目が覚めた。まず自分が生きていることに安堵をした。次に自分の身体が自分の意思によって動くことを認識した。士郎は少し眩暈がしたが、かまわずに起き上がった。そして回りをよく見回した。
「・・・・・・・・・・・あれ?俺こんなところでなにしてたんだっけ?」
窓から差し込む光が赤く染まっていることに違和感があった。記憶がない。覚えていないが些細なことと思ったが、どうにもそれは違うと訴えかけているような気がした。気がしただけ・・・。そう自分に言い聞かせてから今の時間を確認した。いつもの夕飯の時間が迫ってきている。今から準備をするとなるとセイバーたちが起こりだすので早足で居間へと向かった。
「わりぃ。少し寝すごしたみたいだ。今から準備するから・・・・」
そこにはセイバーが怒っているわけでもなく、藤ねえが暴れているわけでもない空間があった。
「おはよう。お兄ちゃん。」
そうやって挨拶してきたのはイリヤだった。士郎は呆然として立ち尽くしていた。だれだって当たり前から外れた物を見た瞬間そうなる。なのでしょうがないことなのだ。そう誰かが呟いた。
士郎はまず水道に向かった。水を飲んで落ち着こう。まずそう考えた。次にこれは夢だ寝なおそう。そうおもって自室に戻ろうとした。
「どこに行くのですか?シロウ」
「どこに行くき?衛宮君?」
「どこにいくのかな・・・シロウ・・・・」
ごめん・・・・逃げられませんでした。などと誰にでもなく呟いたあとちょっと涙目になりながら着席した(させられた)。お茶を飲むわけでもなくお茶請けを食べにきたわけではない。なにしにきたんだろうときになりながら誰かの一言を待った。
「何しにきたの?敵対しておきながら?」
凛は品定めするようにイリヤの動向を窺った。そんなことを一切気にせずにイリヤは薄っすらと笑みを浮かべた。
「前のアレはね。そっちが悪いんだよ?アイツラと戦ってるんだから。」
「アイツラ?」
「間桐の連中ってこと。」
凛はあっさりと答えを口にする。士郎はぽりぽりと軽く頭を掻きながら自分がなんとか理解できるだけの話をまとめてみる。ざっとこのようなところだ。
前に聞いた戦力というのは間桐とアインツベルンの二つ、それは敵対関係の位置。これは今までとあまり変わりがなかった。アインツベルンと士郎たちはなんでもない。つまり何もこの状況を理解できていない邪魔者。そう考えていいだろう。なのに以前殺されかけたことがあったが、それはライダーと戦闘をしていたせいでとんだとばっちりをくらった、イリヤがそう言っていた。そして今起きた・・・。そこまで考えを巡らせてようやく思い出した。部屋で目覚める前になにしていたのか。
――鼻を刺すような血の匂い。焼け焦げた匂い。記憶がフラッシュバックするかのように映像が連続して頭の中を駆け巡る感覚―
「知らない。俺は何も知らない・・・・・・。」
「シロウ?」
「どうかした衛宮君?」
――声。声。コエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエコエ――
――キコエナイ。助けを呼ぶ声、キコエナイ。痛みに声を上げる、キコエナイ。助けようとしてくれる声、キコエナイ。憎しみ、キコエナイ。憎悪、キコエナイ。狂喜、キコエナイ。訴えかけてくる、キコエナイ。哀愁、キコエナイ。笑い声が早送りしたかのように聞こえてくる。キキタクナイ。それがあざ笑うかのように聞こえてくる、キキタクナイ。人が人の顔がどんどん崩れていく。ミタクナイ。それが増えていく。ミタクナイ。一つ二つじゃない、ミタクナイ。十や二十でもきかない数の顔。ミタクナイ。それが一斉にシロウを見つめる様な形になった。ミルナ。目は真っ黒い円のような、ミルナ。口は半月のような、ミルナ――
――そういうな兄弟。俺はお前なんだから・・・・・
「シロウ。気づきましたか?」
「俺いったいどうしたんだ?」
「それは私たちが聞きたいわ。」
士郎は時計に目をやるとそれほど時間がそんなに経っていないようだった。瞼をこすったあとに軽く瞬きをした。
「具合が悪いのなら自分の部屋で休んだほうがいいわ・・・。」
「そうかもしれないけど・・今は大事な話をしてるんだろ?なら・・・」
「そうかもしれませんが、具合が悪いのならいられては心配で話が進まないかもしれない。」
「・・・そっか・・・・じゃあ・・・」
「だめだよ。シロウがいなきゃダメなの。だってそうじゃないとこの世界は終わってしまうわ。」
世界が終わるとは大げさだなと口に出そうとしたがあまりにもイリヤの雰囲気があまりにも重大だと語っていた。凛は(自分で淹れたのだろう)紅茶を一口くちに含んで一息つく。たぶん、イリヤが語ろうとしている話の大きさのせいで舌が渇いてしまったのだろうと予測できた。
