あれから三日がたった。日常に変化はなく。旅行に行く前に起こった事件はノイローゼで片付けられてしまった。もちろん士郎たちはそうではないと思っている。しかしそれ以上のなにかが迫ってきている。落ち着くことの出来ない日々が訪れる。アーチャーの話ではそれしか分からなかった。それだけでも士郎たちの警戒心を高めるには十分であったことには変わりない。


「はっ」


干将莫耶を握り締めセイバーへと立ち向かう。繰り返す斬撃の数々。士郎はセイバーから目を離さない。セイバーはそんな士郎を前にして思う。士郎に足りなかったものはこの緊張感となにかをしないといけないという使命感めいたものだと。その思いにセイバーは剣で答える。洗礼されていない技術だとしても今の訓練はどこか魅せるような動きだった。


「甘い。」


 士郎は剣のみに集中していたため、脚を引っ掛けられてバランスを崩してしまった。


「そんなことではこの先なにかが起こったときに対処できませんよ。」

「くそっ」


 士郎は双刀の一本を投げつける。何事もなくそれを打ち落とす。そのうちに士郎は立ち上がりセイバーとの距離を詰めていた。下から上へと切りつける。その前にセイバーの蹴りが士郎の腹にめり込んでいた。


「がっ」


 そのまま壁に叩きつけられる。


「くっ・・・・・・・・・かはっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「士郎。半年でここまで鈍ってしまったのですか?いままで私が甘くしていたせいなのなら私は士郎にとってただの邪魔者ということになります。」

「ちがっ・・・・・・・・・・・・・・・・もう一度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう一度だセイバー」


 士郎は立ち上がり手を見つめる。回路を開き魔力を通す。そして一つの呪文を呟く。

  

       トレース オ ン
「――――投影、開始」

「遅いっ!!」


 セイバーは柄の部分で士郎の顔を殴りつけた。


「士郎。前は私がついていたから安心して魔術に集中していたようですが、今回はそういかないかもしれない。ですからいつ何時でも敵に注意をはらって置いてください。」


 セイバーはアーチャーの言った大軍という言葉がどうにも気になっていた。バーサーカーが必要なほどの敵数と思うと、士郎を守りきる自身がなくなってしまう。それに二度と仲間には死んで欲しくはない。失いたくない。自分をおいていかないで欲しいと願っていた。だからだろう。これほど士郎のことを考えてしまうのは。セイバーは起き上がった士郎の目を見た。まっすぐになにかを追い求めている目だった。自分の意志を曲げることはないとその瞳が語っていた。


「わかった・・・・・・もう一度だセイバー!!」

「その前に手当てをしましょう。あまりにも今のは打ち所が良かったみたいですから」

「へっ?うわ鼻血でてる。・・・・・再開は夕飯食べてからだな。そんときまた頼むよ」

「分かりましたシロウ・・・」


 そう言って士郎は道場を後にした。セイバーは士郎を見送ったあとに正座をして思考を巡らせる。アーチャーの言っていた大軍とはなにか、それだけが気になっていた。アインツベルン程の力を持っていたとしてもバーサーカーが必要不可欠である。さらに大軍とならばそれ以上の力を持つ統率役がいてもおかしくわない。そう考えはじめるとやはり士郎には多少の無理をさせなければならないかもしれないと考える。しかし、どうにも胸が苦しくてしょうがないと感じていた。だがそれは確実に押し寄せてくると考えそれを押さえ込んだ。


「そろそろ・・・・・・来ます」

「セイバー。準備できたわよ。」

「今行きます。」


 セイバーはすぐに走り出した。今この瞬間を楽しまなければならない気がしたから。


「ごちそうさまでした。今日の料理はどれも美味で満足です。」

「そうかそれはよかった。少し休んだらまたよろしく頼む。その間に洗物やっとくから。」


 そういって士郎は台所のほうにいってしまった。セイバーはニュースを眺めている凛に問いかけた。


「リン、異常はありませんか?」

「あるわよ。・・・この静けさとか。」

「そうですね。今までの出来事が夢のようです。」

「でも彼女がいることが夢ではなく真実だと語っているわ。」


 そういった凛の視線を辿ると、リリーに行き着いた。確かに夢ではなかった。そうセイバーは認識しなおしたけれども、リリーを見ているとどうも変な感覚に襲われてしまうような気がした。まるでピントが合っていないような・・・


