もう一つの聖杯 ―3つの王―
―統一された力だからこそ目をつけられた。そんなことは観測者が許さない。力を持つのは神だけが許されるのだ。故に力があるか、中心にたどり着く可能性を持つものたちは滅びる運命からは逃れられない。これは昔からの理。ならば・・・
パシィン、パシィンと竹刀と竹刀の重なりあいが続く。士郎はセイバーの一撃をかわし、弾き、ながす。苦戦を強いられている士郎は勢いで誤魔化す様に何度も竹刀を振り続けた。
最初のうちは別の意味で苦戦していた。それは藤ねぇとは違う一撃一撃の軌道とはまったく違っていた点である。今ではたいていの相手に対して行動を予測できるまでにいたった。とはいったものの、目で追って反射的に竹刀で防ぐ程度。しかも普通の人に対してだあって英霊などとは比べ物にならない。風の音が聞こえる。セイバーが最後の一撃ともとられる一振り。右足を後ろに左足を前に動かし、セイバーの一撃を見極める。その瞬間後悔した。狙いは士郎ではなく、竹刀そのもの。予想外の力任せの攻撃に耐え切れるはずもなく、空を舞うことになった。一際大きな音をたてながら竹刀は落ちた。
歩いて四歩―
走って一歩半―
この程度の距離を士郎は戸惑っていた。緊張が高まっていく中で士郎はどさっと音をたてて倒れむ。一歩でも動いた瞬間容赦のない打ち込みが来ることは予想できたからだ。
「やっぱり、セイバーには適わない・・・」
と溜息を一つ漏らしてセイバーの表情を見た。ほんのりと微笑を浮かべて士郎を見ている。その顔と対照的な容赦のない感想と殺気だった一撃が士郎を襲った。
「最初に会った時から比べれば反応速度、対応の仕方、竹刀のさばきかた等は上達しているといえます。しかし、貴方はいつまで経っても甘いです。隙お見せていないつもりだとしても、私からしてみれば隙だらけだ。いえ隙しか見せてないといえる」
「うっ・・・・・ぐっ・・・・・・・・・」
「まあその点も昔に比べれば隙はなくなたっとおもいますよ。前は前で隙の塊でしたから」
「・・・・・・・セイバーそれって具体的にいうとあんまり変わっていないような気がするが・・・」
「いえ、戦場で隙しか見せないと隙の塊では大きく異なります。生存率が1%と0%くらいの違いです。」
「それって・・・・・・凄いのか?」
「あとはですね。士郎は攻撃してこないという最大の弱点があります。なぜ打ってこないのですか?でたらめに打ち込んでも意味はありませんが、打ってでない、反撃しないということは自分の身を自分で守れないと解釈できます。まさか今でも私を女だの何だのって思っているんですか?そんな考えは今すぐ捨てなさい。そんなことばかり考えているといざというときに役に立ちません。そのような事態にならないようにするための訓練なのですよ。まったく貴方はいつになったらその考えを捨ててくれるんですか?」
「べ・・・別にそういうことじゃない」
「じゃどうしてですか士郎」
とセイバーは強い眼差しで見つめてくる。士郎はその瞳をじっと見ていることは出来なかった。後ろめたいことはないといえばないといえるが、なんというか恥ずかしいのだ。
セイバーがいいたいことも訴えていること、そしてこうなって貰いたいという強い意志も期待にはできるだけ応えてあげたいのだが・・・―
でも今は無理だ。セイバーの隙を見つけるのは難しい。見つけることが出来ないのなら相手に隙を作らせればいいのだが、いくらでも竹刀の一撃が攻めてくるので反撃の隙もないのだ。そのせいで時間が経つほど焦りが出てきてしまう。短時間で勝負を決めなければならないと考えてさらに焦ってしまう。この条件を満たすことは今は絶対に出来ない。
「・・・・・・・・・・・ろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・し・・・・・・・・・・・・・・・・・・しろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・士郎!!!!人の話をちゃんと聞いていましたか?!!!!」
「何だよセイバー、大声なんか出しちゃって・・・・」
ああ驚いたとぼやきながら竹刀をとりに行く。背後を見せた瞬間、容赦のない一閃が士郎を襲った。背中の中間辺りにあたり、声にならない悲鳴を上げた。少し呼吸が出来ずにいたせいかヒゥーヒゥーと喉が鳴った。痛みがひき呼吸が整ったあとにセイバーへと振り返る。心臓がまだ激しく動いているが気にするほどではなかったが、セイバーの顔を見たら一瞬でさらに動悸が激しくなり細々とした声しかだせなくなっていた。
「・・・・・・・・・・さっきから何すんだセイバー・・」
