「さて…大体この町の構造が頭の中に入ってきたな」
そう言って俺は自分の体をビルの壁に預ける。
俺は今三咲町の繁華街、その大通りにいる。空を見上げて太陽を見ると恐らく今は昼時なのだろう、町の中はせわしなく走る車と行き交う人々、そしてそれらが生み出す騒音と喋り声で満たされている。
―――――俺が今見ている世界は光に溢れている。
恋人同士なのか連れ添って歩く二人、営業で移動しているサラリーマン、昼食を何処で摂るか話し合うOL達…
今彼らがいる状況はそれぞれだが表情だけを読み取れば彼らは間違いなく今をしっかりと生きている。
とてもじゃないが昨日や去年の時等、変異的な殺人事件があったと言われている町の風景だとは思えない。
だが…そんな輝いている世界が俺を陰鬱な気分にさせる。
それもそうだ空の青は綺麗に澄みきっていて、そこに在る太陽は人々に活力を与えるかの様に輝いているというのに今俺の心の中にある事は――――
(あの野郎…エミオスをいかに効率良くかつ確実に殺せるのか、という事…)
今俺の傍に在る世界はこんなに光に満ちているというのに俺の心の中には他人には言えない深く黒い闇が在る。光を浴びてもその闇は一時でも晴れることはない。
むしろ純粋な白に禍々しい黒を堕とした様により色濃く俺の心の闇はその光によって映える。
そんな闇が存在している理由は考えるまでもなく良く分かっている。
それは―――――
十年近く前に俺が犯してしまった罪と―――――
この先そう遠くない未来に待っているであろう罰―――――
「…あ〜やめやめ、こんなこと考えてもキリがねえ。さっさと続きを始めるか」
ビルに預けていた体を起こして、周りを今一度見渡す。
先程と変わらず道路は車が多く走っており、歩道には人が溢れている。
目の前にあるのはちょっとした繁華街に行けばどこにでも見られる本当にありきたりな風景だ。
そんな中で俺はあるモノを見つけた。
「おーおー都合の良さそうなのがいるじゃねえか」
見つけたモノに向かって俺は一歩踏み出した。
「はぁ〜何か最近ついてねぇなぁ」
そんな愚痴をこぼして昼時で騒がしい街中を歩くナイスガイこと俺、乾有彦。
何故俺が今こんな所にいるかと言うと………と言うより俺は本当ならばこんな所にはいないはずなのだ。
本日の俺の予定は一日中家でゴロゴロしようと思っていたのだが…
「腹が減った。冷蔵庫に何もないから何か買って来て飯を作れ」
といつもの様にいきなり帰って来た俺の姉貴、乾一子がそんな暴言を解き放った。
「異議あり!!!!!」
当然の如く俺は反論した。俺の完璧なスケジュールを我が姉貴に狂わされたくなどなかったからだ。
だが…しかし…
「………秋まっ盛りの日本海に簀巻きにされて捨てられるかガムテープ巻き捨てられるか好きな方を選べ」
口に咥えていた煙草を吹かしながら淡々とした口調で今度は身内殺人宣言をする一子。
ここで一つ、我が姉のことを説明しよう…と言いたいところだがこの女、乾一子は俺の唯一の肉親であるにも関わらずその
正体ははっきり言って謎だ。一体何をやってこの家の生計を成り立たせているのか分からないにも程がある。
そんな女だが一つだけ俺はこの女に関して言えることがあった。それは…
(言った事は必ず何でもするんだよなぁ…)
そう我が姉乾一子は今まで宣言してきた事はなんでもやってきた(あまり宣言しているところはお目にかかってないが)。
だからこんな無駄な労力が掛かるバカな身内殺人宣言をしたが言った以上は必ずやるだろう。故に俺は今全く緊張感の無い
身の危険に晒されている。
…だが!しかし!俺ももう自分の姉にこき使われる生活はもう嫌だ!ここは一発ガツンと言ってやるぜ!!!
