拾ったときは､なんとも思っていなかった。
また厄介ごとに巻き込まれる予感はなかったわけじゃない。
だけど、そんな事よりもその子をどうにかしてあげたいという思いのほうが強かった。
けど、少女の苗字がアサガミだと知ったときもでさえそう思いつづけていられたのは・・・今思えば､少し不思議なようにも思える。
本当に､俺はどうしていたのだろう？
屍人は喰らう生者の心
巻之漆：[湊：虚偽・克己]
「・・・・・あ～～。」
言葉にならない呻きが､喉で収まりきらずに溢れてくる。
正直に言えば､自分が何でこんな事をしているのかよく分からなくなっていた。
目の前では桃色の桃源郷。
「で､これとこれ､どっちがいいの？」
「・・・・・・？」
ただし､そこで待ち受けているのは針の筵に立たされたかのような息苦しい時間でしかない。
まったく、何が嬉しくて昼日中からランジェリー店の中をうろつきまわらなければならないというのか。
歩いていて偶々出会っただけの少女に自分から首を突っ込んでしまったのも驚きだったが､それ以上に今の自分の図には驚きを通り越した悲しみさえ覚える。
｢ですからこちらと・・・って､そうか､これが何かすらわかってないのよね・・・。」
「・・・・・・☆」
どうしても目に入ってしまう下着類は､全て目の端に追いやったが、それでも居たたまれないような思いが消える事はなかった。
女の下着なんて飽きるほど見たことがあるというのに、こういう場では恥ずかしさが先に立ってしまう。
その上
「湊さんもぼさっとしてないで手伝ってください。元はと言えばあなたがこの子を引き取ると言い出したんですから､せめて通訳ぐらいしてくれないと困ります。」
二人いる女の内さっきから忙しそうに店内を動き回っているほう――黒桐鮮花の呼び出しがしょっちゅうかかる。
言葉の丁寧さとは裏腹に､少女の瞳にはこちらを蔑んでいる色がありありと見えた。
年上だから敬意を払っているつもりなのだろうが､その表情を見れば嫌々していることが丸分かりだ。
「何だよ・・・。俺だってそいつが何言ってるかなんて分かんねえよ・・・。というか喋ってすらねえし・・・。」
言いながらも､逆らえない俺は立ち上がり二人の少女へと近づいていく。
その道中、歩きながら何故こんな事になってしまったのかを考えた。
頭の中の刻を二時間ばかり戻すと、そこに答えがあった。
「で､君はまた厄介なものを拾ってきてしまった､と。そういうわけだな､黒桐？」
目の前には､ものすごく不機嫌な顔をした女の人が一人。
｢また・・・か。」
いや､訂正､二人だ。
一人は以前浅上との事件でお世話になった年齢不詳のおばさん。
で､もう一人が黒桐先輩の彼女で良家の一人娘という本来ならもっとおしとやかなスキルを持つべき女、両儀式。
正直に言えば､どちらも苦手な相手であることに変わりは無いが、今はどちらかと言うと両義の女のほうが厄介だった。
前回の事件の借りは返せるようなもんじゃなかったし、それ以前に両義は俺が黒桐先輩の傍に近寄る事さえ嫌悪する。
今でこそ視線は先輩のほうに向いているが、なんとなく拾った女をここにおいてそのまま逃げ帰りたいような気分だった。
「質問に答える気は無いのかな、黒桐？・・・ああ､いや､いい。これは私の質問が馬鹿げていた。君は現にそこに飛び切りの厄介者を連れてきているのだから､そのような事､訊ねるまでもないということだ。では､単刀直入に聞くとしよう。そこの少年､君はこの少女をいったいどのように取り扱いたい？ 以前の浅上のときのように犯したいのか？ それとも、以前の君のように保護してほしいのか？」
ぎろり､と視線がこちらへ向けられる。
捲し立てるように言われた科白は、現場にやってきてすぐの黒桐先輩と全く同じだった。
要するに､皆そのような目で俺を見ていると、そういうことなのだろう。
