「俺に客?」

「はい。」

志貴の問いに翡翠は答える。だがその表情は少し曇っていた。

「どうかしたの、翡翠?」

「いえ、別に何もありませんが。」

翡翠は何もなかったように答えた。しかし志貴には翡翠が少し不機嫌に見えた。

――俺の客ってのに関係あるのかな?――

志貴はそれ以上翡翠には何も聞かず、自分に来た客とやらに会うために屋敷へと向かった。

 

 

 

志貴と翡翠が屋敷に入ると琥珀が玄関を通りかかっていた。

「あら志貴さん、おかえりなさい。」

「うん、ただいま琥珀さん。」

互いに挨拶をしあう二人。その間に翡翠は志貴の鞄を部屋へと持って行った。

「翡翠ちゃんから聞いていますよね、志貴さんのお客様は居間にいらっしゃいますよ。」

琥珀は微笑みながら言う。しかし志貴にはその笑みに何故か恐怖を覚えた。

「う、うん。ありがとう琥珀さん。」

その場から逃げるように志貴は居間へと急いだ。

――琥珀さんもか、一体誰なんだろう?――

そんなことを考えながら志貴は居間へ向かい、そしてその扉を開けた。

そこにいたのはソファーに腰掛け、お茶を飲む一人の少女だった。

「こんにちわ、志貴。」

「シオンじゃないか!」

志貴に挨拶をしたシオンという利発そうな少女は紫色の長い髪を一本の三つ編みに纏め、まるでどこかの私立学校の制服の

ような紫色を基調とした服を着て、同じように紫色のベレー帽を被っていた。

志貴とシオンの関係は友人同士といったところである。その関係のきっかけとなったのが二ヶ月前の殺人事件に遡る。

その殺人事件の張本人は死徒二十七祖の一人、ワラキアの夜という吸血鬼だった。

このワラキアの夜、実はシオンと血縁があり、そして彼が起こした一つ前の事件でシオンは彼によって吸血鬼とされた。

故に彼女はワラキアを追い倒すため、志貴と協力する形となって最後にはワラキアの夜の存在をこの世から消した。

しかし彼女自身未だ吸血鬼のため、それを治療するために事件後彼女が在籍しているアトラス院へと彼女は帰っていった。

志貴はそんな彼女が屋敷にいることに驚いた。

「どうかしましたか、志貴。私がここにいるのがそんなにおかしいですか?」

「いや、そんなことないけど・・・というかまた会えて嬉しいよシオン。」

志貴は笑顔で答えた。それを見ればどれだけ嬉しいかが良く分かる笑顔だった。

よってシオンはその笑顔に完璧に打ちのめされ、真っ赤になった顔を俯けた。

「・・・志貴はまるで変わりませんね・・・。」

シオンは小声で呟いた。

「ん?何か言った、シオン。」

「いえ何も。」

何とか志貴の笑顔から立ち直りシオンは志貴の問いに応えた。

「でもシオン、一体どうしたんだ?もしかしてまたアルクェイドに頼みに来たのか?」

「確かにそれもありますが、大元の目的はもっと別のものです。」

「別のもの?」

「はい。そのことでなんですが・・・」

シオンが喋ろうとしたその時に琥珀と翡翠が居間に入ってきた。

「志貴様、鞄は志貴様の部屋において置きました。」

「シオンさん、お茶のおかわりいかがです?」

「翡翠、琥珀さん。」

翡翠は志貴の元へと行き、琥珀はシオンの元へと行った。

「ちょうど良かった。琥珀、秋葉は何時帰ってきますか?」

「秋葉様ですか?」

『あきは』というフレーズに志貴は敏感に反応した。

「そうだったぁーーーーーー!!!」

絶叫を上げる志貴。その声に驚く翡翠とシオン。そして満面の笑みになる琥珀。

「どうかしましたか、志貴様。」

「どうかしたんですか、志貴。」

「そういえば思い出しました。」

事情を知らない者は訳が分からず、事情を知る者は微笑んでいた。

「すまないシオン。君が来た理由を聞きたいところだけど、俺は死にたくないから今すぐここから逃げる!」

「ちょ、ちょっと志貴。」

シオンの制止の声を聞かず志貴はすぐさま屋敷を飛び出して行った。

「志貴様・・・。」

「志貴・・・。」

「あは〜、逃がしてしまいましたか。」

事情を知らない者は志貴を心配し、事情を知る者は志貴を逃がしてしまったことを後悔した。

志貴が飛び出して行き、屋敷には沈黙が訪れた。

「ところでシオン様。」

そんな空気を琥珀が破った。

「シオン様が来られた理由って何ですか?」

琥珀はシオンに尋ねた。

「理由ですか、そうですね秋葉が帰ってきたら詳しく話しますが・・・」

シオンの言葉を待つ琥珀と翡翠。

「一言で言うなら、この町にまた吸血鬼が来ています。」

 

 

 

