屍人は喰らう生者の心４

取り立てて何かしたわけではなく。

取り立てて何か持っているわけでもなく。

顔が良いわけでも、正義感があるわけでもなく。

彼は、彼でしかなく。

だから私は彼を選んだ。

屍人は喰らう生者の心

巻之肆：[???：空の世界・誕生の空]

私がはじめてみたものはまぶしい光だった。

まるで私の目を焼ききろうとするかのような強い光。

とてもじゃないけど見つづける事ができず、私はすぐに目を瞑った。

それでも全ての光は遮断できず、まぶたの裏に赤い光が焼きついている。

もう一度、ゆっくりと目を開けてみてもやっぱり光は私の目の中に飛び込んできた。

どうすればいいのか分からず、私はもう一度目を閉じざるを得なかった。

目を閉じれば少しだけ楽になる。

赤い光は変なものだったけど、嫌なものじゃなかった。

暫くすると白っぽい光になって、やがて緑がかった色になって、結局真っ白な光にとって変わった。

もう一度目を開ける気にはなれなかったからそのまま暫くの間、私はじっと瞼の上の光を眺めていた。

そうしているだけでも五感は刺激されている。

チチチチチ・・・・

どこからかこんな「音」が聞こえた。

肌の上を優しく風が吹き抜けていった。

じめじめとした不思議な香りが鼻腔を擽った。

自分の口に溜まった唾液の味を舌が記憶した。

これらは全てがほぼ同時に行われ、その全てが私にとっての初経験だった。

自分が息をしている。

そう認知する事さえも初めての経験で。

私はそれを変だと思う事さえできなかった。

ただ、心地よかった。

それだけがリアルで。

それだけが真実だった。

けれどそんな自分だけの世界は長くは続かなかった。

侵入者は、すぐにやってきた。

「なあ、なにしてるんだ？こんなところで。」

「声」が聞こえる。

「音」として認識する事はできる。

でも意味は・・・わからない。

何かを言っているのかもしれないし。

さっきのチチチという「音」と同じで意味などないのかもしれない。

いや、もしかしたらさっきのチチチという「音」にこそ意味があって、この「声」自体に意味はないのかもしれないけれど。

一つだけ、確固たる事実として、この「声」は私に向けられていた。

ある一定の指向性を持ち、その向きは私へと向けられていた。

だから私は、三度開眼した。

・・・・・・今度は、さっきほどまぶしくはなかった。

前にあるものが、よく見えた。

だから、私が確固たる意思を持って「見た」ものはこの男。

そういうことになるのだろう。

決してさえる顔ではなく。

暴力的で、退廃的で、どちらかというと・・・どうしようもない顔の類だった。

「おまえ、何でこんなところにいるんだよ？」

男、いや、少年の口からまた「音」が洩れる。

コンナトコロというところが重なっていた。

それでもやはり、私には意味がわからない。

意味がわからないとき、どうすればいいのかも、知らない。

分からないから、じっと相手の顔を見る。

じっと。

ずっと。

見つづけているうちに少年の口の両端がつりあがった。

単純に言えば、笑った。

「おまえ、喋れないのか？」

今度はオマエ、というフレーズがかぶった。

でもやはり、私にはその意味がわからない。

つかめない。

だから見つめる。

じっと。

ずっと。

少年の手が私の顎に触れた。

手が触れたところが軽い温かみを歓迎する。

だが、少年の笑い顔は、さらにきついものになっていた。

それでも私には何もできない。

何かをしようという気にもなれない。

「こんな誰もいないところで、こんなにぼろぼろの服を着て・・・なにがあった？」

コンナ、トコロ。

今度は分かれていた。

でもやはり、意味はわからない。

だから少年を見つめる。

じっと。

ずっと。

ふ、と、少年の手が離れた。

少年の放つ気の色が、変わった。

「よかったな。俺はもうやらないって決めたんだ。」

私は、見つめる。

じっと。

ずっと。

分からない。