「それってどういういことだ?」
「アイツラの力は予想外だったの。」
クスッと顔を年齢にあった顔をした。その瞬間身体中がドロリとした違和感がはり巡って来た。
「だから?なにが言いたいの?」
「協力してもらいたいの・・・士郎たちに!」
「・・・・・本当にそれだけ?」
「もちろん!!」
「バーサーカーでも手にあまる様な奴らに俺たちが協力してどうにかなるのか?」
士郎の疑問にすぐには何も答えてはくれなかった。
「ええっ。そのとおりだよ。お兄ちゃん。」
「ってことはなにが目的?」
「言ったでしょ?協力して欲しいって・・・」
「セイバーはどう思う?」
「・・・バーサーカーと協力関係にあるということは今のこの状況下では頼もしい戦力となると思いますが、イリヤ、つまりアインツベルンの思惑通りにしてはいけないと思われます。なので、もしのちにアインツベルンが敵に回ってしまった時のことを考えると難しい・・・」
セイバーは先の戦いで何も出来なかったのを苦しげに噛み締めながら思考を巡らしてだした答えを口から吐き出した後、硬く閉じてしまった。
「そっか、・・・そうだよな・・・。そこんとこ含めて遠坂はどう考えてるんだ?」
「私もセイバーと同じかしら・・・。敵の戦力図みたいのなのがわかんないし・・・」
「・・・・・・・・・」
「少し考えておいて・・・またくるから。その時に良い返事待ってるわ。」
「イリヤ。帰るのか?」
「ええっ。ここにいてもすることないし。お城でリズたちが待ってるから。」
イリヤはどこか嬉しそうな笑みを見せてから立ちあがった。士郎は家主としてなのかイリヤを玄関まで見送ろうとして立ち上がりかけた。
「シロウ。大丈夫だから。見送りはいいよ。」
「そっか・・・・・」
士郎は座りなおしてから首だけイリヤに向けた。
「じゃ・・・」
「うん。また会いましょ・・・お兄ちゃん・・・」
――味方として・・・・いい返事待ってるから・・・・・・・
イリヤの口が動いないのに声が聞こえてきた。士郎は頭を軽く振った後に凛たちの方向に首を戻した。
「それでどうする気だ?」
「どうもこうもないわ・・・。」
「難しい選択だとは思います。今回は聖杯戦争とは違う点がいくつかありますから。」
「まず一つ、願いが叶う聖杯とは違って今回のは敵として私達に向かってきている。」
「魔術師とか関係なしにな・・・」
「次に生き残るのは一組と決まっているわけではない。だから互いに意思が同じなら協力関係を結んでもおかしくはないわ。」
「・・・なるほど、そう考えると手を組んでもほとんど支障はないというわけか・・・」
「でも問題点もいくつかあるわ。例えばこの戦いが終わった後になにが起こるのかがからない・・・」
「しかも悪と悪が手を組んだ場合なにがなんでも勝ち残りたいと思いどんな手を使うのか分からない・・・」
「でもその点は俺たちと・・・多分イリヤも関係ないと思う。」
「そうね・・・でも今回は状況が違う・・・けどでも・・・・」
凛は少し考え込んでしまう。士郎はセイバーを見て苦しそうな表情が士郎も暗くなっていくのを感じた。
human ?/
イリヤはバーサーカーの肩に乗ってリズたちが待っているお城まで向かっていた。士郎の家から遠ざかり、街灯も少なくなっていく。空気も幾分か重く怪しくなっていくようだった。ほとんど誰も足を踏み入れることのない郊外の森なのだからしょうがないといってはそこまでなのだろう。
「バーサーカー。シロウたちが私達のこと助けてくれると思う?」
返事がない。わかっていることだからイリヤは気にせず先を続ける。
「手伝ってくれない時はどうしよっか?」
今回の敵は今までどおりにうまくいかない。なら誰かに助けを請わなければならない。そう言っても助けてくれそうなのは――士郎しかいない――そう思った。
「ところで私たちをつけてきて楽しい?だれかさん?」
「最初っから気づいてたのかしら?」
「・・・・・・・・マキリってわけではなさそうね・・・」
「ええっ。私はリリーってことにしておいて。」
「私は・・・」
「イリヤでしょ?話を聞いてたから。」
「話を・・・!?」
そんな気配はなかった。しかし同じような気配はあった。どうなっているのか分からない今は少し距離を置いて探りを入れたほうがいい・・・。しかし、そんなことお構いなしにリリーはイリヤに問いかける。
「貴女・・シロウノナニ?」
一気に体温を奪われるような笑みにイリヤは険しい顔を浮かべる。警戒なんてレベルでは物足りない。
(怖い?畏怖?・・・なに?なんで!?私がこんな奴に!!)
