「浅神・・・燈真さん・・・」
彼の言葉を聞いて俺はそう呟いた。
何故だか分からないが何か腑に落ちないと言うか気になる名前だった。
「おうよ、それが俺の名前だ。燈真で構わないぜ」
彼は柔らかに笑って答えた。
自分で言うのもなんだが彼の態度の変わりようにさっきまで闘っていた相手かどうか疑わしく思えた。
「わかりました。では燈真君、あなたは「あ、悪いちょっと待ってくれるか?」
続けて質問をしようとしたシエル先輩を燈真さんは手を突き出して静止させた。
「?」
俺は疑問符を挙げた。
「質問に答えるのは良いんだが、間違いなく長話になってしまうだろ?」
確かにその通りだった。敵のことに関しては先輩が事細かに質問するはずだろう。
俺の方は何故アルクェイドや先輩、そして秋葉や翡翠、琥珀さんまでもが関わっていることを聞くつもりだった。
だから間違いなく燈真さんの言うとおり長話になるだろう。
「だから何処かでゆっくりと説明をしたいし、何より一度の説明で終わらせたいんだ。今回の事件に関わるであろう人物は他にもいるからな」
どうやら燈真さんの方も何を質問されるかが良く分かっているようだった。
「まあ、俺としては志貴の屋敷の方で説明をしたいんだが・・・」
そう言って燈真さんは俺に視線を向けてきた。それに続いて先輩も俺の方も向く。
しかし俺には気になることがあった。
(俺の屋敷・・・俺の屋敷・・・俺の屋敷・・・)
その言葉がどうにも気になってしまった。俺自身がナニカとんでもない事を忘れているような気がするんだが・・・。
けど今の俺にとって大事なことは皆のことだ。だから俺は・・・
「ええ構いません。屋敷の方で説明をお願いします。」
きっぱりとそう答えた。
「良し、決まりだな。もう夜も更けてきたし早速案内を頼む」
燈真さんは俺に案内を促してきた。
「それでは向かいましょう遠野君」
先輩の言葉に頷き、俺たち三人は屋敷の方へと向かった。
「おそいな〜志貴。一体どうしたんだろ?」
シオンがあと一時間ほどで志貴が帰ってくると宣言したが実際のところは既に二時間が過ぎようとしていた。
屋敷の中では相変わらず秋葉は自分の世界に入っており時々何かを呟いていた。
そんな彼女の後ろで何かのやりとりをしている翡翠と琥珀。
「全くです。私の計算を狂わせるなんて・・・、私にとって志貴はどこまでもイレギュラーな存在です」
呆れ顔をしながらシオンは出されたお茶を口に運ぶ。
「ねえシオン」
「何ですか、アルクェイド?」
私はシオンが真祖の姫君ではなくアルクェイドと呼んでくれたことに少し感謝しながら気になっていることを聞こうと思った。
「志貴が何時帰ってくるか分からないからあなたが来た理由を聞かせて貰えないかなって思ったんだけど・・・。」
私の言葉に今まで妹の様子を心配していた翡翠とその様子を楽しんでいた琥珀がシオンに注目する。
「確かにそれもそうですね。ですが・・・」
「?」
シオンの言葉が詰まる。顔を見ればどこか納得いかないという表情をしていた。
「そういえばまだアルクェイドには言っていませんでした。今回私が来たのはこの町にまた吸血鬼が来ているからです。」
この町に吸血鬼が来ている―――その言葉は私に今までこの町で戦った吸血鬼達を思い出させた。
ネロ―――ロア―――ワラキアの夜。彼らとの戦いはいろいろなことがあって決して楽なものではなかった。
でも私はどんな吸血鬼が来ても大丈夫だと思う。何故ならなんだかんだ言っても私達は今生きているから。
(そう私と志貴がいればどんな相手だって敵じゃないもの)
「そうなんだ。で、そいつはどんなヤツなの?」
「そのことなんですが・・・・・・、正直に・・・いえ正確に言えば良く分からないのです」
「わからない?」
私は疑問に思った。何故なら彼女はアトラス院に属していたはず。それは即ち情報に敏感であるということに他ならない。
しかも彼女はアトラスの名を冠している。つまりアトラス院の中でもトップクラスの情報のエキスパートのはずである。
その彼女・・・シオンが分からないと言った。
「ええ、非常に遺憾ではありますが。おそらく情報工作に長けているのでしょう、私が分かった事はせいぜい彼の者が特異な吸血鬼であることと名前ぐらいなものです」
