士郎たちは、今日予約していたホテルの一室にいた。ここまで終始無言歩き続けた。ビーチではしゃぐ声が聞こえてきても無音の世界が渦巻いているようにしか思えないほどだった。

 

「お前らが宿泊しているホテルは『ラインズ・ベリー』であっているか?」

 

アーチャーの問いには凛がうなずいて答えた。場所も知っているのかそのままラインズ・ベリーへと進んでいく。

 

 

ラインズ・ベリ−に着いたのは三時を目前としたころだった。ラインズ・ベリーは12階建ての建物で、フロントにはチェックインをしようとする客でごった返していた。シンプルな造りに、休息所にあるオアシスのような噴水に目を惹かれてしまった士郎たちは、滞在場所をここの5階の海側に部屋を取っていた。預けていたカードキーを受け取りエレベーターホールへと足を進める。左右に二つずつエレベーターが並んでいて、左側の奥のほうに非常階段。反対側にはトイレが備わっている。上へと向かうエレベーターを待つにつれて先ほどの不可解な出来事を冷静に解析できるようになった。解析は出来ても理解は出来ず、時間は少しずつ過ぎていった。

 

 

「ここよ。」

 

凛はカードキーを差し込んだ。ノブを回して中に入る。そこには四つのバックと二つの旅行鞄。そして二つのベットがあった。ドアの近くにバスルームが備わっている。反対側にクローゼットもあったが中はまだ使われていなかった。アーチャーは女の子をベットに寝かせると、士郎たちに振り返る。

 

「この子を少しの間頼む」

 

一言だけ言い残して出て行こうとした。そこに遮るように立っていたセイバーと凛は、アーチャーを見据えた。しばらくの間睨み合っていた三人はアーチャーの溜息を聞くと同時に警戒態勢を緩めた。別にアーチャーに敵意を持っているわけではないのだが、何か雰囲気が違っているため少しばかり警戒してしまっていたのだった。やれやれという風にべットに座り込み少女の頭を一なでしてからまた凛たちと視線を交える。

 

「聞きたいことはなんだ?」

単刀直入に聞いた。まるでこのことも最初から知っていたかのようだ。

 

「アレはなに?」

「先ほどの奴らははじめて見た。」

「ではその少女は何ですかアーチャー?」

「この子の名はリリー。私のパートナーだ。」

「パートナー・・・?」

 

凛は何かを考えるようにして少女を見てはアーチャーを見て視線を床に向けるという動作を繰り返した。

 

「その子はマスターではないという解釈でいいのかしら?」

 

凛は疑わしそうにしてアーチャーを見据える。アーチャーはなにかを考えているのか返事を返さない。

 

「・・・ああっ」

「ありえない!!」

 

アーチャーの答えを即答で否定する。すごい顔で睨んでいる凛に対し、アーチャーはそんなことお構いなしにリリーを見ている。

 

「・・・どいうことだよ。」

「今は説明するつもりはない。」

「待ちなさい。まだ話は・・・」

 

歩きだ出そうとしたアーチャーの前に再び凛が立ちはだかる。

 

キィィーーン

 

金属がぶつかり合う音がした。セイバーの不可視の剣とアーチャーの持つなにかがぶつかりあった様だ。セイバーの力量ならこの狭い部屋でも高速で振るうことができるかもしれないが、アーチャーは違う。投影魔術ではセイバーの剣に反応することができない。

 

「その腕にはなにが仕込まれているのですか?」

 

見透かすように右腕を見つめる。アーチャーはなに言わずにさらに前に出ようとした。

士郎は魔術回路のスイッチを切り替える。一息で創りだす剣を浮かべる。干将莫耶を投影する・・・

 

「士郎。・・・まだだめよ。」

「・・・なんでさ!!」

「シロウ。落ち着いてください。まだこのアーチャーの正体を見切りきれていません。」

「どういうことなんだよセイバー。」

「前のアーチャーとは違う力を持っていますが、今右腕に仕込んであるのはこの時代のものだとは思います。」

 

そこで会話が途切れる。今のアーチャーは謎でいっぱいである。簡単に言うことこんな感じだ。

 

「今は何も言わない。ここの状態を知るには独りのほうが行動しやすい。」

 

アーチャーは一言言うと、凛とセイバーは左右に退いた。そして今度こそ本当に部屋から出て行った。時間が無常にも過ぎていく。部屋の中は規則正しい寝息が支配していた。凛はベットの前にまで近づいて少女の髪をさらりと撫でる。髪の色は綺麗な栗色で、肌は白い。寝息が聞こえなければ死んでいるような気がして不安になる。