イリヤはリリーを睨みつけながら返答を考える。シロウノナニか。イリヤは混乱する頭をどうにか冷静にさせてからフル活動させる。頭にノイズが混じっているような・・・。そんなものはじめからない存在していないかのように思考をまとめる。
リリーはそんなイリヤをおもしろそうに見つめ続けた。しかし、返答しだいでは容赦しない。まるで獲物を狙う獣、怪物のような気迫だった。
「シロウは・・・・・・・私のお兄ちゃんだよ。」
「それだけ?・・・・・・・・・・・・アインツベルンの人形の癖に。」
「・・・・・・・・・・・・なんですって・・・・・・・・・・・・・・・」
「もう一回いって欲しいの?お人形ちゃん・・・・?」
「バーサーカーああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「■■■■■■■■――■■―――!!!!」
イリヤはバーサーカーから飛び降りた。着地するのとバーサーカーが斧を振りぬくのは同時だった。
――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”
七枚の花弁をバーサーカーの斧を受け止める。何度撃ちつけようとそれは変わらない・・・・・・はずだった。
「ほう・・・さすがはヘラクレスといったところか・・・」
「な・・なんで・・・・・ここにいるの?」
「おやおや・・・おかしなやつだ。私がここにいるのがそんなに不自然か?」
赤い外装を纏った弓兵のサーヴァント。アーチャーはこれが自然だろとでも言うように立ちすくんでる。その間も盾は二枚三枚とガラスが割れるかのように儚く散っていく。
「もう一度聞くわ。貴方が何でそこにいるの?」
「教えるまでもない。といいたいが、教えてやろう。私がここにいるのはここにいるからだ。」
「・・・・ふざけないで!!それが答えになっているとでも思っているの!!?」
「イリヤなら分かってくれると思うのだが・・・」
「気安く呼ばないで・・・・バーサーカー!!あいつ殺しちゃいなさい!!!」
咆哮。闇をも切り裂かんとばかりに鋭く、大きく、絶対な力を持っていた。残りの盾は二枚となっている。
「やれやれ。少し黙らせるしかないか・・・」
「そうだね・・・・でもあいつに剣はいらないね」
「・・・・・・・・・・・・・・・ああっ」
残りは一枚。不敵に笑ってアーチャーは自分の身体を強化した。
「さあ、久しぶりの戦闘だ。こいバーサーカー・・・軽く相手してやる。」
「■■■――■■■――■■―――!!!!」
human ?/ end
カチッカチッと時計の針が響く。沈黙が重い。そう思いながらお茶を啜る。程よく熱く味わいのあるものだが、沈黙のせいで味が分からない。それでもお茶を啜るしかない。士郎は凛とセイバーの顔色を覗き込みながらなんとか話題を作ろうとした。
「そういえば・・・アーチャーはどこだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・俺変なこと言ったか?」
「ええっ」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっか」
「私は・・・」
「どうかしたかセイバー?」
「私は・・・・なにもできなかった。」
この言葉に何もいうことはできなかった。へたに励ますと何かが壊れてしまう気がしたから。それは精神の支えか士郎たちの関係、絆と呼んでもいい繋がりがである。セイバーが続きを口にするまで待った。セイバーなら話し終えることでなにかを吹っ切ろうとしているのかもしれないとも思ったからである。
セイバーは少し震える手を見ながら言葉を選んでいた。
「セイバー。ここは貴女のいた所と違うわ。もっとリラックスしていいと思うわ。衛宮君ってわけではないけど私たちに重りを押し付けてもいいのよ。」
「・・・はい。そうですね・・・・・。シロウ、私は何もできなかったことに不安を感じました。自分の信じていたなにかが崩れたかのようでした。」
