ィーン

ブレスレットが鳴ったような気がした。

「遠野くん?」

「御免ね、弓塚さん。僕、ちょっと急用が出来たっぽいんだ」

僕は弓塚さんに謝って来た道を引き返し、近くの公衆電話から橙子さんの事務所に電話を掛けた。

『志貴か?』

「はい。何かあったんですか?」

『色々拙い事が起きている。志貴は当分夜間外出を控えて欲しい』

「式さん。それってどういう・・・」

『橙子が細かい事について調べているが、何でも吸血鬼が彷徨いているらしい。しかもその吸血鬼は洒落にならない奴らしい』

気をつけるようにって警告はこのことだったのかな?

僕はとりあえず細かい事を聞くために事務所へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

PANIC

 

 

 

 

 

「あれ?所長達全員今さっき出かけたけど・・・」

「うわ・・・タイミング悪かったかぁ・・・」

事務所にいたのは多分連絡係という意味で待機している幹也さんだけだった。

「詳細を聞きに来たんですけど・・・」

多分幹也さんは何も知らない。

「御免。なにも聞かされてないんだ」

ほらやっぱり。

「ただ、凄い事が起きるのは確実だよ。所長の妹さんと式も一緒に出たし、フル装備で行くとか何とか言っていたから」

「・・・・・・」

確かに凄い事が起きそうだ。

下手をすると周辺一帯が無くなりそうなくらい凄い事が起きそうだ。

「あ、それと」

幹也さんが封筒を僕に差し出した。

「ゼルレッチさんからの手紙が届いていたよ。所長には届いた事言っていないから」

そう言って微笑む幹也さん。

橙子さん達の事をよく分かっているだけに見事な措置だと思う。

でも十中八九バレていると思うんだけど・・・まあ、本人には言わないでおこう。

封筒を受け取ってすぐに内容を確かめ―――まあ、英語だってのは予想していたし、今まで何度か手紙貰っているけど、やっぱり英文って慣れないなぁ・・・

内容は会いたいとか、お土産は何が良いか早く決めて電話を寄越せとか、僕の信者が増えたとk―――――

「はぁ!?」

「何!?どうしたんだい!?」

「あ、いえ・・・これ・・・」

幹也さんにとりあえず1枚目の便箋を渡す。

「え?うわ、細かい英文・・・・えっと・・・・・・」

「下から4行以降の文章です」

「あ、ああ、ありがとう・・・・・うわぁ・・」

やっぱりと言うか、幹也さんが難しい顔をした。

「―――まあ、何と言うか・・・ご愁傷様?」

「・・・他に言い様がない以上、ご愁傷様としか言えませんもんね・・・」

深いため息を吐いて二枚目を読んだ。

良かった。1枚目の文章はフェイクなのかそれとも気の迷いなのか・・・二枚目はまともな事が書かれていた。

そしてその中に見落とせないものが・・・

「近々其処に真祖の姫が来るので遊んでやって欲しい。アレは楽しい事も楽しみ方も知らぬ。志貴と会って何か変わるのならそれもまた面白い」

「真祖の姫?」

「よく分からないけど、どこかのお姫さまが来るって事かな?」

「さぁ・・・」

僕と幹也さんは首を傾げる。

「――――もしかして、七夜くんなら前ゼルレッチさんが来た時に聞いているかも・・・」

僕はそれが七夜くんの地雷だった事に気付かなかった。

だから僕は躊躇うことなく七夜くんと交換した。

 

 

「――――っ、はあ、はぁ・・・・」

突然呼び出された俺は呼吸を整えるのに僅かな時間を要した。

「大丈夫?」

「・・・何とか。話は聞いてましたし、確かにゼルレッチさんから話も聞いていますが、真祖の姫と会うわけにはいかない」

俺の台詞に幹也さんは僅かに眉を顰めた。

「それはどういう・・・」

「真祖の姫とは、吸血鬼の中でも特別な存在・・・ただ俺の中にある退魔衝動が問題で・・・下手をすると相手を攻撃しかねないのですよ」

「あ・・・・」

退魔衝動。

それがどのようなものなのか幹也さんは一度目撃している。

しかも相手は有間啓子。

まあ、偶然外でバッタリ出会してしまい、退魔衝動に駆られて攻撃を繰り出してしまったという間の悪い話。

「・・・確かに、アレは拙いよ」

有間啓子に無数の斬撃を仕掛けたものの、全て避けられ「あの人にはまだ及ばないわね」と言われてしまったが、それを見ていた式さんと幹也さんは硬直していたなぁ・・・

幹也さんなら兎も角、どうして式さんが硬直するのかが分からなかった。

「出来る事なら志貴にその衝動がいかないように俺は暫く潜んでおこうかと思っていたのですが・・・」

「何か問題でもあるのかな?」

「―――当分は志貴と交換できません・・・しかも、夜間外出を控えるようにと式さんや橙子さんから言われたばかりでここにいるのは拙いんですよ」

「あ・・・・・」

それだけではなく、志貴に戻れたとしても場合によっては志貴が俺の感情や衝動に少し引っ張られる可能性がある。

ため息を一つ。

「―――帰ります。ここではなく屋敷付近の公園で暫く時間を潰します」

俺は封筒と手紙をカバンの中に入れ、事務所を後にした。