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戦は仕事、首は金。

 

血潮は甘酒、傷はつまみ。

 

弓刀は命、防具は臓皮。

 

これ全て我が家の教えなり。

 

 

 

 

狂鬼に酔いし武士の笑み

巻之肆:[巴:祝宴]

 

 

 

 

その日の宴は何時にも増して長く続いていた。

 

日の高いうちに始まった宴であったにもかかわらず日が沈み、月が沈もうというころになっても未だ終わりの兆しすら認められない。

 

次から次へと運び込まれる酒はすでに五樽を数え、大も小もみな酔いつぶれている。

 

中でも上座に座る兼遠の様などは見るに堪えないありさまで、泣く、笑う、怒る、騒ぐ、落ち込む、などといったおよそ考えつく限りの感情表現を一人で同時に行おうとし、その全てに失敗している。

 

まるで赤子のように顔を赤くしている兼遠の様はもとより、その周囲を囲む武士達下々のものまでもが皆嬉しそうに笑う様は見ているうちに此方まで何か嬉しくなってきそうな光景だった。

 

酒に酔う事を知らぬ私でさえ、今宵の酒の味はわかった。

 

確かに・・・美味い。

 

なんとなく嬉しくなったこの気持ちを誰かに伝えようと思い周囲を見回すと、すぐ隣に座りちびちびと子猫のように酒を舐めていた義姉と目が合った。

 

話して楽しい相手ではないが、心底不快になるような相手でもない

 

「山吹・・・楽しいな。」

 

「巴はこのような宴が好きなのですか?」

 

「・・・嫌いではない。」

 

何をどう思っていたのか、隣に座っていた義姉は私の呟きに心底意外そうな顔を向けた。

 

そのまま暫く私を眺めていたが、無言のまま再度宴席のほうへと目線を戻す。

 

「・・・・・・巴は、本当に男勝りなのですね。」

 

しばらく宴席の光景を眺めていた山吹は溜め息混じりの感想を漏らした。

 

「山吹は苦手か?」

 

「私は京の宴席の方が好きです。和歌を読んで、管弦をたしなむような、そんな宴席のほうが・・・私は好きです。」

 

どこか遠くを見つめながら話す山吹の言うような宴席は私には想像すらつかなかった。

 

だが、この数ヶ月山吹と共に行動した限り、それがとても退屈なものである事ぐらいは容易に想像できた。

 

京の都からの嫁ぎ嫁だというこの少女は身体を動かしたり大声で騒いだりする事を酷く嫌う。

 

山吹は義仲の正妻だというのに、その義仲の事でさえ、どこか嫌っている節がある。

 

今日も出立の儀だというのに旅装束ではなく重ね衣を羽織っていた。

 

・・・・・・全く理解できない。

 

「巴殿!!ずいと飲まれよ!!酒はまだいくらでもあるゆえにな!!」

 

芳しくない思考に耽ろうとしたところで、ちょうど宴席の上座から声が上がった。

 

何事かと思いそちらに目をやると、兼遠が赤ら顔のまま片手に持った徳利を振り回している。

 

さらにその声に呼応して一部の兵たちがどっと喚声を上げた。

 

場の注目が私のところに集まっていた。

 

皆揃いに揃って理性など当の昔に飛ばしてしまっている。

 

「・・・・もうそろそろお止めになった方が宜しいのでは?」

 

明らかな飲みすぎが心配なのだろう。

 

給仕を勤めている胡蝶が小声で耳打ちをしてきた。

 

山吹に至っては露骨に目を逸らしている。

 

――――やりすぎたかな・・・?――――

 

山吹の目を逸らした先には一斗升が五つ、堆く積み上げられていた。

 

通常の人間ならば酔いつぶれるどころか体を壊し、下手をすれば死ぬ事ができる量だ。

 

「大丈夫だ。鬼は酒豪だって話、聞いた事無いのか?」

 

言いながらも徳利を煽る。

 

都の酒からは程遠い濁酒のような酒だったが程よく暖められたそれは喉に心地よかった。

 

その事を行動でわからせようとしたのだ。

 

にもかかわらず彼女は神妙な顔つきで顔を横に振った。

 

「酒は毒、とも申します・・・。」

 

・・・・・・ほんの少し、胡蝶の事を疎ましく感じた。

 

彼女が私が酔わぬ事を知らないわけではない。

 

彼女が従者になる事が決まったその日、私は彼女に対し私が何者であるか明かしているのだ。

 

知らぬなど、断じて言わせはしない。

 

それに・・・・・、

 

「私が飲むといっているのだ。おまえが気にすることではない。」

 

何よりこの場をしらけさせるのが怖かった。

 

せっかく義仲のために皆が集まってくれたというのに、それを止めてしまう事がどれほどの罪悪に当たるのか、予想がつかないだけに止められなかった。

 

「左様ですか・・・。」

 

一瞬、胡蝶の顔に哀しみの色が浮かんだように見えた。

 

私と二人きりのとき以外には普段はさして表情を変えない彼女が時折、本当に誰かを思ったときにだけ見せる憂いの顔。

 

「不満か、胡蝶。」

 

何の因果か、普段なら気にもかけなかったであろう胡蝶の背が何かを訴えているように見え、立ち上がり酒皿を取りに行こうとする彼女に私は声をかけていた。

 

「いえ、何も。」

 

振り返った胡蝶の顔に表情は無い。

 

そこにいたのはいつもの無表情な少女だった。

 

だから私もただそうか、と答えるだけに留めた。

 

 

それが彼女の不満だったのだと気付いたのは、彼女が城から消えた数日後の事だった。

 

 

 

 

 

あとがき&単語帳

 

 

『兼遠』(人名)

 源義仲の養父・・・だと私の下調べノートには書いてある。ただ、現在手に入る限りの資料にこのような名前の人物は存在しないのでもしかしたら私が自分で勝手に作った設定かもしれない。なにぶん一年以上前のことなので記憶が曖昧であるのはお許し願いたいところ。これ以降も出てくるキャラかというと名前が出てくるぐらいの事はあっても本格的に出る事は無いだろうと思われるので覚える必要は無いかな?

 

『山吹』(人名)

 巴の義姉にして義仲の正室(つまり北の方)。本作では京から嫁ぎ嫁だとされているが、当然本史ではそのような人物ではない。現実の彼女は本当に巴の姉であり、勿論巴と同じ木曾の生まれ。ただ、到底武術や畑仕事に向く性格では無かったらしく、本物も詩や管弦遊びを好むような人物ではあった。源義仲の寵愛を受けこそしたもののついにその子を宿す事はなかったという不遇の娘・・・らしい。

 

『濁酒』(用語)

 「どぶろく」とよむ。本当にどうでもいいことなのだけれど「にごりざけ」や「だくしゅ」と読まないで欲しい。いや、だくしゅは読めるのだけれど・・・。