「悪夢を・・・見たのよ」
日曜の昼過ぎに先生が訪れて発した第一声だった。
先生の顔色は普段から見て有り得ないくらい悪かった。
先生をそこまで追い詰める悪夢というのが気になって僕は話を聞いてみる事にした。
きっと凄く恐ろしい事なんだろう。
僕はそう思って緊張しながら先生の話を聞く。
「志貴と・・・」
ポツリと先生が僕の名前を出した。
え?僕関連?
「志貴と私の離婚届がテーブルにあって・・・」
え?
「私は普通にサインをして印鑑を圧して・・・」
先生が凄い泣きそうな顔をしている。
でもね?先生・・・僕達結婚すらしてませんよね?
PANIC
「ブルーは相変わらず飛ばしてるわね」
非常識人代表のアルクェイドさんにそう言われた先生は僕の部屋のベッドで熟睡中。
「まったくです。私が見た悪夢は婚姻届を微笑みながら見せつけるように破いた後に燃やされるというモノでした。それに比べれば・・・」
え?シオン?
何だかみんなトンデモナイ夢を見ている?
「確かにそれは・・・でもそれもそこまで凹む事?」
「その後「ストーカーのアトラシアさんらしい行動ですね。今後半径20m以内には近寄らないでくださいね」と・・・」
そう言ったシオンちゃんの目元には隈がしっかりとできている。
「あ、それ言われたらわたし往来で泣き崩れるどころか醒めない眠りにつく自信があるわ」
いや、あの・・・どうして二人とも同時にそんな夢を見たのか考えるべきじゃないのかなーと・・・しかも納得した!?
優雅な手つきで紅茶を飲む二人に対し僕はその台詞を言えずに息を吐く。
「───こちらの弱点を見事に突いた悪夢です。油断なりませんね」
カチャリとカップを置いたシオンちゃんがそう呟く。
「夢魔の悪戯?」
「レン以外の夢魔。もしくは魔術ですね」
「え?ここ、外敵の侵入ができないようになってなかった?」
「シオンは昨日わたしと一緒だったのよ」
「・・・真祖のパソコンを修理してそのままマンションで寝ていました」
だとしたら余計におかしい。アルクェイドさんがナニカの気配に気付かないわけがない。
「あー・・・志貴。多分わたしなら絶対に気付くとかそんな事を考えているんだと思うけど、昨日パソコン修理して貰ってそのまま朝までゲームしてたの」
アルクェイドさん・・・
ポットに入っていたアールグレイを勢いよくカップに注ぐアルクェイドさんに頭痛を感じた。
「───悪夢を見ました」
それから十数分後、シエルさんが沈痛な面持ちで応接室へと入ってきた。
「シエルも悪夢を見たの?」
「はい。遠野さんに「僕、カレーの匂いがダメなんです。だからシエルさん。今後近付かないでくださいね?」と・・・夢の中とは言え目覚めてから先程までカレーを週一にしようかと悩んでいたくらいです」
「・・・代行者がカレーを週一に?・・・不可能では?」
「遠野さんに近付く事すらできないのですよ!?最悪月一まで我慢しようかとまで・・・・くっ!」
「・・・考えてみるとシエルのカレー衝動って吸血衝動より厄介よね」
「・・・私も今そう思いました」
シエルさんをここまで追い詰める悪夢って凄いなぁ・・・
「しかしこれで夢魔の可能性は消えましたね」
「そうね。少なくともシエルの部屋に入る事ができる使い魔なんてほぼ有り得ないわね。カレー的に」
琥珀さんがシエルさんの分の紅茶をテーブルの上に置く。
「これを機にカレーを主食とするのを止めてみては?」
琥珀さんは凄くイイ笑顔でシエルさんに問いかけ、シエルさんは凄く苦々しい顔で「数を減らす事から考えます」と返した。
他にも悪夢を見た人がいないか確認取ったけど、橙子さん達は悪夢を見ていないという。
三咲町内限定の魔術?もしかしてワラキアさんの残滓?
このタイミングで事を起こされたのは痛い。
「困りましたねぇ・・・翡翠ちゃんが出かけているこのタイミングで仕掛けられるとは」
・・・ん?
僕は席を立ち、2カ所電話をかける。
結果は白。全員悪夢は見ていないとの事だった。
応接室に戻るとシエルさん達は話し合いを終えていた。
「結論は出たの?」
「情報が足りません。あと少しでも情報があれば───」
恐らくシオンちゃんも薄々気付いていると思う。
「じゃあ情報。一般人一人とある程度の力を持った人、そして弓塚さんは悪夢を見ていなかった・・・」
その台詞と同時に琥珀さんが動き、同時に動いた琥珀さんを僕が崩拳で止めた。
「ないぞっ!?がふっ!?」
うん。見事にヒットしたようで、琥珀さんはその場に崩れ落ちた。
「確保!」
シオンちゃんは倒れた琥珀さんをエーテライトで縛り上げ・・・亀甲縛り上げた。
「え?琥珀が犯人?」
「・・・まさか、薬ですか!?」
「・・・あ!もしかして昨日のお土産!?アレ?でも薬入っている感じしなかったけど・・・」
「狙いはブルーと代行者・・・本当の狙いは代行者です」
「え?」
「カレーをこれ以上とらせないように考えた結果かと」
だとすると先生はとばっちり?
「琥珀はブルーに裁いてもらった方が良いわね」
「いえ、琥珀専用の極刑があります」
シオンちゃんがニヤリと笑う。
「え?どんな刑?」
「地下牢・・・別称四季部屋三日の刑です」
あ、琥珀さん終わった。
「更に、時間に一度・・・槙久愛の日記部屋漁り編を一日分読み上げていきます」
ああ、琥珀さん・・・完全にトドメ刺された・・・
「───ブルーに任せると確実に殺しに掛かりそうなので、琥珀が最も嫌がる罰を考えました」
小声でそう説明するシオンちゃんに頷きで返しアルクェイドさんに運ぶようお願いした。
シエルさんも怖いモノ見たさなのかアルクェイドさん達と一緒に行ってしまった。
流石の琥珀さんもこれで暫くは大人しくなるかな?
───カチャッ
応接室に入ってきたのは先生だった。
「・・・何か、あったの?」
その表情は未だに暗い。
あと、少し寝ぼけているっぽい。
これなら犯人の事を言ってもそんなに反応しないかな?
「先生の他、シオンちゃんやシエルさんも悪夢の被害に遭っていました」
「・・・うん」
先生は聞いているのかいないのか分からない様子で僕の隣に座った。
「犯人は既に捕まえて厳罰に処していますから」
僕がそう言うと先生は小さく頷き、僕をギュッと抱きしめた。
「先生?」
「明日の誕生日プレゼント・・・一日中志貴の隣にいたいの」
「え?」
「駄目?」
不安げな先生が凄く可愛く見えますよ!?
「えっと、誕生プレゼントはそのように・・・」
「トイレ以外は一日ずっと一緒」
「ぅえ!?」
───僕はトンデモナイ約束をしてしまったようです。