「保護じゃなくて・・・名前を調べようとしただけです。そしたら先輩がここまで送ってくれて・・・。」
言葉の途中だったが､僕に向けられていた視線は二つとも隣で立っていた先輩のほうへと戻された。
一人の視線には､殺気すら混じる。
気圧され､一歩下がると、ふん､と鼻を鳴らして一人はどこかへ行ってしまった。
それだけでもずいぶん部屋の気温が上がったように感じられる。
「だそうだが・・・黒桐、何か申し開きはあるか？」
「ええ、まあ、その言葉に嘘は無いんですが・・・って､痛っ！！まだスリッパを投げるには早すぎるでしょう！？」
先輩の言葉の途中、横を高速のスリッパが駆け抜けていった。
たかがスリッパされどスリッパ。
当たれば痛いものは痛いらしく､先輩が鼻っ面を抑えて蹲っている。
それでも殴りかからないんだから､まあ立派といえば立派だ。
俺がこんな仕打ちを受けたら真っ先に殴りかかっているに違いない。
「その子の名前なら、もう分かっているんです。ただ、いずれにせよ橙子さんを絡めないわけにはいかない事例なので・・・。」
蹲ったまま､先輩は懐から一そろいの書類を差し出した。
その書類､何処に抱えていたのかと思うほどに分厚く､多い。
蒼崎さんはものすごく嫌そうにその書類の束を受け取って､ぱらぱらとめくった。
さっき俺も見せてもらったが､その量は一日で読み切れるのかどうかすら怪しいものだ。
「あの少女は浅守 遙 先月行方不明になって捜索願の出されていた少女です。・・・先ほどから話に上がっている浅神のもう一つの分家筋だとかで、見つけた場合自分に届けるようにといったのは橙子さんじゃないですか。」
「ああ､そう言えばそんな事もあったか・・・。しかし黒桐､よくこんな一件覚えていたな。」
数ページぱらぱらとめくっただけで、蒼崎さんは投げやりに資料を机の上に放り出してしまった。
眺めていた時間・僅か数秒。
俺よりも､短かった。
「ずっとその件を調べて走り回っていた僕にとっては昨日の今日ですからね。けど橙子さん､忘れてらしたんですか？」
「ん？いや､そういうわけじゃないがね・・・おお、そう言えば出掛けに妙な事を口にしていたな。・・・記憶喪失がどうとか・・・容態はどうだった？そのまま引渡しが出来るレベルなのか？」
責めるような先輩の視線にはびくともせず､蒼崎さんは俺の後ろのソファで眠る女の顔を､しげしげと眺める。
事前に先輩から説明を受けていたとは言え、その目線が何かを品定めしているように見えて､少し嫌だった。
きっと、先輩も同じことを考えているのだろう。
眉間に縦皺が寄っている。
「僕の知識の範囲内で少しの検査をしてみましたが､日本語に対して何の反応も示さない事やその他生活に必要な能力の欠損から考えて、失語症や部分的な記憶喪失とは思えません。・・・本能的なものを除けば､ほぼ全ての記憶が失われていると考えて間違いないと思います。」
「？それじゃあ死人か赤子と同じだ。浅守の連中がほしいのは死人ではなく、魔術師としての浅守 遙だぞ。」
「ええ、そのとおり､死人なんです。先日新聞で殺人事件として処理されていたのでまさかとは思ったのですが､先ほど軽く警察資料を確認したところ、死体も正式に受理されていました。今ごろ葬儀が行われているんじゃないでしょうか？」
わけがわからないといったふうに先輩が軽く肩をすくめて見せる。
「浅守 遙には妹として浅守 御影がいますが、両者は共に養子で､写真で確認すれば分かる事ですがその容姿に共通点は在りません。」
「なんだそれは。」
「分からないからつれてきたんです。」
捲し立てるようにそこまで話し､先輩は少し喉を潤すべく机の上から先ほどまで両義の女が口をつけていたのカップを取り､口をつける。
「この子は浅上や荒耶の件と同じ匂いがしますが､そちらは僕の射程外ですので。」
既にかなりわからない話に入っていたが､俺は何も言わずにじっと座っていた。
