「七夜・・・」

俺は行き場のない感情をどこにぶつけて良いか分からずに七夜を睨む。

「何だ」

しかし七夜はそんな俺の視線をモノともせずに俺を見る。

「どうしてもこれだけは聞いておきたい・・・」

事と次第によっては今すぐにでも死闘を始めなければならない。

「言ってみろ」

七夜はやはり動じた様子もない。

何故俺と一緒のベッドで寝ているんだよ!!

「兄弟以上、一心同体の存在だからだ」

七夜は当然のようにそう言い放った。

 

 

常にはない日常:拠ん所ない風景

 

 

「今は朝だぞ!?お前ワラキアだろうが!!」

「ふん・・・奴はお前が殺したじゃないか」

「だったら何故お前が存在しているんだよ」

「少なくとも俺は死徒ではない。そしてお前の敵でもない」

「いや、そうじゃなくて・・・敵ではないのは嬉しいけどさ・・・」

「確かに俺はワラキアに作られた存在だった・・・だがな、奴が滅んだときに奇跡が起きたのだ」

「奇跡?」

「分身であり弟のように思っていたお前への兄弟愛がワラキアの力から俺を解放したんだ」

「訳わかんねぇよ・・・・・・って兄弟愛って何だよ!」

「気にするな。兎も角俺は死徒ではないしお前を殺すつもりもない」

「だからって同じベッドにいる理由にはならないだろうが・・・」

「暖かいな・・・志貴は」

「だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!抱きつくんじゃねぇよ!!」

「志貴様、如何なさ──────」

最悪のタイミングで翡翠が入ってきた。

本気で最悪のタイミングだった。

密着する野郎二人。

しかも俺は七夜の下で、暴れていたせいで半裸になっていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええもん見させて貰いましたわぁ」

翡翠はそんなことを言ってその場に崩れた。

その顔は恍惚に満ちており、鼻からは一筋の赤いモノが頬を伝っていた。

「あああっ!!翡翠!」

俺は翡翠の所に行こうとしたが───上から乗っかっている此奴が邪魔で動けない。

「んっ、離せっよ・・・・」

「俺の本体ながら・・・どうしてここまで色っぽいんだ」

「馬鹿言ってないで離せ!」

なおも暴れる俺だったが、ふとあることに気付いた。

扉が開けっ放しである=今の会話は思い切り外に漏れている。つまり──────

「兄さんッ!?」

「何か起きましたか?」

──────────────────────こうなるわけだ。

恐らくシオンは常時俺にエーテライトをつけているみたいなのでこの状況をよく理解しているのだろう。

最近引き籠もり界のカリスマになりかけているシオンだけに出てきて説明して貰うという行為は難しいかもしれない。

───志貴総受け・・・嗚呼マーベラスです。ハァハァ

電波っぽい声がダイレクトに脳に届いた気がしたが無視することにした。

シオン・・・本当に籠もって何してるのさ・・・

「兄さんが・・・二人?」

───ありがとう秋葉。もの凄く常人っぽい反応だよ

「志貴さんが二人・・・本物を挟んで三人プレイ・・・ハァハァ」

───そうか。琥珀さんが諸悪の根元か・・・

とりあえず俺は琥珀さんをぶん殴りたい衝動に駆られたが、それより先に七夜が動いた。

志貴は俺のだ!

――――――はい?今、何ですと?――――――

俺の思考は一瞬停止したが、七夜と俺を除く全員完全に動きを止めた。

煽るだけ煽った琥珀さんですら動きを止めているのだ。

何故なら、七夜が半裸の俺を抱き締めてそんな台詞を発したからだ。

そりゃノーマルでも誤解するって――――――

とりあえず七夜の鳩尾に一撃入れて脱出を図り、服を着直した。

さて、これからどうしようか―――いつも通りの意外性がビンビン感じるが・・・

「やっほ〜志貴〜今日も朝からわたしに胸キュ・・・・・・ン?」

みんなの動きが止まっている中、よりにもよってアルクェイドまでもが乱入してきた。

まぁ、それくらいは想定済みだ。

基本ならば先輩やらアルトルージュちゃんやら先生やら出てきてヒッチャカメッチャカになってお終い―――そんな一日がこれから・・・

「七夜、貴方何しているの?」

――――――――――――――――――え?

今、何と?

