志貴の傍に一人の少女が佇んでいた。

 

少女の名はレン、夢魔と呼ばれる存在である。

 

少女は不意に空に輝く哀しみに満ちた満月を眺める。

 

すると何の前触れもなく漆黒の少女から涙が流れた。

 

とても、とても・・・・・・哀しい・・・ナミダが―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     夢を魅せる漆黒の少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の志貴は見詰め合っていた。

 

二人の愛刀である七つ夜は二人の手には既になく、そして二人には最早殺気も、闘気も、闘う意志も無くなっていた。

 

「お前が俺だと?腑抜けたことを・・・。喋る暇があるなら早く殺れ。」

 

殺されること、死ぬことを望む七夜志貴。だが・・・

 

「出来ない。」

 

殺すこと、死なすことを拒む遠野志貴。

 

「そんなこと出来ない。幾ら君が俺が憎くて、俺の大事な人達を殺すと言っても俺には出来ない。あの夢の時、俺は君が怖くて憎かった。こんなのは俺じゃないってずっと今まで思っていた。」

 

ゆっくり、ただゆっくりと優しく諭す様に遠野志貴は言う。

 

「なら良いではないか。今が最大の好機だ、殺せば良いだろう。」

 

やはり、七夜志貴は殺されることを望む。

 

「違う。今はもう怖くも憎くもない。君は言っただろう、俺達は『志貴』という起源から生まれたモノだって、それを聞いた時から何故か怖くも憎くも無くなっていた。例え二つに分かれても俺達は『志貴』であることに何ら変わりないってことに気が付けた。」

 

遠野志貴は言葉と共に己の決意を固めていく。

 

「だから俺達は殺しあうんじゃなくて、一緒に生きなきゃいけないんだ。俺はそう思う。けど・・・」

 

遠野志貴の顔が苦悩とも後悔とも取れる顔になる。

 

「・・・・・・・・。」

 

七夜志貴は黙って遠野志貴の言葉を聞いていた。

 

「けど君はそう思えないだろうな・・・。俺は今まで君を蔑ろにしていた。考えることも、思ってあげることもしなかった。だから俺は君に殴られようが・・・、傷つけられようが・・・、殺されようが文句は言えない。」

 

「だから・・・だから君が俺の大事な人達を傷つけないなら俺は・・・」

 

殺されてもいい――――――――――

 

遠野志貴はそう言おうと思った。

 

「もういい。」

 

「えっ?」

 

遠野志貴の言葉を遮る様に七夜志貴は言った。その言葉に遠野志貴は驚く。

 

「もういい・・・・・、俺のマケだ。完敗だ。」

 

七夜志貴は己の敗北を宣言した。

 

「お前の講釈を聞いていたら殺す気も死ぬ気も失せてしまったわ。」

 

未だに驚いている遠野志貴。

 

そんな遠野志貴を余所に七夜志貴は立ち上がろうとしていた。慌てて遠野志貴は七夜志貴から離れる。

 

そして、七夜志貴は立ち上がる。

 

「・・・・・。」

 

「・・・・・。」

 

二人を再び沈黙と静寂が包む。

 

二人の服は服として成り立ってはいなかった。ボタンは千切れ、袖は破れ、あちこちに傷という傷がありズタボロだった。

 

その姿を見るだけで想像を絶するような死闘があったことが伺える。

 

しかし今の彼らを包む雰囲気は殺気や闘気などではなく、水が流れるような穏やかな雰囲気だった。

 

そして彼らの姿を言い換えればまるで子供の喧嘩の後の様にも見えてしまう。

 

そのためかどこか懐かしい雰囲気も漂っていた。

 

そんな時間が緩やかに流れている。幾ばくかの時間が流れた時突然・・・

 

「・・・なぁ、志貴。」

 

七夜志貴が喋った。

 

「んっ?」

 

遠野志貴は彼の問いに応える。

 

「握手してくれないか?」

 

七夜志貴の頼みにそしてその内容にも驚く遠野志貴。だが・・・

 

「ああ、良いよ。」

 

遠野志貴は快く引き受けた。

 

そして誰からともなく握手しあう二人。

 

二人の顔は笑っていた。

 

友人に、親友に久しぶりに会ったかのような笑みだった。

 

が・・・・・

 

七夜志貴の姿が突如薄らぎ始めた。

 

「なッ・・・。」

 

突然の出来事に驚く遠野志貴。

 

「何を驚いている。」

 

七夜志貴は笑ったまま言った。

 

「何って・・、君が消えているじゃないか!」

 

「当然だ。敗者は勝者に従うのが道理。ただ俺達二人にとって『従う』の意味合いが違うだけだ。」

 

遠野志貴は言葉の意味を理解し、俯く。七夜志貴は空を仰いだ。

 

「君は俺か・・・・・、最高の殺し文句だったぞ、死神。」

 

今一度遠野志貴を見据え、微笑みながら言う。

 

そして嘆息した。

 

「全く・・・・・。」

 

七夜志貴はあきれていた。

 

なぜなら・・・

 

「なんで泣くんだよ、お前は。」

 

「だって・・・だってぇ・・・。」

 

