言葉には力が宿る。それは神をも縛ると言われ、言霊と呼ばれているだけにそうなんだろう。
長く、短い戦いを始めよう・・・とは言ったけど、本当に戦いが始まるとは思わなかったよ。
つまりは何が言いたいかというと―――僕は今ピンチです。
始まって一曲目が終わった直後から見知らぬ方々の襲撃を受けているようです。
ホールの外は戦闘が開始されたようです。
────PANIC────
何事もないように二曲目の演奏が始まった。
そんな事より襲撃を受けているんですよ!?みんな席を立とうともせずにしっかり聞く体勢だし。
微かに銃声が聞こえる。
そんな状態で歌えと?
そんな思いを籠めてピアニストの方を向く。
ピアニストは目隠ししているにもかかわらず、僕の方を見て頷いた。
いや、頷かれても分からないですよ!?歌えと?それとも逃げろと?
───うん。普通に演奏しているわけだから歌えってことですよね・・・・
とても綺麗な旋律で、僕なんかが歌わなくてもこのピアノの曲だけで良いような、そんな気がした。
まあ、歌わなきゃいけないから歌いますけど・・・
旋律にあわせて歌を紡ぐ。
鎮魂をテーマとした歌がホール内に響く。
傷付き倒れているであろう人達に対して少しでも助けになるように。
外の戦闘に死傷者がでていないことを願いながら。
数分後、歌い終えると共に曲と歌は溶け込むように消えていき、観客はみんな目を閉じてその余韻を楽しんでいる。
歌っている間は外の人達がこれ以上傷付かないように願いながら歌っていたけど・・・あれ?何も聞こえなくなった。
微かに聞こえていたすでに銃声は止んでいた。
そして、
え!?すぐに三曲目ですか!?
演奏された曲は本来5番目に歌うはずの曲。
歌詞のないこの曲はかなり難しい曲なんだけど・・・
ピアノの音律に声を添えるようにあわせる。
下手なりに、この曲の趣旨に沿うように・・・全ての人の魂に届くように願いを込めて。
ただただ無心に音を紡いだ。
あのあと、5曲目が終わるまで外の騒ぎも全くなく、無事に終わった。
・・・・うん。もう二度とやらない。お願いされても絶対にやらない!
「志貴。凄かったわ」
楽屋で心身共にライフポイントゼロの僕に先生が満面の笑みでトドメをさしに来た。
「───すみません。少し一人にさせてください」
「しーきー・・・・うわあ。目が死んでる」
アルクェイドさんまでやってきたよ・・・
「ブルー。このままだと志貴がやさぐれモードに入って一週間以上口をきかなくなるわよ?」
「志貴。暫くゆっくり休んでいなさい。私達はちょっと外の様子を見てくるから」
はいはい。行ってらっしゃいませ。
僕は少し休んで帰ります。
気力も尽き果てた僕は楽屋を出て行く先生達を見送り、そのまま意識を落とした。
「──とんでもない事になっているわね」
「新しい魔法でいいんじゃない?これ」
外に出たアルクェイドと青子が眼にしたのは建物に向かって懺悔をする武装グループと、建物を守るように立ちはだかる数人の翼人の姿だった。
「大規模な魔術防壁と天使?の召喚・・・あとアレ・・・明らかに七夜、よね?」
「え?ええええっ!?ちょ、ええええええ!?」
青子が指し示した方向には七夜がいた。
そして七夜は青子達の方を向くと優雅に一礼し、そのまま空気に融け込むように消えた。
「───もしかして、今の・・・」
「実体化していたわね。しかも何度か戦闘した形跡もある・・・・少なくともあの天使達が現れる前から闘っていたと見た方がいいわね」
「ドッペルゲンガー?」
可能性を口にするアルクェイド。
「ではないわね。あれは」
しかし青子は即座にその可能性を否定した。
「確かに。ドッペルゲンガーなら一声かけてくるし。でもそうなると」
「これ以上言わないで」
青子はアルクェイドの台詞を遮ると小さくため息を吐く。
何を言おうとしていたのか分かっていた。
アルクェイドが続けて言うであろう台詞は蒼崎姉妹の長年の努力を破壊するような台詞であると分かっていたために。
「───志貴に世界の法が通用しないって事が改めて分かったわ」
「無意識での事だと思うからあまり言わないであげて。多分本人も知らないことだろうし」
「志貴の優しい祈りが奇跡を起こした・・・良いわね」
「奇跡ね・・・・うん。そうね。大規模な奇跡が起きたって事で」
「え?」
「明日になれば分かるわ」
「危篤患者達が聖母の声を聞いた───か」
橙子は新聞を机の上に放る。
あの会場の側にあった病院施設に入院していた重病・重症患者達がそろって聖母の声を聞いたと騒ぎ出したという。
中には意識不明だった患者もいたらしいが、その患者ですらその声を聞いた直後より容態が急変。
全ての患者が回復に向かっている───と、新聞には書かれていた。
「まあ、現地の新聞だし・・・深く突っ込むこともできないだろうな」
「あの日会場にいた全員の情報は改竄済みよ。協会と教会がすぐに動いたけど・・・その新聞も初刷りだけ。今姉貴の手元にあるその新聞以外は存在しないわ」
扉に背中を預けた状態の青子が疲れたように首を振った。
「どうかしたのか?」
「負傷したSPとかの傷が完全に癒えていたらしいのよ。まるで撃たれた事実すらないように」
「は?」
「途中から両者とも争っていることすら忘れて聞こえくるはずのない歌を聴いていたらしいわ」
「・・・・」
「そして突然ホールを守るように“天使”が現れて魔術障壁を形成したらしいわ」
「───もう魔法でいいだろ。それは」
「志貴の歌声は魔法を超えたとまで言われたわよ・・・あと七夜が3曲目辺りからあのホールの外でSP達を援護していたらしいのよ」
室内の空気が固まった。
「───今、なんと言った?」
「七夜が3曲目辺りから戦闘に割り込んで終了まで死傷者が出ないように援護していたようなのよ。因みに私もお姫さんも一緒に七夜を見た上で・・・アレはドッペルゲンガーではないとの結論よ」
「まさか・・・」
愕然とする橙子。そして青子は
「まあ、志貴だからしょうがないじゃない」
どこか投げやりにそう言うと部屋から出て行った。
「───この新聞は永久保存版として保存しておかなければ・・・しかし、また問題か・・・もう魔術・魔法・志貴というカテゴリーで良いんじゃないか?」
橙子は唸りながら新聞を机の引き出しに締まった。