都古ちゃんと啓子さんの大騒ぎが終わって家の中が静かになった。
壁に掛けられている時計を見ると22時19分。
何故だろう───酷く、眠い──────
ドクンと心臓が大きく脈打ち、ミシミシと体が軋む。
その痛みに耐えきれず、僕は意識を失った。
寒い──────
真冬の夜──────
窓が開いて──────
朦朧とした意識の中そんなことを考えていた。
──────早く、早く行かないと──────
体を動かそうとした瞬間、また意識が遠退いた。
PANIC
目が───覚めた。
僕は何故か外に立っていた。
───あれ?
上下濃紺の服を着ていた。
そして何よりも驚いたのが、
───声も、体つきも・・・違う・・・?
手が僅かに大きい。体つきも違う───
そして何だか
───何だか、人の体みたいだ・・・
ぼんやりとそんなことを呟いた。
夜の街を歩く。
―――まるで―――夢。
僕はふとこの人物の姿を見たくなった。
するとその人物が苦笑したような気がした。
コツ、コツ、コツ、コツ
街角へと方向を変えて歩いていく。
―――何か、ゲームみたい・・・
カツン
ショウウィンドーの前に立ち止まると、キュッと芝居がかった仕草で方向転換し、窓を見る。
―――うわぁ・・・
そこに写っていたのは170センチ程、銀髪の長い髪と赤い瞳をもつ少年だった。
明らかに日本人ではなかった。
その少年はクスリと笑うと再び夜の街を歩き始めた。
「呼んだ――――――か・・・?」
突然の呼び出しに橙子は志貴の身に何か起きたと直感し、慌ててやってきた。が、そこにいたのは志貴ではなかった。
しかしその身から出ている力の気質は志貴であることを証明していた。
「・・・・・・これが、副作用・・・か」
橙子は愕然とした表情で少年を見る。
「今晩は。そして初めまして―――俺の名は七夜志貴。この名字の意味、ご理解いただけますよね?」
七夜は薄く笑い、恭しく一礼した。
「―――原型とはかけ離れているが・・・なかなか興味深いな。しかし二重人格までセットか」
少し険しい表情の橙子に七夜は微苦笑し、
「俺はどうなるのですか?」
「記憶は統合されているのか?」
「はい。片方が起きている時もう片方は映像か何かを見ているように見えます」
淀みなくそう言いきると目を閉じ、小さく深呼吸をする。
「―――成る程。大体分かった。少し調べたいのだが・・・大丈夫か?」
「はい。ええっと・・・「橙子で構わん」橙子さん」
微笑する七夜に橙子は小さくため息を吐く。
「七夜と呼ばせて貰うが・・・七夜は志貴と違って心からの表現がないのだな」
「今日初めて外界に出ることの出来た人間にそう言いますか?」
「ふむ・・・何か特殊な条件があるのかも知れんな・・・仕方ない。青子も呼ぶか」
橙子はそう呟き歩き出した。
七夜も橙子の後に続いて歩き出す。その姿はカップルの夜歩きにも見える光景だった。
「さて―――大体解ったが七夜は志貴をどうするつもりだ?」
一通りの調査を終えた橙子は七夜を軽く睨む。
「・・・・・・」
七夜は答えずに目を瞑る。
「大丈夫だ。先ほど眠らせた」
「―――そうですか・・・」
七夜は小さく溜め息を吐きゆっくりと目を開ける。
「闇を狩る一族、殺しを生業とする七夜は俺だけで十分です・・・志貴には明るい世界を歩いて欲しい・・・」
七夜はゆっくりとそう呟いた。
「二重体である以上それは避けられない・・・か」
橙子は腕を組み、息を吐く。
「ずっと見ていましたから・・・志貴に闇は似合わない」
「志貴に惚れたか?」
「自己愛の極みですよ」
苦笑する七夜に橙子は「違いない」と苦笑で返した。
「志貴ッ――――――!?」
バンッとドアを蹴破らんばかりの勢いで入ってきた青子が動きを止めた。
「――――――――――――志貴?」
「はい。初めまして・・・七夜、志貴です」
プチン
律儀にお辞儀をする七夜に青子が切れた。
「綺麗〜可愛い〜〜〜〜」
ガバッ
「っ!」
七夜は咄嗟に手刀を青子の喉元に放つ。
「っとぉ・・・ふ〜ん・・・」
ギリギリの所で重力を無視したような反転と二段ジャンプで手刀の次に放たれた蹴りを避けて地面に降り立つ。
「止めておけ。体術面では話しにならんぞ」
「七夜って・・・あの七夜?」
「そうだ。あの七夜だ」
「押し倒せないの?」
「・・・・・・押し倒したいのか?」
「だってこんなに美味しそうな美少年、しかも志貴よ!?」
その台詞に志貴は僅かに身構える。
「―――よかったな。志貴が聞いていたら嫌われていたぞ」
「はぁ?」
呆れたようなよく分からないような顔をする青子に橙子は事情を説明した。
「―――愛でるのも好きだけどこんなに美味しく育って他に取られたくないじゃない・・・」
完全に拗ねてしまった青子に七夜は深いため息を吐く。
「本気で一目惚れらしい。アレは悪気があって言っていないが、許してやってくれ・・・」
いじけている青子を睨み、七夜に形ばかりの謝罪を代わってする橙子。
「気にしてませんから」
苦笑する七夜に橙子はフッと小さく息を吐いた。
「橙子さんは、どう考えていますか?俺と・・・したいですか?」
「えっ?」
突然そう振られたことに橙子は珍しく狼狽える。
「どうですか?」
「――――――そうだな・・・その美貌と性格故恋敵が出来ても仕方がないとは思うが・・・その、したくないと言えば嘘になるが・・・」
七夜にジッと見つめられ、橙子は僅かに顔をしかめる。
「あんなに冷静冷酷な姉さんが実はプラトニック?」
「煩いな・・・」
「・・・・・・俺は先生も橙子さんも好きですし、数え切れないほど志貴がお世話になっていますから・・・良いですよ」
「「え゛!?」」
クスリと蠱惑的に笑う七夜に二人は固まった。