「かるねあです計画」 〜琥珀さんへの詫び状〜 
 

 

 

 

 

 

 

こはくちゃんはひとりぼっちでした
 
いつでもおうちのまどから、おそとをながめていました
 
おおきなおにわではみんながあそんでいました
 
ふたごのいもうとのひすいちゃんや、あきはちゃん、しきちゃんやしきくんです
 
こはくちゃんだけがあそばせてもらえませんでした
 
でもこはくちゃんはがまんしました
 
いもうとのひすいちゃんが、わらっていられるようにがまんしました
 
あそびたくても、さみしくても、ひとりぼっちでがまんしました
 

 

 

あるひ、こはくちゃんはゆめをみました
 
とってもきれいなおそらで、せなかにはねのはえたおんなのこがないているゆめでした
 
こはくちゃんはおもいました
 
どうしてじぶんいがいにひとりぼっちのこがいるの?とおもいました
 
ほかのだれもひとりぼっちになんかならなくていいのに、とおもいました
 
いつかじぶんがそのこをひとりぼっちからたすけてあげよう、とおもいました
 
そしてとってもかなしくなってなきました
 
でも、めがさめるとそのこのことはわすれてしまっていました
 

 

 

それからこはくちゃんには、かなしいことがいっぱいありました
 
いやなこと、きもちわるいこと、そしていたいこと
 
こはくちゃんはおにんぎょうさんになることにしました
 
おにんぎょうさんになれば、いたいこともいやなことも、みんなおにんぎょうさんがひきうけてくれるからです
 
こはくちゃんはいつもわらっているようになりました
 
なぜならおにんぎょうさんは、わらったかおをしているからです
 
でもおにんぎょうさんがわらっても、こはくちゃんがわらうことはなくなってしまいました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこはくちゃんはおおきくなりました

  ”琥珀さん”とよばれるようになりました

  でもほんとうは”こはくちゃん”のままでした
                                       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琥珀は小銭を稼ぐようになっていた
 
遠野家の「家庭菜園」
 
「家庭」にはおよそありえないものばかりが生えたその菜園が収入源になった
 
どんな哀しい過去を持った者も、どんな過酷な運命を背負った者も、どんな絶望が将来に待ち受けている者も
 
皆等しく幸せになれるお薬を売って稼いでいた
 
彼らは確かに幸せになったつもりになって喜んでいた
 
噂を聞きつけた者が次々と琥珀の元を訪れた
 
過去にしがみつく者、自分だけ不幸と思っている者、薔薇色の未来を描き何もしない者
 
琥珀の薬をありがたがる愚か者が訪れ続けた   彼らは それ を奇跡と思っていた
 
琥珀は それ を哂った
 
哂いながら それ を売り続けた
 
その顔はいつでも哂っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の初めに客がやってきた
 
その客は、自分の娘に友達が出来ないのだ、と嘆いた
 
どうしても一人ぼっちのままなのだ、とその母は泣いた
 
琥珀は哂いながら、いつものとおり薬を売りつけた
 
哂いながら、必ず救いがありますよ、と言って売りつけた
 
でも本当は、一人ぼっちのままでいるがいい、と思って哂っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の半ばにまたその客がやってきた
 
  娘は死ぬ
 
その客は琥珀にただその事実を伝えて去っていった
 
  薬は効いたのかもしれん、命は持ち直しとる
 
琥珀は同情する振りをして、でも本当は哂っていた
 
  娘は本当の笑顔を見せてくれるようになった
 
琥珀は慰めながら哂った、心の中でその笑顔を哂った
 
  でも、あの娘は一人で逝くことを選んだんや
 
そう短い言葉だけ残して客は去っていった
 
人形が決して感じないはずの痛みを感じた気がして、それ以上哂う気にはなれなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また夢を見た
 
幼い頃に一度だけ見た夢だった
 
あの時、泣いていた女の子は笑っていた
 
一人ぼっちなのに笑っていた
 
琥珀はその笑顔を見ても少しも救われた気持にはなれなかった
 
目が覚めると自分の顔に涙の跡があった
 
  どうして忘れてしまったんだろう?
 