「なっ!!自分のことは棚に上げておいて私に説教なんてしてもいいと思っているのですか?」
と士郎の態度に関わらず言葉の意味に反応して怒りを爆発させたようにセイバーは、怒鳴り散らしながら今までの不満までもぶちまけてきた。
話を黙って聞いているしかない士郎はちらっと窓の向こうを見た。
そこでは、蝉が鳴き、日の光がなんともいえない明るさと暑さを主張している。
あれから冬が過ぎ、春が過ぎ、夏が来た。今思うと、今みたいに汗をかきながら、訓練なんて出来るはずがないほど死と隣り合わせの生活をしていた冬。当時は吹き抜けていく風が冷たく鋭くて、まるで死人がまとわりついているようだった。
目を窓から壁に移す。そこには半年前の聖杯戦争の映像が映し出されているように見えた。
セイバーと会ったのは突然だった。しかしそれは当然の出会いだった。その時から強化がうまくいくようになったのを覚えてる。なんたってランサーが士郎の命を再び奪いに来たからだ。強化はうまくいったものの技量で遠く及ばなかった俺は土倉まで追い込まれた。
そんな窮地を、俺の命をランサーから守ってくれたのがセイバーだった。何とか撃退したランサーを追いかけて行くセイバー。士郎が追いついたときに目にした人物に対しても驚きを隠せかった。学園のアイドルだった遠坂凛だったからだ。それからいろんな出来事が過ぎ去っていった。一つ一つが刺激の強い薬のように残っている。
キャスターが俺たちの前に現れて、藤ねえが人質にとられて、セイバーがキャスターの手駒にされそうになった。助けたくって必死になったけど一人ではどうしようもならなかった。凛たちの後ろをついていくしかなった。そのあとアーチャーが裏切ったり、ランサーが手を組んでくれたり、本当にいろいろあった。
そして辿りついたのは未来の自分、今の士郎を否定していた自分が過去に生きていた。つまり今こうして考えている士郎のことだ。
アーチャーの言っていたことは何もかもが事実だけどた。自分の道は自分で突き進む。だからこそ今の俺がいる。周りには藤ねぇや桜、遠坂、そしてセイバーがいる。
これが俺の望んだ今であって、最低や最高のないベストな位置――そう思った。
「・・・・・・士郎また話を聞いていませんでしたね」
「・・・・・・・・・・・・・えっ?あっすまんセイバー。もう一回いってくれ」
そんな士郎の態度にセイバーの表情は、怒っているのか、笑っているのか、困っているのか、なんとも形容しにくくって、士郎から見ればそれら全部であって、全部違うと否定することもできた。女心は分からないといった瞬間また竹刀が断ち切らんと攻めてくるかもしれないので、苦笑いをして対応するしかなかった。
「はぁ・・・・貴方という人は・・・・・もういいです。そろそろ桜が呼びに来る時間なので今日は終わりにして明日にしましょう」
竹刀を元の場所に置きに立ち上がる。一つ一つの仕草が上品で立ち上がる動作さえを動く美術品であるといえた。こんな小さいことに幸せを見つけることができて嬉しく感じた。
Sakura /
楽しげに鼻歌を歌いながら昼食を作っていた。おにぎりを握って皿に移す。中身はシャケ筋子に、梅干となんとも定番なモノだったが皆は喜んで食べてくれるだろうと思っていた。なぜなら今日は庭に出てレジャーシートを敷いて食べようと考えていたからだ。桜は他にも特売で買った卵を使って卵焼きを焼いたりウィンナーの足をたこの形にしたり、麦茶を大量に冷やしたりと朝からずっと働きっぱなしだった。しかしどこか嬉しそうだ。
「先輩達喜んでくれるかな・・・・」
冷蔵庫からさらに卵を取り出した。卵焼きが少し焼き足りないと思ったからだ。他の物はこれだけかというほど準備したし後は士郎たちの稽古が終わるまで待つのみだ。そこで手が止まった。一回だけ見たことがあった。
士郎がセイバーに稽古を付けてもらっているとは聞いてはいたが、あそこまで激しいものだとは思ってもいなかったのだ。桜は止めようとしたが誰もやめてはくれなかった。無関係の凛でさえもだ。桜は何があったのかなんて知らない。だからこそあんなに一生懸命に走っていくような姿を見るのが怖かった。今思い出しても手が震えだす。
「どうかした桜?」
凛が襖を開けて心配そうに桜をみていた。桜はとっさになんといっていいのか分からなくって急いで料理を再開しようとした。けどそこには弁当におかずが並べられていてこれ以上手を加える必要はなかった。桜は急いで冷蔵庫に近づいて麦茶を取り出そうとして――手から滑り落ちてしまった。
ガシャンと音がしてビンが割れた。凛は驚いたように桜に近寄ろうとしたが欠片が散らばってしまうからと断った。
