僕は何も心配せずに眠るようにと言われたものの、考えてみると夕飯まだなんだ。
僕は夕飯を食べる気力はない。
でも秋葉は―――いや、流石に秋葉の食事の用意くらいはしているよね。
「あの、兄さん・・・これはどうやって食べるものなんですか?」
コンビニのおにぎりを二つと紙パック牛乳を持って僕の部屋にやってきた。
何だろう・・・秋葉の扱い、凄く酷くないかな?
PANIC
秋葉に食べ方を教えて宿題をやり始めた矢先に翡翠ちゃんが部屋に来た。
「志貴さま。賊は体を切り離して逃走したとのことです」
「??」
あ、そういえば琥珀さんが翡翠ちゃんの代わりに何かを退治するとか言っていたような・・・
しかも体を切り離す敵?それとも使い魔が?
どんな相手なんだろう・・・
「こちらが敵についての資料です」
「!?」
もしかして、もう相手のことが分かっているの?
「今回の相手は有名なので比較的楽に調べ上げることが出来ました」
そう言って手渡された資料はA4の紙の束。
「後30分ほどで今回までの敵の攻撃パターンとモーションを動画解析したデータを志貴さまに提出できるかと思います」
「動画解析!?」
「はい。こちらの資料にある攻撃パターンの他にいくつか新しい攻撃モーションが発見されたので、更に対策が立てやすくなります」
―――分からないけど相手の人?ご愁傷様です・・・
とりあえず宿題を終わらせて、予習をちょこっとした後、いつものように七夜くんへの報告を書く。
―――今日は色々と迷惑をかけてごめんなさい。
最後にそう書いた。
七夜くんはいつも頑張って結果を出して、その結果を僕がとっちゃってる。
僕は僕でただ運が良いだけ・・・
「・・・・・・本当に、七夜くん・・・ごめんね」
僕も何か七夜くんの役に立つような事しないと・・・
何が僕にできるかな・・・僕にできる事って、この体を渡す事くらいだし・・・
今、渡したら、喜んでくれるかな・・・・
――――どうしてだろう。何か、七夜くんが怒っている気がする。
うにゅ・・・何かプレゼントをしてみようかな・・・
ノートを閉じて息を吐く。
とりあえず、今日はもう寝よう。
今日はあ本当に色んな事がありすぎた。
薬は問題ないって言われたけど、凄く心配だし、あのお姉さんの事も心配だし・・・駄目だなぁ・・・僕。
心配事ばかり増やして。
先生もお姉ちゃんもみんな優しいから「大丈夫」って言ってくれてるけど、僕一人でも何とかできるくらいにならないと。
「志貴さま。ネガティブスイッチが入っているところ申し訳ありません」
「ひゃうっ!?」
翡翠ちゃんがいつの間にか僕の後ろに立っていた。
「翡翠ちゃん!?・・・それは?」
「志貴さまの―――七夜一族の持ち物です」
「!?」
七夜、一族の?
「本来の持ち主は不明ですが、代表して志貴さまが受け取れば問題ないかと」
七夜くんが喜びそうな物だ。
僕より七夜くんが受け取るのが一番だろうな・・・
「―――僕が預かっておくね。後で七夜くんに渡すよ」
「志貴さま」
「?」
「そのネガティブスイッチはどこを押せばOFFになるのですか?」
さっきから言っているネガティブスイッチって、何?
「志貴さまにしかできない事も多くあります。そして―――」
翡翠ちゃん?
今、目が光った気が・・・・・・
「これから起きる数々の事件は志貴さまがいなければすべて大惨事になります」
「はぁ!?」
なんだか途轍もないことを言ってるよ!?
「事件!?そんなことに僕は首を突っ込ま―――――――」
突っ込んでる。
うん。確実に突っ込んでいるよ・・・
多分、昼間のあのお姉さんが真祖。
そしてもしかすると翡翠ちゃん達が追い払った敵というのは・・・もしかして
僕は慌ててさっきもらった資料を引っ張り出す。
「お察しの通り、賊は警備が特に厳しい此処に真祖の姫なる人物がいると思っているようです」
「・・・・」
絶句。
大変なことにみんなを巻き込んでしまった。
「しかし・・・ただ多くの命を持ち、形を変えられると言うだけ・・・わたしや姉さんを倒すには役者不足です」
「―――え?」
翡翠ちゃんが何かとんでもないことを言い切りましたよ?
