Gial/
イメージは黒、真っ黒な海のそこにいるような感覚。
でもそこは海ではない。どちらかというと、母体の中、生まれていないときの記憶。
不思議と懐かしい感じがする。でも実際にいるのはそんな安心感や安らぎがあるような場所ではない。白衣を着たたくさんの人間がいる。周りを急がしそうに歩き回っていた。
私を中心にして―
これで幾度目となろうか?
ワタシハナンノタメニココニイルノダロウカ―
何日も何日も私の見ている景色は変わらない。こんな同じようなことを繰り返して、よく狂わないでいられるものだと少し感心する。私は今にも狂いだしそうで怖かった。もし狂ってしまった時はどうなるのかは興味があったが、その答えはもう知っていた。処分される。それだけはどうしても避けて通りたい道であった。だから私は失敗作にはなってはんらない。どうしても生き残る。
あんな奴と同じ結末にたどり着くものか―
Gial/ end
桜と買い物袋を持ちながら公園に入って、約30分言葉を交わさないままベンチに座っていた。言いたいことがあったような気がするが、そんな物はどこかに消えてしまっていた。桜のほうを横目で何度も見た。最初は何か話をしなくてはいけないと思っていたが、桜はどこかを見ていた。瞳の奥はとても儚げに思えて声をかけずらかったので、士郎はどこを見るわけでもなく目をさまよわせていた。
「兄さんは徐々に回復しています。もう少しで学校にも通えることが出来ると思います。」
と唐突に桜は話し始めた。ぽつぽつとこぼしていく言葉は、どこか嬉しそうで、泣き出してもおかしくないほど震えていた。聖杯戦争で、聖杯の役割の一部を加担したため慎二はごっそりと何かが抜け落ちたかのように優しかった。
「・・・・・そうか、慎二はいい奴になったか?」
「もう、先輩ったら・・・兄さんは・・・・昔っから・・・・あれ?・・・・なんで涙が出てくるんだろう?」
それは嬉しいからだ。当たり前のことであっても、桜にとっては、理由が分からないとしても不思議ではない。それは桜という一つの悪い癖のせいだと士郎は考えていた。
昔から桜は慎二と俺が喧嘩を始めないようにとして嘘をついてきたから、どんなことをされても桜は何も言わずに自分がぼんやりとしていたからとかいろいろと見え透いた嘘を言ってきたせいで兄の、慎二に対しての感情表現の一が鈍くなってしまったのかもしれないと。
そんな様子の桜を見て士郎は桜の方まで手を伸ばそうとした。
と同時に視線を感じた―
公園の入り口、近くの茂み、ベンチ裏、滑り台の近く、近所のアパートのベランダ、ゆっくりと視線を動かして探る。少しでも動くような気配を見せた瞬間、
(瞬間どうしたら良いんだ?)
士郎は何故今の視線が気になったのか分からない。ただふと見られたのと同時に気づいたのかもしれないのに。いつの間にか開いていた魔力回路を閉じ、桜のほうへと視線を戻す。しかし、周りを警戒することも忘れてはいない。さあ、これからどうしようかと考えていた瞬間気づいてしまった。何故あんなにも視線が気になったのかを。似ているのだ。
視線は、ねっとりとしていた。動けなくなってしまうほどの圧倒的な何かを持っていた。
ここにいてはいけないと訴えてくる何かに素直に従わないとやばい。
これは何かに似ている。忘れもしない聖杯戦争の時に近い。あまりにも近い殺気から逃げなければならない。
「桜。」
と静かに、そして正確に桜に届くように言った。わずかに反応した後で、手の甲で涙をふき取る。そのちょっとした動作の間にも士郎は焦りを感じていた。
「先輩?・・・・えっとどうしたんですか?」
「・・・・・早く家に帰ろう。」
「えっ?ど・・・・・どうしたんですか?
