「やらかしちゃいましたね〜」
琥珀さんが僕の肩をポンポンと優しく叩いて慰める。
「いや、まあやらかしたと言えばやらかしたんですけど・・・ここで言う台詞は───」
違うんじゃないかな?と言う前に琥珀さんは爽やかな笑顔でサムズアップする。
「お姫様を助けに来たぜ!御代はお姫様の熱い口づ「熱いアイロンの用意ができております。志貴さまこれをアレの口へと」冗談です!志貴さんそんな危ないものはポイしちゃいましょうね〜」
翡翠ちゃんのアイロンを見た瞬間に琥珀さんは慌ててバックステップで距離をとり、僕がアイロンを受け取るとすぐに冷や汗をダラダラ垂らしながらゆっくりと近付いてきた。
僕は翡翠ちゃんから渡されたアイロンを───
翡翠ちゃんへと渡し、
翡翠ちゃんは受け取った瞬間に琥珀さんへとフルスピードで投げた。
PANIC
「ひ、翡翠ちゃんのお姉ちゃんに対しての愛はウェルダン・・・・」
翡翠ちゃんの超至近距離での超剛速球(?)に対して琥珀さんはこれまた超反応での抜刀でアイロンの軌道をずらして対応。
───軌道をずらしたアイロンが壁に突き刺さっているのは見なかったことにしておこう。
だってアレが琥珀さんに当たっていたら──────アレ?どうしてだろう。頭に突き刺さったまま笑っている姿しか想像できない。
「貴女に対して愛という概念があるとでも?」
僕が悩んでいる横で翡翠ちゃんが無茶苦茶無表情で琥珀さんに爆弾発言を───あ、いつも通りか。
「えっ?・・・・・えっ!?」
でも琥珀さんに大ダメージ。あ、路上でふて寝した。
まあ、琥珀さんは放っておくとして・・・どうしよう・・・ネロさんに逃げられちゃった・・・
流石に今の状態で逃がしてしまったのはかなりマズイ。
分からないだけかも知れないけど、今のところ被害者が出たと言った情報は聞こえてこない。
混沌で相手を丸呑みにしてしまったら被害者が居るのかどうかも分からないけど、今の状況から考えると少なくとも女の人の被害者はゼロなんだろうなぁ。
「志貴さま。相手は手負いどころか瀕死です。しかし、逃げ場を失い変態行為に走りかねない獣。ここは七夜さまにお任せした方が得策かと愚考いたします」
へ、変態行為って・・・あ、琥珀さんが翡翠ちゃんの足下へと転がってスカートの中を───
ゴグジャッ!
・・・うん。僕、七夜くんとチェンジするよ。
さて、志貴の気遣い(小さな親切)で代わって貰った(強制交換)ものの、相手に逃げられてしまった挙げ句交代した方が良いとまで言われ十数分前の状態に戻ったが・・・怒ってないぞ?
周辺巡回をすること40分、
まさか公園のベンチで黄昏れている変質者(ネロ・カオス)に出会すとは思わなかった。
しかも女装?で。
別の意味で本能が警鐘を鳴らしている。
逃げなければ。
大柄のオッサンがどこから調達したのか女性物のスクール水着を着てベンチで黄昏れているなんて光景を見たら誰だって逃げる。
しかも獣耳のヘアバンド────いや、アレは恐らく本物だ。そんなモノまでセットで。
アレは視覚兵器だ。近付くと死ぬ。
どこにあんなサイズの代物があったのかも疑問だが・・・っ!?気付かれた!
ネロは勢いよく顔を上げるとこちらを見て
「やはりお前が私の初恋の相手か!」
そう叫んだ。
「馬鹿か貴様は!このやりとりも二度目だがその台詞は女性に言え!」
「女性が怖いから男性に言ってみたのだ!」
「言うな気色悪い!」
夜の、人気がない公園で二人。
その二人の内ごついオッサンが俺に向かって初恋だ何だと叫ぶ。
警察が来そうな状況だな。
そして今更ながらだが───アレに接近しなければ殺せないという事実に愕然としていたりする。
アレの死点に直接攻撃すれば仕留められると思うが、今なら間違いなく両手を広げて「カマン!」とか言いそうで怖い。
「さあ我が伴侶よ!ちゃんと愛の苦難も用意した!全て走破し、我が胸にcome on!!」
そう叫ぶや否やネロの陰から獣達が姿を見せる。
やはり弱っているのか数はそこまで多くはない。
心を落ち着けて踏み込む姿勢を取り、敵を見据える。
気配は───背後の一つ以外は全て敵。
志貴も落ち込んで眠っていることだし、一気に行こう。
俺はその判断と共に────バックステップを取った。
「むっ!?」
ネロが唸る。そして同時に何重もの剣が獣達へと突き刺さり、燃えだした。
「なっ!?これは教会の・・・・代行者かっ!」
突然の攻撃に慌てるネロ。
いや、まあ普通の状態なら何も言わないが、スクール水着着用の状態で慌てられると・・・
しかも夜の暗い状態で誤魔化せていたが今は周囲が燃えている状態。
つまりは火の灯りでネロの姿がはっきり見える。
黒いコートを身に纏ったごついオッサンのスクール水着姿。
その場に踞って吐いて良いですか?
さっき後ろの方でも「ひぃっ!?」って聞こえたし。
視覚的に猛毒であってもコイツを仕留めなければならない。志貴のためにも。
感情を殺し、ただ目の前にある物体を殺すために間合いを詰める。
バックステップした分距離は空いていたが、敵となる獣達も既に居ないため俺はソイツの前へと易々と到達し────
「ッ!?着たか我が元へ。さ「消えろ」・・・・・ぉ」
何か言いかけていたネロの死点にナイフを突き立て、素早く離脱した。
「────初恋は、実らない、か」
訳の分からないことを呟いてネロはボロボロと崩れていく。
「・・・とりあえず、終わったか」
内容はどうであれ片付いた。
俺はホッと息を吐き、気配のある方へと体を向ける。
そこには・・・・
ああ、見ない方が紳士的だろう。
俺だってあの姿は吐きたかったんだ。こみ上げかけていたんだ。
何も言わずにそっとその場を離れ、自販機へと行きペットボトルの水を買って彼女の元へと向かう。
「なんなんですかアレは・・・視覚兵器にも程が・・・ぅぷ・・・」
多分視力も強化していたんだろうな・・・モロに直視してしまったんだろう。
俺は彼女の側にそっと水を置き、少し離れる。
辛いのは分かる。あの視覚兵器はどうしようもない・・・それで口をゆすいで今回の悪夢は忘れよう。
「ぅう・・・スミマセン・・・」
「俺の方も貴女の協力がなければアレを長時間直視する羽目になっていたんだ・・・感謝する」
彼女は「ぁあ、貴方は至近距離で」なんて呟いていたが俺の記憶内の映像ではアレ全体がモザイクフィルターの塊と化していてどんな物だったのかも思い出せないようにした。
今日中に今夜の映像記憶は厳重封印しておこう。
俺は気配を薄め、穏行を使いながらその場を離れた。