「ま、あなたはその程度じゃどうって事ないだろうけど、そのペナルティは居間を掃除するまで続くのよ?そんな状態で、  明日から戦っていくのは危ないんじゃない?」

「むむむ」

目を閉じて考える。

我がマスターが言っている事は事実だ。

先程の令呪のせいで動く度にまるで水の中にいる様な抵抗感がある。

しかしだ。サーヴァントは戦う為の存在だ。それがサーヴァントとしての初めの仕事が掃除?

(掃除自体は出来なくはない。寧ろ得意分野…ではない!私は何を考えている!今はそんな事を考える時ではないだろう!)

雑念を振り払ってマスターに対する反論を考える。

(だがやはりこの動きの感覚は拙い、同等レベル以上の相手だと命取りに…)

自分の状態を考慮し、思考を深く展開する。そして結果を導き出す。



………変わらない。何度考えようが変わらない。悔しいが結論は覆らない。







「了解した。地獄に落ちろマスター」

そう言って私は表面上冷静にマスターの部屋から退室した。

無論、不本意だが手渡された箒と塵取りを握り締めて。













無限の剣を宿す赤い魔術使い











「いきなり掃除をしろとはな、大したマスターぶりだ」

なんて言葉を口にした。

今アーチャーは自分のマスターの洋館の屋根に座り込んでいる。

空を見上げれば空は一面黒色に塗り潰されて、いたるところに小さな星々が輝いている。

寒い夜風が偶に吹く中、アーチャーは数時間の間いろいろな事を推理、推察していた。

自分自身の事、召喚されたこの時代の事、戦場になるであろうこの町の事………

今自分に必要だと思われる事の全ての事柄に関して思考していた。





―――――結果、乱れていた記憶をほぼ再構築出来た





(間違いなさそうだな…そうか私は遂にここに来たのか………)

ついでに名前はまだ思い出せないが自分を召喚したマスターの事、その人物の性格みたいなのもぼんやりと思い出した。

(私はサーヴァントだが過去に誕生した英雄ではなく近代の時期に生まれた英雄でもない)

夜空を見上げていた視界の中に自分の右手を入れ、掌を大きく広げる。

まるでこの綺麗な夜空の全てをこの右手で掴んでしまうかの様に。

(遠くない未来…今から十数年後かに一人の剣の少年が到達した存在だ)

ゆっくりと広げていた掌を閉ざしてゆく。

ゆっくりと…ゆっくりと………愛しいものを扱う様にゆっくりと。

(そして来たんだな、私の願いが叶う時が)

