバー。
遠目から見てもその口元には血が滲み、呼吸するのも一苦労という感じ。
今、ランサーに追撃をかけられればひとたまりも無い。
「セイっ―――――!」
たまらず駆け寄ろうとしたアタシに気付いたか、バッと片手を突き出しそれを制される。
まだ戦うと?そんなになっても護ってくれると?
確かな輝きを放つ眼差しは誇りに満ちていた。
「身の熟しだけで俺の必殺の一手を躱すとは……随分ご大層な加護があるみてぇだな」
「―――――――っ?ゲイ・ボルク?では、貴様は――――!?」
セイバーの口から「ゲイ・ボルク」という単語が出た途端、ランサーは「あ〜あ…」とかぶりを振る。
「とんだ誤算だ。様子見のつもりが宝具まで防がれちまうとは―――」
そのままクルリと踵を返し塀に向かって悠々と歩いていく。
「逃げるのか、ランサー」
「こっちにゃこれ以上戦る理由が無え。俺の槍が躱された今、とっとと戻って来いと腑抜けのマスターのお達しだ。
追ってきたけりゃ好きにしな。だが……!二度目はないぜ…」
「―――――――くっ……」
最早セイバーに興味を失ったのか今度はこっちに向き直る。
「じゃな♪譲ちゃん。次は二人っきり…邪魔モンのいない時に会いたいもんだ」
「っっ!!二度と来んな!バカッ!!!」
「はははっ」
本当に……本当に何事も無かったように飄々と去って行きやがった。
先程の激闘すら御使いでも片付けたかのように。
「待っ――――――ぅ…ぐっ」
尚、追い縋ろうとするセイバーだが、言う事の効かない身体は意思と反対に崩れ落ちる。
「せ…セイバー!」
慌てて駆け寄るものの、一体どうすれば良いのか……。
一番に傷の治療が先決ではあるんだけど絶命は逃れたとは言え槍は彼の身体を貫いたんだ。
重傷には変わりない―――――ハズだった筈なのに………。
「傷が……よ、鎧まで…?」
押さえた手を離した傷口からは、既に血は止まり、驚くべきことに鎧も今まさに「治っている」最中だった。
映像の巻き戻しを見ているような錯覚に陥る。
その間、一分を要したかどうか……傷なんて無かったように彼の外見はすっかり元通り。
はっとする。冷水をかけられたような心境。
そもそも彼が何者で、何故アタシなんかと主従の契約を結ぶのか全く、完全に解ってはいない。
怪我させちゃったのも元はと言えば嗾けてしまったアタシに非がある。
ここはお礼から言っとくべきだろう。うん。
「あ、あの…まず、ありがとう。助けてくれて、あいつ、追い払ってくれたし…。――――で、アンタ……何者?」
「何者も何も無い。サーヴァントである私を呼び出したのは貴女だ。先の敵を討てとの指示も実に堂々としていましたが?」
「いや、あれは……」
頭に血が上っていたから、とは言えないよなぁ。
うう、現実に戻ってきたと思った途端、余計混乱してきた。
間近で見るとホントに綺麗な造りしてる。
それにどうにも、幼顔っぽい造りでもあるのに顔立ちはやたら男前に見える。
何処の国の人間なんだろうか。
金髪ではないけど碧眼だし。
「―――じゃ、なくてだな。アタシはその契約とやらには全く憶えが…」
「マスターは正規のマスターではない、ということですか」
「よく解んないけど……多分」
「―――成る程。しかしマスターは魔術師だ。それは間違いないですね?」
「ちょい待ち!確かにアタシ、魔術使いではあるけど、ん〜なことより、その『ますたー』ってのは……どうにも。
えと…アタシは衛宮志保ってんだ。志保で、いいよ。セイバー……さん」
「承知しました、シホ。それと、セイバー、で構いません。これはあくまでもクラス名。
そもそもマスターが畏まる必要は、無い」
「そ、そんなら…いいけ、どっ、――――!?」
左手が……熱い……。
焼き鏝でも押し当てられたみたいだ…。
―――――その熱も余韻すら残さず、直ぐに消えて、左手には奇妙な紋様が浮かび上がっていた。
「それは令呪。私達サーヴァントを律する絶対的命令権。むやみに使用することの無い様―――――!」
「令…じゅ?使用するったって―――お、おい?」
セイバーは塀の向こうを睨んで放さない。
まさか……戻ってきたのか!?あのナンパヤローが!
「シホ、治療を頼みます」
実に当たり前のように言われものの、何の事かさっぱりだ。
「ち、治療って……アタシそんな高等なこと出来ないって!」
正直に答えると、顔を顰めたがすぐさまキリッと面持ちを切り替える。
あまりの凛々しさに暫し見惚れてしまった。
「ではこのまま行きます。敵は二人、この程度なら打倒は十分に可能です」
言うが早いか先程のランサーのように軽々塀の上を飛び越して外に出てしまう。
「バッ――――いくらなんでも無茶過ぎだ!!」
駆け出すと同時に…金属音!?