そう決心した俺は自分の姉と対峙した。
「そんなことぐらい「今ならもれなくデカイ鉄球も付けてやるぞ♪」
………んで今の俺がその結果だ。やはり姉貴には敵わないのか…。
これからまだある不幸な未来を想像しながら歩を進める。その足取りは俺の心の中を表しているかの如く重かった。
そんなまるで足枷を付けられた奴隷気分で歩いていると反対側の歩道に奇妙なグループを見つけた。
「ん?」
そのグループは金髪や茶髪だったり、派手なピアスやアクセサリーを付けた男が5,6人だけの集団、つまりはヤンキーや
チーマーの集団だった。別にこの集団が珍しいと言うわけではない。こんな奴等は何処にでもいるし、夜が更ければそれこ
そ何処にでもいる。それを考えると珍しいと言えば珍しいかもしれない。だが俺が奇妙だと思ったのは…
「あれ遠野じゃねぇか?」
そうなのだ。その集団の中心に明らかに一般人風な俺の知っている奴がいたのだ。離れた所から見ているので本人だとは断
定できないが、着ている服は間違いなく遠野のものだった。ついでに言うと遠野は真面目クンなのでこんな時間に街中にい
るのはありえない筈である。しかし遠目とはいえその人物は遠野に似ている様な気もした。
そんな風に俺が思案している間にその集団は町の影へと消えて行った。
「おいおい、いくらなんでもまずいんじゃないか…」
街の裏に入っていった奴らは多分さっきの遠野もどきからカツアゲだのサンドバックにしたりするのだろう。本当にあれが
遠野なら2,3人なら恐らく問題は無いだろう。あいつは不当な事が嫌いだし、キレたらキレたで手が付けられなくなる程
暴れるというか危険だからな。だが流石に5,6人となると話は変わるし、遠野以外の人間なら大問題だ。
「兎に角、後を追って様子を見るか」
「何だよ……これ…」
さっきの連中が入って行った脇道に入って少し進んだ所で俺は予想外のものを見た。
…いやある意味想像通りと言っても良いかもしれない。単にやる側とやられる側が逆になっただけなのだから。
「…う…ぐぇ……」
「痛ぇよう…誰か…」
「何なんだよ…あいつ」
「……助けてくれぇ…」
地面に4人の人間がへばりついていた。その4人は腹や右肩、右足の付け根や左肘をそれぞれ自分の手で押さえていた。
腹を押さえている奴は当然腹を殴られたのだろう、関節を押さえている奴らは多分その関節を外されていると俺は思った。
理由は単純なもので倒れている奴らやその周囲に争った形跡が無かったからだ。
そして…4人を一撃で倒した奴は倒れている奴らの仲間である最後の一人の首根っこを座って掴んでいた。ここから少し離
れているのは今尻餅を付いて首を掴まれてる奴が仲間を見捨てて逃げようとしたからだろう。
「よぉ、何も逃げることは無いだろ?ただ話が聞きたいってだけなんだからよ」
―――――――ゾクリッ………
この状況を作り出した男が喋った。ただそれだけなのに背筋が凍る思いをした。それと同時に…以前にも感じたことがある
様なナニカとんでもない感覚が俺を支配した。
今の状況を考えればすぐにでも俺はここを離れるべきだろう。俺の心配は杞憂に終わったのだし、このままいればこいつら
の仲間と勘違いされる可能性がある。
だが…動けなかった。俺の中に過ったものがそれを拒ませた。自分の足の形と全く同じだけにしか地面が無いような感覚だ
った。それは動けば死んでしまうかもしれないという感覚…。
俺は圧倒的な暴力を持った男を見た。陽の光が余り差し込んでいないのではっきりとした姿、形は見えなかった。それでも
全身に異様な雰囲気を纏っているのは感じ取れた。そうして俺がその男を観察している間に空の雲が流れたのだろうか、今
まで隠れていた光が差し込み、その光は男の顔の側面を俺に見せた。
…そのせいで俺はこの男を理解した、過ったものが…何だったかを………理解した。
―――ヤバイ…
―――――コイツハコワレテイル………
その男は壊れていた。俺以外の人間が見ればどこでもいるような青年に見えるかもしれないがこいつは間違いなく壊れてい
た。さっき遠野と見間違えたのはそのせいかも知れない。
何故なら全身に纏う空気が違う、眼に宿っているものが違う、4人の人間を倒し今なお1人の人間の首を絞めているのに顔
の表情が余りに薄っぺらかった。
ひょっとすると壊れ具合は遠野といい勝負かもしれない…いやもしかするとそれ以上に………。
「畜生…ふざけやがって…」
いつの間にか腹を押さえていた奴が立ち上がり、右手にナイフを持っていた。
そして何の躊躇いも無く自分を殴った相手に向かって走り出した。
それを見て俺は「危ない!」と声を出すことが出来なかった。
………それは多分俺の中でこれから先がどうなるか既に結論が出ていたからだと思う。
「ん?」
壊れている男が振り向いた。その目には襲ってくる男を捉えているはずである。だが男はそれを見ただけで振り向いた顔を
元に戻した。
「舐めるのもいい加減にしやがれ!!!」
ナイフを持った男が激昂する。走る速度は更に上がり…そして男に対して持っていたナイフを走った勢いに任して突き出し
た。
「ふぅ、やれやれ…」
壊れている男は襲い来るナイフを見ずに右手の人差し指と中指でナイフの刃を挟んだ。
そしてそこから右手を滑らせて相手の手首を掴み、相手が走ってきた勢いを殺さずに前へ投げ出した。
「ひっ!」
何の抵抗も出来ずにナイフを持った男はそのまま投げ出された。このまま行けば顔面から地面に着くのは火を見るより明ら
かだった。
「手加減するのも考えものだな」
ナイフを持った男が飛ばされていく途中で壊れている男はそう囁いた。それと同時に相手の手首から手を離してナイフを持
った男の腹に拳を叩き込んだ。
「げぇ!」
腹を再び殴られた男は悶絶した。だが殴られたおかげで顔面から地面に着くことなく、見事に受身を取る形で地面に着地し
た。
「がはっ!」
だが本人自身が受身を取ろうとしたわけではないので結果的には単に背中から地面に着地しただけに留まった。そしてそこ
から動こうともしないし、声を上げる様子も無いので投げられた男は気絶しているかもしれない。
「あちゃ〜〜〜、やっちまったぜ」
壊れている男が何か失敗してしまった様な声を上げる。俺は男の方に振り向いた。
すると男に首を掴まれていた奴が泡を吹いて白目をむいていた。さっきのやり取りの間に落ちてしまっていたみたいだ。
「さて、どうしたものか…」
首を掴んでいた手を離して男が立ち上がった。いきなり離したので泡を吹いている男は頭から落ちた。
(うわ〜大丈夫だろうな?)