分からない、分からない、分からない。

だから、見つめる。

「おまえ、言葉わからねえのか？」

分からない。

分からない、分からない、分からない。

私はもう他の事に気を回さない。

じっと、この男の言葉だけを聞きつづける。

じっと、この男だけを見つづける。

ずっと、視界の中にはこの男だけしかなく。

だから、この男だけがこの時の私にとっての世界の全てだった。

「う～ん、この制服は隣町のやつか・・・。正直もう変なのにかかわりたくないんだけど・・・。。」

少年は顔をしかめ、ぼりぼりと頭を掻いた。

「だからといって放置しておいてもな・・・。やっぱり巻き込まれる可能性はあるわけだし・・・。」

ぶつぶつとつぶやく。

だが、その「音」は私に向けられたものではなかった。

指向性は無い。

私に向けられたわけでも。

他の何かに向けられたわけでもない。

如いて言うならば自分に。

自分の耳だけに聞こえさせるために。

自分に認識させるためだけに。

その「音」は紡がれていた。

「黒桐先輩に任せたほうがいい・・・よな・・・。」

少年はぶつぶつとつぶやきながら黒い箱をポケットから取り出し、今度はその箱へと「音」の指向性を向けた。

その事でやっと、私には周囲がどのような場所なのかが理解できた。

そこは・・・とても、とても狭い、路地裏だった。

その事が酷くこっけいに思え。

だが私には何をどうしたらいいのかもわからず。

けれど「何か」をしてみたくて。

仕方なく。

必然的に。

あまりにも偶然に。

これまでの少年が見せた動作の中から一つ。

迷わず。

澱まず。

実行した。

笑って、見せた。

正確には唇の両脇にある筋肉に一時的な痙攣を与える事で唇の両端を吊り上げた。

それがどんな意味を持っていたのかなど知らぬままに。

それがどんな事を意味するのかなど、考えもしないままに。

笑いたいから、笑った。

少年は私を見てはいなかったのだろう。

それは私にとって幸いな事で。

それはこの、偶然に偶然を重ねて偶然乗したかのような必然の中で、一番、偶然に近い偶然だった。

見れば彼は怒ったか。

脅えたか。

あるいは、私を、殺したか。

何れにせよこの先の話も。

この先に続く幸運も。

現実にはなり得なかっただろう。

私は笑った。

彼が私を振り返るまで。

彼が「声」の指向性を箱から逸らすまでずっと。

笑い、続けた。

だから彼は私がこの時笑っていた事を知らないし、私も取り立てて知らせねばならないようなことだとは思わない。

ただ漠然たる事実としてこの時私は笑っていた。

それだけの事。

だが同時に、この時初めて世界は私を許容した。

私を含み、再度動き出す事を許容した。

だからこそ起こった偶然。

起こらなければならなかった必然。

すっ、と私の前に手が差し出された。

さっき私の顎に触れた手。

その意味がわからず。

私は笑いを収めた顔で彼を見つめた。

じっと。

「こいよ。こんなところでじっとしているわけにも行かないだろ。」

また、「声」の向きが私に向けられた。

素直に、嬉しかった。

手は私の前で止まらず。

私の手を、あらん限りの力で引いた。

それは私がはじめて外圧的に受けた力で。

私はそれに逆らわなかった。

私は生まれた。

私は誕生した。

零からの。

本当の意味でのゼロからのスタートだったが。

一足す一が二になるというそんな簡単な問題さえ分からない状態からのスタートだったが。

私は、この路地裏から始まった。

私は・・・私を終わらせる事はしない。

あとがき

たまには真面目にあとがき書いてみましょう。

・・・とは思ったものの、一体あとがきって何を書けばいいんでしょうか？

よくわからないので今後の目標をここに載せておきます。（あくまで目標です）

『誰も死なない、誰も殺さない、歯の浮くような恋愛コメディを書く事。』

ちなみに友人曰く百年経とうが千年経とうが無理だそうです。

・・・私もそう思います。