「ネロ・カオス―――愛を求めるために撤退するか・・・」
アルクェイドはボソリと呟き、何かに気付く。
「―――しかし、逃がして人に被害を与えれば、志貴が悲しむが・・・既に逃げられている以上、どうしようもない。か」
小さく嘆息し、アルクェイドは空を見上げた。
PANIC
さて困った。
真祖の姫は取り逃がしたために落ち込んでいるようだが・・・下手に出れば殺されかねない。
逃がしたと逃げられたでは大きな差がある。
そしてその瞬間を目撃したとなると・・・証拠隠滅のために殺される可能性もある。
しかも俺は奴等にとって敵のような存在。
どうしたものか・・・
兎も角早く移動して欲しい。それだけだが・・・
「ん?」
―――気付かれたのか!?
すぐにでもその場から逃げられるように身構える。
しかし、真祖の姫の視線は俺より僅か右に向けられていた。
そしてその方向・・・木々の茂みから学校で志貴に絡んできた上級生が姿を見せた。
「代行者・・・教会の狗か」
「まさか・・・何故貴方が・・・」
「愛寵する者の機嫌をとるためにネロを倒そうと思っただけだ」
「愛寵!?」
志貴のことだろうな。しかし、愛寵の部分を口にした際、幸せそうな・・・穏やかな笑みだったな。
しかし真祖の姫にここまで愛される志貴は・・・いや、本人は自覚していないだろうな。
フラグ建築士にしてフラグボマーだからな。志貴は。
少し前、先生に「愛してる」と言われて「それはちょっと大げさだと思うよ?」と苦笑して返す恐ろしい子だ。
あの時の先生の絶望した表情は忘れられないな・・・
同じ目にあった場合俺は・・・立ち直れそうにもないぞ・・・・
っと、思考が脱線してしまったようだ。
あちらはにらみ合っているだけであまり進展は───
「───死徒、だと?」
また戦闘モードか!?
「あのものはまだ人間だ。再生すら追いつかぬほど殺してやりたいが・・・そんな事をすれば勘の鋭いあの子のことだ。気付かれるやも知れぬ」
真祖の姫は息を吐き、殺気を抑えこむ。
「・・・理解できません」
「であろうな」
何勝ち誇ったような顔をしているんだ・・・
「・・・くっ」
「見逃してやる。去れ」
「・・・・・」
無言で代行者は姿を消した。
さて、俺も早くこの場を去りたいのだが・・・何故動かない?
「そこにいるのだな?」
・・・・ああ、どうやら気付かれたようだ。
今度はしっかりこちらを捕らえている。
諦めて結界を解き、俺は真祖の姫の前へと向かった。
「その姿では初めまして、と言うべきか?」
七夜はゆっくりとした足取りでアルクェイドの手前まで歩み寄る。
「監視か?」
アルクェイドは目を細めて七夜を見る。
「志貴からの依頼でな。『何か失敗しそうな予感がするからもしもの時はお願い』だそうだ」
「む・・・」
失敗と言われれば失敗だけにアルクェイドは言い返すことが出来なかった。
「力業で何とかなる相手でもないだろう。殺しても混沌に戻られればまた復活する」
「次はまとめて葬る」
「そうだな」
「報告するのか?」
「ああ。しかし、悪いようには報告しないさ」
「ならば・・・」
「?」
今まで凛とした態度だったアルクェイドが急にモジモジとし出したため、七夜は怪訝な顔をする。
「そ、その・・・志貴に愛していると「直接言え」っ・・・・」
「言えたら・・・直接ストレートに言えたらどんなにいいか・・・」
俯き呪詛のように呟くアルクェイドに若干引いた七夜だったが、
「しかし、迂闊に愛してるといった場合・・・先生、ブルーのような目に遭うぞ」
「なんだ?」
「愛してるなんて大げさですよ、と苦笑して返される」
「なん、だと・・・?」
ああ、やっぱり愕然とした。
七夜はため息を吐く。
「志貴は鈍感どころか大好きから愛してるまでの境界とハードルが恐ろしいことになっているようなんだ」
「───しかたない。ならばまずは好きと言ってもらえるよう努力する」
「因みに無理をしてまでネロ・カオスを倒して褒めてもらおうとは思わないことだ」
その台詞にアルクェイドの表情が消えた。
「何?」
「怪我をした場合、アレが泣きそうになるぞ?」
「無理はしない。退く時は退く」
即答するアルクェイドに七夜は若干引きながら頷く。
「もうこれ以上何も起きそうにないな。俺はここで退かせてもらうぞ」
「ああ。ご苦労だった」
アルクェイドの労いの言葉を背に受けながら七夜は公園から離脱した。