指で閉じきった右手の掌を今度は握り締めて握り拳にする。

同時に両目を大きく見開く。その視線は夜空から握り拳に移り激しくその拳を睨み付ける。

作られた握り拳はアーチャーのその願いに対する執着や気迫、狂信的な想念を象徴している様に強く握り締められていた。





「もう少し自分をはっきりさせる為にあれでも言ってみるか」

夜空に向かって上げていた手を自分の胸元まで戻す。戻した手は強くはないがまだ握り締めたままで。

手を下ろすのと一緒に視線も下げて瞼を閉じる。

整理された記憶を順々に思い返しながら最後に心の中を無にする。

アーチャーが言ったあれとは本来ならば魔力を放出して自分の心象を世界に具現させる為の呪文だが今はその為ではない。

先程自分自身が言った通り己が如何なる存在かを確かめる為………そして自分の願いを確かめる為。





彼という人物が生まれて死ぬまで……生涯を通して手に入れた唯一確かなものを言の葉にする。









「I am the bone of my sword」

―――――体は剣で出来ている





数え切れない程…いや数える事に嫌悪感を抱く程の戦場を訪れ、駆け抜けた。





「steelismybody,and fireismyblood」

―――――血潮は鉄で、心は硝子





幾千という救える見込みの無い命を犠牲にして、何万何十万という救える命を救ってきた。





「I have created over athousand blades.Unknown to Death.Nor known to Life」

―――――幾度の戦場を超えて不敗。ただの一度も敗走は無く、ただの一度も理解されない





何度も、何度も、戦場に赴いた体は傷付きそれと共に人間らしい心など磨耗していった。





「Withstood pain to create weapons.waiting for one's arrival」

―――――彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う





周りの人間は言った。「お前は何の見返りを期待している?」「貴様は本当に人間か?」と………。





「I have no regrets.This is the only path」

―――――ならば、我が生涯に意味は不要ず





自身にとってそんなニンゲンらしいモノに意味や意義など一欠けらも存在しない。





「Mywholelife was "unlimited blade works".」

―――――この体は、無限の剣で出来ていた





何故なら………そう、所詮この身は無骨な剣で出来ているのだから―――――











「ふん…全く何とも下らない言葉だ」

紡いだ言葉を心の中で描くと無意識に口の形を歪めて、自嘲していた。

閉じていた双方の瞼を開ける。

再び漆黒の空を見上げながら何かを見つめている様なそうでない様な遠い目をする。

アーチャーは今の言葉を紡いだ事によって生前の事を思い返してしまった。









人間の頃、幼少の私は正義の味方、誰かの救いになれる存在を目指していた。

残念ながら私はその理想を追い求めるに値する希有な才能や素質を持った人間ではないと良く分かっていた。

特出した運動神経も無ければ目を見張る思考能力も無かった。

せいぜい普通の人との違いがあったとすればたった一つの魔術回路があっただけ。

私はそんな凡庸な人間に毛が生えたぐらいの存在だったがどうしても理想を諦めることは出来なかった。

だから自分が出来る事………走ることだったり戦うことだったり自分に許された一つだけの魔術のことだったり…。

そういうものの一つ一つを確かなものにして、積み重ねて、常に最良であり続けるよう努力した。

努力して、努力して、ひたすら己を研磨し続けていた賜物か、いつの事かは覚えていないが何かの事件か災厄に巻き込まれた数人の人の命を救うことが出来た。

嬉しかった。本当に嬉しかった。

人の命を救えたということもあるが、何よりも自分の理想に少しでも近づけたことが嬉しかった。

それは同時に第一歩だった。

もう二度と取り返しのつかない自己を追い詰める破滅の一歩だった………。

何故なら自分から望んで人の命を救ったのだからその後は誰であろうと考える事が浮かび上がってくる。

周りの人間もそれに期待する。

これだけの人数を救えたのだから次はもっと多くの………その次も、その次も―――

より多くの人間を救う、救ってくれ、救いたい、救え、救ってみせる。



幸か不幸か私はその期待に応えた。



だが私は天才という部類の人間ではなく、凡人というのが相応しい人間だ。

その為に時には十を救う為に一を、千を救う為に十を、十万を救う為に千を切り捨てるしか………なかった。

その行為に初めは憎悪し、心が引き千切られる思いだった。

人には出来る事が限られている。

それを超えて何かを成そうとすれば必ず代償となるものが生まれ、その何かが大きければ大きい程、代償も大きくなる。

それが事実、真実、現実、真理…そう信じて己の心を少しずつ殺していった。

そうやって人々を救っているうちに私は周りからもてはやされ多額の報奨金や強い権力を持つ地位などを授与された。





―――――私はその全てを拒否した。





別に周りの人間から感謝の念、地位や名誉、金品、そういった類の何かを欲しかった訳ではない。

しなくてはいけないと思った。

この身で出来るのならしなくてはいけないと思った。

救える命であるのならば何が何でも救なわなくてはいけないと思った。

常にその想いを胸に秘めて救えるだけの人々を救っていた。

よって誰かに感謝されたり、他人から恩恵を与えられる事に興味は無い。



…そこで少し立ち止まってみた。



努力し続けて人間の所業とは思えない程の救済をもたらした。

なら私はもう自分の理想を叶えているのではないか?と思い、立ち止まってウシロを振り返ってみた。






































ワタシノウシロニハナニモナカッタ



























正しくは何も無かった訳ではない。救いをもたらしたという事実はあった。

けどそれだけ。その事実を思い返しても何も思わなかったし、何の感情も感慨も湧いてくることは無かった。









恐ろしかった



怖かった



今自分はとんでもないモノと直面していると感じた



忘れろ、わすれロ、ワスレロ、ワスれろ、思うな感じるな認めるな



ソレを理解してしまえば全てが終わる







私はそれから逃げる様に立ち尽くしているのを止めて再び理想に向かって走り出した。

あの理想にはまだ届いていない、諦めはしない、いつかは辿り着いてみせる。

立ち止まる以前の時と同じく絶えず走り続けてどれだけの月日が経った頃であろうか…………




いつの間にかこの世で起きる災害は全て私が原因となっていた。

仕方が無い、訪れては黙々と人の命を救って、他人の感謝の形を全て跳ね除けて去る様な者が不気味でない訳が無い。

そこからは早いものだった。

今まで私が関わった災禍に対する鬱憤を晴らす様に周りの人間は私を罪人や悪魔だと罵り、侮辱し始めた。

私は別段その事に反論する気も抵抗する気も無かったので容易く捕まり、裁判に掛けられ満場一致で死刑を宣告された。

…違う。満場一致ではなかった。

(そういえば今のマスターの様な人間が一人最後まで反論していたな………)

