視界に飛び込む黒い線。

ああ、この線は物の壊れやすい所なのだろう。

線をなぞれば、物は分解される。

物だけではない。恐らく、生き物―――人間もバラバラになるだろう。

あれ以来、線には触っていない。

見るだけで気分が悪くなる。

 

 

 

だけど、こんなにも世界はツギハギだらけなんて・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の朝、私は病院を抜け出した。

あれから周りの妙な―――私がそう誇大妄想しているだけなのかもしれない―――視線に耐えられなくなったのだ。

走る。

青い空。

走る。

すれ違う空気。

走る。

青い草むら

 

いつの間にか草原に来たようだ。

私はついに力尽きて草の中に倒れる。

ガサという音と共に草々が私の体を受け止める。

「・・・・・・っ。 はぁはぁ」

ただ、ひたすら走り続けたおかげで軽い酸欠状態になったようだ。

冷たい空気を胸いっぱい吸い込む。

疲れた体を整え、やっと一息つけた所に、

 

 

 

 

「そんな所に寝てると、踏み潰すわよ」

 

 

 

 

声が響いた。

 

 

むくりと体を起こし、声の下方向を見ると女の人がいた。

長い赤い髪をなびかせ、右手を腰にあててこちらを見下ろしてる。

「えっと・・・・・・」

急に声をかけられて驚いたので、すぐに返事が返せない。

「ボクの事ですか?」

周りを見渡した後に、確認の意味で聞いてみる。

「決まってるじゃない。ここには私と君しかいないのよ」

そう言いながら、私の隣に腰を下ろす。

「ちょうどいいからあなた、私の話し相手になりなさい」

私の顔を覗きながら言う。

「話相手・・・?」

私は少し赤くなりながら、何とかこの女の人の言葉を反復する。

「そうよ。ここであったのも何かの縁だし

 私の名前は蒼崎青子」

そういって蒼崎青子と名乗った女の人は私に右手を差し出してきた。

「あ、」

唐突に差し出された右手を呆然と見る。

「ボ、ボクの名前は遠野詩姫です」

慌てて右手を握り返す。

「そう、よろしくね。詩姫」

ニッコリと笑って、蒼崎青子はそう言った

 

 

 

これが私と、恩師である蒼崎青子の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっと・・・・・・青子さん?」

顔を窺がいながら聞く。

「んっと。名前で呼ばれるのはちょっと嫌なのよね」

「じゃあ、何て呼べばいいのかな?」

小首をかしげる。

「う、!」

途端に青子さんの様子がおかしくなる。

 

 

 

「その首をかしげる仕草、マジヤバやー」

 

 

 

「あの・・・・・・」

なにやら別世界へトリップしている青子さんに恐る恐る話しかける。

「あ。な、何と呼んでもいいわよ。」

そう言われ、少し思案する。

うん、決めた。

「じゃあ、先生って呼ぶね」

何となく偉そうだし、雰囲気がピッタリだ

「先生・・・・・・。いいわねそれ」

 

 

それからしばらく楽しい時間をすごした。

先生はボクのいう事を決して子供のいう事だと馬鹿にせず、ちゃんと聞いてくれる。

ボクはいろいろな事を先生としゃべった。

好きな事、家での事、お父さん、お母さんの事、病院での事。

もう、それは夢中で流れるように先生との会話を楽しんだ。

 

 

「ねぇ、詩姫」

長い時間が過ぎると、珍しく先生から話しかけてきた。

「はい、なんでしょうか?」

「詩姫は男の子、女の子?」

心底、疑問に思っているらしく、真顔で聞いてきた。

「ええ!?」

「だって、どちらとも取れるのよ

人によく言われない?」

ああ、そう言われれば、確かに初対面の人にはよく間違えられる。

屋敷でも翡翠ちゃんや琥珀ちゃん、それに・・・・・

・・・・・・それに? あともう一人誰かがいた気がする。

秋葉は違う、生まれた時からいっしょの妹だし。

「はい・・・・・・よく、人に間違えられます。

ボクは女の子です。」

男の子だと間違えられないように、髪を伸ばしているのだが、まだ足りないのかなぁ。

「うーん。女の子だったか」

 

「男勝りなんじゃなくて中性的な所がいいわねぇ。

 男の子じゃないのが残念だけど、女の子でもいいわぁ」

 

「あ、あの先生?」

再度、別世界へ旅立っている先生を呼び戻す。

「あ、ああ。詩姫、もう時間だから行かなきゃ」

そういって立ち上がる先生。

「じゃあね、楽しかったわよ、詩姫」

両手を振る先生。

ボクは悲しくなった。

もう、こんな楽しい時間は訪れないのだと。

先生にもう会えなくなってしまうと考えると涙がでる。

「ああ、もう。ほらほら、そんな顔しないの。

 また明日、同じ時間にここで会いましょう」

「え?」

うつむいてた顔を上げる。

「またあってくれるの?」

「もちろんよ。約束ね」

嬉しい。

また先生と会って、いっしょにしゃべれる。

そう考えると途端に顔が緩んだ。

「うん!また明日!」

涙を手でぬぐって笑って言う。

「よし!いい返事ね」

先生が満足した様子でボクの頭をなでてくれた。

先生が去っていく背中を見る時はちょっと悲しくなったけども、また明日会えると思うとそんなのも吹き飛んだ。

軽い足取りで病院に帰り、こっそりと自分の部屋にもぐりこむ。

(先生、また明日・・・・・・)

 

 

その夜は、悪夢を見ることなく緩やかな睡眠につくことができた。