頭から落ちた男を心配して俺は一歩後ろに踏み込んだ。さっきの頭から落ちたのがコントみたいなやり取りだったおかげで
今まで束縛されていた感覚が薄らいでいた。そしてまた一歩後ろに下がる。
「さ〜って、そこにいる君は俺に何か用?それともこいつ等のお仲間?」
「うぐ!」
その言葉に俺は完璧に反応してしまい再び動けなくなった。ずっと後ろを向いていて、こちらに向いた時もほんの一瞬程度
だったので気付かれていないと思ったが完璧に気付かれていたみたいだ。
「あは!あははは!」
とりあえず笑いでごまかした。その間にも男は近づいて来て十分互いに目視出来る所にまで来た。
「さあ君の答えはどっちだ?」
歩くのを止めると同時に質問してきた。顔の表情が再び先程と同じ様に薄っぺらくなる。
「どっちでもないですよ」
「へぇ?」
雰囲気に飲み込まれて何故か敬語で答えてしまった。
「いや〜俺の知っている奴と同じ服装をしているからそいつかと思いましてね、心配して後を付けたんですよ」
「………ふぅんそうか、でその俺と勘違いした奴ってどんな奴だ?似ているのか?」
(良かった!話題が逸れた!)
少なくとも命拾いしたことをどこかの神様に感謝しながらそのままの勢いで喋った。
「似てると言えば似てるかも知んないですね。背はあなたより少し低めで、伊達眼鏡を掛けている奴でしてね〜、少し天然
ボケが入ってるんですよ」
「へぇ、そうなのか」
「そうなんですよ〜。しかもこれがまた筋金入りで」
「………」
「あいつの周りには結構好意を持ってる女性がいるんですけどね、あいつはそれに気付きやしないんですよ!憎たらしい奴
でしょ」
「………」
「ああ、何だかあいつのことを言ってたら腹が立ってきた!何だってあいつばっかり良い思いをするんだ!!!」
………もう止まらなくなって来た。今自分が置かれている状況などさっぱりだ。何処に逝きつくか想像も出来ない。
「この間だってねぇ「…君は」
「はい?」
勝手に動きまくる俺の舌が男が話の中に急に割って入って来てくれたお陰でようやく止まってくれた。
「君はその人と友達なのかい?」
いきなりな質問だった。先程のやり取りをしていた奴にこんなことを聞かれるとは思いもしなかったがその質問に対する答
えはいつでも俺の中では決まっていた。
「友達じゃなくて親友ですよ、親友。マブダチってヤツですね」
「…そうか」
その時目の前にいる男が薄っすらと笑った。とても…人間らしい笑顔だった。さっきの恐ろしい表情になっていたことなど
嘘の様に思えた。そのせいで俺は思った。
(この人は本当に遠野に似ている…)
普段はとても人間なのに、独りの時や危険が迫った時なんかに見せる壊れた心…その折り合いなんかが何となく似ていた。
「これからもそいつを大切にしてやってくれ」
「へ?」
バカ丸出しで素っ頓狂な声を出してしまった。まさかそんなことを言われるとは思ってみなかった。
「モ、モチロンですよ!あいつと俺は赤い糸で結ばれてますから!」
「ふふ、そうか。多分向こうもそう思っているぞ…」
「へ?」
またまたバカな声を出してしまった。だってそんなこと言われるなんて思えるわけ無いだろ?
「さて一つ聞きたいが。君は学生か?良くこんな所で暇を持て余していられるな」
「暇ですか?いや〜暇なんかじゃないですよ、だってこれから・・・」
だってこれから?…はて?何だ…った…かな……
「あっ…あっ、あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!しまったぁ〜〜〜〜〜〜!!!」
「おいおい、どうかしたのか?」
「忘れてた!買い物の途中だったんだ!!早くしないと殺される!!!」
「買い物如きでか?」
「ええ!そうなんですよ!悪いですけど俺はこれで失礼します!それでは!」
既に走る体勢を取って右手を上げて目の前の男に挨拶する。そして自らの命を賭けて爆走した。
俺が生きていられることを切に願って…
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後書き
今回は閑話という感覚で書きました。
一子さんの性格は私の想像です。歌月十夜をやった時に何となくそんな印象を受けたので。
さて次回から話も少し本格的に入ってきます。だからオリキャラも出てきます。
オリキャラはまだ少し先になるかもしれませんが・・・
とにかくまだまだ頑張って書きます。どうかこんな私で良ければお付き合いして下さい。
ヴァイ オリンでした。