一人の男と一人の女が闘い合った夜は更け、何事もなかったように朝が訪れた。

町の街灯は明かりを失い、代わりに太陽が昇り町を照らし出す。

そして町には少しずつ人の姿が増え始めた。

町に出た人々は今日もまた昨日と変わらない平凡な一日がやって来たと思っていた。

昨日と今日は全くの別物だというのに・・・・・

 

 

 

この町、三咲町には誰もが知っている大きな洋館があった。

はっきり言えば時代錯誤も甚だしい程にその洋館は威風堂々と立っていた。

その洋館の持ち主は「遠野」と呼ばれていた。

太陽はその洋館も何の分け隔てもなく大きく照らし出す。

そしてそこに住む遠野志貴という少年は眠りから目を覚まし始めた。

「・・・貴さ・、志・・・ま。」

「うっ、うぅ〜ん。」

「志貴様、志貴様。」

志貴様と呼ばれた少年は傍にいる一人の少女によって目覚めた。

「う〜ん・・・、あっおはよう翡翠。」

「おはようございます、志貴様。」

遠野志貴という少年は一見どこにでもいる少年で、加えるなら笑顔がとても似合う少年でもある。

だが彼にはおよそ普通の人が持ち得ない特別なモノがあった。

直死の魔眼――――

視る対象に線や点が視えるなら、それをなぞるだけで神や悪魔をも殺せる魔眼。

彼はそんなモノを持っていた。

彼の人生はそれに狂わされ、そして救われた。

故に幼き頃はその魔眼を嫌っていたが、今ではなくてはならないパートナーのような存在になっている。

そして翡翠と呼ばれたメイド服を着た赤毛の少女は挨拶をしながら深々とお辞儀をした。一方志貴はベッドから

起きると同時に眼鏡を掛ける。窓からは綺麗な朝日が差し込み、遠野志貴の心を晴ればれとさせた。

「は〜、綺麗な朝日だね〜。」

差し込む朝日を体に浴びて志貴は軽く体操をして体をより覚醒させるようにした。

「志貴様、着替えの制服はここに置いておきます。」

「ああ、うんありがとう。」

志貴は翡翠に微笑む。その顔を見て翡翠は赤面し俯き、そしてぼそぼそと声を絞り出す。

「あの・・・、志貴様。」

「ん?なんだい。」

「少しお急ぎになられた方が宜しいかと・・・。」

「へっ?」

抜けた声と共に自分の視界に時計を入れる。

そして視界に入れた時計は無常にも七時四十分という時刻を示していた。

「うわーーーーー!!」

時計が指す時間の意味を理解し大慌てになる。翡翠はこの事態に手馴れたように部屋を退出しようとしていた。

「それでは失礼します。お急ぎください、志貴様。」

「うん、起こしてくれてありがとう翡翠。」

「ああ、それと・・・」

「うん?」

翡翠の言葉に志貴は己の置かれた状況を忘れる。そして・・・

「まだ秋葉様が居間にいらっしゃいます。」

「!!!!!!!!」

彼の顔が蒼白となった。

 

 

 

