放課後の教室、日はオレンジ色になり生徒たちはまだちらほらと残っている。

3,4人のグループがおのおのたわいのない噂話をして時間をすごしている。

そんな中、志貴と有彦も教室に残っていた…

 

「なあ、有彦。ほんとのとこ一子さんってなんの仕事してるんだ」

「俺に聞くな、本当に分からんのだ。知ろうと思えば分かるかも知れんが」

「まあ、な。でも気にならないか。出かける時間もまちまち、戻ってくる時間もばらばら。そのうえ1週間戻ってこなかったと思えば2週間もぶらぶらしてる」

「よく知ってるな、俺は知らなかったぞ」

「…一子さんも有彦もいない乾家で誰が家事をしてると思ってるんだ」

「む、そういえば最近きれいだと思っていた」

「朝ごはんもちゃんと作ったろう」

「うむ、今日の味噌汁はだしが効いていて美味かった。いつでも姉貴の婿のなるがいい。いや、それはまずいな。その場合おれは有間をお兄さんと呼ばねばならんのか」

「ふざけるな、それに一子さんは俺なんか相手にしてくれないよ、馬鹿言うなよ」

有彦はくわっと目を見開くと、しばし呆然と志貴を見つめる。

「なんだよ、有彦。気味が悪いな。道端でかりんとうでも拾い食いしたのか」

「…なあ、有間。前々からうすうす感じていたんだが、お前本当に気がついてないのか」

「お前がかりんとうを拾い食いしたことか」

「違う、そっちじゃない。姉貴のことだ」

「一子さん?一子さんのなにを気がつくんだ。仕事は正体不明だけど、気持ちよく泊めてくれるし、料理とかもかなり美味いよな。それにかなりの美人だぞ」

有彦は思わず手のひらを顔にあて「たは〜」とあきれた顔で有間に向き直ると、

「まあ、俺がとやかく言う問題でもないか。でもな有間。これだけは覚えとけ、鈍感てのは時には犯罪なんだぞ」

「わけのわからんことばかりいうな。気持ち悪いぞ有彦」

「いいんだよ、とにかくもうちょっと回りに気を配れ」

「十分気を配ってるぞ、お前を除く周りみんなに」

「うそつけ、例えばクラスにお前のことが好きな娘がいるって知ってるか」

「はあ、何いってるんだよ、そんな娘いないだろ。そんな変な噂流すと相手に迷惑だって」

「おいおい、本気で言ってるのかよ。いるって」

「いないよ、って、あ、弓塚さん。ちょうど良かった」

ひそかに聞き耳を立てつつ鞄をごそごそしていたら、志貴から突然の呼び出しがかかりびくんっとツインテールが震えた。志貴は知らない。ごそごそしていたかばんの中身は全部ハートマーク付きの封筒、そう世にいうラブレター、宛名はもちろん志貴だということを。

「え、え、え、わ、私。はい、私でよかったらよろこんで」

きょとんとした顔の志貴とは対照的にまたもや「あた〜」と間が悪そうにすると、

「え、いやだからさ、いまちょっと有間のやつにこのクラスに有間のことを好きな娘がいるって話をしてたんだ」

あわてて有彦がとりなすが暴走する志貴は止まらず、

「な、馬鹿だろ有彦は。いてくれたらすごくうれしいけど、いないでしょ」

「で、でも、志貴君かっこいいからいるんじゃないかな」

言い終わるときゅうに下をむいてもじもじし始める弓塚、志貴はそんな態度にぴーんと閃くと、

「また、弓塚さんまで。ほんとはいないんでしょ。弓塚さんはやさしいからそう言ってくれるけど有彦のばかまでフォローしなくていいと思うよ、ありがとうね」

「が、がははは、弓塚さんも居るって言ってるだろ、いいかげん信じろ有間」

ばんばんと志貴の肩をたたき場を和まそうと有彦は必死になるが、

「弓塚さんはクラスの男どもの人気No.1だぞ、やさしいからあわせてくれているだけだ」

弓塚さんの肩が志貴が「やさしい」といわれる度にびくっと跳ねる。

「うれしいよ〜、志貴君が私のことやさしいってほめてくれるよ。人気No.1だって。しあわせだよ〜」

せっかくのチャンスに弓塚さんトリップモードに突入。

そんな弓塚を見かねた有彦は実の姉を裏切り、とうとう弓塚にブロックサインを始める。

「か・ば・ん・の・な・か・み・を・つ・か・え」

すかさずトリップモードから戻った弓塚もブロックリターンを始める。

「な・ん・で・そ・れ・を・し・っ・て・る・の」

「こ・の・く・ら・す・の・じ・ょ・う・し・き・だ、し・ら・ん・の・は・こ・い・つ・だ・け・だ」

志貴は目の前で繰り広げられる謎のアクションがつかめずしばらくきょとんとしていたが、

「有彦!おまえの奇行に弓塚さんを巻き込むな。弓塚さんはクラスのアイドルだぞ」

びくりとして固まるコマネチポーズの有彦とアイーン弓塚。アイーン弓塚の手をそっとおろして挙げながら

「ごめんね、弓塚さん。有彦の馬鹿につきあわせちゃて」

弓塚は志貴が急接近したことに大パニック!おもわず手をばたばたさせるとあの鞄がひっくり返り、あの手紙が床に散らばってしまう。

「「あ、あ、あ〜」」

「あ、大丈夫?拾ってあげるよ」

志貴はすばやくしゃがみこむと手際よくすべての手紙を拾いそっと弓塚に手渡すと、

「安心して良いよ、宛名も見ないようにしたから。弓塚さんも好きな人がいるんだ。きっとうまくいくと思うからがんばってね」

「え、え、え?うまくいくと思う」

「そりゃあ、弓塚さんに好きって言われて断る奴はいないよ」

「ほ、ほんと」

「ほんとだって自身もちなよ。弓塚さんはかわいいよ」

「ほんと?」

「それにやさしいし」

「ほんと?」

「うそつかないよ、あ、いけない。6時までに帰らないと都古ちゃんに襲われる」

ぽわーんとトリップした弓塚さんを尻目にリュックを背負うとあわてて走り出ていく志貴。

「な・に・し・て・い・る、は・や・く・あ・り・ま・に・わ・た・せ」

「み・や・こ・ち・ゃ・ん・っ・て・だ・れ」

「あ・い・つ・の・い・も・う・と・だ」

志貴の帰った教室には謎踊りを繰り広げる2人の姿だけがあった。

 

がんばれさっちん、志貴引越しの日まであと1日!!