 

「凛。・・・その子は?」

「アーチャーの説明したとおり、リリー・・・ってことしか分からないわ。」

 

 

 

あれから数時間がすぎて夕日が海を綺麗な赤に変えている時間帯だ。カップルなどがこの時間帯は多いとパンフレットに書いてあったのも納得がいく。相変わらず少女は眠っており、凛はなにかを考えるようにしてベットに座っている。セイバーは士郎と一緒に少女の顔を見ていた。近くで見ると少しだけイリヤを思い出す。ギルガメッシュに対して抵抗できず、心臓を取られた光景は今も少し脳裏にこびり付いている。

 

「士郎。ちょっと頭冷やしてくるわ。」

 

というとさっさと部屋を出て行ってしまった。

 

「あっ。桜と藤ねえのこと忘れてた。」

「私がいってきます。」

「頼む・・・」

 

セイバーも出て行ってしまうと少しだけ鬱がはいってくる。自分の力でセイバーの力にはなれなかった。そう思うと自分は何のために半年間をすごしてきたのかと思う。このままでは正義の味方になるなんて本当に夢のまた夢。考えれば考えるほど本当に自分は無力だと感じる。

士郎はそんな考え方をしては駄目だと思いっきり頬を叩く。バシィンといい音が響いた。激しく頭を振って頭の中の考えを胡散霧散にしようとする。深呼吸も忘れずに二三回して少女の顔に目を戻した。そこには蒼い二つの目が士郎を見ていた。士郎は思わずその瞳に惹かれてしまい、呼吸を忘れてしまうってこんな感じなんだなとか見当違いの考えを持ってしまった。少女の目の奥が見えてきそうで不安と期待と好奇心と恐怖が入り混じり、くすぐったくなってくる。リリーの手が伸びてきても動けなくて、顔に触れてやっと士郎の時間が流れ出してかのようだ。士郎はリリーの手に自分の手を重ねて感触を確かめる。リリーの手は冷たくも暖かくもないがどちらかというと少しばかり冷たい気がする。リリーは上体を起こすと士郎の顔に近くに自分の顔を重ねた。その前に少しだけなにかを言っていたようだったが、そんなことは後回しにして、リリーに魅入られてしまったかのようにリリーの思うままにしていた。だから、軽い口付けにも動じずに士郎は目を瞑って唇を味わう。甘い香りが鼻孔をくすぐってむず痒い。

少しだけ、ほんの少しだけ・・・凛よりも、桜よりも、セイバーよりも大切で掛替えのない存在だと思ってしまった。リリーが顔を離すと恥ずかしさがこみ上げてくる。リリーは微笑むとまたバフッとベットに倒れこんでしまった。

 

バタンッ――

 

ドアが勢いよく開けられた。入ってきたのは凛とセイバーだった。

 

「士郎。今魔力の反応があったけどどうしたの!!?」

「えっ・・・ええっと・・・なんでもないよ。」

 

怪訝な顔をしてセイバーは士郎を見ていたが凛はなにかに気づいたのか背後には悪霊・・・いや赤い悪魔の本性がゆらりと浮かび上がっているかのように士郎には見えた。

 

「詳しく教えてくれるわよね?衛宮君?」

「・・・・・はい・・・・・・いいえ。」

 

少しだけぷつんとなにかが切れる音が聞こえた。こうなったらすべて話さなきゃならないだろう。・・・生きていられればの話だが・・・

 

 

夕飯はホテルの一階に位置している『シーザース』という名のレストランでとった。主な料理は海鮮ものだがバイキング形式なので量も種類も豊富だった。=食べ放題となる。

藤ねえとセイバーの動きは止まらない。その様は例えるならば風。藤ねえは暴風。セイバーは疾風。両方の風が合わさり、この会場を壊滅的な状況へと導いていた。凛と桜はデザートに走っていた。士郎はなんだか申し訳がなく、白米と鮭の塩焼きを黙々と食べていた。あえれから怒鳴られたりなんだりであんまり会話にならないまま藤ねえがおなかすいたコールが鳴ってしまたためいったん保留にして夕食にしたのだった。

 

「あっ・・・これおいしい。」

「こっちも甘くて良いわよ桜。」

「セイバーちゃん。それどこにあったの!!?」

「あちらの鍋のほうにありました。」

「・・・・・・・・・なんで・・・この鮭必要以上にしょっぱいんだろう・・・?」

 

と賑やかな団体ご一行は全体の五割以上を腹の中におさめて部屋に戻ったのだった。

 

