三学期に入り数日が経過した。
これといって事件が起こるわけでもなく平凡な日が続いていた。
そんな中、
「ふぅっ・・・」
弓塚は小さくため息を吐き汗を拭う。
「気付かれないようにするのも大変だけど、無防備過ぎだよぉ・・・」
そう言いながら人目を避け校舎裏へとそれを運んでいく。
気を失った男女数人を一人でまとめて引きずっていく。
弓塚さつき。この時点で既に人の領域を越えた強さを身につけていた。
PANIC
「いよぅ!」
「なんだよ有彦。ニヤニヤして気持ち悪いな」
僕は馬鹿みたいににやけ笑いをしている悪友、乾有彦を睨んだ。
この悪友、僕が女の子になった後に会った際、突如結婚を申し込んできた。
とりあえず先生から教わった通り眉間にナックルをお見舞いしてあげたらそれ以降「強敵と書いてともと呼ぶ!」等と分からないことを言いだす危ない奴になってしまった。
まぁ、面白いから良いけど。
そんな有彦が不意に神妙な顔で声を潜める。
「なぁ・・・お前が凄腕の護衛を雇ったって噂があるんだが・・・マジか?」
「はぁ?どうして僕が護衛なんて雇わないといけないのさ」
「いやな、最近お前をどうにかしようっていう連中が全員謎の人物に襲われて大怪我してるんだよ」
「僕にそんなお金無い」
お小遣いとお年玉を貯めに貯めて20万くらいはあるけど護衛とか雇うのってそれ以上かかると思う。
「いや、遠野の家からってことはどうだ?」
ボソリと周りに聞こえないように言う有彦に僕は首を横に振る。
「僕は厄介者だからそんなことは絶対にしないよ」
───でも先生やお姉ちゃんならあり得る・・・かな?
あの二人、過保護だから・・・
僕は苦笑しながら有彦に情報の礼を言い、帰り支度をする。
「う〜〜っ髪が鬱陶しいよぉ・・・」
髪を掻き上げながらそろそろバッサリと切ってしまおうかと考えながら鞄を持って周囲を見る。
「・・・・・・何で、みんな僕を見るのさ・・・」
クラスメイト全員が僕を見ていた。
「有間くん・・・どうしてそんなに色っぽい仕草を自然に行えるかな・・・」
「?何が?」
顔を真っ赤にしながら僕のすぐ隣にいた女子がため息混じりにそう言った。
色っぽい?そんな馬鹿な。
僕は顔を顰め、首を傾げる。
「小さく首を傾げながらどこにともなく流し目をしつつ滑らかに手櫛で髪を掻き上げる───なんて普通の人がやったら嫌味にしか見えんが有間くんがすると様になり過ぎていて洒落にならないの!」
「・・・・?」
やはりよく分からない。
「ああもうっ全く分かってないんだから!!」
「可愛すぎて綺麗すぎて危険だよね」
「───要約すると変だから止めろって事?」
「分かってない!」×26
教室に残っていた全員にツッコミを入れられてしまった。
「でも僕男だし・・・」
「関係ない!」×27
またも教室に残っていた全員にツッコミを入れられてしまった。しかも何故か増えていた。
「ただいま〜」
玄関口に立ち、とりあえずただ今のかけ声をかける。
それがいつもの習慣となっていた。
そして
「志貴ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっっっ」
家の奥からその声が聞こえた瞬間僕はいつも通り身構える。
そしてそれは世界陸上選手ですら負ける見事な走りっぷりで僕に迫る。
「・・・」
僕は小声で魔術詠唱しそれを待つ。
ダンッッ
それは玄関口の手前で踏み込むと一気に僕との間合いを詰めた。
でも
「残念でした♪」
一瞬にして僕の体は霧散する。
大気中の水蒸気と光の屈折率等を魔術で変えることで幻影を作りだした。
そして僕は自分の周りに同じ原理で他から姿が見えないように空間を屈折させて家の奥へと進んだ。
と、
ポスッ
小さな女の子が僕に抱きついてきた。
「都古ちゃん」
僕に抱きついてきたのはこの有間家の長女、都古ちゃんだった。
そして僕が都古ちゃんに気を取られたため、
「志貴ちゃ〜〜〜んっ」
一瞬のうち背後を取られてしまった。
「ただいまのスキンシップ」
義母―――有間啓子さんがそう言って満面の笑みを浮かべながら手をワキワキと動かす。
「!!」
―――そう、この人は僕のズボンだけを脱がせ、「学ラン生足〜」とか言ってからかう。
そしてズボンをはかせると今度は僕の学ランを脱がせ、胸のサラシを「形が悪くなるからすぐに外しましょうね〜」と言ってひん剥く。
発作で暴走している時、この人に倫理観という言葉はない。
頭の中は『萌え』への飽くなき追求しかない。
僕はこれから起きるであろうセクハラにブルリと震えた。
だが、それは訪れなかった。
「都古・・・退きなさい」
「や!」
都古ちゃんが僕と啓子さんとの間に入って啓子さんのセクハラを止めてくれるらしい。
二人とも睨み合っている。
「志貴ちゃんの学ラン生足が見たいの!都古は部屋で算数ドリルをやっていなさい!」
啓子さんの尤もらしいけど大人の事情込み命令発動!
「ぅ・・・おねーちゃんとお勉強するもんっ!」
都古ちゃんがそれを逆手にとって僕を逃がしてくれる!
「っ・・・・・・」
「ぅ〜〜〜〜っっ」
二人が睨み合っている間に着替えてこよう・・・そうすれば発作も収まってくれるはず・・・
僕はそっと二人から離れると自室へと急いだ。