桜は戸惑いながらも立ち上がる。士郎は桜がもう大丈夫だと知って少し安堵した。このまま、桜は泣いたままだったらどうしようかと頭をめぐらしていたが、どの考えも不用だっていた。
「先輩いったいどうしたんですか?」
「えっと、ほらもう時間的に急がないと遠坂の奴に怒られるだろ。それに最寄のスーパーと違って少し遠いんだからなおさら急がなくちゃいけないだろ?」
と桜を少しなだめるような口調だった。それを考慮したうえで桜は笑顔を作って、
「そうでしたね遠坂先輩に怒られちゃいますね。」
納得してくれて助かったと考えながらも歩くスピードは緩めない。視線は追ってくる様子はないようだった。といっても、士郎にとって、視線を感じたのはあの瞬間だけだったので、確証も何もなかった。
Glance/
あいつを見つけるのは簡単だった。ただ、一瞬でも気を緩んでしまった自分が情けなく思った。
士郎―
あいつは敵であったが今はどうでもいい人間。ただそこのいるとしか認識できているだけいい扱いをしている方だと思っていた。視線を士郎から外す。今はもう興味はないというかのように何か別の物を探していた。
それはゆらりと動いたかと思った次の瞬間には何も無くなっていた。でもそんなことは誰も気づかない。何故なら普通の人間には認識できないようにと太陽を背にして十二階あるアパートの屋上から士郎を見ていたからだ。
Glance/ end
自分の家に曲が十字路に差し掛かった時にはもう安心しきっていた。この距離ならばセイバーが駆けつけてきてくれるだろうと思ったからだ。
桜はこの時、士郎の行動が少し変だと感じていた。確かに遠坂先輩は遅刻に対して怒るかもしれないが、理由は分かっているはずだから急ぐ必要はない。なら何故こんなに急ぐのだろうかと思ってはみたものの、多分自分の早とちりだと思って何も言わなかった。本人に聞く勇気もないので、心の奥底へとしまっておいた。
士郎は遠坂凛との午後の日課である魔術に関する講義を自分の身体を張った内容を何とか乗り切った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いっ・・・・・・・・・・・・・・・た。」
「何?士郎は男のくせに弱音を吐くの?」
わざと嫌味ったらしそうに言った。それに反論しようとしたが、痛みに耐え切れず言葉を紡ぐしかなかった。勝ち誇ったように遠坂は士郎の横を通り過ぎ居間に向かおうとした。
しかし遠坂はいきなり士郎に振り返りいつもとは違う。いつも学校で生活をしている優等生の遠坂がそこにいた。
「士郎君!!!?大丈夫!!!?」
もちろん士郎本人は絶句している。これまで名前を君付けで呼んだことはなっかったことに対してと、目の前の桜。今ここにいるのは立場の反転してしっまたと表現するしかない雰囲気が漂っている。士郎は訳も分からずに遠坂の肩を借りて歩いてく。遠坂の顔は引きつっていて、その近くにこれでもかと言うほど微笑を絶やさない桜の姿があった。なんともいえない雰囲気を保ちつつ三人は居間へと向かう。この時の廊下は士郎と遠坂には何時にもまして長く感じていたとは言うまでもなかった。
夕飯はクリームシチューだった。なめらかな舌触りはセイバーも藤ねえも絶品だと言って食べていたが遠坂はなにも言わずにカチャカチャと皿とスプーンの擦れる音をたてながら食べていた。別にこれといって具合が悪そうには見えない。しかし、ちらちらと桜の表情を窺う遠坂の行動は絶対に変だった。
「遠坂・・・・・・・・・・・どうしたんだ?」
沈黙―
「おーい・・・・とーおーさーかー。」
沈黙―
「反応ぐらいしろよ遠坂。」
「えっ・・・・・・・・・・・・・大声だしてどうしたの士郎?」
と今士郎に気づいたかのようだった。はぁと溜息をついて士郎はスプーンを置く。そんな士郎たちを桜たちは心配そうに見ていた。
「遠坂。皿の上にもうない物を求めても意味ないぞ。」
遠坂は自分の皿を見た。シチューはもうほとんど残っていなかった。
「べ・・・・・別に私がどうしようと士郎には関係ないでしょ。」
「後ちらちらと桜の様子を窺っている様子も俺の声に反応しなかったのも遠坂らしくないし。・・・・・そういえばさっきだって変だった。俺がお前の宝石をうっかり触ったあのあと身体を支えてくれたのも・・・・・・・・・・そういえばあの時も桜いたけど・・・・桜と喧嘩でもしたのか?」
