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私は言葉を知らない。

 

でも、言葉は自分に意味があることを知らない。

 

私には、言葉の意味がわからない。

 

けれど、言葉にも、その意味はやはりわからない。

 

それはつまり、言葉に意味なんて初めから無いということ。

 

言葉に意味を与えるのは、同じ言葉を共有できる、知恵持つ者だけだという事

 

 

 

 

 

屍人は喰らう生者の心

巻之碌:[???:邂逅・開口]

 

 

 

 

 

 

「変なやつだよな、お前。」

 

「・・・・・・・・・」

 

まるで初めて歩く私に足取りを合わせるように、少年は殊のほかゆっくりと歩いていた。

 

「そもそもなんであんな路地裏で眠ってたわけ?いくら春になったっていっても、夜は寒いっしょ、まだ。」

 

「・・・・・・・・・」

 

ころころと表情を変えながら、それでも少年は歩いていく。

 

私は少年の横を歩いていく。

 

歩く道は固く、強く足を下ろせば踵が痛む。

 

弱く、爪先から足を下ろせば、転びそうになる。

 

その間を取って、私はゆっくりと歩を進めていく。

 

初めは肩を組むようにしてもらわなければ歩けなかったけれど、暫く歩いているうちにコツが掴め、今は少年の手を掴むだけで歩く事ができる。

 

そのことが少しだけ誇らしく、また嬉しくもあった。

 

「服は全部ぼろぼろだし、そのくせ全然傷はないし・・・って、待てよ・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

町にはたくさんの生き物が歩いていた。

 

二本足のも、三本足のも、四本足のも。

 

大きいのも小さいのも。

 

丸いのも四角いのも、いろいろなものが歩いたり走ったり、していた。

 

今も、眼の前で小さな四本足の生き物が止まってこちらを見ている。

 

隣を、凄いスピードでたくさんの生き物が走り抜けていく。

 

その一つ一つに目を奪われながらも、私は少年の手を頼りにゆっくりと歩いていく。

 

だが、その手が急に、後ろに引かれた。

 

こけそうになる身体を慌てて支えながら、久しぶりに少年の顔を直視する。

 

「そう言えば・・・お前、名前もわからないのか?」

 

「・・・・・・・・・?」

 

少年は、じっと私の方を見ていた。

 

その目に、もう一人の人がすっと立っているのが見えた。

 

目の前の少年に比べるとその体はひどく小さいが、それでも手があり、足があり、顔がある。

 

そういう意味ではさっきからずっと横を走り抜けている大きな四角い生き物たちよりよっぽど少年に、人に近い体つきをしている。

 

ああ、こんな小さな中にも人は入るのか、と。

 

少し驚き、私はその知識を頭の中に溜めた。

 

何一つ忘れぬように。

 

何一つ逃さぬように。

 

私は知識を蓄積する。

 

「なんか持ってないのかよ、・・・学生証とか、定期券とか・・・ああ、駄目か、お前、口聞けないもんな。」

 

いらだたしげに舌打ちをして、彼はまた歩き出す。

 

今度はさっきまでよりも少し速い。

 

遅れないようについていこうとすると、小さな四本足の生き物はそのことに驚いてどこかへ行ってしまった。

 

それが、少し悲しかった。

 

だから、ほんの少し立ち止まろうとした。

 

初めて自分の意志で行動しようとした。

 

なのに、

 

「ほら、早く来い。」

 

少年はそれを許さなかった。

 

私の手を引いて、足早に歩いていく。

 

それでも、後ろを振り返ると四本足の動物はずっとついてきていた。

 

「・・・ま、この辺ならある程度は大丈夫だろう。」

 

やがて、殆ど人がいないところまで来て、彼は不意に立ち止まった。

 

見れば、その光景は私が初めて目を覚ました地点に酷似している。

 

「ちょっとじっとしてろ、別に変な事するわけじゃないから。」

 

私には何を言っているかまるで分かっていないのに、彼はいちいち言葉で何かを告げてから行動をする。

 

行動をしながらも、よく話す。

 

このときも、言うなり少年は一度自分で私の身体に着せた服をもう一度脱がせにかかっていた。

 

どこかから手に入れてきて私に着せた薄手の服を丁寧に剥ぎ取り、その下にあった元から着ていた服の彼方此方に手を突っ込んだり叩いたりしている。

 

その間、私はする事もなくぼうっとしていた。

 

何を言っているのかは分からない。

 

何をしているのかもよく分からない。

 

ただ、彼に任せておけばある程度間違いなく場が進むことに、私はもう気付いていた。

 

「ちっ・・・やっぱりないか・・・。せめて名前だけでも分かったらある程度何とかなるのに・・・。」

 

暫く私の身体をまさぐっていた彼だったが、中から取り出したものを開いたり閉じたりして、そのたびに何か舌打ちをしている。

 

ただ、そのうち小さな黒い塊の中から何枚かの紙切れを取り出し、そこで目の色が変わった。

 

「・・・マジか・・・。」

 

さっきまでは饒舌だったのに、一言そう呟いたきり何度も何度もその紙切れの枚数を数えている。

 

「間違いない・・・なんでこんなに金持ってるんだよこいつ!」

 

紙切れは全部で十枚ほどだろうか?