「セイバー洗物終わったから・・・ってどうしたんだボーっとして?」

「何でもありませんシロウ。ではまいりましょうか。」


 そういってセイバーは立ち上がった。



「でははじめましょう。」

       トレース オ ン
「――――投影、開始」


 士郎が投影を開始すると同時にセイバーの太刀が士郎を掠った。セイバーは次から次えと士郎に叩きつけるようにして振り下ろしてきた。

 五六回に一回は投影した剣で受け止めるがすぐに消えてしまった。


「士郎。いくら集中できない状態だからといってそれでは何も守れません。」

「くっ・・・・・・とうえ・・・・・・」

「隙だらけです。」

「甘く見ないほうがいいわよ・・・」

「えっ?」


 セイバーは入り口のほうに振り返った。


「リリー?」


 セイバーは士郎のほうに戻した。が、どこにも士郎の姿はない。背後で音がした。しかしセイバーは振り返らない。そこにはもう士郎の姿がないと思ったから。

 ならばとおもい頭上を見る。そこにいた。手にもった干将莫耶が振り下ろされる。セイバーは竹刀を握り締め呟いた。


「起きたあとあやまらなくてはいけない・・・」


 セイバーは神速を誇る一撃で士郎を吹き飛ばした。士郎は受身が取れないまま床にぶつかり、そのまま壁に当たった。


「リリー・・・何故士郎にこんなことしたのですか?」

「勝って欲しかったからかな?」

「だからと言ってシロウのことを強化魔術を施し、そのうえシロウの理性を消し凶暴性に長けた戦いをさせてもシロウは勝ったともなんとも思わない。」

「っていうか後悔しかしないわ。コイツ」


 凛はリリーの頭に手をのせていった。リリーはただ無邪気に笑い始めた。あははっと。しかし、その笑い声は獲物が悶え苦しんでいる場所で優越感に浸っているような感情の笑い声にしか聞こえなかった。


「そんなんで嬉しいとかどうとかはどうでもいい。だって皆死ぬんだから。」

「貴女。なにを知っているのですか?」

「あえて言わせて貰うと・・・破滅かな?」


 そう言って士郎に近づいた。セイバーと凛はただ見ている。しかし、何らかの反応を見せた瞬間飛び出そうと構えていた。


「そう警戒しないでいいよ。時間が惜しくて士郎を起こすだけだから。」


 耳元でなにかを呟く。


「これでいっか・・・凛、セイバー。・・・時間はもうない。敵はもう準備は終わって時間が来るのを待っている。それだけは心に留めておいて。それと凛の疑問には明日アーチャーが教えてくれるはずよ。」


 言い残しすぐに道場を去った。そして残ったのは微妙は静寂と士郎の寝息だけだった。


 

Personality/

 


リリーは蒸し暑い廊下を歩いた。目的に向かって。


「アーチャー」


 そういうと廊下の端の角からゆっくりと身を現した。アーチャーは音もなくリリーに近づいた。


「何故あんなことをした?」

「なんとなくよ・・・貴方の知っている私は同じことをしたのかしら?」

「・・・まあいい。時間がないのは確かだ。」

「分かってくれて光栄よアーチャー。」


 そういって再び歩き出した。アーチャーはすぐ隣に身を寄せ歩調を変える。


「君はなにを望む・・・」

「あなたは何も望むの?」


 一瞬の間。答えたのは同時内容もほぼ変わらない言葉。


『この世の変化』


 二人にしか通じない言葉。それは極上をも寄せ付けない力を持っていた。意味はどこまでも深くて浅い。しかし、それしか残っていないかのようであった。

 ふっとリリーの姿が消えていた。アーチャーはすぐさま下を見た。倒れたリリーを担いぐ。無理をし過ぎたのだろうとおもいアーチャーは寝室まで運ぶことにした。

 アーチャーは運び込んだ後布団を直し風をひかないようにかけてやった。そこで手を止めおもう。リリーと会ってからだろうか自分が変わってしまったのはと。最初は正義の味方になりたいと望んだはずなのにこれではただの騎士ではないかと。そこで思い直した。自分は弓兵でしかないということを。苦笑し考えを戻した。正義の味方。今まさに戦隊モノに登場するような大軍が押しかけてこようとしている。しかし、テレビとは違って確実に死人が出る。ただの生と死の戦い。本当に自分の考えたような結果なのだろうか。正義の味方は誰かを助けるには殺すしかない。現実はそう言っている。自分はそれを了承している。しかし士郎は。過去の士郎はそうとは思っていないはずだ。今はまだ・・・


「どうしてここに寝てるの?」


 リリーはいつの間にか起きていてアーチャーを見ていた。その柔らかい表情は先程とはまったくの別物であった。


「疲れてしまったのだろ。夕飯の後すぐに気絶するように眠ってしまった・・・・」

「嘘つき。」

「・・・・・・・」

「もう一人の私はなんていっていたの?」

「・・・・・まったくどうして私は君達には勝てないのだろうな。」


 溜息混じりにいってリリーの頭に手を置いた。


「心配ない。私が見ている限りではな。」

「・・・・そっか。ところで・・・・私の頭ってどうして手をのせらせやすくつくられているのか知ってる?」


 アーチャーはきょとんとリリーを見た後声を出して笑い出した。笑い出さずにいられなかった。


 