「いたっ」
「桜!?」
今度はさすがに見ているままには行かなかった。桜の手を見ると少しだけ切れているようだった。出血しているが酷い物ではなかった。と言ってもさすがにこのままにしておくわけにもいかず水道で消毒したあと救急箱から絆創膏を一つ取り出した。
「ありがとう・・・・・・・・・・遠坂先輩・・・・・」
凛は桜の顔を見て不審そうに見つめたあとで一つ思いいたった。
「当たり前じゃない。・・・・・・・・・・・・・・・かわいい妹なんだから」
最後のほうは本当に独り言のように呟いたけれども桜には聞こえたようだった。それでも信じられないような物を見るように凛の顔を覗いていたが少しだけ顔を緩めて桜も独り言のようにいった。
「ありがとう・・・・・・・・・・・・・・・・姉さん」
温かい雰囲気。心地よい空間。二人ともどこか懐かしいきがして恥ずかしかった。
けど悪くはない・・・・・・・
Sakura /end
City/
都市は栄えていた。機械があふれて、人の暮らしにゆとりがあった。天気は雲ひとつのない青空、温度は適度な快感を与えていた。
そこには悪がなかった。逆に言うと、善もないといえた。しかし、それでも滅びなければいけなかった。神を信じていないせいかもしれない。成長を止める気がなかったせいかもしれない。発展していく知識、技術を止めるすべはないといえた。それ以前に止めようと思う人はいなかった。成長することは悪いことではない、当たり前のことであるととっていた。なので災害を引き起こしたのは神自身だったのかもしれない。
それは神の下した決断なのか、気まぐれだったのか、どちらにしろその都市は一日一晩で滅びてしまった。
太陽に近づこうとしたイカロスはロウで作られた羽を焼かれ地に落ちた―
都市は滅びた。それでも人間は生きている。人は待っていたのだ。滅びるときを―
滅びることを知った者たちは幾年も前から準備を始めていた。自分たちの生きた証を残すために、記憶を、思いを、願いを、望みを、喜びを、希望を全て一つの剣に託した。
絶望を残さなかった。失敗しないと知っていたから。欲望を残さなかった。この剣自体がきえてしまうのを恐れたから。人の思いは強く、その剣は見事に残った。剣の中に人の思いがあふれている限り、そこにいた人間は生き残っているといえた。
何年たっても剣は残っている。さすがに長年もたったせいで人の心は薄らいでいた。しかし一つだけ強く残っている望みがあった。
ある一人子供の願い―
機械だけの世界を見てみたいというささやかな、純真で、何も考えていない子供の願い。
City/ end
昼食は桜の提案で外で食べることになった。誰も反対はせず、喜んでいた。士郎はおにぎりを食べていた。遠足のような雰囲気が子供の頃に戻ったような気分がした。皆楽しそうに重箱に入ったものを食い散らかす。主に藤ねぇで、陰ではセイバーが黙々と藤ねぇのあとを追うような形になっていた。それを桜は料理をおいしそうに食べてくれているのを見て喜んでいた。
「桜、これうまいな。今度教えてくれないか?」
「えっ?あっ・・・・・・はい!!・・・・・・でも私でいいんですか?」
「だってこれ作ったの桜だろ?だったら桜に教わるのが当たり前じゃないか。」
「私・・先輩に教えるほど・・・・そのっ・・・・・頑張ります!!」
桜は微かに頬を赤らめながら言った。士郎は何でそうなってしまったのかわからないが、教えてくれるということに関しては初めてだから緊張したのかもしれないと自分で納得することにした。そのあとに取った卵焼きは薄味加減だったが、卵の甘味が美味くでていて驚いた。さっきは砂糖をいれていた卵焼きだったので甘かった。そう考えると人によって好みに合わせているようで食べてくれる人のことを思っている感じが伝わってくるような気がした。
しばらくは話しながら食べたり、木の葉が擦れあう音に耳を傾けたりとのんびり過ごしていた。
「ふぅ、食った食った」
「先輩、はしたないですよ」
士郎は爪楊枝をくわえながら脚を伸ばした。そんな士郎を見てくすくす笑いながら麦茶を差し出してきた。それをありがたく士郎は受け取った。冷えた麦茶を一息で飲み干してコップを持ったまま桜を見た。
「しょうがないだろう。それとも俺はこんな言葉も使っちゃいけないっていうのか?」
「いいえ、先輩らしくていいと思いますよ。あっ、先輩お茶のお代わりどうします?」
「藤ねぇの分が残るんだったらいたたぐよ。」
と桜にコップを差し出した。それを受け取って水筒から麦茶をいれた。コポコポと耳障りのいい音を出しながら麦茶で注がれていく。コップを士郎に返して今度は自分のコップにも注ぎ始める。