「・・・・・続けてくれ。」
「その時私にはなにが残されているのかを考えました。しかし今になっても何もでてきません。今回のイリヤの誘いには乗ったほうがいいのかどうかは出すことが出来ません。でも・・・それでも私はあなたの剣となり、私は・・・・私は」
「もうわかった。セイバー・・・だから・・・・考えよう。俺たちにしかできないこと・・・な、遠坂・・・」
「ええっそうねっ!・・・・・・・・・・・・・って私も!!!?」
といきなり飛び上がるという奇怪な行動をした。
「当たり前だろ?セイバーに分からないことが俺に分かるわけないって・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
プッ
「あはははははははははははははははははははははははははっははは!!!」
「あはははははははははっはははははははははっははははははははっは!!」
「あははははははっははははははっはははははっははははっはははははっは!!!」
誰から始まったわけでもない笑い声が空気を変えた。重かった静寂はここでは似合わないというかのようだった。
「そうね。衛宮君にいい案が出せるわけないわよね。」
「なっそんな言い方ないだろ?」
「・・・これ以上は・・・・いくら私でも耐え切れそうに・・・・・・ありません。」
「むっ・・・・セイバーもきついこと言うなよ・・・・・」
「すみません・・・・・・・・・・・・・・・シロウ・・・・・」
「まっしょうがないか・・・・」
士郎はお茶を啜る。先程よりは温くなり味も薄くなったようだったが、おいしいく感じた。
human ?2/
ありえない。バーサーカーに素手で挑む奴がいることがありえなかった。しかし、残り一枚の盾が散った瞬間さらにありえないことが起こった。バーサーカーが殴られた瞬間吹き飛んだ。最初なにがおこったのかがわからなかった。土埃がバーサーカーの下で巻き起こる。
イリヤを見つめる目は一言語りかけてくる。
――これでわかっただろ?
ふざけるなという想いと怒りがこみ上げてくる。
バーサーカーがたちあがった。死までには至らなかったようだ。しかし怯んでいるとみてわかった。
「ありえない・・・」
「そお?・・・・私はこれが現実だって分かっているわ。」
「だからなに?」
「これ以上やっても無駄だわ。止めましょ?勝負は一瞬でついてしまったのよ。受け入れなさい。それとも同じことをする?今度はそのおもちゃが壊れてしまうわ・・・わかる?お人形さん?」
怒りをとおり越して殺意が込上げる。
「ふざけるな!!私は人形ではない!!ましてやバーサーカーがおもちゃなはずがないわ!!!!」
「そうっ・・・」
「イリヤ・・・これ以上はやっても無駄だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
苦々しい。イリヤは天秤にかけた。こいつは殺したい、でもバーサーカーを失っては元もこうもないのだと・・・
「ええっそうね。」
バーサーカーの元に駆け寄って状態を確かめる。バーサーカーは死んで始めて修復し始める。だから今の状態を確かめなければならなかった。
「よかった。無事で・・・・」
そういってからムカつく奴に吐き捨てるように言葉を勢いよく投げつけ終わりを告げるように去っていった。
「あなた・・・私を人形扱いしたわよね?でも本当の人形はあなたのほうじゃない・・・・?」
「これで第三段階は終わりってことかしら?」
「ああっ」
「最後の仕上げは全員の戦力アップって所かな?」
「・・・・・・リリー」
「気にしないで・・・・アレは私たちが一番理解しているわ。でもこの子にはまだきつい言葉だから・・・後はお願いねアーチャー・・・」
優しく微笑んでリリーはもう一人の自分と変わった。そこには泣くことしか知らない女の子が止めることのできない悲しみの涙を出し続けるしかなかった。