常にはない日常:早朝の教室の風景

 

 

洒落にならないほど急いで学校に来たものの、時計を見ると時刻は7時30分を指していた。

騙されたと思いつつ偶にはこんなに早くても良いかなと思い門をくぐる。

朝練の人間以外ほとんど来ていない。

そんな中、

「いよぅ遠野」

何故か有彦が爽やかな笑顔で俺を出迎えた。

「どうしてお前は俺が早く来たときに限って早く来るかな・・・」

「フッ・・・それがバリューセットの悲しい性よ」

「訳分かんないよ」

「当たり前だ。俺の大暴投を止められる人間は居ないからな!」

フンと俺を鼻で笑い自信たっぷりに阿呆なコト言った。

何となくむかついたのでボソリと呟く。

「イチゴさんに言いつけてやる」

「申し訳ございませんでした」

「速攻で謝るし!しかも土下座かい!」

「姉貴はホント勘弁してください!義兄様」

「義兄様になった覚えはないぞ・・・で、本当にこんな朝早くどうした」

「うむ。実はな・・・目が覚めたら教室のロッカーの中にいたのだ」

えっとそれって・・・

「大変だったぞ。肩は外れているわロッカーはボコボコで開かないわでなぁ・・・」

「・・・・・・・・・その話は止めよう」

「いいやまだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・了解。分かった・・・」

有彦は少し不服そうだったが俺の熱意がナイフを通して伝わってくれたのか黙ってくれた。

ガラガラガラ

ドアが開き一人の女子が入ってきた。

「仲良いね二人とも」

ツインテールを揺らしながらその子は俺等の側に来る。

「おはよう、弓塚さん」

俺は手早くナイフをしまって何事もなかったように挨拶する。

「よう、サチーソ」

ビシッと敬礼をしながら有彦が謎の言葉を発した。

───とりあえず始末しておくか・・・

俺は瞬間的に有彦の懐に入ると反転しながら肘撃ち、バックブロー、アッパーをお見舞いした。

「フッ、フッ、テリャッ!」

「ガトリングッ!?───このままでは終わらんぞ!!」

吹き飛ばされた有彦が窓にぶち当たる直前、

「危ないっ!」

弓塚さんが窓辺に立つ。

そして

窓を開けた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!??」

もの凄いギリギリのタイミングで有彦は外にダイヴした。

「落ちちゃったね・・・」

「うん・・・酷いコトしたかな・・・」

「まぁ有彦だし」

「乾君だもんね」

有彦の扱いなんてそんなものだった。

「でも早く来すぎたな・・・まだ二人だけって言うのも凄いね」

「えっ!?ふ、二人きり・・・」

弓塚さんは素っ頓狂な声を上げ顔を真っ赤にした。

「あ、ゴメン・・・いやだった?」

「違うの・・・何か、嬉しかったから・・・」

弓塚さんの真っ赤な目が俺を見つめる。

「だって、志貴君と二人きりだから・・・」

そう言われると、何だか照れてしまう。

「えっと・・・うん、それなら良いんだけど・・・」

俺は席に着くとボーっと黒板を見る。

「志貴君?」

「・・・何だか、これが平穏な日常なんだなぁって・・・」

「・・・そうだね・・・平穏な日常ってこんなにも大切なんだって今頃気付いちゃった・・・」

平穏な日常。

そう、失ってしか気付かないもの───

「こうして志貴くんと外に誰もいない教室でのんびりお話しする・・・前のわたしには想像も出来ないことだよ」

「ゴメンね弓塚さん・・・」

俺は申し訳ない気持ちで一杯だった。

「え?あ!謝らなくて良いの!だって・・・志貴くんとこうしてお話しできるし・・・少しだけ・・・志貴くんに近付けたから・・・・・・」

「弓塚さん・・・」

「・・・あのね、わたしだって『志貴くん』って呼んでいるんだから志貴くんも名前で呼んで欲しいな・・・」

弓塚さんの顔が赤い。

「うん、ごめんね・・・さつきさん」

「志貴くん・・・・・・」

さつきさんとの距離が縮まり始めたとき、

「有彦くんふっか〜〜〜つ!」

有彦が勢い良く教室に駆け込んできた。

そして俺達の元へ走ってきて───

「墜ちろーっ!」

「ほなさいなら〜〜〜〜っ!!」

俺に腕を取られ勢いを殺されないまま再度外に放り出された。

「ご、ごめんねさつきさん」

「志貴くんは悪くないもん!・・・乾くんが悪いんだから謝らないでよ」

「でも何となく・・・」

「う〜〜・・・・」

思わず苦笑してしまう俺にさつきさんは何か思いついたようにポンと手を叩くが、

すぐに顔が真っ赤になった。

「───えっと・・・どうしたの?」

「あ、あのね!」

モジモジと指を動かしながら上目遣いでジッと見て、

志貴くん・・・キス・・・・・・して

さつきさんはこれ以上ないくらいに顔を真っ赤にして消え入りそうな声でそう言った。

あ、どうしよう・・・俺の顔、赤いかも・・・・・・

「えっと・・・・・・・・・いいの?」

俺は確認のためにさつきさんに聞いてみる。

「うん・・・志貴くん・・・・・・」

さつきさんは軽く目を瞑り少し顔を上げる。

ここまでされたら・・・やらなきゃ駄目だよな・・・

流石に学校のしかも教室でということもあってもの凄く気恥ずかしかったが俺はさつきさんの唇にそっと自分の唇を重ねた。

「んっ・・・・・・」

ディープと言うわけではないが触れるだけとも違うキス。

そんなキスをした。

離れ際にさつきさんの下唇をちょっと自分の唇で挟み、僅かな間その感触を楽しんだ。

「やっぱり志貴くん・・・キス、上手すぎるよぉ・・・」

さつきさんがその場にへたり込んだ。

「?そうなの?」

「あうぅぅ・・・・・・」

さつきさんは顔を真っ赤にして俯く。

やっぱりさつきさんは可愛い。

そんなことを再認識してしまう。

「さつきさん立てる?」

「う〜〜・・・駄目みたい」

小さく呻くさつきさんに思わず苦笑してしまう。

「仕方ないなぁ・・・席まで連れて行ってあげるよ」

俺はさつきさんの腕を肩に回して立たせる。

あっ・・・

さつきさんが小さく声を挙げたけど一応そのまま席まで連れて行く。

カタン

席に着かせて俺が戻ろうとしたとき、

「わたしは再び帰ってキタ―――!!」

有彦が三度来襲した。

が、

「うおっ・・・・・・LEフィールドかっ!?」

なぜか有彦は教室の入り口で空中をガリガリと引っ掻いていた。

「さつきさん・・・能力開眼?」

「・・・・・・そうみたい」

さつきさんは顔を上げ、照れ笑いをしていた。

相変わらず有彦は見えない壁を破ろうと必死に叩いていた。

クラスのみんなが来る数分前には壁は消えたが有彦の奇行は数人に目撃され、有彦は益々奇人としての知名度が上がった事を付け加えておく。

そんな朝の教室―――