どんな手続きを取ったのか解らないけど僕は男の子としていて良いらしかった。
中学校に上がったときも学校側の配慮で制服は男子の制服で良かった。
そのことをお姉ちゃんと先生に言ったら二人とも同時にグッドマークを出して「萌え」と言った。
更に二人に髪を伸ばすように強く勧められた。
何だかよく分からないけど喜んでくれているから良いかなと思った。
預けられた有間さんの家も僕を大切にしてくれる。
でも、偶に有間のお母さんは発作的に僕に襲いかかってくる。
いつも襲いかかってくる時に「萌え〜〜」とか叫んでくる。
僕はお姉ちゃんと先生から習った魔術で何とか逃げているけど最近それ以上にお母さんの反応が早くなっている気がする。
お母さんは「愛のニュータイプ」とか言っているけど人の領域を越えているのは気のせいかな・・・
だから僕はいつも時間ギリギリまで学校にいる。
休みの日でも学校で色々なお手伝いをしている。今日みたいに・・・
PANIC
僕は中学生になり、何とか一年を終え、二年目の冬休みに入ってしばらくの事だった。
三が日過ぎてすぐ、お母さんが恒例の発作を起こしお父さんが必死になって止めている間に僕は学校へと逃げていた。
お父さんも正月休みくらいのんびりしたいんだろうけどお母さんがあんな風になっちゃってるし倒れないか少し心配だった。
それにしてもお母さんはどうして人前では普通なのに誰もいなくなると発作を起こすんだろう・・・あんな発作聞いたこともないんだけどなぁ・・・
僕はそんなことを考えながら自分で頼み込んで受けさせて貰った補習を受けていた。
日も暮れて先生達も帰るということで僕も教室から出され帰ろうとしていた時、
「───?」
風に混じって何か聞こえた気がした。
それはどことなく必死な呼びかけに聞こえた僕はフラフラと風上の方へと向かった。
そこは古い体育倉庫だった。
コンクリートで出来た小さな体育倉庫で今は小規模の運動部が共同利用している。
僕はその倉庫の前に立っている。
「・・・誰か居るの?」
その声に中からバットを叩き付けるという盛大な返事が返ってきた。
一緒に聞こえる声はとても小さな声だったけどきっと中では大声で言っているのだろう。
良く聞こえたもんだと感心してしまった。
どうやら中に閉じこめられているのは女子バドミントン部で、片付けの途中、風が入ってきてあまりにも寒いので扉を閉めたらそのまま開かなくなり、二時間もこうしているという。
先生を呼んできて欲しいと言われたがさっき先生は帰ったばかりだから呼び戻すのに時間がかかる。
更に中から散々叩いたためかドアが変な具合に傾き、そう簡単には開かなくなっていた。
僕は冷静に状況を判断し、中の人にその事をそのまま報告した。
すると急に中が静かになった。
その沈黙はみんな力尽きているか泣いていると理解するのにそう時間はかからなかった。
「仕方ないか・・・」
僕は小さくため息を吐いて少し前に先生からお土産として貰った形状の割には妙に重い白い手袋をはめた。
「これから起きることを秘密にしてくれる?」
「・・・!・・・・!!!」
中から震えた声で何か言っている。
僕は構わずにジッとドアを見る。
───ええっとこの点とこの点が歪んでいるから・・・ここを突いたら良いのか・・・
「───少し離れて耳を塞いでおいたほうが良いよ」
そう言ってゆっくりと息を吸い
「フッッ!」
全体重を前に乗せた掌底を放った。
バアァァァンッッ
もの凄い音がしてドアが軋む。
そして同時に歪みは修整され、ゆっくりと扉が開いた。
「!!!」
中にいた人達は何が起こったのか分からないといった表情でポカンと見ていたが、すぐに倉庫から飛び出してきた。
───しかし先生もなんてモノくれるんだ・・・
『一般人に魔術を使うのは駄目だから護身用にこれを使いなさい』って言っていたけど・・・何でこんな怖いモノくれるかなぁ・・・
砂鉄か鉛の粉の入った手袋なんて・・・・・・
そんなことを思いながら僕はボーっと倉庫の端に立っていた。
みんなは外に出られたことを心から喜び合い、中には座り込んで泣く人も居た。
そんな中、目を真っ赤にして震えながら泣いていた一人の少女に目がいった。
寒さと空腹、そして閉じこめられたという心細さで『死』という言葉すら浮かんでいたんだろう。
僕はその女の子の所に行き、頭を撫でた。
「ぅぇ・・・?」
目元を腫らし泣きじゃくっていた少女は小さく顔を上げるとオドオドと僕を見る。
僕は少女の頭にポンッと手を乗せ軽く撫でる。
「早く家に帰って、お雑煮でも食べたら?」
───そしたら、体も温まるでしょ?
そう続けようとしたとき、
「ありがとうございますっ!」
ガバッ!
不意に別の人に抱きつかれてしまった。
ええっと・・・この場合どうしたら・・・
僕は困って目で誰かに助けを求めた。
―――のが間違いだった。
みんな、僕をジッと見てる・・・・・・あんなにガタガタ震えて顔色も悪かったのに今、何故か全員の頬が赤い。
そしてジリジリと近付いてくる。
凄く、怖かった。
僕の取った行動は勿論、『逃げる』だった。
抱きついている人の腕の内側に自分の腕を通し、素早く腕を横に広げる。
そうすることで瞬間的に相手の腕を振り解き、逃げた。
振り返っちゃ駄目だ!すぐ後ろにつかれている気がする!!
僕は全力で体育倉庫の中に入って目眩まし系の術を使い、すぐに別の方向へと逃げた。
「あれは確か遠野志貴君だよね!?」
「憧れの志貴君に助けてもらえるなんて・・・」
「部長だけズルイです!!」
「あああ・・・志貴お姉さま・・・」
口々に呟く女子達。
なかなか逞しい性根の持ち主達らしい。
しかし、その中で只一人、志貴に頭を撫でられた女子だけがジッと体育倉庫を見ていた。
やがて、
「志貴君・・・私の王子様で王女様・・・」
誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟き、ゆっくりと目を閉じた。
少女、弓塚さつき。
この時既に暴走しているメンバーから如何にして志貴を守るか。
そしてそれをアピールして志貴に近付くか・・・彼女は策を練っていた。
弓塚の裏切りを知らないバドミントン部四名は今日の一件を口実に志貴にアタックをかける算段をしていた。
そしてその日から弓塚さつきの遠野志貴専属(自称)SP人生がスタートした。