三咲町は太陽が沈み、本格的に夜になり始めた。

故に町には人の姿が少なくなる。町には静寂が訪れる。

しかし眼鏡を掛けた一人の少年はそんな町の状態など気にもせずに走っていた。

走る。走る。その走りを見れば誰もが二つのことに驚きを感じる。

一つはそのスピードに、もう一つは・・・と言うよりこちらの方に誰もが驚きを感じるだろう。

何故なら彼の走りの雰囲気にはあからさまに末恐ろしいナニカから逃げているというものがあった。

だから少年は自分自身の未来のために、自分自身の命のために――――――走っていた。

彼の運命は一体どうなるのか・・・・・・

 

 

 

「ハァ・・・、ハァ・・・。」

少年――遠野志貴は十分に逃げたと思ったのか走るのを止め、呼吸を整え始めた。

かなり走り込んだためか彼の体からは汗が噴き出していた。

故に志貴はその汗を拭いながら制服のボタンを二、三個外す。

――ふぅ、とりあえずここまで逃げれば大丈夫だろう――

志貴はそう結論付けて周りを確かめる。そこは相変わらず自分が知る三咲町だったが、既に夜となっていた。

――もう夜か、やっぱり今日は有彦のところに・・・――

と思う志貴だったがその案は破棄した。

――いや駄目だ!秋葉から連絡があったら間違いなく奴は喜んで俺を差し出す!――

志貴は手を顎に当て他に新しい案がないかと考えた。

――有彦が駄目だとするとあとはアルクェイドのトコか、シエル先輩のトコか・・・――

しかし志貴はやはりその案も破棄した。

――二人のトコへ行くと後で何かに付き合えって言われそうだな、まあそれは良いとしても・・・――

志貴はその先を考えただけで血の気が引いていくのが分かる。

――仮に秋葉にその事がばれたら、間違いなく死刑執行のような気がする――

髪が紅く染まり、笑いながら死刑執行をする秋葉。

その想像があまりにリアルすぎたのか志貴の体は小刻みに震えだす。

彼の姿は絶対的な恐怖を感じる小動物そのものだった。

――こうなったら有間の家に・・・。いや駄目だ、あの人達に迷惑を掛けるわけにはいかない!――

有間の家で生活をしていた頃を志貴は思い出す。

そして他人の自分に優しく接してくれた三人の家族を思い出した。

その記憶を思い出すことによって志貴は乾いた笑顔になり、そして涙を流し始めた。

――あの頃は良かったなぁ・・・。一体、いつ道を踏み外しちゃったんだろうか――

などと思い、志貴は深い感慨に耽っていた。視線を空に上げればそこには一番星が輝いていた。

志貴にはその星が「頑張りな。」と親父くさいセリフを言っているように見えた。

――やっぱり覚悟を決めて屋敷に戻るしかないのか――

彼は涙を拭い本当に諦めたのか、走ってきた道をゆっくりと戻り始めた。当然のようにその足取りは重い。

そして彼の気持ちも重かった。ゆっくり、ゆっくりと屋敷へ向かう。その時の彼の思考はこうだった。

――生きるか、死ぬか・・・DEAD or ALIVE・・・――

そんな思考が彼の頭の中に永遠に響いていた。ついでに言えば彼の頭の中の生死に関する割合は約一対九十九だった。

それでも志貴は一縷の望みに賭けて屋敷へとゆっくり帰る。

時間が経ち空には星が増え始め、雲ひとつない綺麗な夜空となっていた。だが今の志貴にはそれを眺める余裕はなかった。

そんな時、ゆっくりとした足取りで帰る志貴の前に一人の男が現れた。

「おい、そこの少年。」

男は志貴に声をかけた。だが志貴はその声に気付かず相変わらずゆっくりとした足取りだった。そして男の隣を同じようにゆっくりとした足取りで通り過ぎる。

「お、おい。こら人を無視するな!遠野志貴!」

「はい?」

少年ではなく遠野志貴と呼ばれたためか志貴は呼ばれたほうへと頭を向けた。

そして驚いた。何故ならそこにいたのは今朝見かけた黒服の青年その人だったからだ。

青年の姿は今朝見かけたときと変わらず黒服のままだった。

今度は後ろではなく多少薄暗いが正面から見ているため彼の顔立ちがどんなものかが分かる。前髪が少し目にかかっていたため、顔の全体は把握できなかったがそれでも志貴は探せば何処にでもいそうな人だなと思った。