「そういえば遠坂」
「なに?士郎」
「今日の午後は夕飯の買出しのあとでいいか?たぶん冷蔵庫の中空っぽになったかもしれないからさ」
「そうね・・・・別にそのくらいなら気にしないわ。・・・・じゃ三時ごろからでいいわね」
「すいません遠坂先輩」
「いいのよ。貴方が謝る必要はないし。私も麦茶良いかしら?」
桜はコップを受け取って麦茶を注ぐ。夏の日差しが地面に注がれ、木は影をつくり、影は涼しい風を運び、人間にささやかな休息を与えた。
Continent/
人がいない島。鳥も動物も。そして虫さえも――
島の周りには海しかない。波は一日中、一年中同じくらいのあとを残し引いていく。
空気は澄んでいて、どこにいても代わり映えのないような景色が見渡せるようになっていた。
しかし変わったものがあった。それは剣だ。装飾はいたって普通だが、それはこの場所、この時代ではありえないものだった。なぜなら作り出せる人がこの島にはいないからだ。
しかし、疑問は疑問の形になることのないまま霧のように消えていったしまった。
島自体が消えたから――
それは誰が決めたのか・・・
島自体か、神か、もしくはひっそりと力を持つ剣が決めたのか・・・
それはまた別の話・・・これから語られていく話とはまったく違う話である・・・
Continent/ end
買い物は意外と速く済んだ。タイムサービスで卵に豚肉、白菜に椎茸これに豆腐をいれればすき焼きができる。ということで豆腐売り場へと歩を進めた。
士郎と桜は、少しいつもと違うスーパーへと夕飯の材料を買いに来た。今日から新しく開店したのだ。開店祝いの織り込みチラシを見てちょっとだけ遠くまで足を進めたのであった。
「先輩、いつもより安く買えますね」
「ああ、よく食べるのが二人もいるからな。値段を見て買わないとすぐに生活費が無くなってしまうからな」
「そういうこと本人たちが聞いたら怒られますよ」
クスクスと口元をほころばせて桜は笑った。士郎も口元を緩めて笑った。他愛のない会話をしながら食材を吟味する。士郎は思い出したかのように桜に言った。
「ところで・・・・・さすがに俺でも本人たちの前では言えないし、それに桜はそんなこといわないだろけど・・・・・一応いっておくと秘密にして欲しい。これは俺と桜の秘密だ」
「・・・はい、分かりました先輩」
一瞬びっくりした顔をして桜は本当に幸せそうなに返事をした。よく選んで豆腐を三丁かごの中に入れて店内をもう一回りした。めぼしい物がないか、割引商品がないかを確認しなおすためだ。ゆっくりと一回りをした。特にこれといった物がなかったがどこか満足したようにかごの中を見た。
「あっ、そういえば遠坂先輩に頼まれた物があったんだ。先輩先にいってて下さい。」
「えっ?付き合うけど?」
「だ、駄目です先輩。ここからは女のこの秘密です。」
「あ・・・・そう。えっと・・・・・先に会計済ましておくから」
「はいよろしくお願いします。」
桜が去ったのも見てから、かごを持って会計へと向かった。その間女の子の秘密とやらが気になってお金を出すのを忘れて他のお客や店員に迷惑をかけてしまったのは誰にもいえない士郎だけの秘密である。
桜がスーパーから出てきたのは士郎が出てからまもなくのことだった。なんとなく人の波を見つめていた士郎は桜が来たのに気付くことができなかった。
「先輩ごめんなさい待ちましたか?」
桜は少し不安そうに尋ねた。少し驚いた顔をしたがすぐに緩んだ顔をして桜を安心させることができたようだった。
「あっ、いや、俺も今出たばっかりだからそんなに待ってない」
そうですかと安堵の息を漏らしながら呟く。ゆっくりと士郎の隣を歩き出した。士郎は桜の歩くスピードにあわせながら家へと向かう。買い物袋を両手に携えながら歩く。主婦や学生達とすれ違いながら無言で歩き続けていた。そこで士郎は思い出したかのように話しかけようとした。
「あっ・・・・あの先輩・・・・」
「あっ・・・・桜、そういえば・・・・・」
と示し合わせたかの様なタイミングで声を掛け合う。まさか自分たちがこんなべたなシュチュエーションに出会ってしまって焦りを感じた。士郎は急いで何かないかを探し、咄嗟に公園を見つけることができた。少し大きめな、しかし時間的には子供の少ない公園だった。
「さ・・・・・桜、公園で少し休んでいかないか?」
「あ・・・・・・・そ・・・・いいですね。」
そうしてどうにか二人は公園へと吸い込まれるように入っていった。それまで何を話すかを忘れてしまった士郎は安心できる場所まで思い出せるように頭の回転を早めた。
〈つづく〉