「見ての通り志貴と兄弟のスキンシップをしている」

「ふ〜ん。兄弟って楽しそうだね」

「さっきまで夜具を共にしていたからな」

「いや、あの、アルクェイド?」

「良いなぁ・・・そう言えばシエルは来てないの?」

無視ですか・・・そうですか・・・

「奴なら邪魔だったのでターメリックに浸した縄で縛って部屋に転がしている」

「うっわぁ・・・幸せそうな顔で縛られているような気がする・・・」

「おーい・・・聞いてくれよぉ・・・」

「え?何?」

「いや、あのな・・・何でコイツと普通に話しているんだよ」

「何言っているのよ。志貴のお兄さんじゃない」

「何ですと!?」

俺に生き別れの兄がいると!?

「七夜は元々貴方の封印された心の一部なの。ワラキアは作る事は出来ても創る事は出来ないのよ」

「言っている意味がわからん・・・・・・」

「七夜は志貴の心にあった七夜の血と記憶がタタリによって姿を持ったモノなの。そしてわたしとシエルが更に強化して普通の人間と違わないような状態まで補強したの」

「・・・・・・先輩まで・・・・・・」

「だって七夜にあんな事言われたらね・・・」

アルクェイドはニンマリと笑うと七夜を見る。

「―――志貴には言うなよ」

「大丈夫よ、お義兄ちゃん。志貴は私達の共有財産だから志貴と敵対するなら許さないけど志貴の味方なら全力でサポートしてあげる」

「更にわたしと血の契約をしたから完璧だ」

そう言いながらアルトルージュちゃんが部屋に入ってきた。

どうやら俺のためらしいけど・・・

「―――こんな性格だったの?」

「憎しみは愛情の裏返しでしょ?」

「殺したいほど愛していると言うらしいよ」

「待て・・・・・・二人とも何を見てそんな事を・・・・・・」

もしかしてこの二人、どこかで間違った知識を得ているのでは・・・?

「「お昼にやるサスペンスの再放送」」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こら、姫二人。どうしてそんなに庶民的すぎるんだよ」

「えー?面白いよ?昔親を事故で失った女性が主人公を狙うの。それでね、主人公の父親がその女性の親を殺した本人で―――」

「内容の説明は良いから・・・」

「そうだな・・・こちら側で性格を変えたわけではないのだ。七夜は壊れそうな志貴の心を案じてやった事なのだ・・・ワラキアに動かされながらも確実な殺しを行っていなかったのがその証拠・・・十七分割を喰らっても無事に動けただろう?」

「・・・あ・・・」

そう、敵が手加減をするはずもない。

あの時、ネロの姿をしたワラキアは尋常じゃないほどの攻撃を仕掛けてきた。

アレは避けなければ確実に死んでいただろう。

しかし七夜のあの技は―――線を切るのではなく、なぞっただけだった。

「七夜・・・君は本当に・・・」

「志貴・・・」

七夜はぎこちなく微笑むと俺を抱き締めた。

そして

「好きだ」

ビシッッッ

周囲の空気が完全に止まった。

俺も含めてその場にいた全てのモノが動きを止めた。

七夜以外は―――

「志貴・・・」

「な、七夜?」

「結婚しよう」

その台詞は俺のマインドに致命傷を与えるのに充分な破壊力だった。

「ピンチの時は落ち着いてよく考える。ピンチの時は落ち着いてよく考える・・・」

考えろ。考えるんだ・・・でなければ俺は色んな意味で死んでしまう!!

その時俺は思いついた!

「おっ、俺等男同士だから!」

うっわ・・・俺、何かその場凌ぎ過ぎる事言ってる・・・・・・

流石に思った事を言ったと後悔しまくったが・・・

「そうか・・・ならば俺が男ではなく女であれば問題ないのだな?」

まさか──────

酷く、嫌な予感がした。

「アルクェイド、アルトルージュ、頼みがある」

七夜はアルクェイドとアルトルージュをジッと見つめた。

「────え?、ああ・・・」

「そのように志貴のような潤んだ瞳で頼まれたら・・・断れぬではないか・・・」

───ちょっと?もしもし?俺そんな風に見られていたのか!?

俺の魂の中での叫びが此奴等に聞こえるはずもなく、話は決定事項のように進んでいた。

未だに秋葉達は固まったまま、翡翠に至っては殺人現場のような血溜まりを形成し、ビクビクと体を痙攣させている。

もしかすると失血死の兆候なのかもしれない。

シオンは──────何か恐ろしいモノがチョロチョロと俺の脳に流れて来るので無視という方向で・・・

「じゃあ志貴、今夜までに七夜を女性にして連れてくるからね〜」

「期待してくれ」

「志貴・・・待ってろよ」

三人はそれぞれの目に怪しげな色を帯びたまま窓から飛び出していった。

 

 

もし、もし神がいるのなら───

俺に平穏な時間と平穏な暮らしを与えてください───

俺は心の底からそう願わずにはいられなかった。