―――走る、走る。さっき俺達が見つけた…いや俺達を見つけたと言う方が恐らく近いだろう、その俺達を見つけた人外の者を今追いかけている。

だが俺達が追いかけている者の姿はもう見えてはいない。

あの時、俺達を見つけた敵はすぐさま逃げ出した。そのせいか二,三回程曲がり角を曲がった所で敵の姿を見つけることは出来なくなってしまった。

それでも見失った敵を追うことに関しては全く問題なかった。

妖気…とでも言えばいいのか、俺が今感じている不快感の様な気持ち悪さを促す気配が目印の如く残っていた。だからどうしても気が付いた。

逃げている相手の意図に。

「これって…やっぱり誘い込まれていますよね?」

視線は前を向いたまま後ろにいるであろう人物に問いかける。

「そうだな、こいつはあからさまに誘ってやがる」

問いかけた方から俺の問いを肯定する答えが返ってくる。

…しかし返事をしてきた燈真さんの声にはどこか怒りを孕んでいる様に思えた。

(何か気に食わないことでもあるのだろうか………)

「燈真さん、このまま追いかけても良いんですか?このまま行けば…」

「ああ、確実に何らかの罠を仕掛けているだろうな」

今度の燈真さんの言葉の中には怒りは無く自信と確信が入り混じったような声だった。

「だったらこのままじゃまずいんじゃないですか」

「そうなんだけどな…良く考えてくれよ、志貴。俺達は相手を見つけるための情報が無いから探索していたんだ。そして途 中で別の方法が無いか考えたが結局は探索するしかなかった」

「……………」

「だから正直向こうからアプローチして来てくれたのはありがたい。これをきっかけにして相手の尻尾を少しでも掴んでし まえば良い。まぁ、志貴が危惧していることも分からなくは無いが、こういう状況に今はなってしまったから誘いに乗る しかないだろ」

「そう…ですね、覚悟を決めて行きますか」

嫌な気配を頼りに進む。

進めば進む程、嫌な気配が少しずつ濃くなり頭の中に住んでいる痛みも同じ様に強くなる。

そうして十分前後といったところか今まで追っていた気配が目の前にある施設から流れているのが分かった。

「ここは………俺が通っている学校」

目の前には俺が通っている学校があった。しかしその学校は俺が知っている学校じゃなかった。

施設の位置や外見は相変わらずだが中から漂ってくる空気の質が明らかに知っているものじゃなかった。昼間の人気が多く、騒がしくて明るい雰囲気が裏返って、陰と影が錯綜し、人を拒み入り来る者は生きて帰ることを許さない雰囲気と思った。仮に思った事が現実でも今俺がすることは…。

「俺から中に入りますよ、一応ここの中は知り尽くしてますから」

学校への入り口を閉ざしている校門に右手をかけ、地面を思いきり蹴ってその反動で校門の上に乗る。

校門から降りて俺が校内に入った後で燈真さんが俺と同じ様に校門に乗ってそこから降りる。

燈真さんが無事に降りれたのを確認して俺は学校の中へと歩を進める。

学校内では相変わらず異様な気配が漂っている。

学校の外から内に入ったせいで益々嫌な気配が強くなった。まるでその気配がべとべとに絡み付いてくる感覚だ。

頭痛には随分と慣れてきたせいか多少の痛みに近い違和感はあるが気にする程ではなくなった。

「志貴、気配がどこから発せられているか分かるか?俺にはどこから来ているかは良く分からん」

「出来ると思いますよ、少し待って下さい」

目を閉じ、意識を切り替える。

肉体の中にいる自分という存在を極力希薄なものにして残った意識を方々へと散らす。

「……多分、外…運動場の方と思います」

燈真さんの方に振り向き、答える。

俺の言葉に燈真さんが頷くのを確認して俺達は運動場の方に向かった。

 

 

