「・・・・・・」
えっと、とか、声を掛けることすら出来ない。
何だかもう本当に人外魔境に来てしまった感じがする。
お家帰りたい・・・・・・勿論有間のお家に。
あ、でも・・・・翡翠とお母さんなら良い戦いが出来るかも。
考えると有間のお家ってやっぱりここ以上に危険地帯だったかも・・・
現実逃避も兼ねた回想をしていると、
コンコン、コンコンッ
弱々しいノック音がどこからともなく────訂正。ポリバケツの中から聞こえてきた。
PANIC
「もう懲りましたか?」
「ごめんなさい翡翠ちゃんごめんなさい翡翠ちゃんごめんなさい翡翠ちゃんごめんなさい翡翠ちゃんごめんなさい翡翠ちゃん」
「人形はそんな声を出しませんよ?」
「わたし人形じゃありません!翡翠ちゃんのおねーさんです!」
途轍もなく必死な声がした。
「志貴さま。ご判断を」
「─────僕が裁くの?」
「はい。姉さんのしでかしたことは万死どころか4度転生後も同じように殺さねば気が済まない程の行為です。わたしならこの馬鹿姉を因果地平の彼方か十万億土の彼方まで殴りながら送って来るのですが、志貴さまにご判断をお任せ致します」
翡翠、あれだけやって足りないんだ・・・・しかも戻ってくる気だし。
因果地平と十万億土・・・どっちが遠いんだろう。十万億土は死者の行く場所だから殺すと言っている以上、そっちの方がしっくり来るかな・・・
何だか琥珀さんが凄く可哀想に思えてきた。
「許してあげた方が良いと思うよ?凄い怯えた声だったし」
「────畏まりました。姉さん、助かりましたね」
翡翠は息を吐き、手刀でポリバケツの蓋の部分を横一文字に斬った。
「ひぃぃぃっ!?」
「仏の顔は三度までですが、姉さん、志貴さまへの粗相・・・二度目は許しません」
「かっ、畏まりましてございます!!」
ポリバケツの中から直立不動で立ち、敬礼をする和服の女の人。
「そういえば・・・名前、聞いてない」
「あ、失礼しました。わたしは「琥珀と呼び捨てで構いませんし、ポチでもゴミでもクズでも構いません。大変迷惑な話ですがわたしの姉らしいです」───ヒドイ」
琥珀さんかぁ・・・
「あの、琥珀さん。少し聞きたい事があるんですけど・・・」
「はいな。わたしのスリーサイズでs─────冗談デス。秋葉さまのことですか?」
「あ、はい。琥珀さんも僕に気付いていなかったみたいなのでもしかしてと・・・」
「ああ、わたしは女性になられているって事は聞いていましたが、どのようなお姿か分からなかったので・・・秋葉さまにも結構前に説明はしましたが・・・・・・ここ最近多忙を極めていたのでもしかすると忘れているかも知れません」
「結構前って・・・どれくらいか憶えてますか?」
「現在の志貴さんの様子について問われましたので現状と原因不明の性転換について説明しておきましたが、説明の途中で槙久さまの容態が悪化したとの知らせがあったので・・・」
琥珀さんは申し訳なさそうに言う。
きっときちんと説明出来なかったことを後悔しているかも知れない。
「うん。言ってくれただけでも充分です。じゃあ心の準備だけはしておかないと」
「志貴さんは・・・素直で良い子ですね」
琥珀さんは何だかとても感動している。
「秋葉は応接室なの?」
「はい。秋葉さまは志貴さまをお待ちしております」
「・・・・あれだけ喧しかったのによくこっちに来ないね」
「あはは・・・わたしと翡翠ちゃんのやりとりは日常茶飯事なので慣れてしまっているようです。あ、でも今日みたいな事は滅多にありませんよ?」
滅多に・・・今まで何度かあったんだ。
突っ込みたいけど危ないから止めておく。
それよりも秋葉が問題かも知れない。
確かに多忙を極めてようやく一段落ついた頃だと思う。
────僕が女になったって話を忘れてたら追い出されるだろうな・・・
まあ、それはそれで良いかな。
僕は小さく息を吐いて応接室へのドアを開けた。