外は日が暮れ、夜になろうとしていた。

町には街灯が点き始め、暗くなるはずの町には明かりがあった。

故に人は闇を恐れることはなく未だに町には多くの人々がいた。

会社や学校から帰る者、友人と遊んでいる者、夕食の買い物をする者、アルバイトに勤しむ者、ホームレスの者など・・・

町には多くの人々がいた。だから人はいきなり何処の誰がいなくなろうが気にもしない。

そんな町の道端に一人の少年がいた。

年の頃は十四、五歳といったところで、外見は茶髪で耳や鼻にピアスをしており今風と言えば今風の少年だった。

「あ〜くっそ、何かおもしれぇことねーかな。」

などと言いきょろきょろしながら歩いていた。そんなことしていれば当然・・・

 

ドンッ

 

当たり前のように人にぶつかる。

「痛ってぇな!ちゃんと前見やがれ!」

「すいません。」

少年にぶつかった男性はすぐに謝った。

「ったくよぉ。」

少年はすぐさま歩き始めた。

「あの・・・。」

しかし少年にぶつかった男性は少年を呼び止めた。

「なんだよ!何か文句あんのか!」

少年は向き直り、呼び止めた男を見た。

その男は長身で長い髪を後ろに束ね、白衣の様なそれでいて聖職者の様な白を基調とした服を着ていてた。しかしそんな服

装をしているためか彼が掛けている赤いサングラスはかなり目立っていた。

年の頃は二十四、五歳ぐらいか、顔つきが大人びいていて物腰が柔らかい雰囲気をかもし出していた。

「いえそうではなくて・・、あなた今何か面白いことはないかとか言ってませんでした?」

「確かにそう言ったがそれがどうした。」

「なに、私が面白いことでもしてあげようかと思いまして。」

「本当かよ?」

少年は疑問に思った。

「はい。ですが厳密には私があなたを面白がらせるわけではなく、あなた自身の人生が面白くなるのです。」

男の言葉を聞いて少年は益々疑問に思った。

「まさか宗教の勧誘じゃねえよな。」

「違いますよ。実はですね、私はこう見えても他人の才能というか長所を見つけるのが得意でしてね。」

「へぇ。」

「まあそれを見つけて、あなたに助言でもしてあげようかと思いまして。」

「何か面白そうじゃねぇか。」

余程遊びに飢えていたのか、少年の顔はおもちゃを買ってもらった子供の様になっていた。

「気に入っていただけましたか?」

「おう、気に入ったぜ。で、今すぐしてくれんのか?」

「すいません。すこし集中しなければならないので、そうですね・・・」

男は辺りを見回し、ちょうど良い所を見つけた。

「あそこの道から路地裏に入りたいのですが良いですか?」

「いいぜ。」

少年はすぐに答えた。そして先に路地裏へと入って行った。

新聞やニュースに目を通している者なら今は間違いなく裏路地になど入らないはずだが、どうやら彼はそんな者ではなかっ

たようだ。そしてその後に男は続いた。

事件があってか裏路地は当然のように閑散としており、人がいる気配など微塵もなかった。

しかし少年にはそんなことなど気にもならなかった。

「で、どうすんだ。」

少年は今か今かと待っていた。

「そうですね、ではまず後ろを向いてください。」

言われた通り少年は後ろを向く。

「そしてですね、出来れば首筋を見せて欲しいのですが・・・。」

少年は何の抵抗もなく男に首筋を見せた。

「これでいいのか?」

「はい。ではそのままにしていてください。」

その言葉と共に男は何かを喋りだした。

少年は言われた通りにそのまま立ち尽くしていた。その状態が数分間続いた。

未だに男は何かを喋っていた。

少年は疑問に思い、どうしたのか聞こうとした。だがそれと同時に男の声が聞こえなくなった。

「おい、どうしたん・・・」

少年が振り向くと同時に男は彼の首筋に噛み付いた。

その行為を見て少年は悲鳴を上げる前に意識を全て刈り取られた。そして少年は倒れる。

路地裏には口から自分の血ではない血を流す男が一人いた。

「おやおや、どうやら君には・・・」

男は笑う。その笑いは他人を嘲笑う笑いだった。

「私の使い捨ての駒になる才能しかなかったようだね。」

その言葉と共に少年は立ち上がった。しかし彼の顔には生気は全くなく瞳が赤く染まっていた。

「まあそれも良い。そろそろ彼が私のメッセージを受け取ってくれた頃だろう、今の私には駒が必要だ。」

男と少年は路地裏の奥へと向かう。

「もうじき、私にとって大事なことが始まるからな。」

男はサングラスを外す、その瞳は赤く輝いていた。

そして男と少年は路地裏の深い、深い闇へとその姿を消した。

 

 

 

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後書き

 

普通に書いていたら普通に書けてしまいました

それはともかくやっと敵を登場させることが出来ましたよ

もちろんまだまだオリキャラを出す予定です

そんなに多くはならないと思いますが(汗)

では次回もお楽しみにしてください面白くなるよう努力します

ヴァイ オリンでした