場の空気がシオンの真剣な言葉によって先程のにぎやかなものから暗いものへと変わる。
シオンはそれからすっかり黙ってしまった。翡翠と琥珀も場の空気を悟ってか同じように黙っていた、そして私は私でシオンの『わからない』という一言にまた今までのような戦いが再び始まることを予感していた。
「そういう訳で私のサンプルに成り得る可能性があると思って再びここに来たということです」
この場を取り繕うためか少し明るめの声を出してシオンは再びお茶を口に運ぶ。
その仕草はシオン自身を落ち着けるためのように見えた。
「それでシオン、その吸血鬼の名前は?」
「名前ですか、その者の名は・・・」
ガタン
シオンが吸血鬼の名前を言おうとした時に物音がした。
シオンとシオンに注目していた私と翡翠、琥珀はその物音がした方へと向く。そこには・・・
ソファーから立ち上がった妹の姿があった。
髪は依然真っ赤であるが少しは冷静?になったのか髪は揺らいではいなかった。そして毅然とした態度で部屋の出口へと向かって行く。
「・・・兄さんが帰ってきました」
「「「「!」」」」
俺達三人は志貴の屋敷のでかい正門の前に到着した。
到着した頃には本当に夜は更け、ここに来るまで人の気配は殆どなかった。
(それは良いとして・・・何なんだこの洋館は)
町の下調べをしていた時にたまに遠くから見えてでかいだろうとは思っていたが目の前にすれば普通の街中に洋館という異質さと誰もが羨む圧倒的な敷地の広さも混ざり合って、でかいだの何だのと思う事が馬鹿馬鹿しく思えた。
そんな呆れている俺に気付かず二人は門を潜り抜けて行く。その二人に遅れないよう俺も後をついて行った。
敷地内に入り、洋館の入口へと向かっていく。その途中で少し離れた茂みから何かが姿を現した。
「レン」
志貴がレンと呼んだ大きな黒いリボンをつけた黒猫は志貴を見つけると志貴の胸に飛び込んだ。
志貴は飛び込んできた黒猫を抱き込んでその頭を撫でてやっていた。頭を撫でられた黒猫は嬉しそうにしていた。
「その黒猫は志貴のペットか?」
「いいえ、違いますよ。この子は遠野君の使い魔です」
「使い魔ぁ〜。志貴、お前使い魔なんて持っていたのか?」
「ええ、いろいろ事情がありましてね。この子と契約をしたんです」
少し照れながら志貴は答えた。俺はその黒猫を神経を集中して見てみた。その時に黒猫と視線が合った。
(成る程、確かに普通の猫じゃあないな)
俺が簡単に結論付けると同時に俺と黒猫の視線はそれぞれ別の方向へと向いた。
そんなやり取りをしている間に俺達三人はいつの間にか屋敷の入口に到着していた。
猫を抱えたまま志貴は扉の前まで行き、扉の取っ手を手に取り扉を開ける。
「ただいま〜」
「お帰りなさい兄さん」
扉を開けたその先の玄関には一人の少女がいた。その少女の髪は真っ赤に染まっていた。
彼女の顔はにこやかに微笑んでいたが俺には少なくとも本当に笑っているようには見えなかった。
(あの顔は何かあったものだな。しかしこの感覚は・・・ということは彼女が遠野秋葉か)
俺の体に流れる退魔を生業としていた浅神の血が目の前の少女に反応していた。
「あ・・・・・・あ・・・あきはーーーーーーーーー!!!」
「はい、何ですか兄さん」
何の前触れもなく志貴が絶叫を上げる。その絶叫に俺とシエルは耳を塞いだが志貴に名前を呼ばれた少女は平然と受け流して先程と変わらない笑顔のままでいた。絶叫を上げた志貴はガクガクと震えだし、抱えていた黒猫を落としてしまった。
だが黒猫はそうなることを予感していたのか、別段驚いた様子もなく普通に着地して屋敷の中へと入って行った。
「兄さん、言わなくても分かっていますよね。早速ですが私の部屋でマンツーマンのちょうきょ・・・いえ説教をさせて頂きます」
「あ・・・あわ・・わ・・・あ・・・」
そして彼女、遠野秋葉は志貴へと一歩踏み出した。そうすると志貴も未だにガクガクと震えながらも確実に一歩下がる。
再び彼女が表情を変えずに一歩踏み出す、再び志貴は一歩下がる。それの繰り返しを続けていた。
(・・・ん・・・おいおいこのまま行くと・・・)
ドン!
