私はメイド。

自分の意思はとうの昔に姉に譲った。

私はメイド。

この服は私の監獄。

私はメイド。

自由など求めない、自分のこの感情は決して知られてはならない、これは贖罪なのだから。

 

志貴様を部屋へと御案内した。

志貴様は私に「呼び捨てにしてね」と命じられた。

私は志貴様のメイド。志貴様の僕。

どうしても、譲るわけにはいかなかった。だから、判ってないふりをした。

いたむ、いたむ、心が痛む。

 

志貴様は私が差し出した服に着替え就寝なさる。

私はお着替えを渡し、空気のようにその場に控えた。

志貴様はもぞ、もぞ、と学校の制服をお脱ぎになられると就寝用のパジャマに着替え始められた。

締まった体の傷痕が痛々しかったが、上着を着ようとして袖に頭を通されて

「翡翠ちゃん、たぁすぅけぇてぇ〜」

と、仰ったのでそっと裾からパジャマを持ち上げ、僭越ながら一度志貴様を裸にした。

「う〜ん、この服は着るのがむずかしいや。翡翠てつだって」

と潤んだ瞳で志貴様は私に命ぜられた。私は志貴様の望みを叶えるべく最大限の努力を行うと誓った。

でも、志貴様は「翡翠ちゃん、おねがい」というとばんざいして私を待ち構えていた。

なんという、難問。それでも私はメイド。志貴様の命をこなすことが唯一私のなすべきこと。

まずは右手から、そっと袖を通すが私の顔が志貴さまに急接近してしまう。

何も悟られること無く右手を済ませたそのとき志貴様は

「翡翠ちゃんの髪、さらさらできれいだね〜、さわってもいい?」

と仰り私の返事を待たずしてパジャマの通った右手で私の髪を梳った。

「あ〜、さらさらだね。それに甘くていいにおいだね」

私はメイド。与えられた仕事こそ我が使命。さあ、次は左手です。

「志貴様、左手と頭を通しますので頭をお下げいただけないでしょう」

「うん、分かった。これでい〜い」

そう言うと志貴様は頭を私がお願いしたとおりにお下げになられた。

考えれば分かることだったのだ。お互いに向かい合った状態で片方が頭を下げれば胸に当るという事は。

「あは、翡翠ちゃんてやわらかいね〜」

そう言いながら万歳した腕をぱたぱたさせて着替えをせがんでいた。

ああ、もぞもぞと頭を動かしになられるのは御容赦下さい。

くどいようだが私はメイド。左手をお通し申し上げ、頭もお通し…

ああ、頭をお通しするには私の胸から志貴様の頭を離さねばならないのですか。

なんて酷い。いえ、やらねば、私がやらねば誰がやるのです。

名残惜しゅうございますが、意を決し志貴様にお願いした。

「志貴様、頭をお挙げ下さい。このままではパジャマを着れません」

志貴様はすぐさま私の意を汲みひょこっと頭を上げてくださった。

何ということでしょう。ああ、私の唇の前には志貴様の唇が、私の目の前には志貴様の潤んだ瞳が…

さらには志貴様は

「翡翠ちゃん、はやくぅ〜、お・ね・が・い。さむいの」

と誘いをかけてこられます。そう私はメイド。志貴様の望みを叶えることこそ我が使命。

「逝ける〜〜!!」

もう、私にとっての障害は何もございませんでした。志貴様には

「翡翠ちゃんってあったかくって、やわらかかくってきもちいいね〜」

とお喜びいただけましたし、メイドとしての本懐を遂げさせていただきました。

ええ、監獄にいながらして御満足いただけたと僭越ながら自負いたしております。

つまりその、メイド服の監獄は脱獄いたしませんでした。

 

「ごちそうさまでした」