最後の最後まで刑が執行される瞬間まで私の罪は冤罪だと叫んでいた。

悲しいかな言ってしまえばそれは大海に小石を投げて出来た小さな波紋、より大きな津波を前に生き残れる道理は無い。

結局判決は覆らずに私は絞首刑台で自分の人生を閉ざした。

こんな事でも誰かが救われるかもしれないなと己を侮蔑しながら………………



まぁそんな事はどうでも良かった。

存命していた時に百名程の死に逝く命を救ってくれという旨で自分の死後を世界に売り渡し英霊、人類の守護者と私はなっていた。

あの時は死んでしまった後でも理想を追い続けられる、正義の味方を体現出来る。

人の身では無理であるのならそれ以上の存在になれば至れるに違いないと信じて全然疑っていなかった。







そんなのは存生の日々と変わらない地獄が永遠に…際限なく続く始まりでしかなかった







いつの時代―――どこの場所に行っても突きつけられるのは人間達自らが起こした『人間の業』の後始末ばかり。

どいつもこいつも自ら起こした災害を英霊という利用し易い存在に押し付けて自分達は自分の為だけの保身や保守に回る。

―――――何と下らない!何と無様!何と愚かしい!

自分が生まれる前の過去に行こうとも…自分が死んだ後の未来に行こうとも何も変わらない。

人間共は何も変わらない!変わろうとする努力もしない!!!

ならばそんな犬畜生にも劣るクズ共を救っていた自分は何だ?

自身は剣で出来ているだと?

巫山戯るな!

低脳で愚かしいにも程があるゴミ共を救っているこの身が剣である筈がない!