ったく!!慇懃なワリに血の気が多いヤツだな!
騎士なのにラブ&ピースって言葉を知らんのか!?
「――――――――セイバー!!――――!?」
出て行ったが既に遅し。
その突出振りに天を仰ぎたくなったが、それの前に交戦してる相手に驚いた。
ランサーと対峙していた赤い外套を纏う男。
遠くからじゃ分からなかったが、アタシより背が高いセイバーが更に小さく見えるほどの長身である。
両の手には、あの白と黒の双剣。
男はそれを交差して、セイバーの相変わらず視えない「何か」と鍔ぜりあっている最中だった。
「―――!?いけない!シホ、退がれ!」
「ば、かな――――――――――――――――チィッ――!!」
互い予期せぬ乱入者たるアタシに気を取られるが、切替し、先手を打ったのはセイバー。
力任せに男を押し出す。
「アーチャー!下がりなさい!!―――――――Löosen!!」
男の背後から女性の声………聞き覚えがあるのは気のせい?
―――と、よろめく男を庇うように凄まじい光と共にセイバーに襲い来る魔力の塊。
「スゴ……―――――って!?」
―――――あいつ!!?
―――――遠坂!?
―――――遠坂凛!!
何で遠坂が此処に?とかお前魔術師だったのか?とかゆー疑問も涌くには涌いた、が。
彼女の放つ魔術に何より意識を持ってかれた。
飛散したその魔弾一発一発がアタシの創り得る魔力を遥かに凌駕している。
あんなもんブチかまされたらセイバーだって……。
弾き飛ばされるセイバーを思い浮かべた――――しかし!?
「そんな!?足止めにもっ?」
「……う、そ…」
弾き飛んだのは遠坂の魔弾の方だった。
弾いた…、そういうレベルかアレ!?
あれだけの魔力の塊がセイバーに触れた瞬間、シャボン玉のように弾けて消えた。
なんっつーデタラメっぷり。
――――――――――――――――――――はっ!?
呆けてる場合じゃない!!セイバーは……遠坂までも切り伏せる気だ!
「待て待て待て待て待て!!」
「「―――――なっ!!?」」
咄嗟に―――――――睨み合う男の二人の間に割って入る。
ヘタすりゃ、この二人の攻撃を一身に受けかねない状況で。
ああもう!自分の浅はかさに心底厭きれたくなるが―――なんとかこの暴れん坊を静めないと。
回避できるかもしれない殺し合いを見過ごすような真似、アタシにはできない!
「正気か!?マスター!!早くこちらへ!彼らは敵だ、判らないのですか!!?」
「それはアタシの台詞だ!誰彼構わず斬りかかりやがって…。
彼女は友達なんだ、何のつもりで此処にいるか知ったっこちゃ無いが戦う必要なんて何処にも無いだろうが!!」
「シホ、貴女は解ってない!聖杯戦争に友も親兄弟も無い、これはそういう闘争いなのです!」
「何だよそれ!?どうしても聞き入れられないってんなら、レイジュとか言う命令権とやらを行使しちまうぞ!」
「な…!あ、貴女は馬鹿ですか!」
「なんだと!?この―――――」
「――彼の言う通りよ、衛宮さん「―――――なっ!?」……なんでアーチャーが驚いてんのよ…」
いっけね……。
すっかり白熱してしまった。
アタシだって何時、後ろからあの男に叩っ斬られるか知れたもんじゃない状況なのに…。
「アーチャー、貴方、霊体化してなさい」
「しかしな……凛「――いいから!」――わかった……どうなっても知らんぞ、マスター」
二、三言交わして男が――――き、消えた?
「さて、と。セイバー…でしょ?貴方。
こっちはこの通り、誠意を見せたんだからそっちも。何持ってるか知らないけど物騒なものはしまってくれるかしら?」
「………………」
セイバーは頑として譲らない、が、それはアタシも同じ事。
30秒程睨み合っていたか、後ろで遠坂の「はぁ…」という溜め息につられるように「フゥ…」と息を吐き構えを解く。
……なんかこの構図、アタシだけ駄々っ子やってるみたいじゃないかよ…。
「ひとまず中に入りましょ。お茶くらい出してくれるわよね、志保?」
「ちょ…なに一人で話進めてるか!それよか…遠坂って魔術師だったのか?」
「そこから聞くの?全く……これじゃ先が思いやられるわ」
「先…って……何の事だよ?」
「バカね。無知な貴女に特別レクチャーしてあげるって言ってるの。さっさと案内して頂戴」
「あ!待てって!」
くそっ……何がどうなってんだ、一体……。
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