そして彼の顔が少し笑っているように見えた。

「あ、あなたは!」

「よっ。」

青年は右手を上げて挨拶をする、その間に志貴は一旦離れて距離をとった。

「おいおい、随分と警戒しているんだな。」

青年は残念そうな声を上げる。だが志貴はそれでも警戒を解かなかった。

何故なら今志貴の頭の中には昼間にシエルから聞いた殺人事件のことで一杯だからであった。だから志貴は悩んだ。

今ここで事件のことを聞くか、それともここから逃げるか。志貴は悩んだ。だが過去二度に渡って殺人事件に関わったことが逃げるという選択を消した。

そんな訳で志貴は思い切って彼に質問をしようとした。

「幾つか質問しても良いですか?」

志貴はそう切り出した。しかし未だに警戒は解いておらず、臨戦状態に近かった。

「いきなりだな。まあ、構わないぜ。」

青年は普通に答えた。志貴は少なくとも話し合いの余地があったことに胸を撫で下ろした。

「じゃあ聞きます。あなたは昨日起こった殺人事件に関係してますか?」

志貴は慎重に言葉を選んで青年に聞いてみた。

「そうだな。関係はしているな。」

青年はまたも普通に答えた。志貴はその青年の対応を見て一気に核心に触れようと思った。

「そうですか。ではあの殺人事件はあなたが起こしたものですか?」

志貴は聞いた。

ドクン、ドクン、ドクン・・・・

志貴の心臓は高鳴りを上げていた。もし彼がここで肯定的な対応をとるものなら恐らく戦闘は避けられないと志貴は思っていた。

だから志貴はゆっくりと相手に悟られない様にナイフへと手を伸ばしていく。そして相手の回答を待った。

「核心を突いてきたか・・・。俺が殺ったと言ったらお前はどうするつもりだ?」

青年は質問を質問で返した。一瞬志貴は訳が分からなくなったがすぐさま答えた。

「少なくとも・・・、少なくとも殺し合いになるような事だけは避けたいです。」

志貴は自分の正直な気持ちを言った。その言葉には偽りはなかった。

「そうか、殺し合いは避けたいか・・・。」

青年は穏やかな顔で呟いた、そして続けて言った。

「じゃあ、スポーツの試合みたいに闘い合うのは良いんだな。」

「はっ?」

志貴は素っ頓狂な声を上げた、そして自分の耳を疑った。最早志貴の頭の中はパニック状態だった。秋葉のことで生死の間

を彷徨い、その後で事件に関係する人物と出会い、あまつさえその人物が殺し合いなしの闘いをしようなどと言っている。

志貴はどうして良いか判らなかったが一言言える事があった。

「どうしてそうなるんですか!」

志貴は叫んだ。しかし青年は笑って答えた。

「ただの好奇心。」

――ただの好奇心・・・、ただの好奇心・・・、好奇心・・・、好奇心・・・――

その言葉は志貴の頭の中に重く響いた。志貴はもう完璧に、完膚なきまでに思考停止に追いやられた。

しかし青年はそんなことに気付かず言い続けた。

「闘ってくれないならもう話すことはないぞ。」

青年は子供っぽくそう言ったが、その言葉は志貴の片耳に入ってそのままもう片方の耳へと通り抜けていった。志貴はまさに生きる屍状態だった。

「お〜い志貴。どうした?」

青年は志貴を呼んでみた。だが志貴は何の反応も見せなかった。よく見れば志貴の目は点となっていた。

「仕方ねえな。」

青年は頭を掻きながら真剣な顔で志貴に言った。

「今回の事件はお前に真祖の姫君や埋葬機関の第七位、そしてお前の妹や使用人二人にも関係がある。」

「どういう事ですか!それ!」

青年の言葉に志貴の意識は回復し、今までの悩みなど吹き飛ばした。

「やっと戻ってきたか。」

「そんなことよりどういう事か説明してください!」

志貴の頭の中は自分の大切な人達のことで一杯になった。故に志貴はいったん開いた距離を詰めて青年の元に駆け寄った。

しかし今度は青年の方が距離を開いた。

「知りたかったら俺と闘え。さっきは好奇心と言ったが・・・いやそれもなくはないが俺はお前の実力を知りたい。その如何によってはこの事件からは手を引いて貰う。足手纏いがいても邪魔になるだけだ。」

