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命絶たれ。
言葉忘れ。
全てを失ったけれど。
私はまだ・・・。
死んではいない。
屍人は喰らう生者の心
巻之参:[ヴァン:終夜・初夜]
グチュ
皮膚に刺さった牙から多量の血液が流れ込んでくる。
鉄の味が口の中に拡がり、強い匂いが鼻腔を刺激した。
片手で抱きかかえられるうほどに軽い少女の意識はすでに無い。
生前は美しく輝いていた漆黒の瞳は大きく見開かれているのに。
そこにはもう何も写ってはいない。
ルビーのようだった唇はもう何も音を出さない。
綺麗に染められた金髪もやがて乾き、ぱさついた繊維の集合体へと変わるだろう。
如何に元は美しかろうとも、そうなってしまえばそれはただの醜い肉隗でしかない。
口の中に拡がる血の味を堪能しながらゆっくりと嚥下する。
すでに少女の息が止まっていることを確認し、私はゆっくりと口を離した。
それは単なる思い付きに過ぎなかった。
カラカラのミイラにしてしまう前にもう一度だけこの少女の顔を拝んでみたくなったのだ。
うつろに見開かれた目やショックから垂れ流しになっているよだれ。
そういったものを私は期待していた。
壊したという実感が最も強まる・・・私の知らない少女の姿。
それを見ることで改めて私の創作意欲は喚起される。
創作には破壊が必須なのだ。
極端な話この少女はその為の犠牲に他ならない。
「哀れな・・・・・・?」
体を起こし、少女の顔を覗き込む。
だが、そこに私の予期していないものがあった。
「・・・な・・・。」
私の目は少女の顔に、もっと言えばその目に、釘付けにされていた。
馬鹿な・・・。
否定。
ありえない・・・。
奇しくもそれは少女の思いと同じもの。
何故・・・。
疑問。
どうしてこの少女は私を見つめている?
それは本能から来る恐怖の表れ。
こんなにも強い意志の瞳で・・・。
ありえない、怪異。
「何故・・・。」
瞬間。
少女の右腕が大きく振りかぶられるのが視界の端に入った。
その指先には長い真紅のつめが五本、見事に生えそろっている。
ヒュン
風の音が走り抜ける。
ほんの一瞬の差だった。
私のケープを薄く引き裂き、赤い線が目の前を通過する。
もし0.5秒遅れていればこちらがアウト。
顔面に大きな傷を入れられていただろう。
「何故起こしたぁ!!」
この場の全ての空気を震わせ、少女は咆哮した。
その赤い口の中に長い長い牙が見える。
少女はすでに人ではなかった。
我等と同じ異形の血族へと身を堕としていた。
覚醒?
否。
そんなことがあろう筈も無い。
あれにはいくつもの条件がある。
それら全てを満たしていたとしても(そんなことはありえないが)・・・早すぎる。
だが、そんなことを考えている暇は無かった。
二度目、三度目の爪が続けざまに放たれる。
「く・・・。」
速い。
本気で身を引きつづけているのにかわすのが精一杯である。
とてもじゃないが覚醒したばかりのものの動きではない。
明らかに戦いなれしていた。
欲しい。
その姿にふつふつと湧き上がる欲望。
まさか真祖の姫以外にもこれほどに強き女の真祖が残っていようとは思っていなかった。
名は?
技は?
力は?
何も知らぬ。
何も分からぬ。
だが今この場で言えることがある。
この者は美しい。
ゴゥン
五撃目が耳横を掠めた直後、少女はそこから大きく身を引いた。
私もすぐにその場を離れた。
真祖が自ら距離をおくなど、良いことであろう筈も無い。
「黒影!!」
大きな声が空に響く。
それだけのことに思えた。
不発か?