「メイドは主の要望に対し24時間臨戦態勢。そして24時間戦い続けられるだけの体力を持ち合わせております」
メイドさん凄い・・・・
いや、多分翡翠ちゃん限定だと思うけど・・・・ああ、琥珀さんもかな。琥珀さんはメイドじゃないけど。
「以前秋葉さまに言われ、どれだけの間臨戦態勢でいられるかテストしてみましたが・・・4日過ぎた所で他のメイド達に泣き付かれ、テストは中止となりました」
四日間ノンストップ臨戦態勢・・・多分臨戦態勢どころかずっと仕事していたんだろうなぁ・・・
「?よくご存じで」
心を読まないで。しかもずっと仕事してたんだ。
「おかげさまで屋敷内の全清掃業務を覚えることが出来ました」
「そこは微笑む所じゃないから・・・・」
「例え敵が兵を二手に分けようともわたしと姉さんがいる限り志貴さまと秋葉さまに傷を負わせることは不可能です」
どうしてだろう。秋葉がおまけのように聞こえるよ?
「―――今日は色々ありすぎて疲れたからもう寝るね」
「はい。お休みなさいませ志貴さま」
寝る支度を整え、七夜くんと交換する用意も調えた。
でも――――
その日七夜くんは表に出てこなかった。
「おはようございます志貴さま」
「――――ぇ?あ、おはよう翡翠」
気が付いたら朝だった。
多分寝たと思うんだけど、眠った気がしない・・・
「志貴さま。バイタルゲージが僅かに下がっています」
「バイタルゲージ?」
「はい。志貴さまの生命力・・・生きる活力です。ただ昨日からゼロゲージは存在しませんので問題はないとは思いますが」
翡翠ちゃんが凄い事を言っている・・・ってゼロゲージがない!?
それって死なないって事!?
「志貴さま」
翡翠ちゃんがゆっくりと首を横に振る。
「どのようなものにでも終わりはあります。この星にも・・・ただ志貴さまはこの星の決まりから少し出てしまっただけのことなのです」
イッテイルコトガヨクワカラナイデスヨ?
「それ以前に志貴さまの身に万が一と言うことは今後ありません。志貴さまのためならば・・・・例え見えないものでも、殺してみせます」
翡翠ちゃんが翡翠ちゃんじゃない気がしますよ!?
琥珀さん!?琥珀さんが犯人でしょ!!
頭を抱えたくなった矢先、翡翠ちゃんが僅かに顔をしかめた。
「?どうかしたの?」
「いえ・・・どうやら朝食の準備がとと・・・・姉、うざい」
見る限りイヤホンも何もつけているようには見えないけど、会話が出来てるっぽい。
多分今食堂に行ったら琥珀さんが失意体前屈してると思う。
よし。すぐに行ってみよう。
結論。
あと一歩で琥珀さんは首を吊る所でした。
食堂で。
「どうせ琥珀だからそれくらいでは死にませんよ」
って秋葉は平然とお茶を飲んでるし、
翡翠ちゃんは翡翠ちゃんで
「志貴さまに首吊り自殺擬きの姉さんを見ながら食事をしろと言っているのですね?」
もの凄く恐ろしい殺意を琥珀さんにだけ向けてお説教をはじめた。
でも殺気って、そんな風に外部に漏らすことなくピンポイントに向けられたんだ・・・
あと、
「吊るなら地下牢で吊ってください。そうですね。わたしが連れて行きましょうか?」
なんて翡翠ちゃんがお説教の最後にボソリと言った途端、琥珀さんが泣きながら翡翠ちゃんに縋り付いて謝っていた。
何だろう。実は琥珀さんって閉所恐怖症?
って、地下牢あるの!?
なんだかとても聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。
僕は朝食を食べることに専念することにした。