俺が気付くのが遅かったため俺と志貴はぶつかり合ってしまった。勢いがなかったためお互いに倒れることはなかった。
志貴が後ろを向き俺の顔を見る。
後ろを向いた志貴の顔を見ると俺は驚きと哀れみを感じた。志貴の顔は既に半分泣いているような状態で、あまりにも追い詰められている顔をしていたからだ。
(一体何があったらこんな顔が出来るんだ?)
志貴の顔を不思議そうに見ていると、志貴の顔に希望の光が差し込んだように明るさが少し戻った。
そこから志貴は俺の後ろに隠れるように移動した。
「そ・・・そうだ!秋葉、お客さんが来たんだ」
「お客様ですか?」
どうやら彼女はここで初めて俺に気付いたみたいだった。そして俺の方に向き一礼をする。
「お見苦しいところを見せてしまいました。初めまして、私は遠野秋葉と申します」
「ああ、初めまして。俺は浅神燈真って言います」
「・・・・・・・・浅神ですって・・・」
半ば分かってはいたが彼女の表情が先程までの敵意のない怒りからまるで親の仇を目の前にしているかのような怒りと憎しみが篭ったものに変わり、視線を志貴から俺に変え激しく睨みつけていた。
そんな折に屋敷の中に四人の女性が姿を現した。一人は金髪に赤目、一人は紫の髪に紫で統一した服装、残りの二人は両方とも赤髪に片方はメイド服、もう片方は着物に割烹着という服装だった。その四人がこちらへと向かって来る。
(金髪は真祖のお姫さんで、紫のはアトラスのシオン、そして残りの二人のどちらかが翡翠と琥珀か・・・)
俺が視線を屋敷の中に移して中の四人を見ている間も遠野秋葉は俺を睨みつけていた。
「安心しなよ秋葉さん、確かに俺は退魔士だが相手に魔の気配があったとしてもそれだけで祓ったりはしない。この世に生を受けた誰もが生まれを選ぶことなんて出来はしないんだからな」
「・・・・・・・・・」
俺の言葉に思うところがあったのか未だに敵意は感じるが先程までの強烈な怒りは失せ始めていた。
「まあ、自分から進んで魔に染まったりするようなクソ野郎もいるがな」
俺が言い切るとほぼ同時に屋敷の中にいた四人が玄関に到着した。
「お帰りなさいませ志貴様」
「お帰りなさい志貴さん」
「やっと帰って来ましたか志貴」
「おかえり〜志貴」
四人はそれぞれ志貴に挨拶をする。約一名玄関に止まることなくそのまま志貴に抱きついて行ったが。
「遠野君に何をするんですか!天然おバカ吸血鬼!!!」
「なによ別に良いじゃない、減るものじゃないんだし」
今まで傍観者を決めていたシエルがお姫さんにくってかかる。その様子は志貴との闘いを邪魔された時のものにそっくりだった。一方お姫さんの方は彼女のことなど意に介さず志貴に抱きついたままだった。
「おいおいアルクェイドも先輩も喧嘩は止めてくれ」
志貴は二人が始めようとしていた喧嘩を止めようとしたが志貴の言葉は彼女らには届いていないようだ。二人は未だに文句を言い続けあっている。
(仕方がない、少なくともあの二人はこれから起こる事に巻き込まれるんだ、仲違いされたら困る)
「はいはい、そこまでそこまで。喧嘩なんて止めてくれ」
俺が二人の間に入ることで口喧嘩は止まった。二人ともいきなり俺が出てきたことに驚いたようだ。
それは喧嘩をしていた二人だけでなく他の者も驚かせたようだ。
驚いている志貴に俺は向く。
「さて、それじゃあ説明してやるよ志貴。おそらくこの場にいる全員がヤツの研究対象だってことをな」
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後書き
皆さんお気づきになられたと思いますが書き方?を変えました
これからも二、三話の間少し少し変わっていくと思います
ですからもし良ければご指摘やご指南のメールをお願いします
もっと上手く書けるようになりたいと思ってますので・・・
それでは次話をお楽しみに