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「ごちそうさまでした」
「志貴さん。一つだけお話しておきたい事があります」
食事を終え、部屋に戻ろうとした志貴を啓子が呼び止める。
「何でしょうか」
「少しこちらへ・・・」
呼ばれた志貴は部屋へ向かう足を止めて啓子の元へと戻った。
「最近、志貴さんの周りに」
「最近、妙な視線を感じていたのですが、調査されていたんですね」
「ええ・・・素行調査との事です」
啓子は小さくため息を吐き、志貴を見つめる。
「遠野にアルバイトの事は伏せておきましたが、もしかすると」
「問題ありません。困るようなアルバイトではありませんから」
優しく微笑む志貴に啓子は不安げな顔を見せるが、やがて小さくため息を吐くと諦めたように頷いた。
月光ノ元ニ流ルル風
自室に戻り、ドアに鍵を掛けると志貴は大きく息を吐いた。
今鍵を掛けた向こうは平穏な日常の世界。
有間の人達は志貴を大切に扱ってくれる。
遠野から預けられたからなどではなく、本当の息子のように志貴を育てた。
平穏な日常。暖かい家族。
それを受け入れられなくなったのは三,四年前からだった。
その頃、志貴の前に二人の男性が姿を見せた。
七夜黄理と名乗る男性と、冰(ヒ)と名乗る老人だった。
そして老人によって記憶の封が切られた。
初めて―――いや、再会した時の親父の顔は不安気だったのを今もはっきりと覚えている。
と、言うよりも一番はじめに声を掛けてきたのは親父ではなく老人の方からだった。
後に老人は苦笑混じりで言った。
「かつて殺人技巧とまで言われ、躊躇いや戸惑いという言葉と無縁だった彼が息子に会うのに躊躇い、何と声を掛ければいいのかと戸惑い、否定されるのではないかと恐れていたのですよ」と。
親父は話ができれば良いだけだったらしいが、老人は違った。
話しかけてきた直後、俺の記憶の封を切ったのだ。
親父は知っているらしいが、俺は未だに老人が何者なのか分からない。
ただ分かる事はあの老人は術者どころか人ではないだろうという事。
だが、アルバイトを始めて以降対峙するようになった死者や使い魔などに対して起きるあの衝動のようなものは不思議と無かった。
「本当に、何者なんだ・・・」
志貴の呟きは静かに部屋の空気を僅かに震わせ、消えていった。
と、
コンコンッ
小さなノック音がした。
志貴は目を瞑り、鍵を閉めた時と同様に息を吐く。
そしてドアの方へと行き、鍵を外してドアを開けた。
誰かは分かっている。
「都古ちゃん。もう眠らないと明日の朝、大変だよ?」
ドアの前に立っていたのは都古だった。