大きな洋館の居間に二人の少女がいた。

一人はセーラー服に身を包んでおり白いヘアバンドと腰まで伸びる綺麗な髪が特徴的な少女でソファーに座り、

紅茶を飲んでいた。もう一人は赤毛の少女で和服に割烹着という服装をして先程の少女の後ろに立ちやんわりと

微笑んでいる。

「全く、兄さんはどうしていつもいつもいつもいつも・・・・」

いつもという単語を繰り返すたび、座っている少女の眉が引きつり、青筋が浮かび出し、ティーカップにヒビが入る。そんな少女を落ち着かせるためにもう一人の少女が喋る。

「あらあら、そんなこと言っちゃ駄目ですよ秋葉様。志貴さんだって望んで遅く起きるわけじゃないですから。」

「確かに琥珀の言うとうりだけど・・・。」

秋葉と呼ばれた少女は琥珀の言ったことを認めたがやはり不満なのか、彼女の表情は曇ったままだった。

――どうやら本格的な調きょ・・いえいえ説教が必要かしら・・・――

などと考えながら秋葉はもう一口紅茶を飲む。遠野家にとってこんな日が日常になりつつある。

そして数分後、居間にけたたましい足音が聞こえ始めた。

「全く、本当に兄さんは・・・」

「本当に変わりませんねぇ。」

秋葉は呆れながら言い、琥珀はクスクスと笑いながら言う。そして二人が待っていた人物が居間にやってきた。

二人は挨拶をしようとしたが・・・

「おはよう!二人とも!」

などと言い志貴はすぐさま朝食を摂りに行く。

二人は呆然とした。いつもなら一言謝っていくのだが、今日の志貴はそんなことを忘れるほど切羽詰っていたらしい。

「に、兄さん・・・。」

「今日の志貴さんは元気ですね。」

二人はそれぞれ今日の志貴に対する感想を述べる。そしてやはり数分後、また居間にけたたましい足音が聞こえ始め、志貴が現れる。

「あ、あの兄さん・・。」

「朝食おいしかったよ琥珀さん。悪い秋葉、急ぐから小言は帰ってからにしてくれ!」

と言い志貴は玄関へと直行した。

「本当に元気ですね、今日の志貴さん。」

「・・・・・・。」

未だ呆然とする秋葉。

「秋葉様、どうかなさいました?」

琥珀は秋葉を見た。秋葉は俯いていたため琥珀には表情が読めなかった。

「・・・・・ふっ・・ふふ・・・・フフフフ。」

「あ、秋葉様?」

琥珀は後ず去る。彼女の顔は引きつっていた。なぜなら秋葉の髪が揺らぎ、紅く染まり出し、そして彼女から

邪悪などという言葉で括るには生易しい程のオーラが出ていたからだ。

「どうやら兄さんには本格的なチョウキョウが必要のようね・・・。」

秋葉はよほど嬉しいのか、顔が恐ろしい程に笑っていた。

――志貴さん、大丈夫でしょうか・・――

琥珀は志貴の心配をした。が、彼女の顔も笑っていた。

果たして志貴に生き残る道はあるのか・・・・・

 

 

 

自分の未来が決定したことなど知らず、志貴は玄関へと爆走する。

玄関には既に翡翠が志貴の鞄を持って待っていた。そして鞄を持つ手を前に差し出す。

「いってらっしゃいませ、志貴様。」

「いってきます!翡翠!」

志貴は翡翠が差し出した鞄を手に取り走り出す。

翡翠は一礼をしたが、顔を上げたときには既に志貴は門の前まで走っていた。

彼女はそんな志貴を見てにこやかに微笑んだ。

 

 

 

――急げ!急げ!――

志貴は走る。走りに走る。何かから逃げるように、獣に追われる兎のように走る。

――そういえば・・――

そして今頃気が付く。

――何でこんなに急いでいるんだ?――

志貴は走るのを止め、歩き出す。時計を確認すれば十分に学校に間に合う時間だった。

そして何故自分があんなに急いでいたのかを考える。

――別に今日はとりわけ学校で何かがあるわけでもないし、日直でもなかったよな――

そしてまた今頃気が付く。自分がとんでもない過ちを犯していたことに。

口が開き、コマ送りで朝の自分の行動を思い出す。その度顔が青ざめ、冷や汗が一つまた一つと流れる。

――きょ、今日は有彦のところに泊まろうかな・・・・――

そんなことをしようとも自分の未来は変わらないと理解しながらも、志貴は逃げたい気持ちを抑られなかった。

これからのことを考えながらトボトボと歩く。

――どうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしよーーーー!!――

頭を抱えてブンブンと振る。そんな志貴の視界に何かが見えた。

「あれ?」

己が捕らえた何かをもう一度見る。そこには・・・

一人の青年がいた。

全身が黒ずくめで朝ということもあってかなり目立っていた。

だが志貴にとって気を引かれたのはそんな理由ではなかった。

彼がまとっている雰囲気と自分の訳の分からない気持ちがあいまって何故かどうしようもなく気になってし

まっていた。

いつ間にか彼を目で追い、そして自然と後をつけるかたちとなっていた。

――・・・・はっ!何をやっているんだ俺は!――

志貴は行動を起こした後で自分のしていることに気が付いた。

――これじゃいつかの時と同じじゃないか!――

先程から心の中で叫んでばかりいる志貴はいつかの時を思い出していた。あの時は彼女を・・・アルクェイドを

訳も分からず追い、そして殺してしまった。そこから遠野志貴の人生は誰もが想像出来ない程大きく変わった。

志貴は一年前のちょうど今頃を思い出していた。

そんなことをしている間に志貴が見ていた青年は角を曲がり志貴の死角に入る。

慌てて志貴は彼を追った。

だがやはりというかそこにはもう誰もいなかった。

「一体誰だったんだろう・・・。」

志貴は一言呟いた。そして不意に時計を見た。

時計は走らなければ間に合わない時間を示していた。

「うわーーーーーー!!」

今日何度目かの叫び声を放ち、志貴は学校へと再び爆走した。

 

 

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後書き

 

ふう、やっと書けました

私自身あまりギャグセンスがないと思っているので皆さんが楽しめたかちと心配です

しかしこれを書くのに約一週間かかりました

新生活という言葉には悪魔が潜んでますよ

ここ最近はホントに疲れっぱなしです

次の話はもう決まっているのでこの土日に仕上げられるかも・・・

などと思っているヴァイ オリンでした。

うぅ、ホントに疲れた