青年の纏う雰囲気が変わっていく。明らかに志貴にプレッシャーを与えていた。

だが志貴は・・・

「闘えば・・・教えてくれるんですね。」

そのプレッシャーを跳ね除け、闘う意志を・・・みんなを守りたいという意志を露わにした。

「ああ教えてやる。ついでに俺のこともな。」

青年は不敵な顔で答えた。

「確かこの近くに公園があったな。そこで闘るとしよう。」

そう言って青年は一足先にその場所へと向かった。その後を追う様に志貴も向かった。

そんな二人を眼下に見下ろす夜空は相変わらず綺麗だった。

 

 

 

一方、遠野邸周辺―――――

ある一人の女性が遠野邸へと向かっていた。

金髪に赤い瞳、ハイネックの白い服が良く似合っており、そして何より特徴的だったのが彼女の容姿は見る者を魅了する程の絶世の美女だった。

そんな一人の女性が遠野邸へと向かう。

「志貴は何をしてるかな〜。」

志貴に会えることが余程嬉しいのか彼女の顔は喜びに満ちていた。

一歩、また一歩と屋敷へと向かう、そして屋敷の門を跳び越して一気に入口へと到着する。

「しっきー、遊びに来たよーーー。」

彼女は無造作に入口を開け、ずかずかと屋敷に入っていった。しかし誰も出てこなかった。

「あれ、誰もいないの?」

玄関のところでうろちょろとしていると居間の方から声が聞こえた。その女性は居間の方へ向かう。

そしてその中へと入っていった。そこには一人の女性が座っており、その人物の後ろを囲むように三人の女性いた。

一人は志貴の使用人の翡翠、一人はその翡翠の姉に当たる琥珀、一人はアトラス院の錬金術師シオン、そしてもう一人は・・・

ソファーに腰掛けて髪を紅く染め上げ、奇妙に笑う秋葉だった。

「あら、アルクェイドさん。」

琥珀は屋敷に入ってきた彼女の存在に気付いた。それに続き翡翠とシオンも気付く。

「こんばんわ、アルクェイド様。」

「お久しぶりですね、真祖の姫君。」

三人はアルクェイドへと視線を向けた。

「シオン、私をその名前で呼ばないで頂戴。普通にアルクェイドで良いよ。ところで・・・」

アルクェイドは言葉に詰まった。三人はその理由をはっきりと悟っていた。四人の視線が秋葉に向く。

「妹どうしたの?」

アルクェイドは表情も頭の中も疑問に満ちた声を上げた。それにシオンが応えた。

「わかりません。帰ってくるなりこの状態なんです。声をかけても何の反応も返ってきません。」

シオンは呆れ果てた表情で言った。そして未だに秋葉は自分の世界に入っていた。

「琥珀、あなたも分からないの?」

アルクェイドは琥珀に聞いてみた。そうすると琥珀はクスクス笑いながら言った。

「そうですね普段溜まっていたモノが志貴さんのせいで爆発したというところでしょうか。」

琥珀の言葉に三人は異常に納得した。

「そういえばシオン、あなたどうしてここにいるの?」

アルクェイドはいきなり切り出した。

「実はそのことで志貴や秋葉に協力などをして貰おうかと思ったのですが・・・。」

シオンの視線が秋葉に向く。彼女は相変わらず笑っていた。

「秋葉がこの状態では仕方がありません。志貴が帰ってくるまで今しばらく待つとします。」

シオンの言葉に三人は驚く。

「志貴がもうじき帰ってくるの?」

三人を代表する形でアルクェイドはシオンに聞いた。

「私の計算では後一時間以内に志貴は帰ってくるはずです。」

シオンはそう答えた。そしてその言葉に敏感に反応する者がいた。

「兄さんが帰ってくるの!!!」

秋葉はソファーから立ち上がり、そしてまた自分の世界へと入っていった。

「うふふフふフフ・・・。兄さん早く帰ってきてください、あなたの秋葉が待ってますよ。」

紅い髪を揺らし、どす黒いオーラを放ちながら秋葉は再びソファーに腰掛ける。

四人はその光景を見て一人は志貴を心配し、一人は呆れ、二人は面白そうに見守っていた。

志貴に生き残る道は・・・ないかもしれない。

 

 

 

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後書き

 

やっと人気投票V4のアルクェイド嬢を登場させました

一体どうやって登場させるか悩みました、しかしこれでもう安心

次はバトルモノになる予定です

お好きな方楽しみにしてください

それでは失礼しますヴァイ オリンでした

 

 

あっそういえばまだレンを出していない・・・