そっとそんなことを考える。
もしそうだとすれば真祖の中では最も弱いものである可能性が高い。
だが、少女を中心に大きな竜巻が発生しかけたところで私はその認識を改めた。
待つべきではなかったのだ。
いかなることがあろうとも。
必ず先にしとめておくべきだった。
風はぐんぐん強さを増していく。
「白影!!」
もう一つ声が聞こえた。
竜巻の中からだというのにその声はよく通る。
次に集まってきたのは水だった。
われら吸血鬼の血族にとってはもっとも苦手なものであるはずの水が急速に集まっていく。
あるものは公園内の池から。
またあるものは閉まっていたはずの蛇口の中から。
次々と大量の水塊が竜巻に引き寄せられていく。
それは絶対に超えられない壁だった。
人は風に弾かれ、吸血鬼は水に弾かれる。
もちろん私とてこの間何もしていなかったわけではない。
周囲の材料をかき集めいくつかの魔獣を生成していた。
ケルベロス。
アイアンメイデン。
どれもこれも、一瞬で作り上げたにしては見事すぎる出来栄えである。
特にケルベロスなどは芸術の域に達してすらいた。
だが・・・。
不思議と勝てる気はしなかった。
恐らく、この少女に勝つには城クラスの人形が必要だろう。
そんな直感があった。
それでも人形を作り上げたのは少女の力を計る必要があったからだ。
三体目の人形に取り掛かろうとしたところで向こうも術の制御が終了したらしかった。
「何故・・・何故・・・・・・何故起こしたぁぁ!!」
叫びとともに竜巻が弾け飛ぶ。
だが、その奥にいる少女の姿に取り立てて換わったところは見られなかった。
あるとすれば両手に握られた双振りの日本刀ぐらい。
一つは黒光りする漆黒の刀身。
もう一つは真珠のような真っ白な刀身。
いずれも鍔の無い古刀で、たたけば折れてしまいそうにも見える。
だが、その奥にある魔力を計った瞬間、私の疑問は吹き飛んだ。
高い。
いや、そんなものではない。
一本の刀がそれ単体で下等吸血鬼と同等の魔力を内包している。
私の作り出した人形達の倍はありそうな魔力。
私の顔は完全に引きつっていたことだろう。
だが時間は待ってはくれなかった。
少女の体が跳躍する。
大きく。
高く。
それは飛翔と言い換えてもよいほどの高度と距離を保ちながら私の前に降り立った。
間に作り置いた魔獣人形には目もくれずに。
10m近くあった距離は一瞬でゼロまで詰められる。
その間身じろぎする暇すらなかった。
「答えよ。」
一言。
咽喉元には剣が突きつけられている。
この時もし彼女がそのまま剣を振り抜いていれば私も無事ではすまなかったかもしれない。
冷や汗が背中を伝う。
今は逃げよう。
この少女と今戦うのは得策ではない。
「面白い。」
「?}
少女の顔が少し傾けられた。
どうやらこちらの声に耳を貸せる程度には余裕があるらしかった。
「面白いといったのだよ!これほどのパワー、スピード、技。出合おうと思い出会えるものでもない!」
興味が湧いた。
魔が集う町。
そう書いて綴られていたネロ=カオスからの手紙を思い返すまでもない。
この町は・・・いや、この国は狂っている。
死徒27祖と呼ばれるものが何故こうもこの国に赴くのか分かった気がした。
「だがな・・・。せっかく創ったのだ。まずは彼らと遊んでやってくれないかな。」
「?」
再度首が傾げられる。
だが、少女のすぐ後ろ。
吐く息さえも感じられそうな距離にケルベロスの三つの頭が迫っていた。
「せっかく作ったのに出番がないというのは彼らにとっても寂しすぎるだろうからね。」
「くっ!!」
ケルベロスの牙が先ほどまで少女が立っていたところを大きく抉る。
公園の地肌がめくれ下に埋められていたらしき赤土が顔を出した。
だが、少女はすでにそこを離れていた。