「お腹がいっぱいだね〜」

「はい。ですがやはりシロウたちの作る料理のほうが私には好ましい。」

「甘い物の後には紅茶なんか飲みたいわ。」

「私は緑茶が飲みたいです。」

 

なんて夕飯前とは態度が180度変わった凛にほっと安堵した。士郎は部屋に入ろうとして驚いた。ノブをひねる前に内側から開いたのだ。勢いよく内側に開くタイプだったため士郎にぶつかることはなかったが、別の意味で固まっている。

 

「あっ・・・・やっときた。」

 

目の前には凛たちの部屋でまた眠ってしまったはずのリリーが立っていた。困惑していた士郎の後ろのほうで激しくドアが開いた。

 

「士郎!!あの子がいないわ!!」

「ここにいるよ?」

「はあ!!?・・・なに気持ち・・・声だして・・・るの?」

 

 凛は目の前の光景が信じられないという顔をしていた。そのとおりだと思いながら士郎は凛の手を引っ張り部屋の中へと入っていった。

 

「ちょ・・・なのするの士郎!?」

「廊下で話してたら桜や藤ねえが出てくるだろ。だからその対策も含めて俺の部屋で話し合おう。」

「・・・・なんでそんなに冷静でいられるの?」

「セイバーで慣れたといっても良いかな・・・」

 

言葉を自分にも言い聞かせるように言った。部屋は凛たちと違って独りが歩くので精一杯だった。リリーはベットに腰掛けて足をバタバタと動かした。士郎はその右隣に腰掛ける。凛は座らずに立ったままリリーを見ていた。いや、観察していると表現してもいいだろう。そんなこと気にせずに足を動かしている。そっと凛はリリーの額に手を触れた。

 

「な・・・なにやってるんだ!?」

「この子・・・魔術師だわ・・・」

 

なんとなく理解していた。そうでなければ士郎の部屋に勝手に入ることは出来ない。といっても士郎にはできないが、凛に知識として教えてもらったことがあるからなんとなく覚えていたのだ。リリーはきょとんとした顔で凛の顔を見ていた。士郎はリリーを見つめていた。

 

「本当なのか?遠坂。」

「ええ。間違いないわ・・・。」

 

そうかと呟くように言った。ポンッとリリーの頭に手をのせる。それと同時にリリーの顔が笑顔になった。えへへっなんて今にも喜びだしそうな感じだった。と急に辺りを見回し始めた。

 

「あれ?アーチャーは?」

 

 士郎は本当のことを言うべきかどうか迷ったが、凛はさらっと言った。

 

「アーチャーならどっかいちゃたわよ。」

 

 さらっと簡潔に言った。まあ言いにくいわけではないのでそれが一番いいのだと分かってしまうと、どうにも居たたまれないような気がしてくる。凛はリリーを見ながら、士郎に命じた。

 

「出て行って頂戴。」

「・・・・えっ?凛いきなりリリーに何てこと言うんだ!!」

「別に・・・」

「別にって酷すぎるだろ凛!!確かにアーチャーがつれてきて勝手に置いていったようなものだけどでも・・・でも」

「でていくのは士郎。貴方よ。」

「そうかリリーじゃなくて俺か・・・・なんでさ!!!」

「私はこの子に少しだけ用があるの。・・・でていかないのなら夕飯前のお咎め用に取っておいたガンドで眠ってもらうけど・・・それでいいかしら?」

 

 凛は赤い悪魔へと変化していくのに耐えれることが出来ず、さっさと出て行ってしまった。そして暇をもてあましてしまった士郎は一階のロビーで飲み物を買いにエレベータへと向かって歩き出した。

 

R&L /

 

士郎が出て行くのを確認すると、リリーの隣に座る。

 

「あなた・・・何のつもり?」

 

 凛の言葉の意味はこうだった。

 

―何故士郎を自分の配下にしたのか―

 

 リリーは言葉の意味が判らないという顔で凛の顔を眺めていた。凛はそんなリリーに少し困惑しながらも考える。もしかしたら無意識にやってしまったのかもしれないと。しかし、それだと偶然とは言えない。なぜなら詠唱の必要があるのだから偶然ではありえないことだった。リリーは何事か考え込んでいる凛の頭に触った。凛は身体をリリーから離す。

 

「今・・・なにをしたの?」

 

リリーは自分の手のひらを眺めて不思議そうな顔で凛の顔に移す。

 

「・・・・なんなのこのこ・・・・」

 

 コンコンとリズムよくノックされる。もう士郎が来たのかと思い、舌打ちをした。凛は今日はこれまでかと思ったが、訪れた人は、今日の宿主ではなかった。

 