士郎は桜と口にしたときの遠坂の肩の震えをセイバーは見逃さなかった。
「だ・・・・だから士郎には関係ないって言ってるでしょ。ご馳走様。」
勢いつけてたった遠坂を何も言えずに士郎は見ているしか出来なかった。ピシャリと閉められた襖からひょっこりと戻ってくるかもしれないと士郎は期待していたが無駄に終わってしまったようだった。
今は夜の九時を過ぎ、藤ねえは桜を連れて帰ろうとしていた。煎茶を啜りながら士郎は物思いにふけていた。藤ねえは、豪快に煎茶を飲み干しセイバーに士郎と遠坂をよろしくと言い残し立ち去ろうとした。
「あっそうそう。士郎。」
「んっ?なに・・・藤ねえ。」
煎茶のお代わりどうします?と帰ろうとしていた桜が厨房に向かおうとするのを丁寧に断りながらも藤ねえの話から耳を離さなかった。
「遠坂さんのことだけど・・・・・どうかしたの?」
藤ねえの問いに口は動こうとさえしなかった。答えは言えるはずなのに言ってはならない気がしたのだ。士郎は言いよどみながら目を逸らす。藤ねえは士郎がなにか言ってくれるまで待とうとしていたが、その分桜が家に帰る時間がさらに遅れてしまうと思って自分から口にした。
「士郎と遠坂さんの関係に口出すつもりじゃないんだけどね、ヤッパリ言いたくても言えない事情が遠坂さんにはあると思うの。でもねそれは時間が解決してくれるかもしれないし、誰かが何かをしてくれるのを待っているのかもしれない。それはどっちが正解か分かんないけど、ヤッパリきっかけって必要だとお姉ちゃんは思うな。」
「藤ねえ・・・・・・。」
としんみりした空気。藤ねえはこうやって自分で何か助言できたときの雰囲気が好きだった。そこにやけに早くぶっ壊す義弟分がいた。
「先生かお姉さんみたいだ・・・・・」
「私は学校の先生だしあんたのお姉ちゃんでしょがーーーーーーーーーーー」
虎のように雄叫びのごとく言い放った一言は士郎と藤ねえの関係を表しているのかもしれないと桜はくすっと微笑みセイバーは見守り続ける。
士郎は変幻自在に変わっていく藤ねえの攻撃に耐えながらも小さく誰にも聞こえないような声でありがとうといっていた。
藤ねえはそんなことも気づかずにヘッドロックから卍固め、そして強引な逆海老ぞり固めと華麗にそして力づくに士郎を闇の中へと引きずり込もうとしていた。
桜と藤ねえを見送った後士郎はセイバーが入れた風呂に入っていた。方まで浸かりながら今日の疲れを取り除いていた。目を瞑り、一日を振り返る。そのたびに藤ねえの言葉が何度も繰り返される。自分が何できるのかわからなかった。自分はなにをすればいいのか分からなかった。自分は・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・あー、分かんねえ。」
呟いても答えは出ない。士郎はいったん頭まで湯船へと沈みこんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぷはっ。」
コンコンとドアをノックする音が響いた。遠坂は眠るわけでもないのにベットに横になっていた。遠坂は士郎が夕飯の時の続きだと思って、返事をするのもドアを開けることも躊躇してしまった。しかし、ドアの向こうから聞こえる声はどうしても士郎の声ではなかった。
「凛。私です。士郎は今お風呂に入っている最中なので安心してください。」
「えっ?セイバーなの?」
といってがばっとベットから立つと同時に足が縺れてしまった。セイバーが心配そうに聞いてみたが遠坂はすぐに大丈夫と言ったので、セイバーはそうですかといってドアを開けてくれるのを待った。
「で・・・どうしたのセイバー?」
「凛。夕食のときのことなんですが、どうしたんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言が続く。セイバーにまで知られてしまった。いや、士郎でも気づいたのだからセイバーが気づくのも当然のことなのだろう。とまで考え、言ってしまうかどうか迷った。多分言ったらすっきりはするだろうが、士郎には知られてはいけないと思っていた。知られると後々が面倒なのである。なのであの時は何も言わずに出てきたのだった。セイバーはどうして何も言わないのだろうかと視線をセイバーに向けた。セイバーは道場でしているように座禅を組んでいた。しかしいつもと違っていたのはセイバーがじっと遠坂を見ている。
