アルクェイドさんにとりあえず今日は帰って良いって言われ、僕は先生達に連れ去られた。
帰る時、何か企んでいる───と言うよりも妄想している笑顔だったけど、あれって先生達がよくする笑顔だよなぁ・・・主に失敗して大事になる感じの。
うん。僕の見間違いじゃない。七夜くん・・・後でお願いね?
PANIC
───志貴のお願いを受け、俺は現場で待機していた。
自身の周辺に結界を張り、相をずらしてこちらを認識できないようにし、準備は完了した。
俺の目的は状況の確認と最悪の場合ヘルプを行うためだ。
相手の事は分かっている。俺ではどうしようもない相手だが・・・それでも依頼は依頼。
すぐにヘルプを呼ぶ用意も出来ている。
後は退魔衝動だけだが───始めから身構えている以上、よほどの事がない限り大丈夫だろう。
有間啓子が突然やってきたら分からないが・・・
真祖の姫が公園の広場にやってきた。
「・・・・・・」
何だ?この覇気は。
本能が逃げろと訴える。
そして、ある事に気付いた。
―――髪が、長い?
おかしい。
奴は、何だ?
確かに真祖の姫、アルクェイド・ブリュンスタッドだろう。
憑依か?
アレに憑依出来る力を持つ存在がいると?
しかし憑依されたとなると・・・護衛失敗と言うことか・・・
まあ、とりあえず今は状況確認だ。
己にそう言い聞かせ、俺は静かに時が過ぎるのを待った。
十分程経過した辺りで周辺の空気が変わった。
同時に本能が最大警鐘を鳴らす。
殺気の群れがやってくる。
ニゲロ
本能が叫ぶ。
しかし―――過去の最大警鐘と比較した途端に警鐘がピタリと止んだ。
比較対照は二件。
蒼崎姉妹の喧嘩と有間夫妻のガチバトル。
それらと比較すれば大抵の最大警鐘はランクが下がる。
今回は二ランク下がったレベルだけに何も問題はない。
まあ、命に関わる危険である事には変わりないが・・・
「真祖の姫自ら出迎えてくださるとは光栄だ・・・」
真祖の姫の手前の闇が動いた。
現れたのは男。
間違いなく死祖27祖の一人、ネロ・カオスだろう。
残念ながらこの位置からは男の背しか見えない。
そして男の背に隠れ、真祖の姫の姿を見る事が出来ない。
戦闘は始まっていない。
大きく動く前に動こう。そう判断した矢先、
「滅びよ」
真祖の姫が発したたった一言。
その一言で状況が一気に変わった。
再び本能が最大警鐘を響かせ、同時に真祖の姫から発せられた膨大な魔力に空気が、世界が軋む。
「!?」
結界のおかげで真祖達のいる空間とは異にしていても、その力は圧倒的だった。
───まさか異相結界が破られそうになるとは・・・
結界点は辛うじてその役割を果たしているが、あと少しでも圧力が掛かれば破れかねない。
逃れる事の出来ない絶対的な死を予感させる。
その力に男も数歩後退り、男の影が逃げようと激しく動く。
男が動いたおかげで真祖の姫の姿を確認できたが・・・その姿を見た瞬間、プレッシャーが増した。
―――これは、拙い。
常人ならばこのプレッシャーだけで死にかねない。間違いなくこちらが護衛に入るような相手ではない。
下手をするとこちらが巻き込まれて無駄死にしてしまう。
明らかに異質。明らかな強者。絶対不可侵の相手だ。
志貴の目を通して見たあの真祖の姫とは似ても似つかぬ『本当の王族』だ。
「そなたを滅ぼせば・・・志貴に褒めてもらえる」
――――何ですと?
今、ずっと鳴り続けていた最大警鐘が止まったぞ?
本能すらフリーズするほど場違いな台詞が聞こえた気がするが?
真祖の姫が志貴に褒めて貰うためだけに敵を倒す?
いやいやいやいや。恐らくは聞き違いだ。
そう判断して意識を二人に向ける。
「っ!?まさかこれほどとは―――」
ネロ・カオスは久しく忘れていた感情に顔を歪める。
それは「恐怖」
目の前の真祖の姫が口角を僅かに上げるのを見て己が絶対に逃げられないと悟った。
「「我等が思い人のために―――消えろ」」
その台詞と共に周辺の空間が歪み、左右から真空の刃が襲いかかる。
「ぬっぐおおおおおおおおおっっっ!!!」
ネロは混沌を駆使して防御を試みたが、真空の刃は容赦なく混沌の盾を切り裂いていった。
「―――よもや、一撃で2割を切り刻むとは・・・何故だ!?」
予想以上の力を持っているアルクェイドにネロは思わず叫んだ。
真祖は力の大半を吸血衝動の制御に回している。更に目の前の真祖の姫はある理由で更に力を失っていたはずだ。
「簡単な事。今この身に吸血衝動はない」
「なっ!?・・・・・馬鹿な!あり得ん!」
そう。有り得ない。
だがネロの前に立つ真祖の姫はそう言い放ち、そしてそれを証明するように力を発している。
混乱するネロに追い打ちを掛けるようにアルクェイドは腕を振るう。
風斬り音がした直後、ネロの体の半分が千切れ飛んだ。
「!?」
「ふむ。すこし引くタイミングを間違えたか」
この時点でネロは勝ち目がない事を悟り、如何にしてこの場から撤退するかだけを考えていた。
例え逃げられないと分かっていても、どこかに突破できる箇所があると信じ。
「何故」
混沌は既に半数近く失っている。
ネロは考える。
例え下策であっても時間稼ぎは必要だ。
「衝動を消す方法とは───」
少しでも時間稼ぎをとネロは言葉を紡いだが、
「愛だ」
「─────は?」
ネロの全思考が止まった。
「愛だ。相手の事を強く、深く想う。それだけで吸血衝動は消えたのだ」
理解が出来なかった。
「愛・・・?」
「そうだ」
「・・・愛、か」
それはまったく考えても見なかった。確かに一考に値するかも知れない。
理解できないからこそなのだろう。
「ならば私はその愛を求めるためにこの場を退こう」
そう言うとネロは残った混沌を全て集めて密度を増し、自身を覆う鎧とする。
「む?」
「真祖の姫君・・・此度は一時退く。今は勝てる相手ではないと身をもって知った・・・さらばだ」
ドンという音と共にネロが姿を消した。
アルクェイドに追われぬよう全力でその場から撤退したのだ。
「───愛を求める。か・・・面白い」
アルクェイドは口の端を僅かに上げて笑みを作った。