常にはない日常:蒼色たる風景(後編)
裏路地に入ったと同時に複数のグールに周りを囲まれた。
「職務怠慢だな」
ナルバレックは表情一つ変えずに周りを見回す。
「此奴等は出来たてホヤホヤみたいだよ」
メレムも表情一つ変えずに
「死徒がこの街にいること自体が職務怠慢だというのだ」
「厳しい意見だね」
「当然のことだ。更にはこの国の組織の管理体制がなっていない」
ジャッッ
ナルバレックの手にはいつの間にか黒鍵が握られていた。
「不正入国と武器の密輸が簡単なのは有り難いな」
「いざとなったら結構簡単に人員輸送できるしね」
「敵は簡単に入れるくせにそれを追う退魔師の入国をなかなか認めない組織の管理体制が最悪なのだ」
二人は一瞬のうちにグール達を始末し、奥に目を向けた。
「情報規制は完璧なのにね」
「・・・死者のくせに小賢しい真似を」
そこまで言って二人は動きを止めた。
「我々の管理体制もなっていないようだな」
ギリッと歯を食いしばるナルバレックに
「・・・同感」
メレムは溜め息混じりに同意した。
連係プレーを見せる死者達とポイントポイントに黒い竜巻を巻き起こし、周囲をズタズタに切り裂く死徒。
「くっ・・・こんな死徒は聞いたこともない!」
「信じられない・・・ここまで手こずるなんて・・・」
二人は複数の使徒達を相手に苦戦を強いられていた。
「奴さえ封じられれば後の死者は倒せるのに・・・」
悔しそうに呟くメレムを横にナルバレックは口惜しげに呻く。
「───切り札を、使わなければならないのか・・・」
そう言って何かを取り出そうとした時、
「喰らえっ!」
その台詞と共に一人の青年が死者一体を仕留め、戦いに割り込んできた。
「なっ?!メレム!」
ナルバレックは慌てて取り出そうとしたモノを仕舞い、後ろに下がるとメレムを呼んだ。
メレムもナルバレックの言わんとしていたことを理解したのか素早く体勢を立て直すために後ろに下がった。
「っ・・・いい加減にしろよ・・・今度こそお前の最期だ」
青年は死徒を睨み、ナイフを構える。
その闘気に反応するように死者達が襲いかかった。
しかし、青年は無造作にナイフを振るう。
瞬間、死者達は空中でバラバラの肉片になり、そのまま消えていった。
「「・・・・・・・・・」」
二人はその様子をただ見ているしかなかった。
しかし、その中でもナルバレックは青年に熱い視線を送っていた。
その惨殺テクニックと眼光に何かを感じていたのだ。
「これが最期の悪夢だ・・・後はシオンに任せてくれ・・・」
青年はそう言って身を屈めると一気に間合いを詰める。
「!!」
死徒は黒い竜巻を放つが青年の勢いを止めることは叶わなかった。
そして、
「これが、モノを殺すと言うことだ!」
ナイフが死徒の体を紙のように切り裂く。
死徒が霧散し、戦いの終了を伝えるように一陣の風が吹いた。
「あの、怪我とかはありませんか?」
青年は心配そうな顔で二人を見る。
「あ、うん。大丈夫。僕達は大したことはないよ」
メレムはそう答え青年に微笑みかける。
「良かった・・・」
フニャッと緊張感のない安堵の笑みを浮かべる青年にメレムもつられて気を抜いた。
と、
「余計なことを・・・」
ナルバレックが忌々しげに青年を睨んだ。
「余計なこと・・・だったかな」
申し訳なさそうに俯く青年。
「そうだな」
「ゴメン。でも、咄嗟にしてしまったんだ・・・その、君たちを助けなきゃって」
落ち込む青年を見てメレムはすぐにフォローを入れる。
「・・・まぁ、僕達も咄嗟に動いてはいたけど万全の態勢ではなかったから」
「そう言ってくれると助かるよ。ありがとう」
そう言って青年は寂しそうに微笑んだ。
その微笑みに、メレムは陥落した。
「僕達だって殆ど準備無しに出歩いていたんだから僕達にも非があるよ」
「?!───何を」
メレムの豹変ぶりにナルバレックは驚きを隠しきれなかった。
「そこまで言わなくても・・・」
青年は苦笑しながらナルバレックを見る。
「本当にスミマセン。じゃあ、俺はこれで」
青年はそう言ってペコリと頭を下げると走っていった。
「ああああ・・・・行っちゃった」
メレムは名残惜しそうに見送り、ナルバレックの方を向いた。
「珍しく機嫌が悪かったね」
「───」
茶々を入れるメレムを軽く睨むとナルバレックはツカツカとホテルへと帰っていった。
「わっっ!待ってよ!・・・全く。ホント、何怒ってるんだろ・・・」
メレムは小声で不満を吐きながら早足で去っていくナルバレックを追った。
結局、日本に来たものの、トラブルのせいで遠野志貴を捜すどころではなかった。
────それから1ヶ月と経たずにシエルとは別に潜入させていた教会関係者から一通の封書が届いた。
その中には遠野志貴の写真が入っており、真っ先に目を通したメレムはその写真を見て慌てふためいてナルバレックに報告に行ったのはまた別のお話・・・