 

その全てに綺麗な模様がかかれている。

 

今の私として生まれる前の、死んでしまった私であればそれが何であるのか、少しはわかったかもしれない。

 

だが、今の私にとってそれの存在は意味をなさず、それが何であるのかすらわからず。

 

だから、私はそれの存在を見てもなんとも思わなかった。

 

ただ少年がなぜあんなにも驚いて見せたのかを知りたいと、そう思っただけ。

 

「うわぁ、一枚ぐらい抜き取ってもわかんねえんじゃねえのか?これ。・・・って、キャッシュカードまであるし!」

 

その後も、少年はいくつかの紙切れを取り出しては首をかしげたり笑ったりと、さまざまな表情を見せていた。

 

だが、やがて目当てのものを見つけたらしく小さな紙切れを取り出してしげしげとそれを眺め始める。

 

「えっと・・・佐藤 優作・・・これ、親父さんの名前か? 住所は・・・う~ん、これだけじゃわかんないな、やっぱり。隣町の地名なんてしらねえからな・・・。」

 

ぶつぶつと呟く声は、私からすれば異常だ。

 

何故あんな紙切れ一つにそれほどのことをするだけの意味を見出せるのか。

 

それがわからない以上は、その行動は異常に他ならない。

 

そして何より、こんな何もない空間でいつまでも留まっているのが嫌だった。

 

表に出て、もっといろいろなものを見て、知識を吸収したかった。

 

「・・・・・・・・・。」

 

ほんの少しの期待を込めて見つめてみても、少年はもう暫くはそこから動きそうにない。

 

そのことは私の服の中から取り出したものがまだいくつもあることからも明らかだった。

 

「・・・・・・・・・。」

 

さっき入ってきたほうを見ると、さっきの小さな四本足の生き物が入り口の近くからこちらを覗いているのが見えた。

 

だが、目が会った瞬間に怯むように一歩後ろに下がってしまう。

 

「・・・・・あ・・・・・。」

 

興味を引かれ、私はゆっくりと一歩その生き物へと近寄ろうとした。

 

さっき一度自分で動こうとしたからか恐怖はなく、私の意思を支配していたのは純粋な好奇心だけだった。

 

進む向きが上手く定められず倒れそうになる身体を横の壁に手をつくことで支えながら、足を前に出す。

 

だが、それに合わせるようにその生き物も一歩下がった。

 

負けじと二歩目を近寄ろうとすると、また一歩下がる。

 

面白がって三歩目、四歩目、と近寄っていくうちに、私は入り口と先ほどまでいた地点の中間まで来ていた。

 

四本足の生き物のほうはといえば、私の一歩よりも歩幅が小さいせいか私の半分ぐらいしか下がる事ができておらず、未だに入り口の付近に留まっている。

 

思えば、そこでやめてしまえばよかったのだろう。

 

なのに私は次の一歩を、四本足の生き物にとっては恐怖を覚えるに値する最後の一歩を、踏み出してしまっていた。

 

途端、

 

―――びゃう!!―――

 

その小さな体から発せられたとは思えないほど大きな「声」で、四本足の生き物が哭いた。

 

その「声」は一瞬のうちに空気を震わせ、私の鼓膜へと揺れを伝え、電気信号に置き換えられた後に私の脳へと伝えられる。

 

言葉にすれば、それだけのことだ。

 

それだけのことでしかない――――筈だった。

 

だが、如何にその意味が分からずとも、その「声」の中に含まれている漠然とした怒りは、殆ど本能に近い感覚でもって捉える事ができる。

 

その感情は、私が少年についていこうと決めたときに感じた温かみ――優しさ――とはまるきり対極に位置するものだ。

 

冷たく、刺々しく、相手を傷つけるためだけに放たれる「声」

 

「え・・・あ・・・。」

 

だから、頭ではなく身体が反応してしまった。

 

どう対処すればよいのかさえ、わからなかった。

 

ただ純粋な衝動に押されるように、気圧されるように、一歩を下がろうとして

 

「ッ!!」

 

こけた。

 

足が縺れたようになって、無様に転倒した。

 

「ふぇ・・・。」

 

体が痛むよりも早く、ぽろりと眦から涙が零れ出る。

 

零れた涙は頬を伝い、顎までの道を作り、顎の頂端で雫に変わり、膝頭の上に落ちた。

 

それが「恐怖」だったのだと知るのはずっと後のことで、それが私が流した初めての涙だったと気付いたのは、さらにずっと後のことだった。

 

この時はただ、私はわけのわからない感情に流されているだけだった。

 

 

 

 

あとがき

 

 

完全記憶喪失って・・・私は何故このように馬鹿みたいなテーマを選んでしまったんでしょうか?

 

「話さない」キャラを書くのに慣れていたのでならいっそ、と思って始めたテーマでしたが中々どうして。

 

「話さない」事と「話せない」事との間にはどうやら海よりも深い溝があったようです。

 

ましてやこのキャラ、主人公の癖に口は利かないし人の話を理解してないし、自分から行動する事さえ殆どしないし・・・・・。

 

主人公がどうのと言うよりも人間として駄目ですよ、これ。

 

・・・っと、まあ今回の愚痴はこの辺で。

 

・・・・・・そろそろ他のキャラも出したいな・・・・・・。

 

BGM:stranger(Fate/hollow ataraxia)

 

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