「…で、あるからしてX=2YZのグラフは未知数Xの規定によりこのように…」
カツカツと黒板にチョークが踊り、意味不明の数式が列挙されている。
日本に生まれきた大半の者が恨めしく感じる数学の複次方程式である。
やがてこの拷問は「きーんこーんかーんこーん」という音とともに終わりを迎えた。
「よし、きょうはここまで、明日は83ページからなので各人予習してくるように」
「起立、礼」
がたがた、と椅子を引く音が響き教室から「購買」組が駆け出していく。
そんな中、有彦と志貴は今日のお昼ごはんの為相談を始めた。
「おい、有間。弁当は無いよな。今日はどっちにする。」
「うーん、それなんだが…」
そういうと志貴は急にきょろきょろと周りを見渡し見られていないことを確認すると、ピンクの袋に入ったお弁当箱を取り出した。
「おお、愛妻弁当か、やるじゃないか」
「違う。実は、今日登校してくつ箱を見たら、これが入っていたんだ」
ちょっとひきつった顔でお互いを見合う有彦と志貴、
「く、くつ箱にか」
「うむ、そうなんだ」
「で、なにか手紙とかは付いていなかったのか」
「調べてみたがそれらしいものは無かった、
てっきりお前の悪ふざけかと思っていたんだが」
「がははっ、いくら俺でもそんなネタはおもいつかん」
有彦は笑い飛ばしながら、左手が不自然に机の下へと下がっていく。
その左手には携帯電話が握られており、液晶を見ずにメールを発信する。
「こ・の・べ・ん・と・う・は・お・ま・え・の・し・わ・ざ・か あ・り・ひ・こ」
弓塚は志貴の後ろに密かにすわり、さっちんレーダー全開で気配を探っていたがメールが届くとびくっと肩を震わせた。
いそいそとメールを確認すると、すかさずリターン、この間0.1秒。
「お・も・い・き・っ・て・つ・く・っ・て・み・た・の さ・つ・き」
メールを受信すると状況を察した有彦はフォローを始めた。
「ま、まあ、きっと誰かお前のことが好きなやつがくれたんだよ、
善意と思ってたべてみなって」
「…それなんだが」
まだ志貴は渋い顔でお弁当に対し、ぐずり始める。
心配の余り志貴の後ろから、有彦に助けて光線を始める弓塚。
それを受けた有彦はがらにも無く志貴をせかして何とか食べさせようと画策し、
「なんだ、毒は入ってないと思うぞ、いいから空けてみろ」
「まあ、いいからちょっと持ってみろよ」
手渡された弁当箱を怪訝そうに受け取り、
有彦は固まった。
「…なあ、有間。なんでこんなに水っぽい音がするんだ?」
「だろう、中を見てくれ、言いたいことが分かると思うから、俺はもう見たんだが…」
とにかくも志貴の言葉に従い空けてみるとそこには何と、
「ラ、ラーメン?」
「やっぱりそう見えるか。見間違いだと思いたくて昼休みまで引っ張ったんだが…」
「クンクン、これは機動屋台『中華飯店マークII』のスープだな」
ひきつる顔を隠しつつ再び左手は机の下へと下がっていく、
「ど・う・し・て・らー・め・ん・な・ん・だ あ・り・ひ・こ」
送信と同時に返事は返ってきた、その間0.01秒、まさに光の早さであるが、
「そ・こ・の・ラー・メ・ン・が・こ・う・ぶ・つ・と・い・っ・た・じ・ゃ・な・い さ・つ・き」
志貴の肩越しに泣きそうになって状況を覗き込む弓塚を見るとやむなく有彦は、
「ま、まあ、きっとお前の好物まで調べてくれたんだよ。念の為に言っておく、もし残したら『えろ学派』として全男子から狙われると思え」
「全男子にばれるわけ無いだろう」
「俺がばらす」
「で、でもこれは」
「おっとそれ以上は言うな。男ならもらった弁当は残さず食べるもんだ」
さわやかに歯を光らせ微笑み親指をたてる有彦、
弓塚は志貴の肩越しに目を潤ませて有彦に感謝する。
この弓塚を見て断る男子などいないのに、実に惜しいことに志貴が振り向くことは無かった。
「ずる、ずる。頼む、有彦。
武士の情けだ、なにか飲み物を…」
「うむ、そのぐらいは良かろう、なにがいい」
「果汁100%のさわやかなやつを頼む」
「わかった、任せておけ」
猛ダッシュで購買へと去っていく有彦、
やがて戻ってくると「トマトジュース」を志貴に突きつけると、
「オーダーどうり果汁100%だ、感謝しろ、がははははっ」
「なんだこれは」
「果汁100%だ、文句あるまい」
「…お前に期待した俺が馬鹿だった…」
トマトジュースでぶよぶよのさめたラーメンを食べる志貴は哀れであったが、
前に座っているのは満足げな有彦で
後ろで見つめているのは恋する乙女の弓塚であった。
さっちんの思いが届く日はいつか訪れる。
必ず、きっと、たぶん、そのうちに…