今日最後の授業が終わった。

「もうやだ・・・・・」

机に突っ伏して呻く。

「ほとんど当たっていたんだろ?だったら良いじゃねーか」

有彦が思い切り景気の悪い顔で僕の前に立つ。

「運良く全部分かるものだったから良かったけど・・・・こんな抜き打ちテストは二度とゴメンだよ」

ため息を吐きながら答えると有彦は顔を歪めて二、三歩後退り、

「全問正解かよ!!チクショー!覚えてやがれっっ!!」

何しに来たか分からないけど、本気で泣きながら走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

PANIC

 

 

 

 

 

カコン――――カラカラカラ・・・・

坂の上に向けて軽く蹴った空き缶が転がってくる。

夕暮れの赤に染まったセカイ。

自分という存在が曖昧になるこの瞬間がとても好きだった。

もう少し暗くなれば更に顔だけではなく体まで隠れるから尚良い。

でも、

「はぁ・・・・・」

なんだか体が怠い。

あのお屋敷に行かないといけないからかな?

おとーさんがあんなこと言ったからかな?

それとも他に何か引っかかることが・・・・

「気をつけて・・・・って言葉かな?」

何に気を付ければいいのかよく分からないけど、あの声は確かに僕に向けて言っていた。

暫く考える。

今までにこんな感じの警告を受けて、何か起きたって・・・・半日どころかすぐ後とかだったと思う。

それに、だんだんと声がハッキリと聞こえてきている気がする。

でも、不快な声じゃなくて僕を心配して知らせてくれる声。

だからこそ声を信じる。

そこら辺の直感は良く当たるから。

「でも、気を付けてっていうのはあのおねーさんの事だったのかな・・・・」

修繕作業を放棄したあのおねーさん。

凄い不思議な人だった。

風邪をひいていたのか赤面症なのか分からないけど、悪い人じゃないと思う。

「・・・・分かんないな・・・・」

そのまま坂道を上りきると、遠野のお屋敷が見えた。

「うわ・・・・」

大きな門扉が行く手を遮る。

そしてその門扉の後ろには──────メイドさんが無表情で立っていた。

 

 

「あの・・・・」

恐る恐るメイドさんに話しかける。

どこかで見た記憶のある人だ。

思い出せない・・・・・・というか、思い出すなと何かが訴えている。

メイドさんは僕をジッと見ている。

そしてフッと表情を和らげると僅かに後ろに下がって深々と一礼した。

「お帰りなさいませ、志貴さま」

「・・・・・・・・・・・え?」

「姿形は変わられても、わたしには分かります」

メイドさんはそう言いながら重そうな門扉を難なく開けた。

「ふぁ・・・・・」

「志貴さま、わたしは志貴さま専属のメイドです」

「えっと・・・あの・・・・」

なんて言って良いか分からない。

記憶の片隅で目の前のメイドさんとノイズ混じりの記憶だけど、昔この屋敷にいた女の子が一致した。

元気いっぱいで軋間さんと正面から互角の戦いをしていた女の子。

確か名前は──────────

「ひ・・・ぃ・・・・ちゃん?」

翡翠って名前だったと思う。

思い出しながら呟いたから聞こえていないと思ったけど、しっかり聞こえていた。

「はい。わたしの名は翡翠と申します。今後、志貴さまの従者として身の回りの世話から身辺警護まで・・・

おはようからおやすみまで、眠った後も志貴さまの暮らしを見詰める事を務めとさせていただきます」

そう言って不思議な呼吸と共にズンッと左足を踏み込む。

「?」

タタタタと遠くで走り去るような音がした。

「ご心配なく。秋葉さまがお待ちです」

メイドさん・・・翡翠ちゃんはそう言って館へ向かって歩き出す。

うーん・・・確かちゃん付けで呼んだら駄目だったような記憶が・・・・何故駄目だったかは憶えてないけど。

あ、もしかして今さっきの震脚はちゃん付けしたからかな?

────どうしても思い出せないけど、危険な感じだからちゃんは付けないでおこう。

そう決めて僕は翡翠の後を追った。