「いやがるな、さっきの奴が」

校舎の壁から顔だけを出して運動場を見る。

燈真さんの言う通り俺達が追っていた敵がいる。トラックの真ん中で俺達に背を向ける形で腕をだらしなく下げて空を見上げていた。

「少し待ってろ」

周りに注意しながら燈真さんが運動場や校舎を見える範囲でゆっくり見渡す。

「魔眼で奴の周りの地面や奴自身を視てみたが、この辺一帯にこれといって罠らしいものは視えなかったな」

淡々とした表情で結果を述べる。

「でもこの気配は余りにも異常ですよね」

「だよな…」

互いに表情を曇らせる。

いよいよ相手の意図がわからなくなった。

俺達は相手の思惑通りに動いている、それに関して疑う余地はないと思う。

「…よし」

燈真さんが運動場に向かう。

「どうかしたんですか?」

俺の言葉に彼が振り向く。

「いや、何も。ただこうしていても仕方がないからあれだけでも消そうと思ってな」

人差し指で敵がいる場所を指し、再び燈真さんは運動場の方に向かう。

「念のため志貴は俺があいつを消した後にゆっくり来てくれ。何か起きればすぐにでも逃げれる様にしながらな」

「わかりました」

俺が頷くと彼は微笑んで、そして駆け出した。

駆け出した燈真さんは初速から速かった。

その速さは疾風の如き速さで、相手に近づくにつれて目に見えて速くなり敵との距離を一気に詰める。

敵が彼の間合いに入る手前まで来たのか右手を左裾に入れる。

その瞬間一気に踏み込んで姿勢を低くし、今まで高め上げた速さを上手く殺しながら足を大地に強く根付かせる。

「ハァッ!」

掛け声と共に左裾に入れていた右手を引き出す。

右手には抜刀された黒い刀がある。

敵の顔が振り向く。

燈真さんは黒刀を相手の左側を逆袈裟に斬り上げる。

敵はそれを見つめて………何の抵抗も無く斬り捨てられた。

斬り捨てられた敵が地面に倒れると体がボロボロと崩れ始め、その体は人間の形から塵芥へと変わっていった。

俺は敵が消え去ったのを遠くから確認すると周りに気を配りながら燈真さんの元へと向かった。

「どうです燈真さん、何か分かりました?」

駆け足気味で近づいて行く。

その間も燈真さんは風化していった敵を見下ろしたままでいた。

近づいたことで分かったが燈真さんの顔は神妙な面持ちをしていた。

その顔は何かを考えている様であり同時に悩んでいる様に見えた。

「…ここを出よう、志貴」

「え?」

握っていた刀を元に戻しながら燈真さんは足早にその場を去っていく。

「ここは余りにもおかし過ぎる。誘いに乗ったのに何も起きないし、更に敵を倒した上で待っても何も起きない」

「確かに、おかしいと言えばおかしいですけど………」

「兎に角、早く出よう」

余程敵の対応に気に食わないのか燈真さんは早々に学校から去ろうとする。

 

 

…ドクン

「えっ…」

大気に漂っていた気配の流れが変わった。

後方から強力な気配が流れ出して来た。だから何か思うよりも先に後ろに振り向いた。

「こいつは…どうにもご大層なことで」

俺が振り向くより先に燈真さんは俺が感じた気配の原因を理解していた。

後方………運動場の入り口辺りからとんでもないもの達が溢れ出していた。

一つは顔面が醜い人間の顔をしたとぐろを巻いている巨大な蛇。

一つは体が馬で首が三つに割れその先が獅子、虎、熊になっているもの。

一つは全身が骨だけで顔が異様にでかく右腕には巨大な鋏が付いている二足歩行の鰐。

一つは四枚の羽とその先に手がある三本足の鷲。

他にも形容し難い化け物が何匹もいる。

そんな化け物共がわらわらと溢れ出して来ていた。

その中には人間も混じっていたがこの状況下で考えられるのは吸血種とされた人間だろう。

「成る程な、袋叩きにする罠だったのか」

ようやく敵の反応が出てきたのが嬉しいのか燈真さんは不敵な笑みをしている。

「笑っている場合じゃないでしょう、早くあいつらを何とかしないと」

俺は素早く短刀を引き出し、刃を出す。

「それもそうだな。さっさと掃除してしまうか」

一方燈真さんは左腕を右側の裾に入れた。

ゆっくりと右腕の裾から何かを引き抜いていく。

引き抜かれたそれは刀だった。

刀は白い鞘に納まっていて、とても刃渡りの長い長尺刀だった。

刀の全体的な長さは170センチぐらいで刃渡りで150センチ前後ありそうに見えた。

燈真さんは裾から引き抜いた刀の鞘を右手で持ち、そのまま一気に刀の刃を引き抜いた。

鞘から放たれた刀は輝いていた。

もっと正確に言うならば刀の材質は分からないが金属としての輝きをあらん限りに放っていた。

引き抜いた鞘は出てきた裾の中に戻した。

どうゆう原理になっているかは分からないが長い鞘は燈真さんの服のどこかに引っかかることなく元に戻った。

「長い刀ですね…失礼な質問ですけど扱えるんですか?」

「ん?ああ問題ないぜ。もう慣れたよこいつらの扱いは」

「こいつら?」

続いて引き抜いた長尺刀を地面に刺すと今度は右手で左の裾から今しがた使っていた黒い刀を引き出し、鞘を抜くとその鞘は左の裾に戻し左手で地面に刺した長尺刀を持つ。

「二刀流って…ホントに問題ないんですか?」

左手に長尺刀、右手に短刀という異質な二刀流を目の当たりにして呆れてしまった。

「ないない、そんなことよりもさっさとやってしまおうぜ」

燈真さんが前方を指差す。

俺達が話し合っている間にも一匹、一匹、化け物が増えていた。

その光景を見て眼鏡を素早く外して制服の内側に収める。

「それじゃ…行くぞ!」

「はい!」

勢い良く返事をすることで俺は自分に気合を入れて大地を強く蹴りだした。

 

