「わ、もう8時だ」
「そのようだな・・・名残惜しいが仕方あるまい」
お姉ちゃんは僕の頭を撫でるとチュッと軽いキスをしてくれた。
僕もお姉ちゃんに軽いキスを返し、立ち上がる。
「志貴、私には?」
「私を不安にさせた罰。もう今日は先生にキスしない」
「志貴〜〜〜〜ぃ」
先生はガクリと項垂れると本当に悔しそうに呻いていた。
──────もしかしたら先生ってキス中毒なのかな・・・
流石にそう思わずには居られなかった。
PANIC
「────────────────あ、ノート忘れた・・・」
僕は有間の家につく直前にノートをお姉ちゃんの所に忘れたことに気付いた。
「えぅ・・・七夜君ゴメンね・・・」
僕は引き返そうか迷ってけど、時間が時間だけに申し訳なく思いながら家の中に入った。
「志貴ちゃ〜〜〜〜〜ん」
和服を着ているのに何故こんなに奇妙な動きが出きるのかというほどジグザグに移動しながら啓子さんが僕に襲いかかってくる。
「学ラ〜〜ンっっ」
完全に啓子さんの射程距離に入った瞬間、啓子さんは僕の胸元をグッと掴む。
その瞬間、僕はその手を外側から掴み、体を反転させながら捻る。
そして顎に掌打を叩き込んで玄関から外に投げた。
高校に進学した時、文臣さんから迎撃許可を与えられたので最近は逃げるより迎撃に徹している。
そして・・・
「く〜らえ〜!!」
庭先から都古ちゃんの声が聞こえ、もの凄い地響きがなった。
都古ちゃんは追い打ちの許可を貰ったらしく、啓子さんが倒れていたら必ず震脚でトドメをさしてくる。
その結果、
「見えたそこぉっ!」
「きゃうっ!?」
「ふふふふ・・・まだまだのようね、都古。そんなんじゃ倒すことはおろかダメージを与えることすらできないわよ」
「それでも・・・それでも時間稼ぎにはなるもんっ!!」
「くぅっ・・・あくまでも志貴ちゃんの着替えを覗かせない気ね!?」
「当たったら死ぬかも〜っ!!寧ろ死んじゃえ〜!」
「中段っ!!」
ガガガガッ───とか、ズドムッ───とか、普通に闘っていたら聞こえないような効果音がとても不吉な台詞と共に聞こえているけどいつものことなので聞かないフリをして自室に入った。
都古ちゃん・・・まだ啓子さんには勝てそうにないね・・・
ガード貫通する必殺技ごときでは啓子さんには通用しないよ。
啓子さんは強盗に入った犯人の刃物を素手で叩き斬るビックリ超人になってしまっているからね。
手加減されていることを学習しようね、都古ちゃん・・・
そんなことを思いながら僕は手早く動きやすい服に着替える。
そして夕食を済まして、ボロボロな都子ちゃんと一緒に勉強をし、自室に入ってベッドに腰掛けた後にゆっくり呼吸を整える。
「───そろそろ・・・かな?」
ズクンと鳩尾辺りに痛みが走る。
そしてそれは凄い勢いで全身を電気のように駆けめぐり僕は耐えられずにベッドに突っ伏す。
気を抜いたら叫び出しそうなこの痛みに耐え切れずに僕は意識を手放した。
「──────」
俺は静かに深呼吸し、ゆっくりと目を開ける。
「悪いな・・・志貴」
苦痛に歪む顔を直接見たわけではないが、あの痛みは俺も毎回経験する。
外部の痛みではないために耐えるのが非常に困難な痛みであることは間違いない。
体内に太い針を突っ込まれ、骨という骨をその針が走り回るような痛みだ。
にもかかわらず志貴は必死に耐えて俺と代わろうとする。
「御免・・・」
泣かせたくはなかったがこの頬に伝っている涙は確実に志貴が痛みに耐えた時の涙だ。
痛む。
ズキリと物理的な痛みを伴うほど心が痛む。
「お人好しが・・・俺なんか消したって良いんだぞ・・・・・・」
何故か、俺は涙を流していた。
しかしすぐにそれを拭って支度をする。
「せめて・・・志貴に苦労かけない程度のモノは用意しておくからな・・・」
意識の深淵で聞いているであろう志貴にそう言って俺は窓から出た。