「―――拙い、な」

七夜は小さく嘆息する。

その嘆息は背後から吹いた風によって消えたが、その風が数分前に一つの情報を七夜に与えた。

よりにもよってこの周辺に最も遭いたくない人物がいる。

最も遭いたくない人物と位置づけているにもかかわらず、七夜の中にはすぐに三人の名が浮かんだ。

有間啓子、時南朱鷺恵、そして手紙に書かれていた真祖の姫―――

ただ、その中で真祖の姫は先の二人よりまだ危険度は低いと認識されていた。

 

 

 

 

 

 

PANIC

 

 

 

 

 

あと少しで志貴と替わる事が出来る。

しかし最も遭いたくない人物とは誰なのか・・・

有間啓子と時南朱鷺恵ならば自分ならばやり過ごすことが可能。

しかし真祖の姫の場合は―――最悪の事態になる可能性もある。

志貴の場合はその逆だ。

そもそも志貴は真祖の姫の事は分からないだろう。

それに退魔衝動も問題ないと思う。

志貴の退魔衝動はこちらで押さえ込める程微々たるモノだ。

ならば俺のままで真祖を回避するべく動いたほ―――――っが・・・・

拙い。こんな時に・・・いや、こんな時間だからこそ俺と志貴の境界が・・・

俺は急いで木陰へと走る。

と、

「・・・?」

金髪の女性が公園へと入ってきた。

 

 

拙い!奴が真祖の姫だ!

自然にして異質。人ならざる者。俺の中の全てがアレを殺せと訴える。

それに呼応するかのように俺の体は短刀を抜くと奴目掛け――――

「っあああああっっ!!!」

この俺を!七夜志貴を舐めるな!

残っていた理性を全てかき集めて自制する。

そして全力で勢いを殺し―――――

「浮気現場!?」

「どこから湧いて出たぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

悪夢のようなタイミングで真祖の姫のすぐ側に最も遭いたくない人物第1位が降り立った。

奴を感知した時点で俺の理性は完全にゼロ。

こうなるともう俺でもどうしようもない。

俺の意識は退魔衝動に押し流される。

コノ身破魔ノ刃トナリ、一切ノ魔ヲ滅ボサン

抑えていたモノすべてが解放され、俺の体に死の気配がまとわりつく。

「あ、なんか懐かしくも危険なタイミングだった!?」

アレがなにやら焦っているが俺には関係ない。

真祖の姫も俺の突然の行動と更に突如横に降り立ったアレのせいで動くのが遅れた。

好都合。ならば纏めて滅するまで。

「空蝉あーんど遁走!!」

俺の視界からアレが消え、驚いた顔のまま固まっている真祖がいる。

此奴を完全に殺しきるには奴の線を―――

『七夜くん!!』

内側から聞こえた志貴の叫び声と共に俺の意識はホワイトアウトした・・・・

 

 

ああ、斬られた。間違いなく殺された。

わたしはそう感じた。

直前の踏み込みは勿論のこと、次のあの斬撃でもそう感じた。

はじめの踏み込みの際、わたしは動くことが出来なかった。

ギリギリで避けることも出来たかも知れない。

でも出来なかった。

わたしが向かってくる彼を敵と認識できなかったから。

確かに刃物を持って殺意を保ってわたしに向かってきたのに。

でもわたしは彼を敵と認識できなかった。

そして一回目の死の間際。

「っあああああっっ!!!」

その何かを破らんとする声と共にわたしの思考は現実に戻され――――

「浮気現場!?」

突如気配もなく現れてた女性の訳の分からない発言に再び固まってしまった。

そして

「どこから湧いて出たぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

多分魂の叫び。

彼はさっきとは比べものにならない早さで女性に遅いk

「空蝉あーんど遁走!!」

女性はわたしを身代わりにして姿を眩ました。

眼前に迫るは純粋な殺気と絶対的な死。

ああ、こんどこそ殺された。

刃がわたしの皮膚に触れる感覚と同時に意識が死を感知し、肉体が機能を停止させていく。

何故か絶対的に避けられないと感じたためか、あるいは彼からの死というイメージを強烈に叩き付けられたためか―――

薄れ行く意識の中、

「―――ごめんなさい。もう、大丈夫だから・・・」

「・・・え?」

誰かが正面からわたしを優しく抱きしめた。

嗚呼、どうしてだろう。

その声を聞いて心から安心した。

わたしは斬られてもいなければ死んでもいない。

でも、意識は落ちていった。