ここに来る前に先輩に言われていたということもあったが､口を突っ込んでいいような話にも途中で退席すればいい話にも見えなかった。
「参ったな。ならここにいるのは本来ならば死んでいるはずの人間か？ これじゃあ引き渡しても私のほうに嫌疑がかかるぞ。何処の誰だか知らんが厄介な事を・・・。」
言いながら､蒼崎さんは眠る少女――何でも浅守 遙と言うらしい――のほうへと､近づいていく。
「！！」
だが、その歩みは突然、はじかれたように止まった。
何が起こったのかが分からず､俺も先輩も､蒼崎さんを眺める事しか出来ない。
「確認するぞ､黒桐。こいつは、既に死体が発見され受理されている死体で、完全な記憶喪失に陥っている。・・・そうだったな？」
「ええ。ついでに言えば事件が起こったのは一昨日の深夜から昨日の早朝にかけての数時間の間、容疑者の名は佐藤優作といい、既に逮捕されています。ただ、既に死人だと言うのなら式に見せれば分かると思ったのですが・・・。」
先輩が周囲を見回すが、そこに人の気配は無い。
両義の女は、既にどこかへ外出してしまったらしかった。
「その必要は無い。私が断言してやろう､これは､死体だよ。」
「「え？！」」
蒼崎さんの言葉に､俺と先輩の声が重なった。
「どういう原理で昼日中から動き回れるのかは分からないが､これは死体だ。つい最近隣町に厄介な代物が出張っていたとは聞いていたが、そいつの置き土産と言った所だろう。」
言いながら､蒼崎さんは浅守の前に立ち、彼女の脈や呼吸を確かめていく。
その時、ちょうど頭を持ち上げた瞬間､首筋にかかっていた髪が流れてその下に小さな傷跡が二穴穿たれているのが見えた。
そのような傷跡をどこかで見たことがあった気がしないでもなかったが、何処であったのかがすぐに思い出せない。
「呼吸も脈拍も正常､か。こちらが人形だというわけではないみたいだが・・・いったいどういう原理で動いている？」
「あの、それだけ激しく動かすと・・・。」
妙に焦ったような蒼崎さんの言動も気にかかったが､それ以上に眠る浅守を起こしてしまわないかが気にかかった。
だが､こちらの言葉が耳に入っていないのか、それとも初めから起こすつもりだったのか､蒼崎さんは浅守の瞳孔の確認まで始めてしまう。
かなり覚醒に近い所まできているのか､触れられるたびに顔を逸らそうとする仕種が痛々しい。
「瞳孔反応も正常、反射行動も異常無し・・・」
「ちょっと､橙子さん！」
結局､蒼崎さんが浅守の着ているぼろぼろの制服に手をかけたところで、ようやく黒桐先輩が止めに入った。
肌蹴られかけた服を戻しながら､浅守の身体を横たえていく。
その上で、蒼崎さんに放り出された資料を手繰り寄せ､自分の懐にしまいこんだ。
「まず､何があったのか､分かる事だけでいいので説明してください。・・・出来れば簡潔に。」
「・・・・・・そう、だな。まあ今まで異常がなかったというなら､それほど早く異常が発生するとも考えにくい。」
蒼崎さんもそれでようやく落ち着いたのか､糸の切れた人形のようにソファに腰をおろし、もうだいぶ冷めてしまった紅茶に口をつける。
「そうだな､まずは何から話そうか・・・。」
そして、蒼崎さんは口を開く。
だが、そこから始まった説明は完全に俺の予想の範疇､嫌､それどころか空想の範疇すら外れていた。
あとがき
普段ならば遊びまくる所ですが､今回は眠いので学校への不満をつらつらと・・・。
・とりあえず補修７０時間なんて無理だから減らせ～！ （本当なら２４５時間しなければならなかったんですけどね・・・。)
・受験シーズンは遊ぶなとかふざけたこと言ってんじゃね～！ （これは当然のような気もします)
・とりあえず寝させろ～！ （こんなもの書いてないで早く寝ればいいだけの話です)
・感想よこせ～！ (精進しましょう)
以上？です。
では現在午前５時なので賢い受験生である私はそろそろ眠ります。
アディオス！