常にはない日常:蒼色たる風景(前編)

 

 

始めはちょっとした変化だった。

まずその変化が起きたのはメレムソロモン。

埋葬機関五位にしてシエルの先輩。

腐れ縁と称した親しきモノだった。

シエルの報告を受けてはからかうのを最近の楽しみとしていた。

しかし、その日は違った。

「へぇ・・・じゃあその愛しい人の写真を今度見せてよ」

『だっ、誰が貴方に見せますか!───どうせまた私をからかう材料にしようというのでしょ?』

「違う違う・・・姫君もその人物のことを深く想っているそうじゃないか。だから少し興味を持ってね」

つい数日前に入ったアルクェイド・レポートにに書かれていた『遠野志貴』なる人物が一体どのような人物なのか知りたかったのだ。

『益々教えるわけにはいきませんっ!』

それはあくまでも個人的な興味であり他意は全くと言っていいほど無かった。

しかし、シエルは何を思ったのか一方的に電話を切った。

「──────あららら」

そうとしか言えない。

そこまで怒って切るなんて思ってもいなかったからだ。

「僕はどんな奴なのかただ見たかっただけなのに・・・」

少し拗ねるメレム。

しかし、

「だったら仕方ない」

すぐにニンマリと笑うと自身のデスクに向かいなにやら書類を書き始めた。

 

 

「ほぅ・・・それは面白いな」

書類に目を通し、その女性はそう呟いた。

書類には日本への渡航許可願いとその理由について尤もらしいことがつらつらと書き綴られていた。

曰く、極東の地に眠る聖遺物の調査。

曰く、第七司教の活動状況の抜き打ち検査。

曰く、三咲町以外の死徒生息可能性の実態調査。等々

それは数ページにわたってそれはダラダラと書き連ねられていた。

「執念・・・か?」

ボソリと女性が呟いたがメレムには聞こえてなかった。

「───分かった。日本への調査は許可する」

「ありがとうございます」

礼を言い、形式上の感謝の意を表す。

メレムの頭の中はアルクェイドとその意中の人で一杯だった。

すぐに行ってその姿を確認したい。

そしてその人となりを探りたい。

そんな気持ちで一杯だった。

メレムはすぐにその女性の部屋から出る。

その時、

「私の分もターゲットの写真を撮ってきてくれ」

「うん、分かった──────────────────────────え゛?」

メレムは咄嗟に口を噤んだが時既に遅し。

その女性はニタァッと笑った。

「私も行こう。ただし、日帰りとなるが・・・」

「い、行くんですか?」

「不服か?」

チロリと睨む女性にメレムは泣く泣く従うしかなかった。

その女性は絶対的な上司であり、逆らうことが出来ないのだから・・・

 

 

「―――まさかダミーを使って来るなんて・・・」

日本の地を踏み、メレムが発した第一声がそれだった。

「そうでもしなければ我々は動けない」

「それはそうですが・・・ナルバレック、そのまま三咲町へ向かいますか?」

「勿論だ。時間は限られているのだ」

その台詞にハァァッと中身がすべて出るのではないかと思われるほど深い溜め息を吐き、メレムは手配しておいた車を呼んだ。

「目眩ましもしておいた。真祖の姫も気付かないように細工もしている」

クックックッと意地の悪い笑いをする上司にメレムは心底不安に思いながらカメラの最終メンテナンスを行っていた。

計画は狂ったが、最低限の予定だけは果たしたい。

そんな気持ちで一杯だった。

二人の思惑を乗せ、車は真っ直ぐ三咲町へと走る。

その後を気配を消して走る者達。

彼の者達もまた車の向かう先へと走っていた。

 

 

「ここが三咲町か」

ナルバレックの抑揚のない声でそう呟く。

「そうすぐに見つかるかな・・・それ以上に別の二人に見つかりそうな気がするけど」

「見つかったら見つかったで構わん。勤務状況の視察だと言えばいい」

素っ気ない態度のナルバレックを尻目にキョロキョロと辺りを見回す。

「ふ―――ん・・・シエルは仕事を頑張っているようだけど・・・」

メレムの表情は険しい。

「わざわざ司教クラスに任せているのだ。頑張って貰わねば困る」

そう言いながら感情のない目で闇に向かって伸びる細い路地を見た。

「行くぞ」

ナルバレックはそれだけ言うとその細い路地の奥へと歩を進めた。

「もぉ・・・」

勝手に奥へと進むナルバレックの後をメレムが少し不機嫌そうな顔で追った。