まっすぐな視線がそこにはしっかりとあった。
決心が揺らぎそうになる。本当に言っていいのかどうか遠坂は分からなかった。そのときセイバーの視線が遠坂から机へと向かう。そこには夕食の前までに使っていた魔術に関する資料、宝石、強化の魔術の練習用にと使っていたランプとさまざまな物が散らばっていた。
「凛・・・・士郎は魔術のことについてどのくらい頑張っていますか?」
脈略のない質問。何か裏があるかもしれないけどないかもしれない―
少しばかり考えた後士郎がいないから素直な答えを言えた。
「まあ最初に比べたら知識も魔力の使い方もうまくなったわ。ただ一生懸命すぎても駄目ね。」
そう今日のようにと呟いた。興味旺盛とまではいかないものの、少しばかりの失敗が目立っていた。魔力の入った宝石に触れてしまったため暴発した。幸いなことにその宝石に中には二十分の一も入っていなかったために軽い立ちくらみ、瞬間的な強烈な頭痛と短時間の眩暈が士郎を襲ったのだ。遠坂自身も出しっ放しにしていたことも悪かったと思っていたが、そんなことは士郎に言えなかった。
「士郎らしい。」
セイバーの感想は簡潔だったがとても士郎自信を表している最適な言葉だと思っていた。
「道場で竹刀を振るう士郎は少し落ち着いていない気もします。ですがそれが士郎ですし、無我夢中でかかってくる姿勢は正直すぎです。ですが士郎はそれで十分だと思います。」
「そう・・・・・。」
「ですが、少し思い入れしすぎる点が長所であるし短所だと思っています。それがあの時いえなかった理由ですか?」
「・・・・・・・・・・・うん」
再び沈黙した凛の部屋には、最初にあった緊張感は揺らぎ、今は士郎という人物に対して思考をめぐらしているので、いつもと変わらない空気が立ち込めている。
「タイガーはこんなことを言っていました。・・・その問題は時間が解決してくれるかもしれないし、誰かが何かをしてくれるのを待っているのかもしれない。きっかけ必要だと言ってました。凛は忘れるまで待つつもりですか?それとも・・・」
士郎が何かしてくれるまで待ちますか―?
遠坂の答えは決まっている。忘れるにしても待つにしても時間がかかる。だったら、士郎に頼らずに自分が今すぐにでも動いたほうがいい。別に士郎を信頼していないわけではないのだけれども、あれこれ詮索されるのは遠坂にとっては苦痛だった。
「ありがとうセイバー。セイバーには理由言わなくて良いよね。」
「ええっ。凛が言いたくないのなら私は詮索しようなどとは思わない。」
「じゃ、顔洗ってくる。」
と自分用の白いタオルを持って部屋を出て行った。向かうのは洗面所。セイバーがそれを思い出したときにはもう手遅れだった。
(士郎はまだお風呂に入って―)
セイバーの耳に聞こえてきたのはガコンッと何かが何かにぶつかる音とイヤアアアアアアと甲高い遠坂の悲鳴とうわああああと逃げ惑いながらも声を出す士郎の声だった。
Sakura /2
桜は自分の家の自分の部屋で寛ぎすらもしないで立っている。自分は今ここにはいないかのように、寛ぐのを躊躇う。彼女は自分が本当に自分なのか分からなかった。分かるのは今どこかに立っていることだけだった。意識はある。しかし家に帰ってからの記憶がない。
今日一日の思い出を振り返る。憧れの先輩の家にいた。お昼は庭先で食べた。午後から夕食の買出しに先輩といった。夕飯を食べているときの記憶もちゃんとある。ただそこにいた自分は今の自分と何か違うと桜には感じていた。薄暗い部屋の中うっすらと覚えているのは―
祖父と見知らぬ少女
桜には何がどうなっているのか分からないまま時間が経過し自分の部屋に立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
人形のように動かない桜は、その時の視線は一人の背の高き女性にむけられていた。その女性は桜に向けて微笑みかけている。
Sakura /2 end