尋常ではない脚力で地を蹴り、空高く舞う。
跳躍を超えた飛翔。
その後を追ったのはアイアンメイデン。
ゴシック趣味のドレスをはためかせながら飛翔する可愛らしい人形。
だが、その手にはバットほどもありそうな巨大な一本の針が握られている。
「邪魔だ!!」
少女は剣の一振りで人形を叩き落そうとし、実際その企みは成功するかに見えた。
白い剣は頭部をなぎ払い、アイアンメイデンの胴と頭を綺麗に二分する。
もしこの少女がアイアンメイデンがどのような魔物かを知っていればこのような愚かな真似はしなかったであろう。
なぜならこの人形は壊されることで威力を発揮する特別製なのだから。
ーーズンーー。
アイアンメイデンの体が巨大な爆発を起こし、少女の体が炎に包まれる。
着ている服に火が移り、青白い火達磨となる。
「あまいな・・・。」
自然と笑みが洩れた。
この程度で死ぬとは思えないが足止めぐらいはできるだろう。
水に入ることのできない吸血鬼にとって火は存外に厄介な代物だ。
「ケルベロス、私たちは帰ろう。」
次の攻撃の機会をうかがっている三頭の犬に声をかけ、踵を返す。
「あの子は危険だ。何をしてくるかわかったものじゃない。」
それに・・・。
と、心の中で続ける。
こちらの目的はすでに達しているのだ。
食後の急激な運動は体に悪い。
「そういうこと・・・。」
一瞬。
背筋に冷たいものが走りぬけた。
「わかっているなら本気で逃げるべきだろうな。」
言葉が聞こえるやいなや猛烈な強風が横を掠め吹き抜けた。
前方にあった子供向け遊具の一つが音も立てずに二つに裂け、無残な姿を曝す。
「む・・・。」
間にあった百メートル近い距離は少女の一撃の前では無意味だった。
爆発も、意味をなさなかった。
「風・・・か。」
炎は真空では燃えない。
爆風も風の前では無力だろう。
「やられたな・・・。」
ゆっくりと振り返る。
無数の黒い刃が空に浮かんでいた。
「それがその剣の力か。」
無数の刃の中央に一人の少女が立っている。
ほんの少しの服の焦げのほかに目立つダメージは見受けられなかった。
すでに白く健康的な肌を惜しげも無く晒しているにもかかわらず、豪と渦巻く風はさらにその服の破れを大きくしている。
「やっと落ち着いた・・・。」
さっとかきあげた髪が旋風に巻かれ吹き上がった。
「おまえ・・・壊したのね・・・器を・・・。」
赤い目がこちらを捉えて離さない。
「おかげさまで頭の中ぐちゃぐちゃ。さっさと器を作り直さないと・・・。」
黒い刃が揺れる。
「だから・・・。終わらせる。」
少女は剣を小さく振った。
それだけで黒い刃の全てが飛来してくる。
避ける事は適わない。
かき消すことも・・・もう適わないだろう。
「くッ!!」
視界の全てが。
暗黒に染まった。
あとがき&単語帳
『ケルベロス』(能力)
ヴァン=フェムの人形。三つ頭のある大きな黒狗で、攻撃、防御、スピードの全てに優れているが器用貧乏型の人形といわれればそれまで。
『アイアンメイデン』
ヴァン=フェムの人形。元は欧州の無骨な処刑機具の名だがここでは作中にもあるとおりゴシック趣味のドレスを着ている可愛らしい人形の姿をしている。人形としての殻を保てなくなると大爆発を起こす仕掛けになっている。ヴァン=フェムの趣味という裏設定があるとか無いとか・・・。
『黒影・白影』(能力)
本作主人公の能力の一つ。黒影は風、白影は水を司る。今はこれだけ。
どうしようもなく壊したくなったなら壊せばいい。
どうしようもなくなって狂ってしまうよりはきっとずっと楽だから。
・・・眠くなったら?・・・眠ればいい。
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