琥珀はもう哂おうとはしなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琥珀は夢の記憶を掘り起こした
 
もうすぐ死ぬ、という娘のことも調べた
 
もうすぐだ、と感じた
 
この夏の風が秋の風に変わる頃

それが終わり
 
自分の予感に突き動かされ琥珀は動いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琥珀の中の人形で無い部分が動き始めた

自分のしなければならないことを感じた

自分がしたくてたまらないことを感じた
 
それはかって誰もやったことの無いこと

それ が成功すれば それ そのものがいらなくなること
 
無意味に思えるその行動がかけがえのないことに思えて仕方が無かった
 
自分にはそれを実現するための策略を練る力があった
 
それを実現するための道具のあてもあった
 
それが出来れば自分も解放されるだろう
 
それが出来れば自分も救われるだろう
 
でも自分にはそれを実現する力が無かった
 
琥珀は生まれて初めて祈った
 
奇跡が起こってくれたらいいのに、と祈った
 
生まれて初めて自分が哂っていた奇跡を願った
 
やがて祈り疲れ、心が疲れた琥珀は人形に戻っていた
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琥珀は偶然にそれが出来る存在を知った
 
琥珀は偶然を信じないようにしていた
 
偶然は世界に矛盾するはずだから
 
偶然は願いを叶えないはずだから
 
だが偶然は琥珀を信じた
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び人形でない琥珀が動き始めた
 
それを自分の策略の通りに躍らせれば願いが叶うことが判った
 
だが躍らせることが出来るような相手で無いことも判っていた
 
自分の策略を隠し通せるような相手で無いことも判っていた
 
だがどうしても自分の力だけでは出来ないことはもっと判っていた
 
でも今度は琥珀は人形に戻ろうとはしなかった
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琥珀は決心した
 
自分だけ我慢すればいい
 
昔のように
 
自分だけ我慢すればいい
 
これからも
 
だから何もかも話してしまおう
 
そうすればきっと自分から踊ってくれるだろう

だから何もかも話してしまおう

踊らされていると知りつつ踊ってくれるだろう

でもたった一つ、自分の事だけは何も話すまい

人形の自分にならそれが出来る
 
でもたった一つ、自分の事だけは騙しとおそう
 
自分を騙した人形になら出来る
 
琥珀は決心した
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが始まった
 
全てが終わった
 
そして何もかも元通りになった
 
たった一つだけ元通りで無いことを残してみんな元通りになった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琥珀は満足した
 
これで自分だけ我慢すればいい
 
叶えられる願いは一つだけなのだから
 
だから自分が人形に戻ればいい
 
それも自分の願いなのだから
 
だからこれでいい
 
琥珀は満足した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こはくちゃんはとつぜん、はしるのをやめました
 
おいかけっこをしていたしきちゃんが、みるみるとおくにさっていきました
 
おうちをみあげると、たかいところにまどがみえました
 
こはくちゃんは、おかしいな?とおもいました
 
じぶんはあのまどから、おそとをみているだけのはずなのに
 
おかしいな?とおもいました
 
そらをみあげました
 
あおくすんだとてもきれいなそらがひろがっていました
 
そこにはあのおんなのこは、さいしょからいないだとわかりました
 
おにわからみえるとおくのうみをみました
 
あおくふかいとてもきれいなうみがひろがっていました
 
そこにはあのおんなのこが、いっぱいのおともだちといっしょにいるとわかりました
 
おかしいな?とおもいました
 
じぶんはおにんぎょうさんになって、おうちのなかにいるのはずなのに
 
かなえてもらえるおねがいはひとつだけのはずなのに
 
それでこはくちゃんはわかりました
 
じぶんがだまされたとわかりました
 
あのおねえさんはこはくちゃんにだまされてくれたのだとわかりました
 
こはくちゃんはくやしくなりました
 
かってなことをして、とおこりました
 
やくそくをやぶって、とおこりました
 
じぶんのねがいじゃない、とおこりました
 
でもやっぱりこはくちゃんはわらいました
 
おそらにむかってわらいました
 
ほんとうのえがおでわらいました
 
ありがとう

 

 

 

 

 

 

作者:前作「神奈様を救出せよ!」はこの中の「全てが始まった」と「全てが終わった」のたった一行の行間の出来事ということになっています。
    実際は今回の話がメインルートで前作は補足的存在なのですが順序が逆となりました、申し訳ございませんでした。
 
    最後に作者からの詫び状です
    主役の座を失ってしまった琥珀さんへ
    本当にごめんなさい!本当は「琥珀さん最
物」になるはずだったんです