 

「ハァ…どうしてこんなことに」

溜息をついたことで自分がとんでもなく困り果てた表情をしているのが良く分かってしまう。

呆れながらも足を踏み外さない様に電柱の上を一つ一つ跳んでいく。

「何言ってるのよシエル、それはこっちのセリフよ」

隣から喋りかけてきた天然性バカに振り向く。

「何か仰いましたかバカ猫、アレはどう考えてもあなたが原因でしょう」

住宅の屋根をつたっているアルクェイドは私の言葉に不満のよう…いや明らかに不満だった。

「シエルがあそこででしゃばって来なければ何の問題もなかったじゃない」

「でしゃばって来たのはあなたが先でしょう!遠野君に抱きつくなんて、そんな…」

羨ましい!…と言いそうになる言葉を呑む。ここでそんな事を言えば屋敷の時と同様話がこじれてしまう。

「なら前言撤回。先に手を出してきたのはシエルでしょ」

「…飽くまでも私が悪いというのですか?」

「どこから見たって、誰から見たってシエルが悪いに決まっているじゃな〜い」

折角人が我慢して話を穏便に終わらせようとしているのに無脳女は能天気な返答をする。

「貴方には反省するとか悔い改めるという感性はないのですか?」

「ん〜〜…少なくとも今回は」

笑顔で答えているあたりその言葉には何の陰りもないようだ。

だから私も前言撤回。

やはりこれと私の間で話などこじれて当たり前。

その後の喧嘩など当然の流れ、日常茶飯事、asclearasday(訳:火を見るより明らか)。

電柱からアルクェイドの前方にある住宅の屋根に移る。

「ならば今ここで決着をつけましょうか?邪魔者もいませんし…」

黒鍵を三本取り出し身構える。

「素敵な提案ね、勝つのは私だけど」

アルクェイドは右手を大きく開いて戦う意思をあらわにする。

互いの視線が相手を強く見据える。

 

 

…ガッ

―――!!!

音が聞こえた方に振り向く。

同時に全身の神経に意識を通して臨戦態勢をとる。

振り向いた先には………何も無かった。住宅の屋根が順々に並んでいる風景だけが見えた。

「………どこを…見ている」

今度は私達が遠野の屋敷から来た方向から声が聞こえる。

「あら、随分と速いのね」

再び声が聞こえた方に振り向くと同時にアルクェイドが喋る。

住宅の屋根に一人の男が伏せ目がちに立っていた。

まず男の特徴として目立ったのが腰の辺りまで長く伸びた長髪、そして白に染まりきった髪。

他に特徴を挙げるなら背の高さ、2mを超えそうな身長に服装は大きめの革のパンツを穿いているだけ。

その服装が相手の強さを物語っている様に見えた。

革のパンツは所々が擦り切れ、汚れている。肌が露出している上半身は斬られた痕があれば火傷の様な爛れた痕もある。

しかしそれらはどちらかと言うと二次的な要因に思える。

本当に相手の強さを物語っているのは………その上半身の筋肉のつき方だ。

決して筋肉は多すぎず少なすぎず、複雑な計算で成り立った様な洗練された上半身。

無駄なものなど何も存在しない、故に生まれ出でた必殺の攻撃を繰り出す為の肉体。

(この上半身を見る限りではそれを支える下半身も半端な鍛え方はされていないでしょうね)

相手の品定めをしながらとりあえず相手の正体を掴もうと思った。

「貴方がエミオスですか?」

「………」

数秒程待ったが男は答えない。

その代わりに伏せていた顔を上げて視線をこちら側に向ける。

―――――男の瞳は赤かった

白い髪の毛の間から見える瞳は赤く輝いている。

それは己が人外の者という何よりの証拠。

それは私達にとって…

「そうね貴方がエミオスであろうと無かろうと敵であることに変わりは無いわね」

アルクェイドが結論づける。

答えに満足だったのか男の口の端が釣りあがる。

開いた口の隙間から見えた犬歯が何故か特徴的に思えた。

ありありと自分の眼をこちらに見せ付けた後、男が後ろに振り返り屋根を伝って去って行く。

「行くわよ、シエル。早くしないと置いてかれるわよ」

言うや否やすぐにアルクェイドは相手を追いかけて行く。

「そうですね、せっかくの招待受けないのは失礼ですね」

微笑みながら二人の後に続き、私も住宅の屋根を伝って二人を追いかけた。

 

 

 

 

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後書き

 

…お久しぶり……というのもおこがましいですね。

今まで闇の中に落ちていてすいません。忙しくて中々書けませんでした。

これからは何とか踏ん張って頑張って2ヶ月にいっぺんくらいは書き上げようと努力します。

……………出来ることなら長〜い目で見てやって下さい。よろしくです。