やるべき事は二つあった。
一つは志貴本人が身を守る術を教える事。
そしてもう一つはあらゆる外敵から志貴を守る事。
二つ目は簡単な事に思えるかも知れない。
しかし、守るべきものがある場合、そして隠れ住む者にとっては一番難しい事だった。
そのため、一つ目は急務となる。
「最低限、志貴はその眼を上手く扱えるようにしておかなければならないな・・・後は簡単な技でも憶えさせれば良いか・・・」
橙子はそう呟きながら志貴を自分の膝の上に座らせた。
「あうっ・・・」
志貴は顔を真っ赤にして俯く。
「で、誰が志貴を教えるの?私は攻撃系だから私の方が良いと思うけど」
青子は身を乗り出し、志貴の頭を撫でる。
「そうだな・・・二人で教えるか。その方が効率が良いだろう」
そう言って志貴をキュッと抱き締めた。
七夜月君
ガランとした広い部屋に通された志貴はキョロキョロと落ちつきなく辺りを見回す。
「生き残って貰うために――志貴には色々と教えなければならない事がある」
橙子はいつになく厳しい表情で志貴を見る。
「は、はぃ・・・」
その厳しい表情に志貴は怯えながらも橙子を見る。
「志貴、何も君を苛めようって訳じゃないの。私達は志貴に強くなって自分の身は自分で守れるようになって貰いたいの」
青子が困ったような顔で志貴に語りかける。
「私達は訳あって余り大っぴらに動く事ができない。だからもし志貴が私達の手の届かないところで何かされたり、私達が動けない間に志貴に手を出されたら志貴が自分自身を守らなきゃいけない・・・」
「でも、僕・・・」
何か言おうとする志貴の唇を指先で優しく塞ぎ、更なる言葉を紡ぐ。
「志貴、もし君が自分の身を守れずに攫われたり殺されたりしたら私達は自分を責めると思う。私達は君をとても大切に思っているの。好意は受け取らなきゃ・・・ね、志貴」
微笑む青子に志貴は顔を真っ赤にして俯き、暫くして小さく頷いた。
「よし、まずは簡単なヤツから教えよう・・・と、魔術回路から何とかする事が急務か」
「まじゅつ、かいろ?」
志貴は橙子の台詞が理解出来ずに小首を傾げる。
「簡単に言ってしまえば魔術を使えるようにする回路の事だ」
「姉さん、そのまんま過ぎ」
「それ以上何がある」
キッパリと言い返す橙子に青子は小さくため息をついた。
「志貴にわかりやすく教えてあげる気はないの?」
「む、志貴は賢い子だ。今の説明で良く分かっただろ?」
「えっと───魔術を使えるようにする・・・ですか?」
突然振られた志貴は必死に頭を働かせながらそう答えた。
「・・・・・・恐らく回路が何なのか分かっていないだろうけど大筋では当たっているわね」
「回路についてはこちらで考えておけばいいことだ。志貴があれこれ頭を悩ませる必要はない」
くわえていた煙草を握りつぶし、青子に鋭い視線を投げかける。
「───まぁ、そうね。志貴を完全な魔術師にすれば協会が煩くなる・・・か」
「そう言うことだ。さて、回路については───」
橙子はしばらく考える素振りを見せ、
「開き掛かったままの回路を完全に開き、その後に人工的にバイパスを造り急激な負荷を落とすとしよう」
「出来るの?!」
青子が橙子に掴みかからんばかりの勢いで迫る。
「わからん。しかしそれをやらなければやがて目、若しくは脳に負荷が掛かりすぎて廃人になるか───死ぬぞ」
橙子の言葉が部屋中に響いた。
そこにいた誰もがその場の空気に重圧を感じていた。
「志貴。君を助けるためだ。少々、イヤ、かなり痛いかも知れんが耐えてくれないか」
「ちょっ、姉さん「黙ってろ。今志貴と正面きって話をしているのだ」」
橙子の目はこれ以上ないほど真剣だった。
「・・・僕」
志貴がおどおどしながら言葉を紡ぐ。
「僕、お姉ちゃんを信じてるから・・・」
そこに虚勢はなかった。
心から信頼しているその真っ直ぐな瞳。
そして揺らぎない言葉。
その言葉を聞き、橙子は小さく安堵のため息を吐いた。
「そうか・・・志貴、私を信じてくれてありがとう」
橙子はそう言って志貴を軽く抱きしめた。
「っあ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
部屋中に絶叫が響く。
「耐えろ志貴!イメージを止めるな!」
「姉さん!無茶よ!」
「志貴!もう少し!もう少しだ!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ──────!!」
痙攣を起こしながら絶叫を上げていた志貴がその力を使い果たしたのか不意にグッタリと動かなくなった。
「っく!ついに来たか!」
「姉さん!志貴が!」
「分かっている!」
橙子は何かを掴むような仕草をすると、その手を志貴の額に当てる。
次いで当てた手の人差し指を伸ばすとこめかみから閉じられた右目へと線を描く。
同じような動作を左へも行うと、橙子は素早く志貴の胸部に手を当て、微弱な電撃を与える。
すると志貴はビクンビクンと数度痙攣を起こし、小さく咽せるような咳をした。
「──────終了だ」
橙子は眼鏡を外し、傍らに置いてあったタオルで汗を拭い、大きなため息と共に術式の終了を告げた。