Personality/ end


 

 士郎が起きたときにはなにがなんだか分からなくなっていた。凛はなにごとかしらないが怒って壁に怒りをぶつけていたし(途中で打ち所が悪かったのか足を押さえていたけれど)セイバーは寝てる。


「本当に何があったんだ二人とも・・・」


 そういうしか残されていなかった。士郎はセイバーをまず起こして事情を聞くことにした。



 起こしたセイバーと怒りに怒った凛をなだめながら話を総合すると本当に危機迫っているようだった。しかし、実感がわいてこない。敵はなにかは分からないままだし、戦力や数なんかも雲を掴むような話では無理がある。


「アーチャーの言うことは多分本当。」

「何でそんなことがいえるのさ?」

「アインツベルンや間桐が動いてるんだからあたりまえでしょ?」


 凛の目にはそんなことも分かんないのと言っていた。士郎は脚を組み替えて楽な姿勢を取った。凛は顎に手を添えてなにやら考え始めた。セイバーはいつものように正座をして気を落ち着かせようとしていた。多分眠ってはいないだろうと士郎は見て見ぬフリをした。

たとえそこから微かな寝息が聞こえてきてもだ。

 それはいいとしてと考えを戻した。士郎が気絶していた間の話は全て明日明らかになる。そうなれば今話して混乱してしまうよりも明日きちんと教えてもらえるはずだ。そう考えに至った士郎は素振りをすることにした。壁に立てかけられている竹刀を取るために立ち上がった。魔術も大事だが、基礎を少しでも鍛えておかなければ宝の持ち腐れというものだ。そうないように今は少しでもやっておこうと思った。


「あんた、こんなときでも身体鍛えてるの?」

「こんな時だからこそやらなきゃいけないだろ?もしかしたらギルガメッシュのような奴がいるかもしれない。そうしたら武器の数やその剣のよしあしよりも技術のほうが勝負を決めるときがあるかもしれないからな。」


 凛は一応納得した。けどギルガメッシュはイレギュラー的なサーヴァント。今始まろうとしている戦いもイレギュラーだからと言ってイコールで結びつくはずがない。でも今の士郎の言い分は間違ってはいないから。そう思うと自分も何かしら用意しなくてはいけないような気がしてきた。


「まずは魔術書でも漁ってみるか・・・」



 朝になって士郎はまず軽く身体をほぐした。そうしないと昨日の疲れが取れないような気がしたからである。腕を伸ばしたり背伸びをして軽く指を鳴らしたりした。首を回して肩を軽くほぐして着替えを始めた。同時に今日の朝食はなにがいいのかを考え出した。あまり手のかからないものでしかも誰もが嬉しくなるような料理。そう考えてくると料理を始めるのが楽しみになってきた。ズボンのファスナーを上まで上げ終えると、変なところがないか一通り確認しなおした。特に目立つところがなかったもで障子を開けて居間に向かう。居間に向かうにつれていいにおいが漂ってきたのがわかった。


「今日も桜に任せてしまったか。」


 頬を軽く掻いてそんなことを呟いた。居間の障子を開け厨房にいるはずの桜に声をかけようとした。


「桜。今日も任せてしまってゴメッ・・・・・なんでお前がここにいるんだ!!!!?」


 士郎が見たものはエプロンに身を包んだアーチャーだった。味噌汁を掻き回しながら炊飯器の中を覗いたり冷蔵庫から調味料を取ったり。そしてきわみ付けには小皿にお玉ですくって味の確認をしていた。


「うむ。今日の味噌汁は上出来だエミヤシロウ。」


 そういって振り返ったアーチャーの顔にはどこか勝ち誇ったようだった。士郎の叫び声に起こされたセイバーや凛はそんな二人を見てどう思ったのかはまた別の話。


「アーチャー、ここで何やってんの?」

「朝食をとおもってな。」

「そういうことを言ってるんじゃないわよ。士郎もセイバーもなにか言ってやって!?」

「この味噌汁は・・・ダシがどうこうっていうもんじゃない。香りは変わっていないのに味が変わっているということは無臭のなにかを入れたに違いない。しかし味が舌につくようなものではないとすると何が・・・!?」

「はい私もそう思いますが、私はどちらかというと士郎の作ってくれる朝食をいただきたかった。」

「ふっ、この程度で根を上げるなど落ちた物だな。」


 くっくっくっなどと士郎をあざ笑っているアーチャー。そんなことで負けたのを悔しがっている士郎。もくもくと食べているセイバー。これはいつから料理モノに様変わりしてしまったのかツッコミたいと思ったが、凛はツッコミ役ではないしと思っていたり。とりあえず自分の分の料理だけでも確保しとくかななどと思って動き出した。