遠野志貴は泣いていた。彼自身、あまり自分は泣かないと思っていた。

 

だが、泣いた。泣いていた。ただただ泣きじゃくっていた。

 

七夜志貴はその理由をいち早く悟った。

 

「安心しろ、お前が望めば俺はいつでも傍にいる。」

 

七夜志貴の姿は後ろの背景がはっきり見えてしまう程消えている。

 

だが彼の顔は笑っていた。

 

遠野志貴は顔を上げもう一人の自分を見る。彼の姿を自分の目に焼き付けるように。

 

「傍にいる。お前の傍に・・・。」

 

それが七夜志貴の最後の言葉。

 

そして七夜志貴の姿が消える。

 

「うわああああぁ!」

 

遠野志貴は泣いた。泣く事しか出来なかった。

 

その姿は母親と別れた子供の様だった。

 

そして親しかった者との永遠の別れをした様だった。

 

 

二人は

 

マジリアッタ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――あっ・・・。」

 

遠野志貴は目が覚めた。それと同時に視界に嫌なモノが視える。

 

いつもの様に眼鏡に手を伸ばし、そして掛ける。嫌なモノが消えていく。

 

――朝か・・・――

 

窓からは日の光が差していた。暖かい光が差していた。

 

窓を覗けば木の葉が太陽の光を反射し輝いている様に見える。

 

その輝きが樹の生命が輝いている、そう志貴は思った。

 

それ程までに清々しい朝だった。

 

その時に自分の頬に違和感があるのに気付いた。手で頬に触れる。

 

頬は濡れていた。

 

――泣いていたのか・・・――

 

その思いと共に夢の出来事を思い出す。

 

胸に、心に哀しみが満ちていく。

 

同時に何故あの夢を見たのかという疑問も満ちていく。

 

そして初めて自分の傍に誰かがいることに気が付いた。

 

そこにいたのは・・・

 

「レン・・・。」

 

レンと呼ばれる漆黒の少女だった。

 

「まさかあの夢は君が・・・。」

 

志貴は自分の疑問を彼女に聞いた。すると彼女は・・・

 

ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。

 

「えっ。」

 

志貴は彼女が泣く理由が分からなくて戸惑うだけだった。

 

そんな志貴に彼女の声が頭に響いた。

 

(ごめんなさい・・・、ごめんなさいご主人様。)

 

レンは自分の目から流れる涙を拭いながら答えた。それでも彼女の目からは涙は止まらなかった。

 

「一体どうしたんだ?」

 

志貴は訳が分からないため聞くことしか出来なかった。

 

だがその言葉は優しさに溢れていた。

 

そのおかげでレンはゆっくりと落ち着きを取り戻す。

 

不意に話し始めた。

 

(私はご主人様と契約をした時からもう一人のご主人様の存在を感じていました。)

 

レンは泣き止んでいたが彼女の言葉には哀しみに満ちている。

 

(もう一人のご主人様はいつもとても哀しんでいました。泣いていました。泣けなくなってしまう程に。自分は殺すことしかできない。自分が生きる意味がわからない。自分が生きていればあいつを苦しめるだけだって、ずっと、ずっと苦しんでいました。)

 

「・・・・・。」

 

志貴は黙って彼女の言葉を聞いていた。

 

(だから・・だから私はこのままじゃいけない、このままじゃいけないって思って・・・。)

 

彼女の目に再び涙が溢れ出した。

 

(でもまさかあんなことになるなんて・・・、だからごめんなさいご主人様。)

 

また涙が流れ、レンはそれを拭う。

 

そんなレンを志貴は優しく包み込んだ。

 

「もう泣かないでくれレン、俺は怒っちゃいないよ。むしろ感謝している。」

 

レンは志貴を見上げる。

 

「ありがとう、彼と会えて良かったよ。結果は・・・・もう仕方ないけど、それでも彼に会えて良かった。だからもう泣かないで・・・。」

 

志貴は更に優しくレンを包み込んだ。

 

レンはその言葉に安心したのか、より一層大きく泣き始めた。

 

(ご主人様・・・、ご主人様ぁ・・・)

 

志貴はずっと彼女を抱きしめていた。

 

そしてレンが落ち着いたのを見計らって窓へと視線を投げかけた。

 

彼の視界には太陽が見えた。

 

太陽は全てを明るく照らしていた。

 

その姿が志貴には子供の旅立ちを見送る父親のように見えた。

 

彼の顔は笑っていた。

 

まるで憑き物が落ちたかのような笑みだった。

 

そう――――――

 

 

 

 

 

 

それはまさに――――――

 

 

 

 

 

 

天使の笑みだった

 

 

 

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後書き

 

すいませんねぇー

片月さんのトコの掲示板にまだまだかかる様な事いってたのにこんなに早くUPして。

理由を言えば今まで入っていた予定がいきなり消えちまったからです。

本当にすいません。あっしがわるうござんした。

SSは難しいですけど中々勉強にもなりました。SS書く人は尊敬できますホントに。

読んでくれた人感謝します。ありがとうございます最後まで付き合っていただいて。

それではどこかで  ヴァイ オリンでした。

 

さって〜これからどうしよ。