「凛・・・開けてくれないか?」

「アーチャー!!?」

 

 急いでドアに近寄る。ドア越しに見たのはやはりアーチャーであった。すぐに開けて招き入れる。士郎や桜たちが見ていないことを確認すると、ドアを閉めた。アーチャーは部屋に入るとすぐにリリーのそばに駆け寄る。リリーは迎えに来てくれた父親のようにアーチャーに抱きついた。

 

「どこいっていたの?」

 

 リリーは屈託のない笑顔で聞いた。アーチャーはちょっとそこに用事があってななどといってその続きは何時までたってもその口から吐き出されない。

 

「ちゃんといいなさい。もしかしてそれすらも『今は説明するつもりはない』ってこと?」

「ああっ」

「じゃその子についてもかしら?」

「・・・彼女魔術師と知っての質問なのだろ?少しばかりなら話してやろう。・・・そのためにきたのだからな。彼女は解離性同一性障害者と呼ばれている病気を持っている。」

「解離性同一性障害者って・・・多重人格ってこと!?」

「正確には二重人格だ。リリーはな。しかし変わるのは極稀なのだが・・・魔術の痕跡があったので来てみたのだ。」

「魔術がってことは今は使えないこと?」

「そう、リリーの場合はスイッチと共に人格が変わる。だから今はそんな知識も自分がなにをしたのかも分からない。数秒の間隔で入れ替わるだけだから本人は自分の意思は途切れないので何も不思議には思はない。」

「自覚のない魔術師・・・」

 

凛は謎が解けたにもかかわらず、リリーから目を離さない。自覚のない魔術師。そんなのがいるのだろうか。彼女の両親は彼女のことをどう思っているのだろうか・・・。

 

「もしかしてコンプレックスって彼女の親に関係あるのかしら・・・。どうなのアーチャー・・・」

 

 窓は開いてカーテンが音をたて風におどされ続けている。いってしまったのか・・・そんな感想しか思いつかない。リリーは再び眠りについていた。凛は起こさないように下に敷かれたシーツをを引っ張りかけてやる。アーチャーの動きもこの子のことも昼間のあの黒いなにかも冬木で起こっている事件も・・・なんでこんなにも厄介ごとが増えて考えて・・・

今夜も徹夜かななんて考え始めると眠気が襲ってくる。

 

「何でこんなに忙しいのに眠くなるのかしら・・・」

 

 隣にはスースーと寝息を立てて幸せそうに寝ている。まあいいかなどと考えるとさらに眠気が襲ってくる。

 

「明日も楽しみたいし・・・今日だけはいいよね・・・」

 

 

士郎は部屋を追い出された後自販機でコーヒーを買って飲んでいた。熱い缶コーヒーが冷めるまで待つ。気温は28℃にまで達しっていたが、湿気が少ないせいか自宅よりも涼しい気がした。

 

カチャ――

 

 プルタブを開けてコーヒーを流し込んだ。ヤッパリ緑茶がいいなどと思いながらベンチに座る。ホテルの前には道路を挟んだ向こう側に公園があったので少しよってみたのだ。ベンチから少し離れた場所に自販機が稼動していて、真上には電灯がつけられていた。波の音を聞きながらコーヒーを飲む。

 

ザリッ――

 

土を踏む音。歩き方はあいつそのものだったが違和感は拭いきれなかった。

 

「なんか用か?」

 

 喧嘩を売る気はない。しかし嫌味たらしく言った。それには呆れて何もいえないとでもいうような溜息で返すアーチャーが立っていた。缶コーヒーを自販機の隣にあるスチールのゴミ箱にカコンという音とともに入った。

 

「別に何にもないが・・・お前も大変だな。」

「お前に哀れんでもらう筋合いはねーよっ・・・」

 

悪態をついたがアーチャーは表情を崩さずに士郎を見据えたまま突っ立っている。そんな態度のアーチャーになにもいえないような苛立ちがこみ上げてくる。

 

「用がないならどっかいいけよ。」

「ああっ・・・ここにいてもアホが移るだけだからな・・・」

 

 クックックッなどと嘲笑を浮かべているのを見るとさらに苛立ちがこみ上げるが、殺意は芽生えない。

 

「ま、いいまた会おう。」

 

なんてキザッたらしく去っていくのだから、なにか殴っておかないと気がすまないので近くの木を一発殴った。ジンジンと拳が傷むが、アイツのことは忘れられない。

 

「くそっ・・・いって〜・・・・」