漸く自分というものが分かった。

兵器…そう兵器だ。

純真無垢な子供だろうと薄汚い欲望に塗れた大人だろうと命令されれば見定めている物を全て無に返す存在。

造られては常に使い捨てられるというまさに都合の良いその場限りの存在。

何よりも意志を持たない破壊するだけの存在。





―――――出来た、そこで己の意志の下やっと出来た。

今思えば自分のウシロを振り向いた時から無意識に出来てしまっていた。

もう………とっくに出来ていたのだ。

初めから自分が信じていたものに裏切られていた事を知って随分と、







前に…





絶望することが出来ていた。







だから...だから私は願った。

私の様な存在はいてはいけない。少なくとも確実に私は存在するべきではない。

こんな死んだ後で初めから自分の人生には何の価値も、意味も、足跡すらも無いと分かった者が存在して良い筈が無い。

ところが私は既に英霊という消滅しない存在になってしまっている。なので本来なら私が消え去る術は無い。

従って願いを変えた。私を消す事から英霊になる前の私を英霊になった私が滅ぼす事に。

過去の私を今の私が殺す願いが叶えば英霊は消滅出来ないという事実を打ち消す可能性がある大きな矛盾性が生じる。

それもそうだ。本来自分が自分を殺すなど有りえざる話なのだから。



そうして…耐えた。耐えて、耐えて、耐え抜いた。

どこかの地獄に呼び出されては耐えて、それが終わっても又同じ地獄を見ると判っていても耐えた。

こんな不細工な存在を打ち消す可能性があり、絶対にその時が来ると信じて耐え抜いた。

数学的に言い換えれば天文学的以上の凄まじく低い確率、最早ゼロと言っても差し支えはないだろう。

他の簡潔的な言い方をすれば奇跡や魔法に近い現象。

だが確信はあった。必ずいつかはここに辿り着く時が来ると分かっていた。

奴が正義の味方になるとその理想を追い求め、私がその理想を追い求めた成れの果てである真実。

これが変わらない限り私と奴は必ず交わる、交わらない筈がない。

奴から見れば私という存在は認められないだろうし、私から見れば奴の存在は許せないのだから。






…嗚呼……そうだとも、アレの存在は本当に許せない。

奴は産まれてから生きた九年という歳月を無に返す災害に出会った。そこで見事に中身が粉々に砕かれた。

ビルや住居、電柱などの公共物、全てが崩れ果て、烈火、火炎、猛火、灼熱、煉獄、業火、様々な熱や火が支配する風景。

雀の涙程度の水分を欲して少しずつ干からびていく肉塊。

私よりも我が子を助けてくれと懇願する母親。

救助を求めて徘徊する人間だった亡者共。

自分が助かる為ならどれ程の他人を見殺しても生き延びようとする劣悪な感情が生まれる場所。

地獄に勝るとも劣らないあんなものを見せ付けられればココロが壊れてしまうのは無理もないだろう。

だから奴の裡からは何も零れない、零れ落とせるものなど何も無いのだ。

そんなモノが誰かの剣になるなど何とおこがましい。

ただ与えられたものに縋り付き、必死になって何年も縋り付いているのに自身の裡から何一つとして自分のモノが零れ落ち てこない。

それではその存在はただの木偶や人の皮を被った機械と何ら変わりはしないではないか。

世の中を救いたい、平和な世界を望むのは人であれば一度は少なからず望むことだ。

しかしそれは自ら何かを見て、感じ、想い、決意した上にあるべきものだ。


奴は違う。


奴が正義の味方を目指すのは自分の裡から零れた想いではない。

自分を助けてくれた人物が死ぬ時に言い遺した夢。

その人物の夢は最期まで叶うことはなかった。

助けられた少年は自信を持って言った。

その人物を安心させる為。

安らぎを与える為に…それが何よりも自分を重く縛る呪詛とも知らずに………

―――――じいさんの夢は俺が叶えてやる

故に正義の味方になる、誰かを救うという事に関して奴が抱く感情は何もない。

当然だ。当たり前だ。奴にとって救った人物や人数に意味はない。

奴に意味があるのは救った、救えたという事実だけ。



























死ね





死んでしまえ





自分の意志を持てない奴は死んでしまえ





己が借り物の理想を抱いた偽善者と知らない奴は死んでしまえ





歩んで来た自分の人生が全くの無価値である事に気付かない奴は死んでしまえ







―――そうだ死んでしまえ。そんな人間の人生や存在に意味など無い!―――







だから



奴は必ず



私がこの手で





































殺してやる
































「ム…」

いつの間にか右手を強く握り締めていた。

思いのほか強かったのか掌の皮膚が指の爪で少し破れて血が薄っすらと滲んでいた。

「いかんな、こんなことでは」

頭を振って今までの思考、感情を全てカットする。

今はもうそんな事を考える必要は無くなった。

魔法じみた奇跡は起きた。

時は来た。

後は万感の想いを抱いて実行するだけ………。







「しかしだ、まず当面の問題は―――」

立ち上がりマスターから手渡された箒と塵取りを持って屋根から下りて洋館から出てきた窓に入る。

そして何の問題もなくスタッと着地して傍にある階段を下りる。

階段を下りきって一階の廊下に出る。

廊下を歩き、入り口の扉を蹴り飛ばされた居間に辿り着く。

「まずこの荒れ果てた居間を何とかしなくてはな」

未だにパラパラと天井から天井をなしていた物質が塵や大きな欠片となって落ちている。

鮮やかな赤いカーテン、座り心地の良さそうなソファー、趣のある古時計、どれもこれも壊れていた。見事にガラクタに化けていた。

特にアーチャーが落下した点は壊滅的だった。元が何だったのか分からない様な細かい破片がアーチャーの落下した点を中心に数多く点在していた。

居間の中は誰が見ても今アーチャーが手に持っている物で本当に片付けられるのか不安になる光景が広がっているのだがアーチャーはそんな光景を見ても動じなかった。

「フッ、これぐらいの方が私を有能だと証明するのに手っ取り早い」

口元を吊り上げ皮肉げな笑みを浮かべて赤いサーヴァントはせっせと箒と塵取りを動かし始めた。



………証明できるのは間違いなく家事能力になることであろうが。









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後書き



気紛れで書きました。

しかしその割には執筆期間は約一年〜〜…何やってんだ俺は…。

書き始めた時に比べるとなぁ〜んか話が変わってしまったような………。

これじゃアーチャーのまとめSSみたいなもんだな。誰にでも書けてしまうSSよ…。



何にせよ書き上がったのでこの勢いで真神の方も頑張ります。